月影の砂

鷹岩 良帝

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1 動き出す光と伏す竜

1-23話 甦る絶望

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 レフィアータ帝国 帝都メイスタリー
 皇帝の一族が暮らす本拠地は、ポセタ大陸東部の南方に位置している。帝都は広大な山脈と海に挟まれていて、居城は二千メートル級の山の頂上に築城されていた。
 山頂を崩してそびえ立つ城は四方が断崖絶壁で、城内に入るには迷路のようにくりぬかれた山の内部を通るしかなかった。城の内部まで直通で通る魔道エレベーターもあるが、それは限られたごく少数の者にしか許可がされていないために、通常は苦労して山の中を通るしかなかった。

 木々がとんどない急斜面の岩山は、それだけで城と合わせて要塞ようさいと化している。その山を下りた先にある城下町は広い平地に造られていた。
 ここでの主な産業は採鉱と工業、冬には豪雪地帯になるために、農業は夏の間にしか行われない。城下町には、居城のある山から海沿いまでを二重の城壁が囲っている。その上には一定間隔で魔導兵器が潤沢に設置されていて、難攻不落と呼ぶにふさわしい姿をしていた。


 光月歴 一〇〇〇年 五月

 ルーセントが守護者を解放する五カ月ほど前、レフィアータの居城の鑑定部屋に五人の男たちがいた。
 一人は魔法陣の中心に立っている少年、黒髪に褐色の肌をしていて、宝石を削りだしたかのようにきれいな紫色の瞳を持っていた。その少年の名前は、四月で十歳を迎えたクドラ・レフィアータ、この国の第一皇子であった。
 百五十二センチの高さからのぞく意志の強そうなつり目がちの瞳からは、とても十歳の少年とは思えないほどに威厳と堂々とした風格を漂わせている。クドラは、入り口付近で話し合っている二人の人物の成り行きを見守っていた。

 その二人の内の一人、長い黒髪にクドラと同じ褐色の肌、それに誰にも負けない屈強な身体を持つこの男こそ、レフィアータ帝国・第二十四代皇帝ククーラ・レフィアータであった。この少年の父親、ククーラの目の前にいる男が先ほどから恐る恐る話しかけている。

「陛下、本当によろしいのでしょうか? クドラ様の守護者は、我々鑑定士の知識には存在しておりません。もし万が一のことが起きては……」

 第一皇子を心配するがゆえに何度も忠告を行う鑑定士。しかし、皇帝は平行線をたどる会話にうんざりして息をはいた。

「お前の言うこともわかるが、だからと言ってこのまま開放しないわけにはいかぬ。お前とて、あの能力を見たであろうが」

 鑑定士は、だれよりも皇帝の言うことを理解している。最上級と浮かび上がった文字に明るい未来を想像したこともあった。しかし、次に続く聞いたこともない守護者の名前に危機感を覚えた。
 鑑定士として守護者に選ばれたものには、自身の能力を解放した時点で存在するすべての守護者の名前とその能力が与えられる。しかし何度その記憶にアクセスするも、クドラに与えられた守護者の名前を見つけることができなかった。

 “邪竜王ルーイン”その不穏な名前の守護者を解放した際には、どのような影響がでるのか、まったくもって予測できなかった。

「たしかに、陛下のおっしゃることも十分に理解しています。ですが、クドラ様の身に何か起きたらどうするおつもりですか? もうしばらく様子をみ……」

 クドラを思う鑑定士が意を決して諫言かんげんを行うも、ククーラがその言葉を最後まで聞くことはなかった。
 ククーラがうしろを振り向くと、すぐうしろで護衛に立つ兵士の腰から剣を引き抜く。そして、怒りとともに鑑定士の首に刃を押し当てた。

「何度も言わせるな! 我が、かまわんと言っておるだろうが! クドラとて了承済みだ、さっさと始めよ。もし、また拒否するのであれば、貴様の首を今ここで斬り落としてくれるわ!」

 鈍く光る刃が鑑定士の細い首筋に当たる。鋭い痛みと流れ出る一筋の血液に、鑑定士の顔が恐怖に染まる。

「か、かしこまりました。すぐに始めさせていただきます」

 ゆっくりと刃から離れる鑑定士が、慌てて魔法陣に戻るとすぐに詠唱を始めた。
 魔法陣から白い光が立ち昇ると同時に、クドラの文様から黒い霧があふれ出す。霧は第一皇子の身体を徐々に包み込んでいく。まとわりつく黒い霧に興味を引くクドラが、両手を広げて自分の身体を見下ろしていた。ところが、霧が身体全体をおおった時クドラが急に頭を押さえてうめきだした。
 少しでも動けば砕けてしまいそうになる鋭利な痛み。その痛みに耐えきれずに、クドラがとうとう倒れこんでしまった。

