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第11話 憫笑の花
しおりを挟むその日は、からっと晴れて渇いた、まるで日本の夏じゃないみたいな日だった。
嫋やかに伸びた空の雲は、積乱雲なんて一つも作らず、太陽の光は絨毯みたいに万遍なく降り注いで、ひまわり畑が踊っていた。
病院の窓から見えるその光景は余りにも童話じみていて、この世界が現実ではないかのような錯覚さえ感じさせる。
「綺麗だな、ひまわり」
朝の八時半。
病室に辿り着いた俺たちは、御薗礼香のぼろぼろの姿を発見した。
見張りを立てられて、ぼんやりと窓の外を眺める少女。
その表情は無気力で、まるで廃人のようになっていた。
夜の間に何があったのか、それを聞き出すことを躊躇われるくらい、まるで溶けて無くなってしまいそうに、少女は窓の外に手を伸ばして自分の影に手をあわせてはそのまま動かなかった。
こんな姿を、俺はどこかで見たことがあった。もう記憶の向こう側――俺の意識にある彼岸、即ち忘却の安寧においてゆかれた誰かの姿。それが瞼の奥にチラついて彼女に憑依していた。
「礼香ちゃん、いい天気だ。少し、外に出ようか――」
真っ白いコンクリートと日よけ屋根の間。
俺たち三人は、亡っと、ひまわりを眺めていた。
カツカツ、と経年劣化したベアリングが車椅子から小気味よく鳴っている。
太陽の方向を見つめるひまわりたち。どうして彼らは、こんなに眩しいばっかりの太陽を見続けることを選んだのだろう。
「ううん――」
ぼんやりと、真っ白い毛先を風に踊らせながら、か弱い少女は呟くように話し始めた。
「蕾が、好きだったの。あの子、黄色が大好きで、だから、ひまわりも大好きで。だから、お家にも、毎年、植えてたの。一緒にレンガを積んで、花壇を作ったの。今も、咲いてるかな。それともお水やり、できてないから、枯れちゃったかな……」
ぼんやりと、うわ言のように、ぽつぽつと。
――。
「さあ……な、俺たちは見てないからわからない。でも、ひまわりくらい強い植物ならまだ案外元気なんじゃないか?」
「そうかな……」
少女は褄取草の花みたいに儚く微笑んだ。
「ああ、きっとそんな気がするよ」
「蕾、元気かな」
風が凪いでいる。
蝉の声が聞こえる。
「元気だと、いいな」
「あの子、なんでもできる子で、だから、なんにもできないお姉ちゃんだったのに、全然、わたし何にも困ったことなくって……。やっぱり病院には、いなかったんですか」
「ああ、いなかった。もう一つの救急病院の方も、電話して確かめたよ。いなかった。救急搬送の事故に子供はいなかったらしい」
いないのだ。
どこにも情報はない。
三咲町中、どこにも、昨日の踏切事故の情報なんてなかったんだ。
そもそも、そんな事故なんて、どこにも。
言えやしないだけで。
雲が流れていく。
まだらに落ちる地面の影は、冷徹に影を落としながら、世界を彩っていく。
「蕾、おなか、空いてないかな。ご飯作るの、私の役目だったから」
「多分――きっとうまくやってるよ。よくできる子だったんだろ。お姉ちゃんが信用してやらなくてどうする」
「……うん」
極めて無責任に、俺は彼女を励ました。そのほとんどは嘘だ。
けれど俺はそれ以外に、彼女を励ませるカードも持ち合わせていなかった。
「昨日、抜けだしたのも、それが理由なんだろ」
「……」
カマをかけるように、踏み込む。
弱った心につけ込むようで忍びなかったが、ここでなきゃ聞けないこともあるだろう。
礼香は、黙りこくった。
風の音、時々車の通る音、さざめく草の声と、堤防の向こうに流れる川。
夏の情景だけが沈黙を彩っていた。
静かに、時間だけが流れている。
「――嫌なら答えなくってもいい。俺が先生に適当に話を付けといてやるから。でも、一人で出歩くのは良くない。三咲浜の方は治安が良くないからな」
どこも見つめず、単純にそう言った。
踏み込むべきではないことは、あまりにも多い。
