24 / 134
1 動き出す光と伏す竜
1-24話 エクリプス
しおりを挟む
クドラが守護者を解放してから、身も心もルーインに支配されて二カ月が経過する。最初の一カ月は人の身になれることに、残りはクドラとの違和感を消すために記憶を探って第一皇子を演じることに心血を注いでいた。
そこからさらに一カ月が経過して、今や完璧にクドラを再現していた。
「竜となって久しいが、人の身もまた懐かしいな」
ルーインは自分の部屋のテラスに出ると、左手を握ったり開いたりを繰り返して満足そうに眼下に広がる城下町を眺める。大きく息を吸うと、ふたたび左手へと視線を映した。
「さすがに、ほとんどの魂が封印された状態ではたいした力は使えぬか。さて、封印のクリスタルはどこにあるか」
ルーインが目を閉じると、意識を己の魂の波長へと合わせる。湧き上がる黒い霧が少年の身体を包み込むと、ルーインの頭の中にさまざまな風景と時間の流れが駆け巡った。しかし、封印の力が邪魔をしてイメージにノイズが走る。それは不鮮明な映像となって展開された。
「クソッ! うっとうしいな。ここまで抗えぬか、忌々しい!」
ルーインは封印される前と違って、抑圧された力に屈する己の能力の低さに苛立ちを隠せないでいた。
握りしめた右手を手すりへとたたきつける。その後も何度も繰り返しながら、やっとのことでクリスタルのありかを探り当てた。
「さすがに疲れるな。守護者に変換した能力も、レベルで抑えられていて満足に使えん」
魔力のほとんどを使い切ったルーインは、気だるさにふらつく足取りで部屋に戻ると、そのままソファーに座って横になった。
「なんとか場所を探れたのは僥倖か。ひとつはこの国、ほかにはアンゲルヴェルクとパトロデルメス教皇国。あとは、北にあるサラージに南西にあるネベリバリ帝国か。みごとに四方にバラけているな。さて、どうしたものか……」
目を閉じるルーイン、そこに扉をたたく音が響いた。
「なんだ?」
いつの間にか眠っていたルーインは、ぼんやりとした様子で気だるそうに立ち上がった。
ふたたびたたかれる扉の音に「いま行く」と声をかける。
あくびをしたまま扉を開けると、使用人が立っていた。
「お休み中でしたか、失礼いたしました」
「かまわん。で、何の用だ?」
「はい、皇帝陛下がクドラ様をお呼びです。執務室までお越しください」
「クク……、父上が? いったい我に何の用か?」
「そこまではお聞きしていませんが、今後のことで大事な話がある、と申しておりました」
「今後? わかったすぐに伺う」
「かしこまりました。それでは失礼いたします」
使用人が去っていくと、ルーインが考え込む。
「今度は何を思いついたのか、あの戦バカは」
ルーインは憂鬱に思いながらも、眠気の残る身体で皇帝の執務室へと向かっていった。
現在、レフィアータ帝国は三カ国と戦争状態にある。アンゲルヴェルク王国と、その北にあるメーデル王国、そして海を越えたネベリバリ帝国と一進一退の攻防を繰り広げていた。
「父上、クドラです」ルーインが執務室の扉をノックする。
「おお、よく来た。早く中に入れ」
「失礼いたします」ルーインが扉を開けると一礼する。
部屋の主が息子の姿を見て、つり上がった目を柔らかくゆがめる。一般の人間であったのなら、その身にまとう風格に耐えがたいほどの恐怖を覚えるだろうが、ルーインはものともせずに促されたソファーへと座る。ククーラもまた座りなおすと、嬉々とした表情で息子に向かい合った。
「クドラよ。今すぐにとはいかないが、我が国はすべての国と停戦しようと考えている」
「どうされたのですか、何か不都合でも?」
ルーインが今の立場が危うくなるのは都合が悪い、と眉をひそめた。
「そんなに深刻な顔をせずともよい。別にこの国が傾いたわけではない」
「それなら停戦をする必要がないのでは?」
予想通りの反応に、ククーラがニヤリと表情を崩す。
「すべてはお前と、その守護者のためだ。このまま戦を続けていては、いざというときに疲弊して動けなくなるだろう。今はおとなしく蓄えることが肝要だ。お前の力が育った暁には、すべての国を飲み込んで見せようではないか」
ルーインは、ククーラの話に感心する。どうせ軍師の提案であろうが、こいつもたまには頭が使えるのだなと。
「なるほど、さすがは父上ですね。しかし、そんなすぐには育ちませんよ」
「わかっておる。とりあえずは十年だ、それまでは国力を蓄える。お前は十年でできるところまで育てるがよい。そこから先は様子を見てから決める。よいな、つらい時もあるだあろうが、決して折れるでないぞ」
「かしこまりました。必ずや父上の期待に応えて見せましょう」
自信に満ちた息子の返事に、ククーラが満足げにうなずく。そして、思い出したように本題へと移った。
「ああ、それに伴ってお前に部下をつけようと思う。あとでリストを渡しておくから、そこから十人を選べ。それぞれの部下に兵士を百人、お前にも百人を与える。クドラよ、お前は我の後を継ぐものだ。必ず率いて見せよ」
「ありがたき幸せ、このクドラが必ずや報いて見せましょう」ルーインは与えられた境遇にほくそ笑む。
「よくぞ申した! それでこそ我が息子だ」
ククーラが最後に「期待している」それだけを伝えると会話が終わる。ルーインは自室に戻る途中でも笑いをこらえられなかった。
「ククク、人の世とはかくも面白いものか! 時は我に味方した。今度こそ女神どもを滅ぼし、我が手中に収めてくれるわ」
光月暦 一〇〇〇年 九月
月が変わると、ルーインから選出された十名が一室に集められる。そこで、ルーインの口から希望の光を喰らう、そんな意味を込めて“特殊戦術部隊 エクリプス”と部隊の名が告げられる。構成メンバーは隠密、諜報に特化した五名、それに戦闘に特化した三名、ほかには内政と軍師として一名ずつ、上級守護者を持つ十名が選ばれた。
