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第5話③ 死の影
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――このままでは死ぬ。
圧倒的な優位を取っている自信がありながら、ゴッ太郎の脳内には止まらないアラートが鳴り続いている。なにが、なにがその恐怖の理由だ。ゴッ太郎は何度も逡巡する。間合いは完全にこちらだ。先に動いているし、打ち上げるような蹴りもケアしている。
負け筋は潰した。ここまでやって負けるはずがないのだ。なぜ、なぜ――?
シャツの向こうで、男の影が動いた。構えた両手を開いている。真っ直ぐと上体を丁字にして、まるで十字架にでも貼り付けられたような姿で止まる。
「貰ったァ!」
もう一刻も猶予ない。ゴッ太郎の拳は今に届く。そう確信した瞬間だった。男の腕は、構えの姿に戻る。上体を大きく羽撃くように前傾させ、再び堅固な盾が構成される。その動作には、恐ろしいキレがあった。まるで大鎌を振るう死神のような、音すらも追いつかない神速の構え。しかし、それだけだ。こちらの攻撃姿勢が見えたから、それに対応しようとして構えを戻しただけだ――。
「ソニック――レイン」
男が構えを戻した、その瞬間だった。男の眼前にある空間全体が、光った。照りつける太陽よりも眩しく、反射するコンクリートよりも人工的な光。その光が何者なのか、ゴッ太郎には予測がつかなかった。その光には、実体がない。けれどまっすぐ飛んでいる。
空間に断層が発生したような半円の衝撃波、それが構えを戻した瞬間に男から射出されているのだ――そう気がついたのは、自らの拳が衝撃波の渦中に突っ込んだ時だった。
「――!?」
拳の先で衝撃波に触れ合ったゴッ太郎は、身体の内側で風船が弾けたような音が鳴り響いたのを聞いた。それも一度や二度ではない。筋肉の内側、内臓、骨、髄液――音が反響するように、身体の中で衝撃波が乱反射を続けている。
「う、あァああァ――!?」
腕が、伸ばせない。押し返されるように身体が弾けていき、やがてその乱反射が肉体の芯まで達した時、一際大きい爆発音が筋肉の内側から聞こえた。その音が聞こえた時、ゴッ太郎の身体は錐揉み回転をしながら後方へ弾け飛んでいた。
地面に激突したゴッ太郎は仰向けに転がり、それ以上は筋肉が痙攣を起こして動けなくなった。立ち上がろうと腕を伸ばそうとしても、感電でもしたように肉体が震えて動かない。まるでまな板の上に載せられた活魚みたいに、ただ無意味に跳ねたり震えたりすることしかできなかった。
「ゲームセットだ。青年。いい目眩ましだった。だが、踏み込みが甘かったな」
一部始終を見ていた御鈴波は勝敗がつくのを見るやいなや二人に歩み寄る。コツコツと響くローファーの音に、ゴッ太郎は首をそちらの方へ回すことしかできなかった。
「ゴッ太郎、これでわかったでしょう。彼がその辺の人間じゃないってことが」
「……ぁ……お」
舌が縺れて発音が成り立たない。御鈴波は惨めな姿で倒れ伏すゴッ太郎の上体を抱き上げると、男に視線を寄越した。すると男もその意味に気が付いてゴッ太郎に近寄った。
「彼の名はイーグル。彼を師匠として、戦いの始終を学びなさい。今見せたものだけが彼の手札じゃないわ。なんなら、手加減してくれてる。あなたは彼に学び、まずは彼を倒せるようになりなさい」
ゴッ太郎の眼の前には、イーグルと呼ばれた大男のブーツが映っていた。デカすぎる。彼はポケットから折りたたみ式コームを取り出すと、崩れた髪を撫でつけた。そしてジャケットの襟を正すと、ゴッ太郎の肩をしっかりと支えてまっすぐと見つめた。
ようやく全身の痺れが収まってきたゴッ太郎は、放心しながら男を眺めていた。
「御鈴波の令嬢から依頼され、君を育てるように頼まれた。俺はイーグル。イーグル・ジョン・ドゥだ。普段は傭兵として世界各地を回って戦地を転々としている」
「お……俺は後山田ゴッ太郎」
