月影の砂

鷹岩 良帝

文字の大きさ
上 下
37 / 134
2 王立べラム訓練学校 中等部

2-5話 バスタルドの影2

しおりを挟む
 森林エリアでは、アルファチームにルーセントとパックスが組み込まれた。先ほど怒られていたレイシアも同じチームにいる。
 ティベリウスは敵チームとなるベータチームに振り分けられていた。
 一・五キロメートル四方の空間には、木々はもちろん、湖や沼地も場所によっては存在している。
 それぞれがエリア中央に存在する拠点を取り合うために正反対の場所へと分かれて待機していた。
 ルーセントは黒のカーゴパンツ、厚手のTシャツに着替えている。その服の上からライトアーマーを身に付ける。武器は刃を間引いた訓練用の刀を選んで腰に差した。

 分隊全員が同じ装備に、剣や短刀など各々にあった得物を手に開始を待っていた。
 現在は待機時間のため、全員がのんびりと準備運動や雑談に興じている。
 そこに、緊張で顔をこわばらせ、なんども短く息をはいているパックスがルーセントに近寄った。

「な、なあ、本当に参加してよかったのか? おれなんて剣すらまともに触ったことないんだぜ」
「大丈夫だって。教官も言ってたけど、僕たちはおまけみたいなものだよ」

 ルーセントがパックスをなだめるように背中を軽くたたく。そんな二人の背後に近付く人影があった。

「だからって、へらへら動いて負けました。じゃ許さないわよ。いい、おまけ兄弟君。なんといっても私のお小遣いがかかってるんだからね! わかっているの?」

 レイシアが二人の肩に手をかける。力の入る指先に威圧ともとれるちからのこもった瞳が二人を追い込む。
 そんな三人の様子を見ていた部隊長が、あきれ顔で歩み寄る。

「おいレイシア、右も左も分からない新入生にむちゃを言うなよ。大体、お前は先週二連勝してただろうが、もう金がねぇのかよ」
「仕方ないじゃない、新しいバッグが出たんだから」
「前も買ってなかったか? そんなもん一個あれば十分だろ」
「コレクションよ、コレクション。私にとっては、かわいいペットと同じよ。それに、自分だけが持ってるって、あの優越感がいいの。わかってないわね」
「そうか。それじゃ今度、子牛に色でも塗って紐を付けといたらどうだ? 注目度は抜群だぞ」
「そんなのいらないわよ! バカじゃないの!」
「とにかく、今から新入生に作戦の説明をするから向こうに行ってろ」

 レイシアは部隊長の言葉で不機嫌になりつつも、渋々仲間の方へと離れていく。
 そんなレイシアのうしろ姿を見送った部隊長は、ため息とともに新入生二人に振り向いた。

「まぁ、あいつの言ったことは気にするなよ。この授業になると、三倍は闘争心に火がつくからな。神聖科のくせに戦闘科より猛々しいぞ」

 にこやかに笑う部隊長が地面に落ちていた小枝を拾う。そして、そのまましゃがみこんだ。
 ルーセントたちも後に続いて片膝をつく。
 そして部隊長が地面に図を書き出した。

「いいか。今回は見ての通り、森林地帯が舞台だ。占領拠点は中心部にある。開戦したら全力で拠点まで移動したいが、今回の相手は奇襲を得意としているやつらだ。拠点を無視してこっちに攻撃をしてくる可能性が高い。だから、拠点近くまで行ったらいったん停止して、周囲の警戒をしながら進んで行くことになる。最初は二列縦隊で一気に距離を詰めるが、そのあとは龍陣隊形を使って進む。ここまではいいか?」

「はい。大体は分かりました。ただ、龍陣隊形って言うのが分からないんですが」

 ルーセントの返答にパックスもうなずく。

「ま、当然だな」と部隊長が先ほど地面に書いた説明図とは別に、新たに図を描き始める。
「いいか。まず、四人でひし形の隊形を作るだろ。そうしたら、二人一組の二組がその前に出る。ようは、ひし形の先端と両翼をハの字で挟むように布陣するわけだ。これで八人。で、残りの二人は、このひし形の後衛のうしろに移動して、少し離れたところで水平に並ぶ。こいつの間隔としては、各翼と最後尾の間くらいの距離だな。これが龍陣隊形だ。これは八陣法の一つで、本当はもっと複雑で長いんだけどな」

 分隊長が図を描き終えると、二人に「理解できたか?」と確認を取る。
 二人がうなずくと、さらに陣の役割と戦い方を伝えていった。

「よし、じゃあ次だ。次は隊形の名称についてだ。最初に言ったひし形の部分があるだろ? ここが天衡てんこうという。それで、ひし形の前に布陣するハの字の二部隊だが、左側が風部ふうぶといって、右側が雲部うんぶとなってる。で、ひし形のうしろに布陣する二人が天冲てんちゅうって名前がついてるが、ここまでは大丈夫そうか?」

 部隊長が小枝で図を何度かなぞって言い聞かせるように、ゆっくりと名称を繰り返した。
 二人も何度かつぶやき、しばらくして「覚えました」と首を縦に振った。
 さらに部隊長が動き方についての説明を始める。

「それでだ、真正面から向かってきてくれるのなら、このままで良いんだが、例えば左から敵が来たとする」部隊長が描いた陣図の左翼に向かって矢印を書いた。
「こうなった場合、天衡てんこうの左翼が前衛となって、最後尾にいる天冲てんちゅうの二人が左前方に移動して風部ふうぶになる。当然だが、元の風部が雲部に変わる。それで、元の雲部が後方、後衛となった右翼の後ろに移動して天冲てんちゅうになる。付いてきてるか?」

「大丈夫です」
「おれも問題ありません」

「よし、じゃあ続けるぞ。今度はそれぞれの役割についてだ。まず二人には、天衡てんこうの右翼と左翼を担当してもらう。敵が前で戦っていても無駄に動くなよ。基本的には、お前たちは中衛だと思ってくれていい。まず最初に敵と遭遇するのが、大体は風雲の前二人だ。一人が来た場合、風雲の二人で挟撃しつつも、様子を見て天衡の前衛が魔法で援護する。これは人数が増えても基本的には変わらない。風雲のうしろ二人が参加して左右のお前たちが援護射撃をすればいいだけだ。天冲てんちゅうの二人は基本的には後方警戒に当たるから、不意をつかれる心配はないから安心していいぞ。ただし、一つだけ注意がある。陣形はむやみに崩すなよ。あくまでも陣形を維持したまま援護に入れ。分かったか?」

「はい、大丈夫です」
「とはいっても、いろいろ初めてだからな。完璧は求めてないし、気負うこともないぞ」

 部隊長がねぎらうようにルーセントの肩を軽くたたくと、小枝を捨てて立ち上がった。

 フィールド中央から青い花火が一発上がった。
 これが戦闘開始の合図、これからいよいよ対戦が始まる。
 ルーセントのチーム改めアルファチームが二列縦隊で疾走していく。
 一定の距離を保って木々の間を器用に避けながら、新入生の速度に合わせて動いていく。四百メートルほど進んだとき、部隊長から龍陣隊形の指示が飛ぶ。それを聞いて全員が一斉に隊列を組み直した。
 わずか数秒で組上げると、それぞれが周囲に視線を走らせる。

「全員武器を抜け。風雲部は前方警戒、天衡の両翼は左右の警戒、天冲は後方だ。攻撃も移動も木に注意しろ」

 全員が移動速度を落として、ゆっくりと進みながら周囲の警戒を厳重にしていく。
 その時、ルーセントが肩に乗るきゅうちゃんに話しかけた。

「きゅうちゃん、いつもみたいに上からよろしく」
「きゅっ!」

 きゅうちゃんは分かったとばかりに一声鳴くと、木を駆け上がり消えていった。天衡の後衛にいるレイシアが、あっという間に見えなくなったきゅうちゃんに視線を送る。

「あら、あの子どこへ行ったのかしら?」
「えっと、きゅうちゃんには偵察を頼みました」
「そんなことができるの? これはもらったわね」

 ルーセントの言葉に、欲望に満ちたレイシアの口元が不敵に歪んだ。レイシアのどす黒い感情に怖じ気づいたルーセントは、固まる笑みとともに視線を外した。
 アルファチームが百メートルほど進むと、きゅうちゃんが木の上から滑空してルーセントの肩に止まった。

「きゅ、きゅ、きゅう」

 きゅうちゃんはルーセントの肩の上で鳴くと地面に飛び降りる。
 そして、陣の左翼、前衛、右翼と飛びはねながら移動する。全員が茶色の小動物の動きに注視する。

「三方向から来てるの?」

 ルーセントがきゅうちゃんにたずねると「きゅう」と鳴いた。まるでそうだと言わんばかりに跳びはねる。
 その行動を見て部隊長がつぶやく。

「やっぱり拠点を無視して攻めてきたか。ところでちっこいの、一番近い敵がどっちの方角か分かるか?」
「きゅう?」

 きゅうちゃんがくりくりとした大きな黒目を輝かせて首をかしげる。キョロキョロと首を左右に振ると、三角を描くようにくるくると走り回った。
 そのあとすぐに、前衛を勤める部隊長に近づいて方角を教えるように一回鳴いた。

「こっちか! よし、風雲の四人と俺が相手をする。残りは左右と後方の警戒を頼んだぞ。来たらすぐに知らせろ」

 部隊長の合図で全員がその場で待機する。
 ルーセントが左を、パックスが右を、前衛以外の仲間が後方を警戒する。静まり返る森でルーセントが刀の柄を握り直したとき、前方からガサガサと草を踏みしめる音が響いた。
 部隊の全員に緊張が走る。
 ルーセントも初めての体験に、不安と緊張で心臓が早鐘を打つように高鳴る。呼吸はいつのまにか短く荒くなっていた。ルーセントは、気分を落ち着かせるために深呼吸を繰り返した。
 その時、木陰から四人の敵が飛び出してきた。
 敵は、ルーセントたちの部隊を見るなり魔法を放って先制攻撃を仕掛けてくる。高速で飛翔して迫りくる複数の魔法に、部隊長が剣を振り下ろして「撃ち落とせ!」と号令をかけた。



―――――――――――――――――――――
あとがき

上手く表示されるかわかりませんが、龍陣隊形の一部です。
     龍陣 (一部)です。
        (前)
     風○     ○雲

        ○天衡    
風○             ○雲
    ○天衡     ○天衡

        ○天衡 

     ○天冲   ○天冲
        (後ろ)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

私はいけにえ

七辻ゆゆ
ファンタジー
「ねえ姉さん、どうせ生贄になって死ぬのに、どうしてご飯なんて食べるの? そんな良いものを食べたってどうせ無駄じゃない。ねえ、どうして食べてるの?」  ねっとりと息苦しくなるような声で妹が言う。  私はそうして、一緒に泣いてくれた妹がもう存在しないことを知ったのだ。 ****リハビリに書いたのですがダークすぎる感じになってしまって、暗いのが好きな方いらっしゃったらどうぞ。

処理中です...