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百合の匂いに誘われて

運命への抵抗

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神子として異世界に召喚されてから過ごした、神の庭を出立する日の朝。
わざわざ大神官の爺ちゃんと他の神官さんたちも見送りに来てくれて、なぜかいっぱいお菓子をもらった。
孫扱いなのか、俺は?
でもありがたく貰っておく。
道中、暇だろうし。
本を読みながら摘まんで食べることにするよ。
異世界召喚あるあるで言語に苦労しない俺は、ありとあらゆる国の本が読めるから退屈はしないだろう。

ナリヒサさんたち神兵は雄々しい馬にそれぞれ跨り、俺の乗る馬車を囲むように陣取る。
その威風堂々たる姿に、サハラーン国の兵たちは俺の傍に寄ることもできないみたいだ。
よしよし。

ツバキさんたち侍女さんたちも、別の馬車で移動してくれる。
俺の馬車には、ツバキさんが同乗してくれるよ。

一応、神子としてサハラーン国の代表で聖痕者でもあるユリウス殿下と一緒に、道中の無事を祈って神官から護符をもらう。
……。
ただの板にしか見えん。
でも有難く頂戴して、目礼を返す。
ユリウス殿下は、護符を押し戴いて深く頭を下げていた。
そして、俺と向き合う。

「では、神子様。これから我が国サハラーン国へとご案内いたします」
「はい。よろしくお願いします」

余所行きの顔と声色で、猫ちゃんを被りに被った態度でご挨拶。
スッとユリウス殿下が右手を高く上げると、ブオォォッ! と野太い笛の音が響き、のそりのそりと先頭の隊列が動き出す。

「では、私も馬上から御身をお守りいたします」
「え? 馬車に乗らないの?」
「ええ。恥ずかしい話ですが、我が国までの道中の安全は約束できないのです。賊もおりますし」
「賊って……」

山賊とかかな? あっちの世界でも強盗とかいたし……、事件に遭遇するのは事故に遭うみたいなもんで、絶対安全なんてどこにもないしね。
でも平和ボケしていた国で過ごしていた俺は、少し怯えてしまった。
ふわっとユリウス殿下の大きな手が俺の頬を包み、心配そうな視線を向けてくる。
つい、と美麗な顔を寄せられると、微かに香る爽やかな匂い。

「大丈夫ですか? 怖がらせてしまいましたか?」
「……。えっ!……ああ、大丈夫。ちょっとビビッたけど……。ナリヒサさんたちもいるし」

なぜかユリウス殿下から香った匂いにドギマギして焦って言い募ったら、ユリウス殿下の眉がギュッと中央に寄ってしまった。
なにか、不味いことを言ってしまったか? とますます焦ったら……。

「私もいます。ちゃんとルイ様をお守りします」
「ああ……うん。ありがとう」

ちょっと子供の強がりみたいな口調で言われて「可愛い」と感じたら、匂いもキツくなった気がする。
爽やかな柑橘系の匂いの中に、ほんのりバニラのような甘さ。
ずっと嗅いでいたいけど、嗅いでいると胸がドキドキしてなんか……顔が熱くなってくるような……。

「ルイ様。そろそろ馬車へ」

ツバキさんに促されてビクンと体を大きく跳ねさせると、俺はユリウス殿下にペコリと頭を下げて、そそくさと馬車に乗り込む。
彼の気遣わし気な視線から逃げた俺は、馬車に深く腰掛けて深呼吸をした。
なんだったんだ、今のは。
向かいに座るツバキさんの顔が真っ直ぐに見れないのは、なぜだ?

「ルイ様。では出立いたします」

馬車の窓からナリヒサさんの顔が見えた。
俺は手をひらひらと振って、了承の意を伝える。

「大丈夫ですか? ルイ様。お顔が赤いようですが?」
「うん。ちょっと緊張しちゃった。ツバキさん、百合のお茶もらえるかな?」

気のせい、気のせい。
でも、なんとなく抑制効果のある「虹の百合茶」を飲んでおきたい。

これから、サハラーン国までの旅路も長ければ、サハラーン国での滞在も心休まる時はないのに。
サハラーン国での唯一の味方は、ユリウス殿下だけなのに。
もしかして、俺にとって一番危ない存在になってしまうなんてことが、あるのだろうか……。

「はーっ。勘弁してくれよ」

俺はひと口、お茶を口に含んで呟いた。
あっちでも、散々逃げて避けて異世界まで来てしまったのに、ここにきて運命に捕まるなんて、ある訳ないだろう?

そう思っても、つい馬車の小さな窓から彼の姿を探してしまう俺だった。
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