月影の砂

鷹岩 良帝

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2 王立べラム訓練学校 中等部

2-6話 バスタルドの影3

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 双方が放つ魔法が空中で衝突する。いくつも輝く閃光せんこうに、森のなかでは爆発音が何重にも響いていた。
 それにともない、巻き起こる風が木々の間をすり抜けて、いくつもの木の葉をまき散らしていった。
 地面に着弾した魔法は落ち葉や小枝、土をもろとも吹き飛ばす。
 アルファチームの前衛が五人と、ベータチームの四人の撃ち合いがなおも続く。次々と風や炎、氷でできた槍や矢を模した魔法が光跡を描いて両チームに迫る。
 左翼を担当するルーセントの元には、時おり流れ弾のごとく魔法が何発か押し寄せる。
 ルーセントは周囲を警戒しつつも刀に炎をまとわせ処理していた。
 互いに少なくないダメージを負いながらも、いつまでも応酬が続く。
 ルーセントが警戒している左方面からは、奇襲部隊が近づいて来ているはずだが、その姿はいまだに確認ができなかった。

「来るぞ! 迎え撃て」アルファチームの部隊長が突如として叫ぶ。

 敵チームが魔法攻撃から一転して、武器を手に突撃をかけてきた。
 森のなかに両チームの武器がぶつかり合う剣戟の音が魔法に変わって響いた。
 ルーセントの前にいる味方が劣勢になれば、後方からルーセントか突きを繰り出して距離を取らせる。
 即席とは思えないアルファチームの抜群の連携に、人数差もあってか、攻めあぐねるベータチームが撤退を開始した。
 部隊長がすぐに追撃の号令を下す。
 陣形を維持しながらもベータチームのあとを追いかけた。
 後方を何度も確認しながら木々の間を逃げていくベータチームの四人。数百メートルほど逃げると、急に身体を反転させて魔法攻撃を開始した。
 突然の魔法攻撃に反応しきれなかったアルファチームの数人が被弾をしてしまう。
 しかし、動揺を一瞬で抑え込むと、アルファチームがすぐさま体勢を整えた。そして、両チームが木々を盾にしての法撃戦が始まる。
 魔法の応酬が続くなか、再び敵チームが近接戦闘を仕掛けてくる。しかし、少したつと先ほどと同じように再び逃げ出してしまう。
 追いかけるアルファチームが徐々に距離を詰めていく。
 前衛の五人が敵を追いかけつつも魔法を放って一人を倒した。
 相手チームは残り三人となっていた。

「ちょっと! 誘い込まれてるわよ」
「分かってる。そろそろ来るぞ。左右と後方の警戒を怠るな」

 ベータチームの乱れることなく動く規則的な動きに、レイシアが相手の作戦を看破する。
 受ける部隊長は、きゅうちゃんの情報のおかげで奇襲攻撃を見抜いていたため、あえて相手の作戦に乗っかっていた。
 部隊長の指示に全員が周囲警戒を強める。
 その時「うわっ!」と、パックスがバランスを崩して両手を地面につけて転んだ。

「情けないわね、何もないところで転ばないでよ。おまけ君」レイシアがあきれた顔で息をはく。
「いや、そこまで間抜けじゃないですよ。足になにか引っ掛かったんですよ」

 パックスが足元に手と視線を送ってその引っ掛かった正体を探った。そこには、草同士を結びつけた簡易トラップが仕掛けてあった。
 罠を見た部隊長が悪態をつく。

「くそっ! こいつがあるから、ここまで引っ張ってきたのか」
「やるわね。でも、炎が使える人間が四人もいるのよ。こんなの焼き払えば問題ないわ」
「そうだな。前衛は前のやつらに警戒を、それ以外の炎が使えるやつはトラップを焼き払え」

 部隊長は草に足を取られてまともに戦えなくなる状況を憂慮したが、レイシアの思い付きを採用する。
 そして前衛以外の後方にいるルーセントらを含む火の魔法を使う三人に、草を焼き払うことを指示した。
 トラップを処理するために周囲の草を焼く三人を見て、今まで逃げていた敵チームの一人が口元をゆがめてほくそ笑んだ。
 その瞬間、ベータチームから上空に向けて一発の魔法が放たれた。
 上空で炸裂さくれつする魔法。
 その瞬間、アルファチームの両翼側から奇襲部隊が三人一組となって現れた。

「しまった! 最初からこれが目的だったか!」

 部隊長が周囲に視線を走らせる。そして押し寄せる敵に自身を悔やんだ。それでも、なんとか劣勢を挽回しようとしたが、対応するにはすでに手遅れだった。
 草を焼くことに気を取られていたアルファチームは見事に奇襲を受けてしまう。
 陣形も崩れて敵味方が入り乱れる。
 対峙していたベータチームの三人も前衛へと押し寄せた。
 森のなかには、いくつもの剣戟音が響いた。

 右翼では、二人の生徒から闇雲に剣を振り回すパックスが狙われていた。

「こっち来んじゃねぇ! 弱いやつをいじめして楽しいかよ!」
「悪いなボーナスポイント。三万リーフの前じゃ、ささいなことだ」
「ちくしょおおお!」

 上級生の無慈悲な一言に、やけになったパックスが大振りで剣を振り下ろした。
 しかし、受ける生徒の顔には余裕が浮かぶ。敵生徒がパックスの動きに合わせて左足を大きく下げと、そのまま前傾姿勢を保って剣を正面に構えた。振り下ろされる新入生の剣を難なく左に弾くと、そのままパックスの右腕を斬りつけた。
 しかし、この一撃は幸いにもパックスの手甲に当たって、なんとかダメージを回避した。
 それでも、初めての体験にパックスは半ばパニック状態となってしまう。無我夢中で剣を右へ薙ぐと、再び相手に剣を弾かれてしまった。そして、流れるような敵の反撃に為す術もなく手首を打たれる。手甲から伝わる重い衝撃がパックスを襲った。

