白い夏に雪が降る【完結済】

安条序那

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第47話 善後策

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 一人の黒い影が恐るべき速度で動いていた。
 来る八月二十九日、もう一度雪星を降らせるため、星一つを終焉へと向かわせん為に――約束の場所へと向かう影がいた。
 たった一人である。たった一人の孤独な影が明確な殺意を以て星ごと殺そうとしていた。
 湖のほとりに住んでいた頃も、永遠に妻と娘を奪われたときも、これほど乾いてはいなかっただろう。
 これほど世界は憎くはなかっただろう――。
 全てはあの夜に始まったことだった。
 あの笑顔が、あの幻想が、俺の世界の全てを飲み込んだ。
 闇黒と絶望の逆しまな境界面に俺を叩きつけたのだ。
 歯を食いしばって悪夢に耐え続けていた俺を怒りに飲み込んだ。
 ヤツは今夜にも現れるだろう。
 奪ったものとして、奪われたものとして――取り返せないものを奪い返すために――それはなんだ? 誇りだ!
 誇り――過去、栄光、自負、日常、全てだ!
 異端狩り、異端狩りの人間共よ。
 己の存在を顧みることもせぬ正義を騙る人食い共よ。
 罪、罰、悪……それを決める力があると驕った人ならざるバケモノ共よ!
 もう二度と、この世界を目覚めない夢に――!

――――――

『現時刻のことである。
 ……少なくとも、この現実と夢の狭間でボクがこの世界を形容するための言葉を、懐かしくも麗しい地球の言葉の響きで語るのであれば、“絶望”という言葉を選ぶかもしれない。

 なぜって? この光景を見ても君はそう思うかい?

 ああいや、申し訳ない。君たちはその瞼を開けることは出来ないのだったね。申し訳ない。
 ボクとしたことが失念していた。
 夢を見る時、人は瞼を閉じているものだったね。
 こちらが長いとそちらが当たり前のことでも忘れてしまうんだ。
 決して他意があるわけじゃないことをここに詫びておくよ。
 さあ、語り聞かせようじゃないか。

 今はタイムゾーンESTの直線にある海上、つまり大西洋にいる。
 ぼくたちはその場所から広大なる海を見下ろしているわけだ。
 その筈だね? ほら、あそこにはミシシッピ川の碧に輝く水色とメキシコ湾の蒼が混じらずに一本の線になっている場所があるはずだ。
 そしてあちらには欧州へ繋がる海が拓けており、無限の旅人は歴代あの先を目指して船を駆ったのさ。現代でも海運の要所だそうじゃないか。
 しかしもう船が通ることはないだろう。

 なぜって?

 ほら、耳を澄ませて。
 ……聞こえてきたかい?
 そう、聞き慣れた音じゃないか? 腹の底から響くような音だ。
 ぼこぼこと煮立っているんだ。地獄の釜のように。

 どこがって?

 大西洋がだよ。
 今君に聞こえている音は本当に海の煮立っている音だ。
 ずっとその先には、まぶしい光がある。
 人間には馴染み深い光なんじゃないかな?
 そう、太陽の光だ。
 けれどアレは太陽じゃない。それよりももっと不浄な炎だ。恐るべき支配者の次元との間に隠れている悪意の炎――。
 名はヤマンソという。
 彼は事故を起こして海に落っこちてしまったんだ。
 このままではどうなるかって?
 まあ、地球はまるごと燃えカスにでもなってしまうんじゃないかな? 
 あちらでは海が渦を巻いて、空は歪な虹に輝き始めている。
 目覚めているんだ、星辰がいよいよ揃い始めたようだね。
 ……そんな不安そうな顔をしないでくれ。
 それでは、ボクは行ってくるよ。
 え、どこへって? それは決まっているじゃないか。
 友人に頼まれた場所、だよ』



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