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第2話⑤ 告白
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夕暮れの旧体育館。乱反射する赤い光が斜めに差し込んでいた。赤く焼けた体育館の中には、青年が一人立ち尽くし、長い影を落としている。気流に舞い上がった塵が幻想的な雰囲気を醸して、中へ踏み出した丁子の胸は高鳴っていた。
糺ノ森高校は新校舎と旧校舎が隣接されている。新校舎の裏手に回った先の旧校舎は、ノスタルジーを惹起する場所として恋する生徒たちに人気だった。いくつもの恋の舞台として、喜劇を、或いは悲劇を演じてきた旧体育館には今日もまた、その物語が一つ積み上げられようとしている。
「あ――あの――ゴッ太郎くん!」
丁子の脳裏には、誰もが聞いたことのあるおとぎ話が浮かんでいた。
灰被りの姫が魔法の力で美しく着飾って、王子様の愛を手にする話。
もし、現代にそのお姫様がいるとすれば、それは、今のわたしだ。
「さァて、丁子。来てくれたのか。ありがとな――」
一歩近付くごとに、心臓のときめきは大きくなっていく。
間違いない。彼こそがわたしの王子様。
体が大きくて、優しくて、正義感に満ちていて――そして、わたしを見初めてくれたその人。
「ごめん、待ったかな。ゴッ太郎くん」
入念に準備してきたデートの入り。間違えることはない、約束の時間にほんの少し遅れて、相手の期待を膨らませる。そしてできるだけ可愛く微笑んで、自然な感じで隣に並ぶ。
彼の視線はじっとこちらを射竦めるように、ちょっと身が凍るほど真面目だけれど、わたしに期待と興味を持ってくれていることがわかる。
彼の手を握った。大きくて、ごつごつした男の人の手だ。頼もしい――こういう人が、わたしは――。
「悪いな。こんなとこに呼び出しちまって」
「気にしないで。それより、どこに遊びに行く? わたし、どこでもいいよ」
「そォかァ……嬉しいなあ。じゃあ、ここで」
「ここ? ただの学校の空き倉庫だよ……はっ」
若い男女が旧体育館に二人……誰も人気がない場所――丁子の脳内には、不埒な妄想が広がっていた。
「もう、そんなゴッ太郎くん――早いよ。まだだって、あって一日しか経ってないのに」
体の芯が火照って、丁子は頬を赤らめる。いかに運命の人と言えど、そんな急には体を差し出すことなんてできない――でも他でもない、ゴッ太郎くんなら。そう思ってゴッ太郎を見つめる丁子は、彼の遊びのない真剣な瞳が本気なことを察してしまっていた。
「そうだな。出会って一日しか経ってない。だけど、俺の肚を決めるためにも、これからの振る舞いを決めるためにも、ヤるしかない」
「ヤ、ヤる――――!?!?」
直接的な言葉が飛び出した丁子は、遂にびくりと背中を震わせた。彼は本気だ。本気で、わたしを手に入れようとしている。突然の愛の告白に、丁子は冷静さを完全に失いつつあった。
「ゴッ……ゴッ太郎くん。そんな、でも、わたし、心の準備が――」
「大丈夫だ。俺だってできてない。でも、やらざるを得ないんだ。あんなことを聞いちまったら――」
ゴッ太郎は、丁子の目の前でシャツを脱ぎ捨てた。ドクドクと躍動する鋼のような筋肉が、丁子の前に晒される。
「ア――――!!!」
丁子は完全に冷静を失い、喉の奥から絶叫が飛び出た。あんなにたくましい肉体に抱きしめられてしまったら、どうなってしまうんだろう。それだけじゃなくて、それ以上のことまで――運命さん、どうして急にこんなすごいイベントを持ってきたんですか、もう少し前から教えてくれても良かったのに――!
