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第4話① 母としての――

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 保健室の中では、どこか釈然としない表情のゴッ太郎と、対比するように満足げな洋華が残った。ゴッ太郎に視線を移した洋華は、大きく傷だらけの手を握って上下にぶんぶんと振り回した。

「あの気難しい零春くんにこんな素敵な友達ができてたなんて!」
「んァ? なんでぇ、俺全然アイツと友達とかじゃねえんだけど」
「そんなことないわ! 零春くんはね、すごくプライドが高くって、眼の前で人がぶっ倒れて息絶えそうでも全然無視して帰れちゃう子なのよ! そんな彼が瀕死の友達を背負ってわざわざ保健室まで送り届けるなんて」

「それはアイツの人格にめちゃくちゃ問題があるからで、友達いなくても当然じゃねえの……?」
「そんなことないわ。彼にだっていいところがあるのよ。とっても顔が良いんだから!」
「……それ、顔だけの性格ブスってことじゃねえか!」

「先生、若い子はそういう子の方が好みなの☆」
「それで、いいのか……?」
「いいのよ。そういう子が、ゆっくりと大人になっていく過程が一番味がするんだから!」

 ゴッ太郎は目の前の校医の奔放な言動に閉口しつつ、ベッドサイドに腰掛けた。

「ところで、俺の体、これどうなってんの?」
「打撲と擦過傷、それに伴う内出血ってとこね。正直、どうして骨が折れてないのか不思議なくらいの症状だけど――運がいいのね。さ、目覚めたことだし、お薬の時間にしましょうか。今準備するから待ってね」」

 踵を返して準備を始めた洋華を横目に、ゴッ太郎は丁子の兄――勘解由小路玄明の言葉を思い返していた。

 『御鈴波途次と、ぼくは結婚したい。そうすれば、全ての人が仲良くあるまま、この力を扱うことができる。それだけじゃない。これ以上に御鈴波家の力も大きくなるだろう』

 彼の言葉には、おそらく嘘偽りがない。ゴッ太郎が御鈴波から離れるか、或いは負けて死ぬか――それだけで彼は自らの計画を進行していくだろう。そう考えた時、ゴッ太郎の胸には急に寂しさが込み上げた。

 御鈴波は――強い人間を欲している。現時点では、ゴッ太郎は玄明は愚か、丁子にすら敵わない。そうであれば、自分が引いた方が良いのではないか、そんな風にさえ思うのだ。

 ただ唯一、玄明の冷たい瞳の先にある、目的のためには手段を問わない冷徹さにあっては、御鈴波もまた消耗品とされてしまうだけなのではないか――もしそうなってしまったら、自分は誰のために死ねば良い? 行き先を失い、主の幸福さえも失ってしまった時、どう死ねば良い。

 そう考えた時、やはり御鈴波のことを玄明に任せるなどという選択肢はなかった。意地でも食らいついて、彼を倒さなくてはならない――規格外の力に対抗する為に、自らもまた規格外にならねばならない。

「はーい、元気な高校生ボーイ、お薬の時間だよ~」
「ウッス、いただきゃス……」

 幾つかの粉末と錠剤、そして色付きの湯を渡されたゴッ太郎は、そのまま上下をひっくり返して、一気に胃の中に薬を押し込んだ。口の中には様々な味が渋滞する。

 海老のような、土のような、舌先に残るような草の苦味、或いは――海辺で乾いた海藻のような匂いのような。 思わず噎せそうになったが一気に飲み込むと、もう一杯の紙コップに汲まれた水ごと流し込んだ。

「おえ。マズすぎる……なんスかこれ」
「特製ブレンドよ☆ ゴッ太郎くん。身内用の特級品」

 身内用、その言葉にゴッ太郎の視線が、カウンターの向こうでモニターを確認する洋華に吸い込まれた。紫色の毛先を弄びながら、注意だけはこちらに向けている。

「身内?」
「君のデータ漁っててわかったんだけど、御鈴波ちゃんとこの子なのね。うちのボスの下っ端の子かぁ。なんかあった?」
「御鈴波がボス?」
「うん。ここの学校、技研のサンプル収集基地みたいなもんだからね。私も所属は技研だし。そうじゃなきゃ校医なんて死ぬほどコスパ悪いもん、普通は置かないわよね~。保健医でいいんだもん」

 焼き菓子を頬張りつつ湯気の立つ茶を傾けて、洋華は何気なく暴露した。ゴッ太郎は彼女の肩書に驚きつつ、もありなん。御鈴波の父のことだからありそうな話だ。

「……ってことは、零春のやつがなんか妙な力を得てるのも知ってるってこと、ッスよね」
「うん。多分相手方の差金でしょうね~。一応報告はしてるけど、ボスは『様子見』って命令出してるし、なんにもできないけどね」
「相手方、それって、もしかして『勘解由小路玄明』?」
「あら、知ってたの」
「ついさっき、ボコられて来たもんで」
「あらあらあら」

 薄焼きの巻きクッキーを頬張ろうとしていた洋華の手元からは、驚きの余り破片が溢れて膝の上に散らばった。

「……ってことは、玄明くんにめちゃくちゃやられたところを零春くんが助けてくれたの!?」
「そーいうことになるッスね~」
「あ~~~らあらあらあらあら。若くて素晴らしい友情って、わたし好みなのよね~☆ 素晴らしいわぁ。立場を違えても、深い友情に繋がれてて……ピンチの時には駆けつけてくれる……。いいわねぇ……」

 うっとり、と唇の間から真っ赤な蛇のような舌を見せた洋華は、ゴッ太郎を熱っぽい視線で眺めた。

「うわ……趣味悪」
「失礼ね。悪食と言いなさい!」
「それも罵倒だろッ」
「それにしても、変な話ね。玄明くん、昔はもっと明るくて素直でいい子だったのに」
「玄明のこと、知ってるんスか?」
「そりゃあもう、ずっと我が子のように触れ合ってきた自信作の子ですもの!」

 洋華は豊かな胸に手を当てると、得意げに瞼を閉じて宣言する。ゴッ太郎は訝しんで聞き返した。
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