そこからさらに一カ月が経過して、今や完璧にクドラを再現していた。
「竜となって久しいが、人の身もまた懐かしいな」
ルーインは自分の部屋のテラスに出ると、左手を握ったり開いたりを繰り返して満足そうに眼下に広がる城下町を眺める。大きく息を吸うと、ふたたび左手へと視線を映した。
「さすがに、ほとんどの魂が封印された状態ではたいした力は使えぬか。さて、封印のクリスタルはどこにあるか」
ルーインが目を閉じると、意識を己の魂の波長へと合わせる。湧き上がる黒い霧が少年の身体を包み込むと、ルーインの頭の中にさまざまな風景と時間の流れが駆け巡った。しかし、封印の力が邪魔をしてイメージにノイズが走る。それは不鮮明な映像となって展開された。
「クソッ! うっとうしいな。ここまで抗えぬか、忌々しい!」
ルーインは封印される前と違って、抑圧された力に屈する己の能力の低さに苛立ちを隠せないでいた。
握りしめた右手を手すりへとたたきつける。その後も何度も繰り返しながら、やっとのことでクリスタルのありかを探り当てた。
「さすがに疲れるな。守護者に変換した能力も、レベルで抑えられていて満足に使えん」
魔力のほとんどを使い切ったルーインは、気だるさにふらつく足取りで部屋に戻ると、そのままソファーに座って横になった。
「なんとか場所を探れたのは僥倖か。ひとつはこの国、ほかにはアンゲルヴェルクとパトロデルメス教皇国。あとは、北にあるサラージに南西にあるネベリバリ帝国か。みごとに四方にバラけているな。さて、どうしたものか……」
目を閉じるルーイン、そこに扉をたたく音が響いた。
「なんだ?」
いつの間にか眠っていたルーインは、ぼんやりとした様子で気だるそうに立ち上がった。
ふたたびたたかれる扉の音に「いま行く」と声をかける。
あくびをしたまま扉を開けると、使用人が立っていた。
「お休み中でしたか、失礼いたしました」
「かまわん。で、何の用だ?」
「はい、皇帝陛下がクドラ様をお呼びです。執務室までお越しください」
「クク……、父上が? いったい我に何の用か?」
「そこまではお聞きしていませんが、今後のことで大事な話がある、と申しておりました」
「今後? わかったすぐに伺う」
「かしこまりました。それでは失礼いたします」
使用人が去っていくと、ルーインが考え込む。
「今度は何を思いついたのか、あの戦バカは」
ルーインは憂鬱に思いながらも、眠気の残る身体で皇帝の執務室へと向かっていった。
現在、レフィアータ帝国は三カ国と戦争状態にある。アンゲルヴェルク王国と、その北にあるメーデル王国、そして海を越えたネベリバリ帝国と一進一退の攻防を繰り広げていた。
「父上、クドラです」ルーインが執務室の扉をノックする。
「おお、よく来た。早く中に入れ」
「失礼いたします」ルーインが扉を開けると一礼する。
部屋の主が息子の姿を見て、つり上がった目を柔らかくゆがめる。一般の人間であったのなら、その身にまとう風格に耐えがたいほどの恐怖を覚えるだろうが、ルーインはものともせずに促されたソファーへと座る。ククーラもまた座りなおすと、嬉々とした表情で息子に向かい合った。
「クドラよ。今すぐにとはいかないが、我が国はすべての国と停戦しようと考えている」
「どうされたのですか、何か不都合でも?」
ルーインが今の立場が危うくなるのは都合が悪い、と眉をひそめた。
「そんなに深刻な顔をせずともよい。別にこの国が傾いたわけではない」
「それなら停戦をする必要がないのでは?」
予想通りの反応に、ククーラがニヤリと表情を崩す。
「すべてはお前と、その守護者のためだ。このまま戦を続けていては、いざというときに疲弊して動けなくなるだろう。今はおとなしく蓄えることが肝要だ。お前の力が育った暁には、すべての国を飲み込んで見せようではないか」
ルーインは、ククーラの話に感心する。どうせ軍師の提案であろうが、こいつもたまには頭が使えるのだなと。
「なるほど、さすがは父上ですね。しかし、そんなすぐには育ちませんよ」
「わかっておる。とりあえずは十年だ、それまでは国力を蓄える。お前は十年でできるところまで育てるがよい。そこから先は様子を見てから決める。よいな、つらい時もあるだあろうが、決して折れるでないぞ」
「かしこまりました。必ずや父上の期待に応えて見せましょう」
自信に満ちた息子の返事に、ククーラが満足げにうなずく。そして、思い出したように本題へと移った。
「ああ、それに伴ってお前に部下をつけようと思う。あとでリストを渡しておくから、そこから十人を選べ。それぞれの部下に兵士を百人、お前にも百人を与える。クドラよ、お前は我の後を継ぐものだ。必ず率いて見せよ」
「ありがたき幸せ、このクドラが必ずや報いて見せましょう」ルーインは与えられた境遇にほくそ笑む。
「よくぞ申した! それでこそ我が息子だ」
ククーラが最後に「期待している」それだけを伝えると会話が終わる。ルーインは自室に戻る途中でも笑いをこらえられなかった。
「ククク、人の世とはかくも面白いものか! 時は我に味方した。今度こそ女神どもを滅ぼし、我が手中に収めてくれるわ」
光月暦 一〇〇〇年 九月
月が変わると、ルーインから選出された十名が一室に集められる。そこで、ルーインの口から希望の光を喰らう、そんな意味を込めて“特殊戦術部隊 エクリプス”と部隊の名が告げられる。構成メンバーは隠密、諜報に特化した五名、それに戦闘に特化した三名、ほかには内政と軍師として一名ずつ、上級守護者を持つ十名が選ばれた。
0
お気に入りに追加
68
あなたにおすすめの小説