丁子は今まで、父親と兄の体しか見たことがなかった。そしてその体を見て、『わたしよりは筋肉質だけどそんなに変わらないな』というような感想を持っていた。しかし目の前の肉体は違う。まるで筋肉の金字塔――弾丸だって跳ね返してしまいそうなアイアンマッスルである。鍛え上げた男の子の肉体というものは、デカすぎて山でも見上げているみたいだった。
「さあやるぞ。丁子――お前も抜け」
「脱げ!?!?!」
丁子の脳裏に迸ったのは、喜びとも困惑とも言えないような脳内麻薬だった。ここに来る前、丁子は保健室で洋華から処方してもらった『極☆瞬間美容ドリンク』を飲んでいた。
洋華に爪を整えて貰っている間から、メキメキと肉体に力がみなぎるような感覚があり、鏡を見ると実際に髪や肌の艶が一段階上がっていくような目覚ましい効果があった。そう、今の丁子は、体に自信があったのである。今しかない、そんな脅迫感に駆られた丁子は肚を決めた。
「うん、脱ぐ!」
ブラウスのボタンを外して、上着を脱いだ丁子は、頬を赤らめながら下着姿を晒していた。飾りっ気のない半上裸に、今度驚いたのはゴッ太郎だった。豊かな黒髪がふわりと広がり背姿より大きく見えるシルエットに、細っこい体に雪のように白い肌。
細さの中に丸みを帯びて、その体は上海を風呂に入れる時に見るような子供のそれではない。胸元の膨らみつつある陰影を認めた時、ゴッ太郎の中で何かが弾けた。
「アーーーー!!!」
ゴッ太郎は目の前の扇情的な光景に冷静さを失った。
「見て、わたしの体! 綺麗! でしょ!」
目を瞑りながら体を見せつける丁子に、ゴッ太郎の脳内では訳の分からない問答が始まっていた。
しかし、自分もまた上半身の肉体を晒しているのだ。性別が変わったところで、下着が見えているからといって、何を恥じらう必要がある。これは戦いなのだ。これもまた、丁子の一つの兵法かも知れない。であれば――。
「い、いやっ……俺の筋肉の方が……でかい!」
「!!!」
ゴッ太郎はより体を大きく見せるために、両手を天に向け、胸筋を絞ってよりデカく見せた。二つの筋肉の玉がより持ち上がって、その存在を、キレを主張する。大きく見せる全身からは筋肉の発動機から溢れ出た熱で湯気が立ち上っていた。
「ゴッ太郎くん――でも、わたしだって、もっと美しくなれるもん!」
丁子はその昔、新体操をやっていたことがある。匠に肉体を扱い、関節を、指先を動く彫刻のように美しく見せるのだ。しばらくやっていないが――肉体の柔らかさは他者の追随を許したことはない。
ゴッ太郎が男体の美しさ、すなわちデカさとキレでアピールしてくるのならば、こちらは曲線美と柔らかさ――譲れない美を争う戦いは、既に始まっていた。
丁子は片足を天高く持ち上げて、それを腕で支えると上体を反らせてゴッ太郎の方へ見せつける。その様は白鳥が黒い水面に首を傾けたような、深遠な優美さと生命力を孕んだ力強いしなやかさがある。
雪に立つ一本の枯れ木が春になればまた芽吹くように、未来へと成長していく未知数の美――ゴッ太郎は思わず身震いをした。
「くっ……現在の手持ちの筋肉では未来へ向かう美の芸術には敵わない――!」
「ふ、ふふ……! そうでしょう、わたしの勝ちよ……ゴッ太郎くん!」
「くっそおおお! だが、俺の方が強い……!!!」
ゴッ太郎は肉体の美しさ――それも自慢の筋肉への想像力が足りなかった悔しさに、半ばやぶれかぶれになって丁子に向かい合うと、重心をぐるりと一周回して、跳躍した。たとえどこまでも飛び立てる白鳥も、飛び立つ前に掴み取ってしまえばそこで終わりだ。