少女の心は脆い。罅の入ったガラス瓶は、いつ壊れてしまうかわからない。
一寸まって、やはり静寂が辺りを支配して、それでも、寸分も動かず、待った。
焦れることもなくぬるい風に当たり続けて、悠里の首元にも俺の額にも大粒の汗が浮かんでいた。
もうそろそろ、頃合いだ。
無理を言ったって仕方がない。体調も心配だ。
車椅子のロックを外そうと、視線を下に移す。
そこには。
ピンク色の、大きな瞳があった。
瞳孔の奥のその光の反射は、この日陰ではより濃やかで、藤色に近似していた。
俺の眼を、砂糖菓子でも眺めるように、興味津々に眺めている。
瞳孔の水晶体が、硝子体が、いや、視神経を、後頭部を、舌状回を、外側膝状回を、舌でなめ回されているような――
この子の目は、大きかった。それはサイズの問題だけではなく――もっと、違った意味で、呑み込まれてしまいそうという意味で。
そういえば昨日の昼間もそうだった、この子は人の眼に、何かが描かれているように観察している。まるでそこにその人を表した言葉でも書かれているように、それか霊魂でも見ているかのように、何かを知りたがっているような、そんな瞳で、視ている。
……不気味だった。御薗礼香の瞳の色は、水に沈んだ花弁の奥に宝石が佇んでいる。
「――」
なおも経過する時間。
お互いに、動かない。
俺は見ている。御薗礼香のその瞳が瞬き、呼吸するところを。
俺は視られている。何を視られているのかわからないままに。
ふと、小さく、薄い花弁の唇が揺れた。
「――て」
「はっ」
聞き逃した。
「やっぱり……会ったことがありますよね」
……。
「何を――」
俺のはっとした顔を見て、少女は安心したように言葉を繋ぐ。
「しづるさんって、きっと」
ようやく、頬に血色が戻ったように見えた。
いや、上気しているように頬が赤くなり、俺に向かって微笑んでいた。
「三咲浜で、ずっと前、私に話しかけてくれた人、ですよね。来なくなってからもずっと、あの日も、次の日も、ずっと夜に、浜辺でお祈りしながら待ってたんです。だから、私のこと、こんなに気にかけてくれて、助けてくれるんですよね。でも、あなたは――」
誰のことを言ってるんだ――?
「どうしてこんな風に助けてくれるんですか? やっぱり、お父さんと知り合いっていうのは――」
連弾のように言葉が湧き出して、彼女は俺に言葉を投げかけ続ける。
「どうして、二年前にぱったりと会いに来てくれなくなったんですか? ひょっとして、私、あなたに何かしちゃったのかなってすごく悩んでたんです。それに、聞いてください――」
ぞわりと背中に冷たいものが走った。
彼女は勘違いをしている。けれど、それに彼女は疑いを挟まない。何かを確信したように、俺に向かってずっとずっと、知らない話を聞かせている。
誰かはわからない。違う、俺ではない。
――。
話している間、彼女は手を淑やかに膝の上に揃え、藤色の血色の瞳が踊っていた。
俺の言い知れぬような不気味さと裏腹に、その様は今までの臆病な彼女の像とは違う。親しい人に甘える子供……恥じらいをほんの少し滲ませた頬は桜のように色付き、不健康そうな肌色を綺麗に上塗りしていた。
……しづる、言うんだ。俺はその人ではないと。
「あなたがあの人なら、じゃあやっぱり蕾についても知ってるんじゃないですか? 本当はもう」
「礼香ちゃん」
俺は語気を強く持ち、少女の言葉を撥ね付けた。
「はい?」
ぎりり、と奥歯が鳴った。
言え。
言うんだ。
「誰と勘違いしているのかはわからないけど、ない……。ないはずだよ。俺は昨日君と初めて出会ったんだ。その時、『この子は悠里に似てる』って思って、正直驚愕してた。だから、もっと前にあってれば、君を覚えているはずだ」
「――じゃあ」
と、言いかけて、礼香は瞼を閉じた。
「嘘……、嘘。じゃあ、なんで」
「……」
「――なんでこんな私を、助けてくれるんですか」
