月影の砂

鷹岩 良帝

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1 動き出す光と伏す竜

1-19話 神罰の光2

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 半分に欠ける月が見下ろす空の下、吹き抜ける風に巻き上げられた砂ぼこりに目を細める大男が、少年を挑発するように手にする剣をくるくると回していた。

「いいねぇ、この緊張感。おもしれぇ」バスタルドがニヤニヤしながら口を開く。
「だまれ!」ルーセントは目の前でおどける褐色の男をにらんだ。
「連れねぇな。少しは楽しめよ」

 その言葉を最後に、バスタルドが伸ばす左手に剣身を乗せて突き出す形で構えた。そして一気に間合いを詰めると、風を切り裂いて少年のノドを狙った。
 ルーセントが、その剣の速さにおどろいて目を見開く。振り遅れた刀で迎え撃とうとしたが、バスタルドが急に立ち止まってその動きを止めた。

 男の剣とぶつかるはずの刀が空を切る。その身体に邪魔をするものはなく、すべての行動を放棄してバスタルドに最大の隙を与えてしまった。バスタルドの剣は、ルーセントに届くギリギリのところで引き戻されて、すでに少年の身体を狙って斬りかかっていた。

 小さな少年の金色の瞳には、無駄がなく振り上げられた剣先が映る。“斬られる”とその恐怖と危機的状況に、一瞬で心拍数が急激に上昇して瞳孔が開く。予想外の攻撃に、ルーセントの思考が停止した。
 少年が見ているゆっくりと動く銀色の映像、それがルーセントの左肩へと近づいたとき、バーチェルとの日々の稽古のおかげか、それとも本能か、身体が自然と反応して、上半身をうしろに反らしながらも、右足を大きく下げて回避行動をとった。

 バスタルドの剣は、少年の小さな身体をなぞるように、服の一部を斬って空を斬った。
 今度はバスタルドが大きな隙をさらしてしまう。

 その瞬間、今度は我に返ったルーセントが瞬時に反撃に出る。剣を振り切った状態のバスタルドの頭を狙って刀を振り上げると同時に、先ほど下げた右足を前に踏み込んだ。
 しかし、バスタルドも長年の経験のたまものか、すぐに身体が反応すると瞬時に迎え撃った。
 振り下ろされるルーセントの刀と、下に潜り込むような姿で切り上げるバスタルドの剣がぶつかる。

 辺り一帯に金属音が大きく響いた。

 ルーセントの刀が力に負けて弾かれると、その隙をついてバスタルドが距離をとった。
 しかし、ルーセントは弾かれたその勢いを利用して刀を操作すると、次の攻撃を繰り出していた。
 休む間もなく剣を中段に構えなおしたバスタルドだったが、攻撃に出ようとした瞬間に少年の刀が手首を狙う。とっさに横に一歩、身体を翻しながら剣を振り降ろすと、その刀を上からたたいて下へと弾いた。

 再び、お互いが距離をとって武器を構えなおす。
 バスタルドが、腕の袖口で口元をぬぐった。

「やるじゃないか。さすがにあせったぞ、最初の技がよけられるとはな。あの世で誇っていいぞ、あれをよけたのはお前が初めてだ」

 バスタルドはどこまでも楽しそうに、その口元をニヤリとゆがめると、ルーセントの眼がさらに鋭さを増した。

 沈黙が二人を支配すると、またしてもバスタルドが動いた。

 余裕を浮かべるバスタルドは、先ほどのルーセントの動きをまねるように手首を狙った。
 ルーセントも、なじみのある攻撃に余裕を持ちながら一歩だけ下がると、片手で持つ刀を素早く切り上げて迎え撃った。

 響く金属音にぶつかる刀と剣から火花が散る。

 ルーセントは再び弾かれた力を利用して、その無防備な褐色の頭を狙った。
 バスタルドは、なんとかギリギリのところでかわすと反撃に出た。
 お互いに何度も繰り返される攻撃に、追い詰められつつあったのはバスタルドの方であった。
 バスタルドがひとつ攻撃を加えれば、二打撃、三打撃と流れるように襲い来るルーセントの連撃に、そのイカツイ顔にあせりが浮かぶ。再び受け止められた攻撃に、思い通りにいかない苛立ちをぶつけるように金色の瞳をにらみつけた。

