月影の砂

鷹岩 良帝

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2 王立べラム訓練学校 中等部

2-1話 再び出会う二人、新たな生活

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 ルーセントは広大な敷地に建つ施設の入り口に立っていた。そこの大きな鉄扉の上には『王立べラム訓練学校』と施設名の書かれたプレートがはめ込まれていた。
 立ちはだかる壁を見上げれば、城壁と同じような高さがあった。そこには見張りの兵士がいくつかに分かれて巡回している。

 ルーセントが入り口の鉄扉を抜ける。

 今度は、そこに広がる光景に驚愕した。
 目の前には、小さな町がすっぽり収まったかのような風景が広がっていたからだ。
 二層構造の最初のエリアには、この施設で働く職員や訓練学校専用の発電施設の従業員、それらを相手にする商売人など、総勢二千名ほどの人々が暮らしている。東西に五キロメートル、南北に三キロメートルの広さがあった。
 ルーセントは一時間近くをかけて、第二の入り口の前に移動していた。
 ルーセントは通行証を門兵に見せて門を通り抜ける。

「おお! さっきより広いな」

 訓練生が過ごすその場所は、一層目よりも倍近く広かったが、余分な建物はない分だけさらに広大に見せていた。
 入り口のそばには、大きな案内板が立てられている。
 荷物を地面に置いたルーセントがそれを見上げた。

「えっと、中央のでっかいのがグラウンドで、その隣にある建物が学舎か」

 立体的に描かれた案内板。
 最初にルーセントが見たグラウンドと、それに付随する学舎は六個に分かれていて、それぞれが中等部と高等部の学年別に分けられていた。

「それで、その横にあるのが寮の建物か。さっきから見えるあの丸っこくて、でっかいのだな」

 次に見たのは、グラウンドの横に並んでいる円柱形の建造物群だった。

「で、最後に真ん中の奥にあるのが、バトルフィールドシミュレーターって施設か。何をするところだろう? 一番でっかいな」

 謎の施設を最後に、ルーセントが荷物を持ち上げる。
 数百メートルを歩いたところで、視線の先に人だかりができていた。
 ルーセントと同じで、荷物を抱えた多くの少年少女たちでガヤガヤと賑わっていた。その列の周囲には、ここの教員たちであろう者たちが十人ほど動き回っている。
 そのなかの一人、男が大声で叫んだ。

「まだ受付を済ませていない者はこっちに来い!」

 大柄の男の声に数人の少年が並ぶ。
 ルーセントもそれに習って並ぶと、順番が回ってくるのを待った。

「ルーセント・スノー、戦闘教練科か。中等部一年寮のE棟十一階だ。これが寮の配置図になる。まずは部屋に行け。そこにある端末に詳しい説明があるから、それを見るといい。使い方も一緒に置いてあるから心配するな。寮へは移動馬車が出てるから、それに乗るといい」
「分かりました。ありがとうございます」

 ルーセントは頭を下げて受付を離れると、移動馬車の列に並んだ。
 ルーセントが荷物を地面に置いた所で、前に並んでいた少年が振り向いた。

「よお、お前もE棟の十一階なんだな。おれもそうなんだよ。よろしくな」

 ルーセントと同じくらいの身長の少年は、オレンジ色の逆立つ髪形をしていた。

「そうなんだ。僕はルーセント・スノー、よろしく。君は?」
「あぁ、わりぃ。おれはパックス・ハンバーだ。あらためてよろしく」

 お互いが握手を交わしたところで、ルーセントが着ていたパーカーのフードから、茶色の影が飛び出した。

「きゅ?」

 現れたのはルーセントの相棒、ウリガルモモンガのきゅうちゃんであった。
 くりくりとした黒い目がパックスを捉える。
 互いにじっと見つめるきゅうちゃんとパックス。
 先に反応したのは、驚きに目を見開くパックスだった。

「な、なんだこいつ!」
「きゅう!」

 突然のパックスの大声に、きゅうちゃんが驚いてフードの中へ隠れてしまった。
 パックスの声に、周囲が振り向く。
 新入生を誘導していた教員が何事かと二人の元へ歩いてきた。

