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第3話⑤ 交換条件
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朝から油でも飲んだみたいに重たい胃で、ゴッ太郎は通学路を歩いていた。今朝は上海の寝覚めが悪かったのもあり、小学校まで肩車で乗せて行ってやったから、確実に遅刻なことは間違いない。
遅刻自体は問題ではない。それが御鈴波に知れた時に少々気不味くなるだけで、上海の寝覚めと言えばわかってくれる。問題はその前のことだった。
零春の言葉が脳裏に反響していた。夜の公園で他言無用を誓い合って互いの目的を教えあったことを。
零春の目的は『自分に力をくれた人から依頼で、ゴッ太郎を殺すこと』。
シンプルな目的ながら、その意味は簡単だった。御鈴波の父が行おうとしていたことと全く同じだ。御鈴波の言葉が真であるとするならば、ゴッ太郎に零春をけしかけたのは丁子の兄で、彼の目的もまた、即ち『見せしめに番犬を殺す』ことに他ならない。
しかも、ゴッ太郎の実力自体は見誤っていたものの、手数から考えれば彼の方が先んじている。であれば、更にその先の先――あれから二日が経った今、既にもう一手が動き始めていてもなんら違和感はない。御鈴波には送り迎えを付けるように言ったし、御鈴波の父に連絡すればなんらかの策は講じてもらえるだろが、御鈴波があそこまで持ち上げる男だ。それくらいは乗り越えてくるだろう。
今のところ標的はゴッ太郎自身に向かっていることから急に御鈴波が狙われることはないだろうが――それでも不安はあった。ゴッ太郎にとっては、『上海と御鈴波が襲われるかも知れない』その不安こそが最も大きな懸念だった。
白い闇の中、照りつける日差しの直上に、毛先を遊ばせた茶髪の男が立っている。太陽を背中に背負って、不敵な切れ長の目にこそばゆいくらいのアルカイクスマイルを貼り付けて、まるで宇宙人みたいに笑っている。背中には白の孤城、糺ノ森高校が頑と聳え、彼の威厳を知らしめるように権高に鎮座していた。
「君がゴッ太郎くんだね」
「どーも。なんとなく、そんな気はしてたっすけど。先輩」
「先輩だなんて、初対面なのに嬉しいなあ」
身長は百八十と、五センチか六センチか。ゴッ太郎よりもかなり大きい。だが体中の節々は骨ばっておらず、体付きはどちらかといえば女性的にさえ感じる。
彼はポケットからキャンディを取り出して、十メートルほど先のゴッ太郎に投げてよこした。その軽く優しい声色は、丁子のそれを思わせた。
「ゴッ太郎くん、この後、空いてるかい」
「……今、まさに空いたとこっす」
投げ渡された飴は、ハッカ味だった。
二人はそのまま連れ添って、そこらに建っていた適当な喫茶に入った。適当に紅茶と珈琲を頼んで、赤いベロア生地の古めかしいソファに座って向かい合った。
ゴッ太郎は彼の表情を見つめる。外に居た時となんら変わらない余裕の顔だ、酷暑だというのに汗一つかいていない。本当に宇宙人なのか、そんな疑いを以て顔を眺めたところ、ぴたりと目が合ってゴッ太郎は閉口した。
「突然すまないね」
「いや、いいんすよ。丁子のお兄さん」
ゴッ太郎がそう言葉を発したのを見計らって、彼は子供みたいに顔を綻ばせた。
「嬉しいなあ。初めて話す人に認知してもらえているっていうのは、ぼく一番好きなんだよ。流石だね、ゴッ太郎くん」
「いや、アンタが来そうな気配はなんとなく感じてたんで。昨日のことは丁子から聞いてます?」
