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第1話① 夜の街にて一人
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それは夜半の月影がうららに揺れる残暑のことであった。
滑った鰻の腹のような雲が縦に細長く棚引いて、夏の終わりを告げている。足元にはガラスの破片、捨てられて風に流されたチラシなどが吹き溜まり、淀んだ風が裏路地の闇にチラチラと月明かりを反射している。
表通りの喧騒を横目に、裏路地は二つの足音だけを刻んでいた。
「なあ、上海、一仕事終わって腹減ってないか? 帰るまでになんか食って帰ろうぜ」
「いいね、たべる上海」
「よォし、行くぞォ」
薄暗い闇に浮かんだ人影は青年と少女だった。少女は青年の体にひょいと飛び乗って背中に取り付くと、青年は少女を抱え上げて歩みだした。
二人が表通りに差し掛かろうとした瞬間、表通りから漏れ出るナトリウム灯を遮って、制服を着た女生徒が二人に近付いた。彼女を見ると、青年はにこやかに手を振ってすれ違う。光を受けながら、背中越しに青年が話しかけた。
「御鈴波ァ、今回はこれで良かったんだよな」
光を背に受けてより濃い闇の中佇む彼女は小さな口を開く。その少女の語り口は奇妙な程に静謐で、どこか非人間的な冷徹さをも孕んでいた。茹だるような熱で噎せ返る路地裏は彼女の言葉で一気に冷え込み、月光が囁く様な冷たい声が熱帯夜を中和していた。
「ええ……問題ないわ。それで、明日からは糺ノ森高校に転校してもらうから、そのつもりでいて。標的の情報は送っておくわ」
「ん、オケ。じゃあ、あとは頼んだぜ~」
青年と少女は表通りの喧騒に消えた。
静けさを取り戻した路地裏には、場違いに斌しいひとりの少女だけ残されている。
「相変わらず滅茶苦茶やったわね。もう慣れてるけど」
ため息をつく彼女の他に、路地裏に動くものはない。彼女が眺めているのは、地面に生えている足であった。
足、足、足。
合計で六本の足が、コンクリートを突き破るたんぽぽのように月に向かってまっすぐと生えているのだ。その内の一本は靴が脱げて、虹色の靴下の彩りが追加されてバランスもいい。傍目から見れば大層異様な光景だというのに、女生徒は眉根一つ動かさず『処理班』へ連絡を始めた。
「次からは――埋めないように強く言っておかないと」
彼女の名は御鈴波途次。
夜の街の掃除屋である。
滑った鰻の腹のような雲が縦に細長く棚引いて、夏の終わりを告げている。足元にはガラスの破片、捨てられて風に流されたチラシなどが吹き溜まり、淀んだ風が裏路地の闇にチラチラと月明かりを反射している。
表通りの喧騒を横目に、裏路地は二つの足音だけを刻んでいた。
「なあ、上海、一仕事終わって腹減ってないか? 帰るまでになんか食って帰ろうぜ」
「いいね、たべる上海」
「よォし、行くぞォ」
薄暗い闇に浮かんだ人影は青年と少女だった。少女は青年の体にひょいと飛び乗って背中に取り付くと、青年は少女を抱え上げて歩みだした。
二人が表通りに差し掛かろうとした瞬間、表通りから漏れ出るナトリウム灯を遮って、制服を着た女生徒が二人に近付いた。彼女を見ると、青年はにこやかに手を振ってすれ違う。光を受けながら、背中越しに青年が話しかけた。
「御鈴波ァ、今回はこれで良かったんだよな」
光を背に受けてより濃い闇の中佇む彼女は小さな口を開く。その少女の語り口は奇妙な程に静謐で、どこか非人間的な冷徹さをも孕んでいた。茹だるような熱で噎せ返る路地裏は彼女の言葉で一気に冷え込み、月光が囁く様な冷たい声が熱帯夜を中和していた。
「ええ……問題ないわ。それで、明日からは糺ノ森高校に転校してもらうから、そのつもりでいて。標的の情報は送っておくわ」
「ん、オケ。じゃあ、あとは頼んだぜ~」
青年と少女は表通りの喧騒に消えた。
静けさを取り戻した路地裏には、場違いに斌しいひとりの少女だけ残されている。
「相変わらず滅茶苦茶やったわね。もう慣れてるけど」
ため息をつく彼女の他に、路地裏に動くものはない。彼女が眺めているのは、地面に生えている足であった。
足、足、足。
合計で六本の足が、コンクリートを突き破るたんぽぽのように月に向かってまっすぐと生えているのだ。その内の一本は靴が脱げて、虹色の靴下の彩りが追加されてバランスもいい。傍目から見れば大層異様な光景だというのに、女生徒は眉根一つ動かさず『処理班』へ連絡を始めた。
「次からは――埋めないように強く言っておかないと」
彼女の名は御鈴波途次。
夜の街の掃除屋である。
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