ほんの少し怒気のような問い詰めるような色が声に混じり、さっきとはうって変わって瞳の色は暗く沈んだルビーのようになっていた。
「あなたは、知らない人だったんでしょう? 浜辺で私と一緒にいてくれた人でもない。じゃあなんで」
「それはあのままじゃ危ないって思ったら体が勝手に動いただけで……」
「でも――だって。昨日、もし私を助けようとして失敗したらあなたが轢かれて死んじゃったかも知れないんですよ。相棒さんだって怒ってたじゃないですか。それを上回るくらい、そんなにわたしがかわいそうだったんですか? それとも、本当にあなたの正義感なんですか? 本当の本当は相棒さんの前でいい顔したかっただけなんじゃないですか? どうして――私を助けたんですか?」
御薗礼香はこちらを見た。表情はどこか歪んで、恨んでいるようにさえ見える。
「答えてください……。そんなに、私がかわいそうだったんですか? そんなに。私が何もできない、頼りない子に見えたんですか!? わたしは、あなたなんかに助けられなくっても、今までっずっとお姉ちゃんだったんです! あの時だって、きっと私は大丈夫だったんです!」
一際甲高い声が鼓膜に突き刺さり、間隙を埋めるように沈黙が場を支配した。
俺は何も言えなくなってしまった。実際、そうでないことを否定できなかったからだ。気が付けば体が動いていたのは間違いない。けれど、それは俺がどこかしら彼女を哀れんでいたことの証左ではないだろうか。いや、でもそれでも、こんな風にどうして彼女は――。
どうして彼女は、自分が助けられたことをそうも否定的に取りたがるんだ?
「……」
「礼香ちゃん、自分が辛いのを他人に押しつけちゃダメよ」
静かに割り込んだのは、悠里だった。気温が下がったように場は一気に静まりかえって、礼香の視線は悠里に向かった。
「なんですか? 私が話してるのは――!」
「静かに、ここは病院よ。お姉ちゃんなのにわからないの?」
「ばっ、悠里……」
明らかに敵意を持った顔だ、叱りつける気だろうか。
「やめとけって悠里……!」
黙ってて、と悠里は俺を押しどけた。
「あのね、しづるはいいヤツなの。掛け値無くいいヤツなの。礼香ちゃん、あなたが優しくして貰ったことがあまりないからって、コイツにまであなたの受けてきた悪意を求めないで。被害妄想よ」
悠里、そんなハッキリ――
俺は、全身から汗が噴き出すのを感じた。女同士の喧嘩――マズイ気がする。
「言い過ぎだって」
「いいから黙ってて」
悠里は礼香の前に視線の高さを合わせるように屈むと、頬にそっと手を触れた。
「礼香ちゃん、あなた、一人になろうとしてるでしょ」
「――!」
びくり、と車椅子の上の体が震えた。
「そんなことっ」
跳ねるように後ろ向きに体重が移動し、車椅子が後退する。
俯くままに、礼香は叫んだ。
「ありません! 私は本当にあなたたちみたいな人、大っ嫌いなんです!!! 偽善者! 嘘つき、みんなそうやって私たちから奪っていったんです。助けるっていいながら!」
劈《つんざ》くような絶叫――。
今までの淑やかな空気感をぶち壊して、少女はよろめきながら車椅子の手すりに力を込めた。
「あなたたちの力なんて、いりませんから! 私は、お姉ちゃんなんです! ずっと蕾と一緒に、二人だけでも暮らしてきてたんです! だから、もう大丈夫なんです。きっと、蕾もわたしのことずっと待ってるんだ。 さっきのも嘘なんだ。本当は蕾は見つかってるのに、隠してるんだ……! 私がまだ子供だから、きっと何も受け止めきれないだろうって……! 大人はいっつもそうなんだ――。 親がいないからかわいそうで弱い子だって……! 勝手に、勝手に! もう、私、大丈夫なんです! 一人でもなんだってできるんだっ」
礼香は頭を掻き毟りながら譫言のようになんでもできると繰り返し、急激にバネのように車椅子から飛びだし、無理矢理立ち上がろうとしてよろめき、肩から地面に倒れ込んだ。
「はぁっ、あぅっ――」