「騒がしいぞ、どうした?」

 近付いてくる教員に、ルーセントは申し訳なさそうにフードからきゅうちゃんを取り出した。
 初めてウリガルモモンガを見た教員は、その小さな存在に片眉を上げて怪訝けげんな顔を作った。

「なんだこいつは? お前のペットか」
「ペットと言うか、相棒です」ルーセントは、少し気まずそうに苦笑いを浮かべた。
「変わったやつだな。こんなのが相棒か? 友達はいなかったのか?」

 ルーセントをからかう教員の言葉に、その場の全員がクスクスと笑いだす。
 しかし、きゅうちゃんを見る少女たちには「かわいい」と評判の様子だった。

「まあ、動物を連れてくるな、という規則はないから良いが、邪魔になるなら追い出すぞ」

 今まで訓練学校に動物を連れてきた者はおらず、校規にも存在していなかったために、教員はきゅうちゃんの所有を認める。
 ルーセントは気まずそうな顔をしたまま「すみません」と教官に謝った。
 振り返るルーセントに、パックスが両手を会わせていた。

「悪い! おれが大声を出したばっかりに」

 ルーセントは「仕方ないよ」と、恥ずかしさで赤くなった顔で答えた。
 その時、受付の近くに一台の馬車が止まった。
 全員がその豪華な馬車に目が釘付けになるも、そこに描かれた紋章を見て緊張が走った。
 金の塗料で描かれるクリスタルに巻き付いた蛇の紋章。
 その持ち主は、王都に住むものなら知らない者がいないほどの知名度を誇っていた。
 メストヴォード伯爵家、その紋章が多大な存在感を示す。

 伯爵家は千年前に、最初の英雄に付き従って著しい軍功をあげた一族の末裔であった。
 代々高臣を輩出してきた名家で、現在では王都の南にある六郡を治める大貴族となっている。
 貴族としての歴史は六百年にもおよび、国王の次に多大な権威を持っていた。
 教員の全員が馬車の前で出迎える。
 馬車の扉を開けるため、御者台から一人の人物が降りてきた。
 しばらくぶりに見るその人物に、ルーセントの顔に笑みが浮かぶ。

「あ、ベーテスさん、お久しぶりです」

 その場にいる全員が頭を下げて恐れるなか、ルーセントは気さくに話しかける。
 名前を呼ばれたベーテスは、声のした方向へと振り向く。視界に入る銀髪金眼の少年、忘れるのも難しいその特徴的な人物にベーテスは表情を和らげた。

「これはルーセント様。久しいですね」

 ベーテスがあいさつを返すと、ルーセントに笑みを向けた。
 そして、そのまま馬車の扉を開ける。なかから現れたのは、二年前に一緒に誘拐された伯爵の娘のフェリシアであった。

「ルーセント! 久しぶりね」

 二年ぶりに見るフェリシアは、背が十五センチメートルほど伸びていた。
 ルーセントの記憶にあるフェリシアよりも、どことなく大人びた表情に変わっていた。
 優しくも、それでいて意思の強そうな輝きを放つ紅樺色べにかばいろの瞳に、ルーセントの胸が高鳴る。

「うん、少し大人っぽくなったね」
「えへへ、そうかな? ルーセントは結構背が伸びたね」
「うん、成長期みたい」

 久しぶりのフェリシアとの会話に、ルーセントは照れが混じる。
 フェリシアもどこかぎこちなさを浮かべていた。

「フェリシア、早く降りなさい」

 楽しげに二人が話していると、フェリシアのうしろから声が飛ぶ。
 現れたのはメストヴォード伯爵領、領主アマデウス・エアハートだった。穏やかでありつつも、鋭いまなざしにルーセントが映る。

「久しいなルーセント。元気だったか」
「はい、おかげさまで」
「そうか。それにしても、まさか同じ日に入寮するとはな。これも何かの縁だろう。移動馬車を待っているなら、これで寮まで乗せて行ってやろう」
「えっ、良いんですか?」
「構わん。一人くらいどうってことはない」
「じゃあ、お願いします」ルーセントは、伯爵に一礼すると荷物を取りに戻った。
「あ、パックス。僕は伯爵の馬車に乗せてもらうから、またあとでね」

 王族でさえも時に下手に出ることもあるほどの権威を持つ男。南から攻めてくるレフィアータ帝国を何度も退けて、王国の盾ともいわれる人物に気安く話すルーセントに、パックスが顔を引きつらせていた。