 黒い霧がなおもあふれ出す。それは魔法陣を埋め尽くすと、クドラの身体を完全に包んでしまった。

 何が起きたのか分からずに慌てる鑑定士に、駆け付ける皇帝がクドラの名前を呼ぶ。鑑定士がとっさに魔法陣から少年の身体を引っ張りだそうとするが、黒い霧に弾かれてしまい、その身体に触れることさえできなかった。変わって皇帝がふたたび兵士の剣を取って黒い霧を切り裂こうと剣を振るうが、剣先が黒い霧に触れた瞬間に甲高い音を立てて折れてしまった。

 痛みに耐えるクドラの頭には、いつか聞いた言葉が繰り返し響く。

『我が名はルーイン、すべてを破壊し統べる者、我は汝、汝は我、我が力をもってすべての光を滅せよ』

 何度も同じ言葉が頭に響く。クドラは襲い来る痛みに意識が少しずつ遠のいていく。

「クドラ様!」
「クドラ、しっかりせぬか! クドラ! 誰か、すぐに太医を呼べ!」

 鑑定士が、兵士が、皇帝が、みんなが心配して少年の名前を呼び続ける。しかし、本人は答えることも動くこともできなかった。
 クドラが黒く染まる視界に薄れる意識を手放すと、自分の呼ぶ声すらも途切れてしまった。
 魔法陣では、クドラが気を失ってからすぐに霧が晴れる。それと同時に魔法陣から発動していた光も消滅していた。

 残されたのは、気を失ったままの皇子だけであった。呼吸はしているが意識は戻らない。
 どれだけ身体をゆすろうが、声をかけようが反応することはなかった。

 鑑定部屋に太医とその部下が訪れる。それを見た皇帝が「すぐに運び出せ! 絶対に助けよ!」と指示を出す。

 部下たちが担架にクドラを乗せると、自室のベッドへと寝かされた。しかし、太医がどれだけ検診をしても、どこにも異常は見当たらなかった。
 何度も検査が行われるも、何の異常も見せない。結局、クドラは起きることもなく三日間の間、眠り続けていた。


 ――クドラが目を覚ますと、いつか見たことのある景色が広がっていた。
 城にいたはずなのに、生物も植物も存在しない場所にいる。どこまでも続く一本道の上、深い霧に覆われた岩と砂の大地の上に立っていた。

『我を見つけよ。我は汝、汝は我なり』

 ふたたび頭に声が響くと同時に、軽い頭痛に襲われる。声がするたびに頭痛がひどくなる。クドラは頭を押さえながら、誘われるようにひたすらに声の主の元まで歩き続けた。
 声に導かれた先には、大小さまざまなクレーターのある広い空間が現れた。そこの中心には、三本の首がある巨大な黒い竜がクリスタルの中にいた。

「貴様が頭痛と声の正体か」クドラが竜の目を見る。
『我が名はルーイン、すべてを破壊し統べる者、我は汝、汝は我なり。我が力を持ってすべての光を滅せよ』
「光を滅せよだと、わけのわからぬことを。いいか、私は私だ。ほかの誰でもない」

 クドラが頭痛に耐えて目の前の竜に反抗する。そのとき、見上げる竜の目が赤く光った。
 ふたたびひどくなる頭痛。

『愚かで矮小わいしょうなる人間ごときが、我に抗うことなど不可能だ。貴様の身体は我が有効に使ってやろう。光栄に思うがいい、虫けらが』

 竜の目がひときわ強く光ると、クドラの頭痛が限界に達する。

「ああああああああああああああああああああああああああああ」

 大絶叫とともに、痛みに耐えかねて地面に倒れるクドラが、突如として糸が切れたように動かなくなった。

「クックック、造作もないな。それにしても千年か……。忌々しいクソ女神どもめ! 今度こそ滅ぼしてくれるわ。貴様が犯した罪を生涯、悔いるがいい」

 ルーインの目が再び赤く光ると、辺り一面が闇に覆われた。
 次の瞬間、青いクリスタルの中にいた竜がクドラへと変わっていた。そして、その前にはもう一人のクドラがいる。

「これで、この身体は我のものだ。お前はゆっくり休め、永遠にな」

 鼻で笑うルーインが、クドラの精神を乗っ取ると、空に向かって大声量の咆哮ほうこうをあげた。
 その声に反応するように、ルーインの後方で幾十、幾百、幾千もの咆哮が空気を震わせた。
 ルーインがうしろを振り向くと、そこにはいつからいたのか、埋め尽くさんばかりの魔物たちがひれ伏していた――。
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