「うおおおおおおお」

 進退極まったパックスは、正面の生徒にはどうやっても勝てないと悟る。そして、目の前の相手を攻撃すると見せかけて、突如としてもう一人の方に向かって突きを出した。
 しかし、剣先を向けられた生徒に戸惑いはなかった。
 左足を前に、右足を下げて剣先を地面後方に下げていた生徒は、向かってくる突きに側面から刃を当てる。そのままクロスガードと刃で挟み込む形でパックスの剣を引っ掛けた。そして数歩だけ詰め寄る。
 戸惑う新入生の右手首を左手でつかむと、一気に空へ向かって剣を押し上げた。守るものがなくなったパックスの下腹部に強烈な蹴りが入る。
 パックスは、蹴られた勢いを止められずにうしろに下がる。転ばないようにするのが精一杯だった。
 完全なる無防備を相手にさらす。
 そのがら空きとなった身体に、相手の剣が振り下ろされた。
 左肩を狙った一撃。
 ゆっくりと動く光景に、すべての判断を放棄したパックスは、その恐怖に目を閉じてしまった。
 その瞬間、金属がぶつかり合う鈍い音のあとにキン、と甲高い音が響く。

「しっかりしなさい! 男でしょ!」

 敵の刃がパックスの肩を捕らえようとした瞬間、切り上げる一筋の剣がそれを防いだ。
 聞き覚えのある声にパックスが目を開く。そこには、青い髪をなびかせるレイシアが立っていた。
 敵の生徒が舌打ちとともに、しぶしぶと距離を取る。
 二人いたもう一人の生徒には、最後尾にいた天冲てんちゅうの右翼を担当していた味方が当たる。
 危機を脱したパックスがほっとした顔とともに腰を抜かして尻もちをつく。

「情けないわね。おやつの時間はまだ先よ。早く立ちなさい」
「くそっ! 剣なんて使ったことないんだぞ」
「うるさいわね、私はあなたのママじゃないのよ。甘えてないでうしろに下がって援護でもしてなさい」

 レイシアが言葉とは裏腹に、まるで手間のかかる弟を注意するように、どこか慈愛を含む視線を一瞬だけ送ると敵に向き直った。
 パックスは何もできない悔しさと無様な格好をさらけ出した恥ずかしさで、顔を赤く染めると歯を食いしばった。無力な自分をひどく小さく感じる、そんな自分に今にも泣き出しそうにうなだれていた。

 反対側では、ルーセントが奇襲を仕掛けてきた敵と打ち合っていた。何度か攻守を交代しながらも、慣れないロングソードの相手に向かっていく。
 ルーセントが打ち込もうと刀を頭上に上げれば、敵生徒は空いた胴を狙って突きを繰り出した。
 しかし、ルーセントがあせりを浮かべたのは一瞬だけだった。ギリギリのところで左足を下げると、突きを防ぐため刀を振り下ろす。
 相手は防がれることを嫌って剣を切り上げた。二人の武器がぶつかると、相手がそのまま潜り込むように左へと抜けた。
 反撃を警戒したルーセントは、身体を半身にしつつも一歩下がって距離をとる。そして、自身を守るために刀を正面へと戻した。
 しかし、敵はすでに左足を大きく踏み込んでいた。
 振り上げた剣がルーセントの右手首を襲う。
 しかし、ルーセントも落ち着いて対処する。
 右足を下げて相手の剣を押さえつけるように刀で受け止めるが、相手は止まることなく剣を滑らせた。相手はそのまま右足を大きく踏み込みこんで、今度は右に抜けて首を狙った。
 止まらない敵の連撃に、ルーセントの顔が苦しそうにゆがむ。しかし、ルーセントも慌てることなく左足を下げると、向かい来る刃を刀を水平に打ち下ろして軌道を反らした。やっと生まれた隙に、銀髪が揺らめき空いた敵の胴へ突きを入れた。

「ぐあっ!」

 一瞬の判断で攻守が入れ替わる。
 ルーセントの突きを受けた生徒が苦しそうにうめく。身体をくの字に折り曲げたまま数歩下がった。
 すべての行動を放棄して痛みに耐えるだけの相手にルーセントが動く。
 左足で地面を力強く蹴り出すと、右へ抜けつつ胴へ一撃を加える。そのまま相手の後方へ抜けると、右肩から左下へ背中を斬りつけた。

「うがぁっ!」
「よし!」

 敵がよろけながら両手を地面につけると、身に付けていたセンサーの輪が赤く光って沈黙を示した。
 ルーセントがうれしそうに左手を握りしめる。
 そして、初勝利のうれしさそのままに、他の味方の援護に入ろうとルーセントが正面を振り向いた。
 しかしそこには、すでに風部の後方を担当していた味方が赤い光りを放ってひざまずいていた。
 ルーセントが瞬時に刀を敵に向ける。
 その先にいたのは、口をニヤリとゆがませて剣を肩に担いでいたティベリウスであった。
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