筋肉の永遠を誇示するためにはこの可能性を摘み取っておかねばならない。卑劣な手だとはわかりつつも、しかしゴッ太郎は今まで信じてきた筋肉を裏切ることなどできなかった。ゴッ太郎と筋肉は、切っても切れない、ズッ友太郎なのだ。
ゴッ太郎が飛び上がった動作を見て、丁子の脳裏には初対面――つまり電車の中で引き寄せられた瞬間のことを思い出していた。あの時も、ゴッ太郎は満員電車の中で体を揺らしてジャンプしたのだ。ということは、彼は今、わたしを引き寄せようと、抱きしめようとしている。
糺ノ森高校は新校舎と旧校舎が隣接されている。新校舎の裏手に回った先の旧校舎は、ノスタルジーを惹起する場所として恋する生徒たちに人気だった。いくつもの恋の舞台として、喜劇を、或いは悲劇を演じてきた旧体育館には今日もまた、その物語が一つ積み上げられようとしている。
「あ――あの――ゴッ太郎くん!」
丁子の脳裏には、誰もが聞いたことのあるおとぎ話が浮かんでいた。
灰被りの姫が魔法の力で美しく着飾って、王子様の愛を手にする話。
もし、現代にそのお姫様がいるとすれば、それは、今のわたしだ。
「さァて、丁子。来てくれたのか。ありがとな――」
一歩近付くごとに、心臓のときめきは大きくなっていく。
間違いない。彼こそがわたしの王子様。
体が大きくて、優しくて、正義感に満ちていて――そして、わたしを見初めてくれたその人。
「ごめん、待ったかな。ゴッ太郎くん」
入念に準備してきたデートの入り。間違えることはない、約束の時間にほんの少し遅れて、相手の期待を膨らませる。そしてできるだけ可愛く微笑んで、自然な感じで隣に並ぶ。
彼の視線はじっとこちらを射竦めるように、ちょっと身が凍るほど真面目だけれど、わたしに期待と興味を持ってくれていることがわかる。
彼の手を握った。大きくて、ごつごつした男の人の手だ。頼もしい――こういう人が、わたしは――。
「悪いな。こんなとこに呼び出しちまって」
「気にしないで。それより、どこに遊びに行く? わたし、どこでもいいよ」
「そォかァ……嬉しいなあ。じゃあ、ここで」
「ここ? ただの学校の空き倉庫だよ……はっ」
若い男女が旧体育館に二人……誰も人気がない場所――丁子の脳内には、不埒な妄想が広がっていた。
「もう、そんなゴッ太郎くん――早いよ。まだだって、あって一日しか経ってないのに」
体の芯が火照って、丁子は頬を赤らめる。いかに運命の人と言えど、そんな急には体を差し出すことなんてできない――でも他でもない、ゴッ太郎くんなら。そう思ってゴッ太郎を見つめる丁子は、彼の遊びのない真剣な瞳が本気なことを察してしまっていた。
「そうだな。出会って一日しか経ってない。だけど、俺の肚を決めるためにも、これからの振る舞いを決めるためにも、ヤるしかない」
「ヤ、ヤる――――!?!?」
直接的な言葉が飛び出した丁子は、遂にびくりと背中を震わせた。彼は本気だ。本気で、わたしを手に入れようとしている。突然の愛の告白に、丁子は冷静さを完全に失いつつあった。
「ゴッ……ゴッ太郎くん。そんな、でも、わたし、心の準備が――」
「大丈夫だ。俺だってできてない。でも、やらざるを得ないんだ。あんなことを聞いちまったら――」
ゴッ太郎は、丁子の目の前でシャツを脱ぎ捨てた。ドクドクと躍動する鋼のような筋肉が、丁子の前に晒される。
「ア――――!!!」
丁子は完全に冷静を失い、喉の奥から絶叫が飛び出た。あんなにたくましい肉体に抱きしめられてしまったら、どうなってしまうんだろう。それだけじゃなくて、それ以上のことまで――運命さん、どうして急にこんなすごいイベントを持ってきたんですか、もう少し前から教えてくれても良かったのに――!
