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第2話⑦ 幸福

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「時に丁子。お前のその必殺突進、いつからだ」

 シャツに袖を通してタイを付けながら、丁子は少々逡巡する。

「ほんの、最近だよ。一ヶ月前くらいからなんだ。最初は……なんだかね、変な人に襲われた時だったの。外国人っぽい、あんまり言葉が上手じゃない人に何か言われながら追いかけられて、逃げようとしたら逃げる先にも回り込まれちゃって――仕方ないからまっすぐ突っ込んだら、気が付いたら出てたの。やっぱり、ゴッ太郎くんのそれもだけど、普通のことじゃ、ないよね」
「そうか。なるほどな。俺とその変質者の軍団以外に見せたことはあるか?」
「……? ないよ。あっ、ゴッ太郎くん、そのこと絶対に誰にも言っちゃダメだよ」

 慌てる丁子に、ゴッ太郎は微笑んだ。

「言わないよ。俺のも言わないでくれ」
「うん。言わない。でも、なんでそんなこと聞いてきたの?」
「……もう少し色々わかったら教える。ちょっと待ってて貰っていいか。まだ今の段階で伝えたら、混乱させるかもしれない」
「うん。じゃあ、信じるね」

 ゴッ太郎の返答は、丁子を信用させるに値する慎重さがあった。ゴッ太郎は丁子が服を着直したのを認めると、手を差し出す。

「立てるか?」
「うん。っていうか、ゴッ太郎くんの方がボロボロだけど」
「おう。もう戦えねえ。けど、ここに誘ったのは俺だ」
「……なんか、ゴッ太郎ってくんって変なとこ律儀だよね。でも……そういうとこ、いいなって思う……」
「この後、時間あるか? 詫び程度だけどなんか奢るぞ」
「え……? 行く!」

 ゴッ太郎からの提案に、丁子はノータイムで首を縦に振る。

「おし、じゃ、行こうぜ。暗くなる前にな」
「うん。行こ行こ!」

 旧校舎を出た二人は駅前をふらつきながら、食べ歩いたり雑談をしたり、買いもしない雑貨屋を冷やかしたり――学生らしく遊んでいた。丁子のささくれだった心は、乾ききった草に雨水が滴ったように癒えて、思わず頬は綻んだ。

 思えば、丁子はこの瞬間の為に昨日の夜から悩んでいたのだ。ただゴッ太郎と一緒に楽しい時間を過ごしたい――年頃の男女がするみたいに、デートということがしてみたかっただけだった。

 すっかり暗くなり空いた下町行きの電車の中で、ゴッ太郎に寄りかかってうたた寝をした丁子は揺り起こされると最寄りの駅を降りて、電車の中のゴッ太郎に手を振って別れた。

『色々あったけれど、初めてのデートできた――楽しかった!』

 丁子の日記には、そう刻まれた。
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