 お互いに武器を押し付けて競り合う大男と少年。長く続くかと思われた競り合いは、バスタルドが動かす剣によって破られた。
 その剣は、ルーセントの刀を削るように不快な音を立てて滑らせると、そのまま少年の足を斬り裂いた。

「ぐっあぁ!」鋭く走る痛みに、ルーセントが苦痛に声を上げた。

 しかし、バスタルドの剣は無理やりに斬りつけたせいで、狙っていた軌道を逸れていた。
 幸いにも致命傷を回避したルーセントではあったが、流れ出る血に、燃えるように熱く襲い来る痛みに耐えきれずに顔をゆがめると、引きずる足で目の前の大男から距離をとった。
 バスタルドにとっては、相手をしとめる絶好の機会ではあったが、嬉々とした表情を浮かべるだけで追撃はしなかった。

「痛そうだな、もう終わりか? 降参するなら、苦しませずに殺してやるぞ。あいつと一緒にな」

 涙があふれて心が折れそうになっている少年に、バスタルドがフェリシアに剣先を向けた。その挑発が、へしぎ折れようとしていたルーセントの闘志に火をつけた。

「まだだ! お前なんかに指一本たりとも触れさせるか!」

 第二ラウンドはルーセントから。

 刀を地面に突き刺して支えとすると、炎をまとう空いた左手を、右から左へと払った。
 その瞬間、ルーセントの周りには十発の炎でできた短い矢が現れる。それは炎の尾を引きながら、次々とバスタルドに向かって、高速で飛んでいった。

「今度は魔法か、いいねぇ。やっぱりお前と戦うのは面白い! へたばらねぇでしっかりついて来いよ」

 バスタルドは追尾してくる炎の矢を、広い空間を最大限に利用して走り回ると、一発、また一発と、風をまとわせた剣で切り落としては相殺していった。
 ルーセントの魔法の矢が残り二本となったとき、今度はバスタルドが動いた。

「俺だけ楽しんでても、つまらんだろう? 今度はこっちの番だ!」

 バスタルドが走りながら魔法を放つ。生み出された多数の風の刃が、不規則に動いてルーセントへと襲い掛かった。

「くそっ!」ルーセントの刀に炎がともる。

 悪態をつくルーセントは、自分の魔法と同じように追尾してくるそれを、刀で弾き続けた。前後左右、頭上からと、容赦なく襲い掛かってくる風の刃に傷つきながらも、動くたびに足に痛みが走る。耐えがたいその痛みに、すべてを投げ出して逃げ出したくなるが、守護者を解放した日に母親に言われたことを思い出す。

『もしあなたが自分を許せないままでいるのなら、今度は助けてあげなさい。あなたを知る人のために、そして大事な人のためにね』

 その言葉にルーセントの刀を握る手に力がこもると、刀にまとっていた炎がさらに勢いを増す。そして、地面から渦を巻いてあふれ出る炎が、触れる魔法の刃を根こそぎ消し飛ばした。
 その光景を見ていたバスタルドが、おどろきに目を見開く。

「とことんふざけた小僧だ。その年で、なんで追手がかかっているのかは知らねぇが、あいつと同じくらいか。だが、こっちも譲れねぇんだよ」そう言って、バスタルドが右手を振りぬく。すると、広い空間に大きな塵旋風じんせんぷうが巻き起こった。

 轟音ごうおんを響かせる塵旋風は、土や砂を、そして木々の葉を巻き込んで空へと飛ばす。巻き込まれた木の葉は木っ端みじんにされていた。

 三メートルほどの渦巻く風がルーセントに向かって高速で接近していく。すでに衣服もボロボロで、いたるところから流れ出る血に、その満身創痍まんしんそういな身体を無理やりに動かして右腕を振るう。生み出されたのはバスタルドの魔法と同じ大きさの塵旋風だった。ただ、ひとつだけ違うのは、それがすべて炎でできていたことだった。

 暴風と業火の渦が轟音を鳴らして近づくと、そのふたつがぶつかった。

 爆発を引き起こした二人の魔法は、炎の風を辺りに散らした。切り裂かれる木々や木の葉がすぐに灰に変わる。その威力はすさまじく、遠くに離れていたフェリシアも逃れられずに、その場にいた人間全員が吹き飛ばされてしまった。

 まきあがる大量の砂ぼこりに視界が消える。静まり返った場に一人の男の声が響く。

「やるじゃねぇか小僧、これは予想外だ」

 受けるルーセントには、もはやしゃべる気力すらなかった。しかし、その声で倒せなかったことを知ると、右手にイカヅチを走らせる。
 声で方向を確認すると、その場所に大量の雷を降らせた。
 一瞬の耳鳴りが響いた後に、轟音とともに天から数十本の雷がバスタルドの周囲を襲う。