俯いて表情は見えない。けれど前髪の奥からは、渇いた夏の地面を濡らす滴がぽたりぽたり、と流れ落ちていた。
俺はその悲壮さに面食らって、何も動けなかった。彼女の言葉全てが自滅的で、そこからはある種の劣等と、孤独に裏打ちされた不信感が露出していた。見えない心的外傷によって構成された自己否定が彼女を内側から蠱毒のように蝕んでいたことを、なんとなく想像できてしまったからだ。
社会からの阻害、レッテルから自我の構築……。
理性の混濁、認知の歪み。不信、嫌悪、恐怖……。
あらゆる負の感情が彼女に巻き付いては傷つけていた。もしこの向日葵畑が全て俺を笑っている顔ならば――身じろぎ一つの度にその行動に注意を向けられて、一挙手一投足がただの慰み者として道化にされたなら――。
少女を蝕んでいたものがそれならば。
けれど怯むな、桜庭しづる。
……俺は、正義の味方だ。
悠里を手で引っ込めて、俺は前に出た。
「礼香ちゃん」
「近寄らないで……! 大丈夫だから、一人で、歩けるから――」
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「ごめんなさい……! ごめんなさい、あああ……違う、違うの。私そんなひどいこと言いたいわけじゃ、ごめんなさい、でも、やだ、ぁあ――! 私、違うの、しづるさんにそんなに酷いこと言いたかったんじゃな、あああ……!? でも、やだ、ぁああ――!」
桜庭しづるは、待っていた。
静かに手を差し出して、錯乱したまま呼吸を乱す礼香を見据えていた。強いても価値はないのだ、信じるしかなかった。
「信じなくてもいい。でも、この手を取ってくれるなら絶対に君を裏切らない。君が仕返しに俺を利用したっていいんだ。例えそうだとしたって、俺は絶対に君を護る。『桜庭しづる』は約束する」
俺は、彼女を一人の人間として見た。
彼女に、『大人』ではなく『桜庭しづる』として見て貰えるように。
「……」
礼香の手は、ゆっくりと伸ばされた。
震える手が、ほんの少し指先とだけ触れあった。
その瞬間、彼女は反射的に手を引っ込めた。
俺は動かずに待ち続け、やがて、彼女は俺の手に小さな手を、ほんの少しだけ乗せた。
瞳の奥は震えて、複雑な赤が濁ったり澄んだりを繰り返していた。
「ごめんなさい――私、私、わたし……」
「いい。言わなくってもいい。約束は破らない」
そのまま小指と小指を組み替える。
「指切りしたからな。これで、絶対」
「うん……わかり、ました」
俺は礼香を抱き上げて車椅子に乗せると、感情が爆発したように礼香は泣き始めた。
「……あたしこそ、ひぐっ。ごめん、なさい。せっかくお洋服も持ってきて貰ったのに、こんなにっ。うっ、汚しちゃってっ。ごめんなさい。ごめんなさい。素直にごめんなさいって、言えなくって、ごめんなさい」
何度も何度も繰り返し謝る礼香を撫でながら、ゆっくりと車椅子をひまわり畑に進めて、泣き止むまで連れていた。
静かにしとしとと彼女の瞼からは涙がこぼれて、布地に小さく染みがいくつもできては繋がって、一つの水溜まりのようになってそれからようやく彼女は泣き止んだ。
真っ赤な目元と、鼻水と汗でぐしょぐしょになっていた礼香は、ようやく少し恥じらって言った。
「見ない……で」
真っ赤になった顔で礼香は俺を見た。
「シャワー、浴びるか?」
「はい……」
辺りを見回しても、悠里の姿はどこにもなかった。
「さて、そろそろ時間か、な?」
昇りきった太陽を浴びながら、サングラスと日傘の向こう。
屋上の柵に背中を預けて白衣をはためかせながら、憎き策士は笑んでいた。
「時間だよ、お前に仕事を言い渡しに来た」
「おっ、本当に来た? うまくいった?」
サングラスをほんの少しずらして、俺を確認する悠里。優雅極まれり、この上なくふてぶてしくにやついていた。
「いったよ、でもお前、あのなあ」
「ナイス、それでこそあたしのしーちゃん。心のお医者さん」
悠里は俺をこまねいて、頭を捏《こ》ねてみせた。
知ったような口を……叩くのはいつも通りだったな。