「勿論! 丁子とデートしてくれたんだってね! 昨日家に帰ったら丁子が本当に嬉しそうな顔で『お兄ちゃん、初めてデートした!』だなんて叫んだものだから、本当に驚いたんだ。ぼくの後に引っ付いてくることしかできなかった内気で繊細な丁子が、男友達とデートできた上に楽しめただなんて――きっと君が人としてよくできているから達成されたことだ」
視線を左右に外して、ゴッ太郎は苦そうな顔をする。昨日のアレを思い返してみて、褒められるようなことがあっただろうか。しかしまあ、本人が喜んでいるのならいいか――そんな風にも思う。
「……それは、もう。ありがとうございます」
「そんな、こちらが礼を言いたくて仕方がなかったんだ。ぼくの予定では君がここまで舞台に残っていることそのものがイレギュラーだからね」
「なるほど。悪巧みはそっちの方が一歩長けてるッスもんねェ」
「悪巧みだなんて、そんな。妹に降りかかる火の粉を払おうと手を振るっただけじゃないか。それにぼくがやろうとしたのは家族外の付属品への攻撃だ。その点君たちの動きは……どうだかな」
「ぐうの音も出ない正論ッスねえ~~~、ただ、目の前にいる人間を『付属品』扱いした以外は」
「おっと。ごめんね。でも、君ならわかってくれると思って今日はここに来たんだよ。だって、君はあくまでも消耗品扱いだ。ぼくと一緒なんだよ」
出された紅茶に口を付けると、ゴッ太郎は飴を口の中に放り込んだ。冷たい感覚が舌の上で踊る。ハッカの味と紅茶は割に合う。
「なるほど、反抗する牙を得た消耗品と、そうでない可哀想な消耗品――そう言いたいわけッスか」
「違うよ」
彼は急に真面目くさった顔になり、こちらの瞳を覗き込むように上目遣いになった。虹に近い色の虹彩が怪しく光っていた。
「君は知っているだろうが、ぼくは技研の技術をクローンコピーして格安転用できるまでになっている。とはいえ、格安になっても乱発できる程リソースの軽い技術じゃない。最初に作ったもののコストが嵩んじゃったせいで君のご主人にバレた経緯もあってね。けど、ぼくはこれを有効に活用すれば、世を変えられると思っている。その為には、協力者が必要なんだ」
遅刻自体は問題ではない。それが御鈴波に知れた時に少々気不味くなるだけで、上海の寝覚めと言えばわかってくれる。問題はその前のことだった。
零春の言葉が脳裏に反響していた。夜の公園で他言無用を誓い合って互いの目的を教えあったことを。
零春の目的は『自分に力をくれた人から依頼で、ゴッ太郎を殺すこと』。
シンプルな目的ながら、その意味は簡単だった。御鈴波の父が行おうとしていたことと全く同じだ。御鈴波の言葉が真であるとするならば、ゴッ太郎に零春をけしかけたのは丁子の兄で、彼の目的もまた、即ち『見せしめに番犬を殺す』ことに他ならない。
しかも、ゴッ太郎の実力自体は見誤っていたものの、手数から考えれば彼の方が先んじている。であれば、更にその先の先――あれから二日が経った今、既にもう一手が動き始めていてもなんら違和感はない。御鈴波には送り迎えを付けるように言ったし、御鈴波の父に連絡すればなんらかの策は講じてもらえるだろが、御鈴波があそこまで持ち上げる男だ。それくらいは乗り越えてくるだろう。
今のところ標的はゴッ太郎自身に向かっていることから急に御鈴波が狙われることはないだろうが――それでも不安はあった。ゴッ太郎にとっては、『上海と御鈴波が襲われるかも知れない』その不安こそが最も大きな懸念だった。
白い闇の中、照りつける日差しの直上に、毛先を遊ばせた茶髪の男が立っている。太陽を背中に背負って、不敵な切れ長の目にこそばゆいくらいのアルカイクスマイルを貼り付けて、まるで宇宙人みたいに笑っている。背中には白の孤城、糺ノ森高校が頑と聳え、彼の威厳を知らしめるように権高に鎮座していた。
「君がゴッ太郎くんだね」