「ぐがああああああああああああああああ」

 激しい音と光を生み出した雷撃が止むと、バスタルドが倒れる音が、ルーセントの耳に届いた。
 ルーセントが疲労と傷の痛みで、刀にしがみつく格好で地面に膝をつく。すでに限界を超えて、激しい消耗の中で荒々しく肩で息をしていた。

 これで終われ、と願いながら。

 しばらくして、吹きぬく風が砂煙を払っていく。視界が再び現れたそこには、バスタルドがうつぶせで倒れていた。

 ルーセントが「勝った」とつぶやく。

 しかし、バスタルドが「喜ばせて悪いな」と、ふらつく足取りで立ち上がった。
 銀髪の少年が、うなだれて「くそ!」と悪態をついて、刀を支えにふらつく足で立ち上がった。腕も足も小刻みに震えている。余力がもうないことを、いやでもルーセントに知らせた。
 バスタルドがときおり身体をこわばらせてルーセントを見る。

「ずいぶんと疲れているようだな。魔力を使い切ったか? それにしても、クソが!
 雷なんて厄介なもん使いやがって。身体がしびれて思うように動かん」

 バスタルドは、マヒしている手を何度も開閉する。この男もまた、限界を迎えていた。
 お互いが傷つき、ふらつきながらも再び武器を構えた。

「そろそろ終わりにしようや。さっさと帰って酒が飲みてぇ」

 吹き抜ける風の音を残して長い沈黙が続く。それを破って動いたのはルーセントだった。
 ルーセントがバスタルドの手首を狙うこと二回、バスタルドは二回とも刀をはじいて防いだ。
 今度はバスタルドが動く。頭を狙い、胴体を狙い、何度も斬りつける。ルーセントは追い込まれながらもなんとか受け続けた。そして、隙を見ては反撃を繰り返していた。

 何度かの攻防の中、バスタルドが突きを繰り出した。

 ルーセントは、最初の攻撃が頭をよぎって反応が遅れたものの、かろうじて攻撃を防ぐと、バスタルドの空いた腹部を狙って刀を左に振りぬいた。
 バスタルドも同時に切り返して左へ降りぬく。しかし、その狙う先はルーセントの腕だった。

「くっ!」ルーセントは、とっさに攻撃を止めて右手を離してしまった。
「終わりだ」バスタルドが勢いを利用して剣を振り上げる。

 ルーセントの伸びきる左手に完全なる無防備な身体は、もはや挽回が不可能な状態になってしまった。そこにバスタルドの剣先が、小さな身体の左肩から右の脇腹にかけてを斬り裂いた。
 ルーセントの傷口からはドバっと血が流れ出る。そして、そのままかがみこむような格好でうつぶせに地面に倒れてた。

「ルーセント!」叫ぶフェリシアの声。

 崩れ落ちる小さな少年の姿に、フェリシアが泣き叫ぶ。しかし、ルーセントがその声に反応することはなかった。
 少女の泣き叫ぶ声を満足げに聞くバスタルドは、肩で息をしながら倒れている少年を見下ろしていた。

「手間……、かけさせやがって。いまから、お前の大事なあのガキを殺してきてやるよ。今度は絶望に満ちたいい声を利かせてくれよ」

 悪党の言葉に、ルーセントが怒りに震える手で地面を握る。

「や、めろ。ゆる、さない」

 なんとか意識をつなぎとめているルーセントが、ゆっくりと離れていく男の後を、痛みに耐えて這いずって追いかける。しかし、到底追いつくことはできなかった。
 バスタルドがあらためて周囲を見ると、全滅していた部下の姿が視界に入った。

「使えないやつらだ。あの小僧の方がよっぽど使えるじゃねぇか、面倒くせぇ」

 バスタルドの視界の先、フェリシアの前には、三人の男が少女を守るように構えていた。

「お嬢様、お逃げください」
「で、でも、ルーセントが……。助けになってほしいって女神さまにも言われてたのに」
「今は無理です。ルーセント様はまだ救えます。援軍が来るまで、今はどうかお逃げください」

 伯爵の密偵は少しでも時間を稼ごうと、ゆっくり歩いてくるバスタルドに駆け出していく。一人は打ち合うこと三合で斬り捨てられる。

「くそ、二人で行くぞ!」

 残った密偵の二人は、バスタルドを挟み込んで攻撃を仕掛ける。しかし、魔法を使って優位に動くバスタルドにあっけなく倒されてしまった。一人は死に、もう一人は深手を負って意識を手放した。
 バスタルドの邪魔をする障害物がなくなる。ついにその歩みがフェリシアの前で止まった。

「さて、お嬢様。死ぬ覚悟はよろしいですか?」
「い、いや」フェリシアが恐怖に震える身体で涙を流した。
「いい顔をするじゃねぇか。死におびえた顔はいつ見ても最高だな。お前に恨みはないが、運が悪かったと思ってあきらめろ」
「ルーセント、助けて……」

 フェリシアは祈るように手を組んで倒れている少年の名を呼んだ。
 ぼやける視界に映るいまにも斬らそうになっている少女の光景が、その昔、自分のせいで斬られる母親の幻と重なる。

「やぁめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 ルーセントがあらん限りの声で叫ぶと、左手にある守護者の文様が黄色く輝きだして、辺りをまぶしく包み込んだ。
 バスタルドとフェリシアが驚いて光の主のもとに振り向いた。
 動けずにいるルーセントの光る左腕を見て、顔を曇らせる。

「あれは、なんだ……」

 バスタルドでさえも初めて見る光景に浮かぶ疑問、その瞬間にルーセントの輝く左手からイカヅチが地面を走る。それは一瞬でバスタルドの身体を貫いた。

「がああああああああああああああああああああああ」

 今までとは段違いの威力に、たまらず叫び声をあげるバスタルド、膝をつく男が少年になら見つけると、その少年がすでに目の前に立っていた。

「一瞬でどうやって、ここまで……」

 そこでバスタルドの言葉は止まった。

 うつろな目をしているルーセントが、無言でバスタルドの首を右手でつかんで持ち上げた。
 バスタルドは、苦しそうに両手でその腕をつかんで引き離そうとしたが、どれだけ抵抗しようがビクともしなかった。

 少年の光り輝く左手に炎がまとうと、そのまま殴り飛ばした。
 バスタルドが炎に包まれて吹き飛ぶ。その身体は何回も地面を転がってようやく止まった。少年との間はおよそ二十メートル。

 バスタルドは折れた顔の骨の痛みにその場でうずくまった。

 そんなバスタルドに、ルーセントはひどく冷たい声で「ひざまずけ」とつぶやいた。
 まるで別人のように変貌したルーセントに、フェリシアは戸惑いを隠せないでいた。

「ルー、セント? あなた、だれ?」

 フェリシアのその言葉は、吹き抜ける一陣の風によってかき消されてしまった。

 ルーセントがつぶやく。

「魂の審判者として命じる」
 金色の瞳を輝かせて、威圧を含んだ声を響かせる。その瞬間、ルーセントの身体から光の輪が広がった。それは、その場にいたすべての生き物の動きを止めた。

「裁きの炎で、その罪を喰らい」
 少年が一歩、歩みを進めると青い炎が刀身を包み込んだ。

「裁きのいかづちで、その魂を食い尽くせ」
 さらに一歩、今度は炎の刀に、紅いイカヅチが刀身をまとう。

「すべてを滅せよ」
 ルーセントが刀を両手でつかむと、地面に突き刺した。

魂喰いの牙ファングオブソウルイーター

 ルーセントが魔法の名を口にすると、蒼白い炎がバスタルドをめがけて地面を走る。それはやがて雷をまとうと、大きな炎の虎が姿を現した。そして、そのままバスタルドを呑み込んだ。

 バスタルドの断末魔が轟くなか、虎は巨大な火柱へと変わって雲を貫き、天をも貫いた。

 その巨大な火柱は、轟音とともに幾十もの無数の雷を引き起こして雲を駆け抜けた。
 そして、それはやがて白い暖かい光へと変わった。
 徐々に広がっていく光の柱は、山全体をおおいつくした後、限界まで広がるとゆっくりと細くなっていく。それは、やがて虹色の輝きを放って霧散していった。

 その日、光を目にしたすべての生き物が、その光景を目に焼き付けた。のちにそれは、最大の畏怖をもって「神罰の光」と名付けられた。
 そして光が消えた後には、バスタルドと、その部下の姿はなく、灰となってこの世から消えていった。
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