「今の戦いでわかった。君は優れた戦士になれる。良い機転と、なかなかのハードパンチャーだ。きっと最後の一撃、受け止めていたら俺も崩れていたに違いない」
受け止めていたら崩れていた――その一言に、ゴッ太郎は思わずカチンと来た。その拳が、届かなかったのだ。溜まった鬱憤を晴らすために、守れないはずの一撃。それを余裕綽々と止められて、『受け止めていたら』だと。
「……一週間だ」
「なにがだい?」
「リベンジ。あんたを倒す」
イーグルはゴッ太郎の言葉を聞いて、口の端を歪めた。
「面白いことを言う。俺はこの腕を何十年という単位で磨いてきた。それを君は、一週間で凌駕するのかね」
「時間なんて関係ねえ。やると言ったらやる!」
「……いいだろう。一週間で俺に勝てるよう、君を教える」
「イーグル。後は頼むわよ」
御鈴波はゴッ太郎の頭を撫でると、イーグルを一瞥した。イーグルは敬礼を取ると、御鈴波は踵を返してエレベーターに消えていった。
御鈴波が見えなくなった瞬間だった。ゴッ太郎は、敬礼の背中に思い切り飛び蹴りを放った。体重を載せたドロップキックを、延髄に向かってである。当たれば昏倒必死、一撃で動けなくなるだろう。
「一週間なんて待てるかよッここでぶっ飛ばす!」
「上官への態度を教えてやろう」
イーグルの分厚い手のひらが、ゴッ太郎の足裏を掴み取る。そのまま棒切れでも振るうみたいに振り回されたゴッ太郎は、コンクリートに額から叩きつけられた。
「俺の命令を聞け。返答時はAye,Aye,Sir! と叫べ」
「く、くそ……! マジでぶっとばす!」
イーグルは倒れたゴッ太郎の手のひらを踏みつけた。必死に手を抜き取ろうとしても引抜けない。
「あ、が……いってェマジで、おもっあああああいってぇ」
「もう一度説明する必要があるか?」
「な、ない! アイアイサー!」
「よし。ではトレーニングを始めよう」
「今から!?」
「当然だ。一週間で俺を超えるんだろう。それくらいは当然だ」
「……アイアイサー」
ゴッ太郎は誓う。この痛みは忘れない。絶対に一週間で越えて見せる。
かくして、ゴッ太郎のプライド・バトルは始まっていた。
圧倒的な優位を取っている自信がありながら、ゴッ太郎の脳内には止まらないアラートが鳴り続いている。なにが、なにがその恐怖の理由だ。ゴッ太郎は何度も逡巡する。間合いは完全にこちらだ。先に動いているし、打ち上げるような蹴りもケアしている。
負け筋は潰した。ここまでやって負けるはずがないのだ。なぜ、なぜ――?
シャツの向こうで、男の影が動いた。構えた両手を開いている。真っ直ぐと上体を丁字にして、まるで十字架にでも貼り付けられたような姿で止まる。
「貰ったァ!」
もう一刻も猶予ない。ゴッ太郎の拳は今に届く。そう確信した瞬間だった。男の腕は、構えの姿に戻る。上体を大きく羽撃くように前傾させ、再び堅固な盾が構成される。その動作には、恐ろしいキレがあった。まるで大鎌を振るう死神のような、音すらも追いつかない神速の構え。しかし、それだけだ。こちらの攻撃姿勢が見えたから、それに対応しようとして構えを戻しただけだ――。
「ソニック――レイン」
男が構えを戻した、その瞬間だった。男の眼前にある空間全体が、光った。照りつける太陽よりも眩しく、反射するコンクリートよりも人工的な光。その光が何者なのか、ゴッ太郎には予測がつかなかった。その光には、実体がない。けれどまっすぐ飛んでいる。
空間に断層が発生したような半円の衝撃波、それが構えを戻した瞬間に男から射出されているのだ――そう気がついたのは、自らの拳が衝撃波の渦中に突っ込んだ時だった。
「――!?」
拳の先で衝撃波に触れ合ったゴッ太郎は、身体の内側で風船が弾けたような音が鳴り響いたのを聞いた。それも一度や二度ではない。筋肉の内側、内臓、骨、髄液――音が反響するように、身体の中で衝撃波が乱反射を続けている。
「う、あァああァ――!?」