丁子は今まで、父親と兄の体しか見たことがなかった。そしてその体を見て、『わたしよりは筋肉質だけどそんなに変わらないな』というような感想を持っていた。しかし目の前の肉体は違う。まるで筋肉の金字塔――弾丸だって跳ね返してしまいそうなアイアンマッスルである。鍛え上げた男の子の肉体というものは、デカすぎて山でも見上げているみたいだった。
「さあやるぞ。丁子――お前も抜け」
「脱げ!?!?!」
丁子の脳裏に迸ったのは、喜びとも困惑とも言えないような脳内麻薬だった。ここに来る前、丁子は保健室で洋華から処方してもらった『極☆瞬間美容ドリンク』を飲んでいた。
洋華に爪を整えて貰っている間から、メキメキと肉体に力がみなぎるような感覚があり、鏡を見ると実際に髪や肌の艶が一段階上がっていくような目覚ましい効果があった。そう、今の丁子は、体に自信があったのである。今しかない、そんな脅迫感に駆られた丁子は肚を決めた。
「うん、脱ぐ!」
ブラウスのボタンを外して、上着を脱いだ丁子は、頬を赤らめながら下着姿を晒していた。飾りっ気のない半上裸に、今度驚いたのはゴッ太郎だった。豊かな黒髪がふわりと広がり背姿より大きく見えるシルエットに、細っこい体に雪のように白い肌。
細さの中に丸みを帯びて、その体は上海を風呂に入れる時に見るような子供のそれではない。胸元の膨らみつつある陰影を認めた時、ゴッ太郎の中で何かが弾けた。
「アーーーー!!!」
ゴッ太郎は目の前の扇情的な光景に冷静さを失った。
「見て、わたしの体! 綺麗! でしょ!」
目を瞑りながら体を見せつける丁子に、ゴッ太郎の脳内では訳の分からない問答が始まっていた。
しかし、自分もまた上半身の肉体を晒しているのだ。性別が変わったところで、下着が見えているからといって、何を恥じらう必要がある。これは戦いなのだ。これもまた、丁子の一つの兵法かも知れない。であれば――。
「い、いやっ……俺の筋肉の方が……でかい!」
「!!!」
ゴッ太郎はより体を大きく見せるために、両手を天に向け、胸筋を絞ってよりデカく見せた。二つの筋肉の玉がより持ち上がって、その存在を、キレを主張する。大きく見せる全身からは筋肉の発動機から溢れ出た熱で湯気が立ち上っていた。
「ゴッ太郎くん――でも、わたしだって、もっと美しくなれるもん!」
丁子はその昔、新体操をやっていたことがある。匠に肉体を扱い、関節を、指先を動く彫刻のように美しく見せるのだ。しばらくやっていないが――肉体の柔らかさは他者の追随を許したことはない。
ゴッ太郎が男体の美しさ、すなわちデカさとキレでアピールしてくるのならば、こちらは曲線美と柔らかさ――譲れない美を争う戦いは、既に始まっていた。
丁子は片足を天高く持ち上げて、それを腕で支えると上体を反らせてゴッ太郎の方へ見せつける。その様は白鳥が黒い水面に首を傾けたような、深遠な優美さと生命力を孕んだ力強いしなやかさがある。
雪に立つ一本の枯れ木が春になればまた芽吹くように、未来へと成長していく未知数の美――ゴッ太郎は思わず身震いをした。
「くっ……現在の手持ちの筋肉では未来へ向かう美の芸術には敵わない――!」
「ふ、ふふ……! そうでしょう、わたしの勝ちよ……ゴッ太郎くん!」
「くっそおおお! だが、俺の方が強い……!!!」
ゴッ太郎は肉体の美しさ――それも自慢の筋肉への想像力が足りなかった悔しさに、半ばやぶれかぶれになって丁子に向かい合うと、重心をぐるりと一周回して、跳躍した。たとえどこまでも飛び立てる白鳥も、飛び立つ前に掴み取ってしまえばそこで終わりだ。
筋肉の永遠を誇示するためにはこの可能性を摘み取っておかねばならない。卑劣な手だとはわかりつつも、しかしゴッ太郎は今まで信じてきた筋肉を裏切ることなどできなかった。ゴッ太郎と筋肉は、切っても切れない、ズッ友太郎なのだ。
ゴッ太郎が飛び上がった動作を見て、丁子の脳裏には初対面――つまり電車の中で引き寄せられた瞬間のことを思い出していた。あの時も、ゴッ太郎は満員電車の中で体を揺らしてジャンプしたのだ。ということは、彼は今、わたしを引き寄せようと、抱きしめようとしている。
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