「冗談。無理矢理本音を吐かせようとしたのは悠里だろ」
「それが適切な回答かな、と思いまして。女の勘ってヤツ」
女の勘……。そう言われては反論できない、がその程度の不安定な情報でずけずけ他人の領域に踏み込んだのか。豪胆だなコイツほんとに……。いいか悪いかはおいといても。
「だからって、お前が悪役になってどうすんだよ、随分アレで嫌われたと思うぜ」
「そうだろうね~。でも大丈夫、本来はそうなるべきなんだよ」
ぺろり、と舌先で出して悪戯っぽく悠里は笑っている。
「本来はそうなるべき?」
解せないことを言うな、と俺は思いつつ耳を傾ける。
「仲は良くて困ることはないけど、仲がいいだけじゃ話せないこともあるでしょ。例えばしーちゃんならあたしには仕事の話しかしてくれないじゃない。あとはお勉強の時にあたしをラジオ代わりにしてたり。でも他の人にはきっと色恋の話だってしてるかも知れないし、なんなら最近やってるゲームの話しかしてなかったりするかもじゃない? だからここらでちょっと本心見せて貰ってさ、もっと礼香ちゃんが話しやすくなればいいなーって思ったの」
やっぱりそんなことを考えてたのか。説得に失敗したらどうするつもりだったんだ……。勇み足が過ぎるというか、人の心がないというか……。
ため息を一つつくと、悠里はほんの少し悪びれたように視線を右上に投げた。
「しーちゃん、あの子の面倒、見られる限りは見たそうにしてたからさ。だからここはあたしがいっちょ悪役になってあの子と仲を取り持った方がいいんじゃないかな~って思ったわけ。心理学的には転移っていうんだっけ」
転移――患者が治療者に対して親密な人間に行うような反応を示すことをそう言う。その反応は様々だが、敵対、見捨てられたくないという不安、愛情、或いは血縁じみた対応などだ。今回のは、少なくとも別種のものだろう。
「使い方間違ってるし……うまくいったからいいものの、ものすごく結果論だよ。けど確かに、悠里のお陰であの子の地金の部分が少し見えたのはあると思う。すごく自分を封じ込めて周りと合わせてきたタイプなんだろうな。むしろ……」
「むしろ?」
「そういう風に周りに求められてきたんだろうな。ラベリングってヤツだよ」
「あー、人は望まれたようになっていくってヤツね」
「そうそう、そっちはちゃんと覚えてるな」
「まあ、天才の悠里ちゃんなのでね」
減らない口と張り合うつもりはない、俺はそれくらいで一つ瞬きをして、気分を入れ替える。
「で、しーちゃん曰く、あの子はどんな子だったの?」
「なんだろ、昔の悠里から反骨精神を引っぺがしたような子だよ。被害妄想、というよりもそうなることを求められてきた感じ。生育環境には多大に関係があると見るのが常道だな。俺には知り得ないことだけどさ。でも、だとしたら納得自体はできる」
「どの辺が?」
「見てきたとおりだよ。大人に不信感があるんだろう、当然だろうけどな。あの感じだと信頼できる人に裏切られたんだろう。詳細は……今から聞きに行くつもり」
「へえ、随分谷あり谷ありな人生送ってきたのね、礼香ちゃん。じゃあ良かったじゃん。あたしらみたいなお人好しの集団にうまく当たって。いや、『桜庭しづる』っていう見境無しの優男に当たって幸運だったって言うべきかしら?」
悠里は意地悪くにやけて、毛先を人差し指に絡めながら言った。
「見境無しって言い方悪いな、否定はしないけど」
「しないんだ。まあ、自覚してるならいいよ」
とはいえ、悪い言い方なのは請け合いだけどな。
「さて、どうしてしーちゃんがここに来たのか当ててあげるよ」
「当ててみろ」
「それは水が関係しますか」
「します」
「それは性別が関係しますか」
「……します」
「それはつまり、シャワー、ですか?」
「ご明察……わかってたのかよ」
「まあ、天才だからね」
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