腕が、伸ばせない。押し返されるように身体が弾けていき、やがてその乱反射が肉体の芯まで達した時、一際大きい爆発音が筋肉の内側から聞こえた。その音が聞こえた時、ゴッ太郎の身体は錐揉み回転をしながら後方へ弾け飛んでいた。
地面に激突したゴッ太郎は仰向けに転がり、それ以上は筋肉が痙攣を起こして動けなくなった。立ち上がろうと腕を伸ばそうとしても、感電でもしたように肉体が震えて動かない。まるでまな板の上に載せられた活魚みたいに、ただ無意味に跳ねたり震えたりすることしかできなかった。
「ゲームセットだ。青年。いい目眩ましだった。だが、踏み込みが甘かったな」
一部始終を見ていた御鈴波は勝敗がつくのを見るやいなや二人に歩み寄る。コツコツと響くローファーの音に、ゴッ太郎は首をそちらの方へ回すことしかできなかった。
「ゴッ太郎、これでわかったでしょう。彼がその辺の人間じゃないってことが」
「……ぁ……お」
舌が縺れて発音が成り立たない。御鈴波は惨めな姿で倒れ伏すゴッ太郎の上体を抱き上げると、男に視線を寄越した。すると男もその意味に気が付いてゴッ太郎に近寄った。
「彼の名はイーグル。彼を師匠として、戦いの始終を学びなさい。今見せたものだけが彼の手札じゃないわ。なんなら、手加減してくれてる。あなたは彼に学び、まずは彼を倒せるようになりなさい」
ゴッ太郎の眼の前には、イーグルと呼ばれた大男のブーツが映っていた。デカすぎる。彼はポケットから折りたたみ式コームを取り出すと、崩れた髪を撫でつけた。そしてジャケットの襟を正すと、ゴッ太郎の肩をしっかりと支えてまっすぐと見つめた。
ようやく全身の痺れが収まってきたゴッ太郎は、放心しながら男を眺めていた。
「御鈴波の令嬢から依頼され、君を育てるように頼まれた。俺はイーグル。イーグル・ジョン・ドゥだ。普段は傭兵として世界各地を回って戦地を転々としている」
「お……俺は後山田ゴッ太郎」
「今の戦いでわかった。君は優れた戦士になれる。良い機転と、なかなかのハードパンチャーだ。きっと最後の一撃、受け止めていたら俺も崩れていたに違いない」
受け止めていたら崩れていた――その一言に、ゴッ太郎は思わずカチンと来た。その拳が、届かなかったのだ。溜まった鬱憤を晴らすために、守れないはずの一撃。それを余裕綽々と止められて、『受け止めていたら』だと。
「……一週間だ」
「なにがだい?」
「リベンジ。あんたを倒す」
イーグルはゴッ太郎の言葉を聞いて、口の端を歪めた。
「面白いことを言う。俺はこの腕を何十年という単位で磨いてきた。それを君は、一週間で凌駕するのかね」
「時間なんて関係ねえ。やると言ったらやる!」
「……いいだろう。一週間で俺に勝てるよう、君を教える」
「イーグル。後は頼むわよ」
御鈴波はゴッ太郎の頭を撫でると、イーグルを一瞥した。イーグルは敬礼を取ると、御鈴波は踵を返してエレベーターに消えていった。
御鈴波が見えなくなった瞬間だった。ゴッ太郎は、敬礼の背中に思い切り飛び蹴りを放った。体重を載せたドロップキックを、延髄に向かってである。当たれば昏倒必死、一撃で動けなくなるだろう。
「一週間なんて待てるかよッここでぶっ飛ばす!」
「上官への態度を教えてやろう」
イーグルの分厚い手のひらが、ゴッ太郎の足裏を掴み取る。そのまま棒切れでも振るうみたいに振り回されたゴッ太郎は、コンクリートに額から叩きつけられた。
「俺の命令を聞け。返答時はAye,Aye,Sir! と叫べ」
「く、くそ……! マジでぶっとばす!」
イーグルは倒れたゴッ太郎の手のひらを踏みつけた。必死に手を抜き取ろうとしても引抜けない。
「あ、が……いってェマジで、おもっあああああいってぇ」
「もう一度説明する必要があるか?」
「な、ない! アイアイサー!」
「よし。ではトレーニングを始めよう」
「今から!?」
「当然だ。一週間で俺を超えるんだろう。それくらいは当然だ」
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