「どーも。なんとなく、そんな気はしてたっすけど。先輩」
「先輩だなんて、初対面なのに嬉しいなあ」
身長は百八十と、五センチか六センチか。ゴッ太郎よりもかなり大きい。だが体中の節々は骨ばっておらず、体付きはどちらかといえば女性的にさえ感じる。
彼はポケットからキャンディを取り出して、十メートルほど先のゴッ太郎に投げてよこした。その軽く優しい声色は、丁子のそれを思わせた。
「ゴッ太郎くん、この後、空いてるかい」
「……今、まさに空いたとこっす」
投げ渡された飴は、ハッカ味だった。
二人はそのまま連れ添って、そこらに建っていた適当な喫茶に入った。適当に紅茶と珈琲を頼んで、赤いベロア生地の古めかしいソファに座って向かい合った。
ゴッ太郎は彼の表情を見つめる。外に居た時となんら変わらない余裕の顔だ、酷暑だというのに汗一つかいていない。本当に宇宙人なのか、そんな疑いを以て顔を眺めたところ、ぴたりと目が合ってゴッ太郎は閉口した。
「突然すまないね」
「いや、いいんすよ。丁子のお兄さん」
ゴッ太郎がそう言葉を発したのを見計らって、彼は子供みたいに顔を綻ばせた。
「嬉しいなあ。初めて話す人に認知してもらえているっていうのは、ぼく一番好きなんだよ。流石だね、ゴッ太郎くん」
「いや、アンタが来そうな気配はなんとなく感じてたんで。昨日のことは丁子から聞いてます?」
「勿論! 丁子とデートしてくれたんだってね! 昨日家に帰ったら丁子が本当に嬉しそうな顔で『お兄ちゃん、初めてデートした!』だなんて叫んだものだから、本当に驚いたんだ。ぼくの後に引っ付いてくることしかできなかった内気で繊細な丁子が、男友達とデートできた上に楽しめただなんて――きっと君が人としてよくできているから達成されたことだ」
視線を左右に外して、ゴッ太郎は苦そうな顔をする。昨日のアレを思い返してみて、褒められるようなことがあっただろうか。しかしまあ、本人が喜んでいるのならいいか――そんな風にも思う。
「……それは、もう。ありがとうございます」
「そんな、こちらが礼を言いたくて仕方がなかったんだ。ぼくの予定では君がここまで舞台に残っていることそのものがイレギュラーだからね」
「なるほど。悪巧みはそっちの方が一歩長けてるッスもんねェ」
「悪巧みだなんて、そんな。妹に降りかかる火の粉を払おうと手を振るっただけじゃないか。それにぼくがやろうとしたのは家族外の付属品への攻撃だ。その点君たちの動きは……どうだかな」
「ぐうの音も出ない正論ッスねえ~~~、ただ、目の前にいる人間を『付属品』扱いした以外は」
「おっと。ごめんね。でも、君ならわかってくれると思って今日はここに来たんだよ。だって、君はあくまでも消耗品扱いだ。ぼくと一緒なんだよ」
出された紅茶に口を付けると、ゴッ太郎は飴を口の中に放り込んだ。冷たい感覚が舌の上で踊る。ハッカの味と紅茶は割に合う。
「なるほど、反抗する牙を得た消耗品と、そうでない可哀想な消耗品――そう言いたいわけッスか」
「違うよ」
彼は急に真面目くさった顔になり、こちらの瞳を覗き込むように上目遣いになった。虹に近い色の虹彩が怪しく光っていた。
「君は知っているだろうが、ぼくは技研の技術をクローンコピーして格安転用できるまでになっている。とはいえ、格安になっても乱発できる程リソースの軽い技術じゃない。最初に作ったもののコストが嵩んじゃったせいで君のご主人にバレた経緯もあってね。けど、ぼくはこれを有効に活用すれば、世を変えられると思っている。その為には、協力者が必要なんだ」
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