「ルーセントって、へ、平民だよな?」
「ん? そうだよ。じゃあまたね」

 ルーセントはまるで人ごとのような涼しい顔でパックスに手を挙げると、荷物を手に取って馬車へと向かっていった。

「平民が何であんな大貴族と仲が良いんだよ。ひょっとして、とんでもない家柄なのか? あ~、やらかした。気安く声かけすぎたな」

 パックスの悲観にくれるつぶやきに、同調する人物がもう一人いた。

「奇遇じゃないか。俺なんか『友達いないのか?』ってからかっちまったぞ。伯爵家と親交があるとか、反則だろ」

 それはルーセントに話し掛けた教員だった。
 二人の深いため息が漏れる。馬車が視界から消えるまで、沈黙が続いた。

「へぇ、あれがルーセントか。本当に銀髪に金の瞳をしてるんだな。あいつがあの人を……」

 ただ一人、拳を強く握りしめて鋭い視線を馬車に送る少年を除いて。

 ルーセントと伯爵たちは、二年の月日を埋めるかのように会話に花を咲かせる。それが一段落したところで馬車が止まった。

「お嬢様、ルーセント様、着きましたよ」

 ベーテスに促され二人が馬車を降りる。
 見上げる二人の視線の先には、巨大な塔が目の前にそびえ立っていた。
 横幅が三十四メートルほど、高さは四十メートル近くもあった。屋根はドーム型になっていて、その骨組み以外には強化ガラスがはめ込まれているだけだった。
 ルーセントが生活する中等部一年の寮は、東西に五棟、南北に三棟が並んでいる。
 一棟の寮の入り口は全部で五カ所、円を均等に五等分したような位置にある。
 ルーセントはE棟の最上階、フェリシアはJ棟の最上階だった。
 ルーセントは馬車から荷物を降ろし担ぐ。
 フェリシアもベーテスから荷物の入ったカバンを受けとっていた。

「じゃあ、またあとでね。ルーセント」
「うん、またね」

 二人がそれぞれの寮に足を向けたとき、背を向ける二人に伯爵が声をかける。

「頑張れよ二人とも。お前たちに世界の命運がかかっているんだからな。しっかりな」
「はい、必ず絶望を倒して見せます」先にルーセントが答えた。
「はい、もう誰も失ったりなんかしません」すぐあとにフェリシアも続いた。

 二人の頼もしい言葉に伯爵がうなずく。
 馬車の扉が閉められると、訓練施設を去っていった。
 二人が馬車を見送ると、それぞれの寮へと入っていく。
 寮に足を踏み入れたルーセントは、何度目とも分からない驚愕を顔に浮かべていた。
 広い寮の一階は五つの通路で分けられている。ここはすべて食堂になっていていた。
 円環体のような形をした内部構造は、その外径部分には店が、二階から上には生徒の部屋がある。
 内径部中央には、天井までつながる直径五メートルほどの柱が伸びていた。
 柱には五つの入り口と向き合う形で魔導エレベーターが一基ずつ設置されていた。
 一階の通路と通路の間の空間は数段低くなっていて、食事用のテーブルセットが複数置かれている。
 外径部と内径部の間は、通路以外が天井まで吹き抜けとなっていた。
 ルーセントはエレベーターで最上階まで上がると、壁に取り付けられた自分のネームプレートを見つける。
 すぐに自動扉を通って部屋に入った。

「おお、すごい見晴らしが良いな。きゅうちゃんも見てみなよ」

 ルーセントは、フードからきゅうちゃんを取り出して窓枠へと下ろした。

「きゅっ、きゅっ、きゅう」

 うれしそうに跳びはねるきゅうちゃんは、見慣れぬ部屋を確かめるように飛び回っていた。
 部屋の間取りは横に長さがあって、緩やかに弧を描いている。
 部屋は横におよそ八メートル、縦に三メートル半ほどの広さがある。そこに寝室と風呂とトイレが付いていた。
 ワンフロアーには部屋が五個あって、部屋と部屋の間には階段があった。
 ルーセントは荷物を置くと着替えを済ませる。
 そして、きゅうちゃんと一緒に食堂へと向かっていった。
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