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

【完結】護衛騎士と令嬢の恋物語は美しい・・・傍から見ている分には
月白ヤトヒコ
恋愛
没落寸前の伯爵令嬢が、成金商人に金で買われるように望まぬ婚約させられ、悲嘆に暮れていたとき、商人が雇った護衛騎士と許されない恋に落ちた。
令嬢は屋敷のみんなに応援され、ある日恋する護衛騎士がさる高位貴族の息子だと判明した。
愛で結ばれた令嬢と護衛騎士は、商人に婚約を解消してほしいと告げ――――
婚約は解消となった。
物語のような展開。されど、物語のようにめでたしめでたしとはならなかった話。
視点は、成金の商人視点。
設定はふわっと。

【完結】逃がすわけがないよね?
春風由実
恋愛
寝室の窓から逃げようとして捕まったシャーロット。
それは二人の結婚式の夜のことだった。
何故新妻であるシャーロットは窓から逃げようとしたのか。
理由を聞いたルーカスは決断する。
「もうあの家、いらないよね?」
※完結まで作成済み。短いです。
※ちょこっとホラー?いいえ恋愛話です。
※カクヨムにも掲載。

私はいけにえ
七辻ゆゆ
ファンタジー
「ねえ姉さん、どうせ生贄になって死ぬのに、どうしてご飯なんて食べるの? そんな良いものを食べたってどうせ無駄じゃない。ねえ、どうして食べてるの?」
ねっとりと息苦しくなるような声で妹が言う。
私はそうして、一緒に泣いてくれた妹がもう存在しないことを知ったのだ。
****リハビリに書いたのですがダークすぎる感じになってしまって、暗いのが好きな方いらっしゃったらどうぞ。
愚者による愚行と愚策の結果……《完結》
アーエル
ファンタジー
その愚者は無知だった。
それが転落の始まり……ではなかった。
本当の愚者は誰だったのか。
誰を相手にしていたのか。
後悔は……してもし足りない。
全13話
☆他社でも公開します
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後
空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。
魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。
そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。
すると、キースの態度が豹変して……?

【完結】そして、誰もいなくなった
杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」
愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。
「触るな!」
だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。
「突き飛ばしたぞ」
「彼が手を上げた」
「誰か衛兵を呼べ!」
騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。
そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。
そして誰もいなくなった。
彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。
これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。
◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。
3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。
3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました!
4/1、完結しました。全14話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる