月影の砂

鷹岩 良帝

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1 動き出す光と伏す竜

1-8話 過去2

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 次々と現れる盗賊を倒しながら、バーチェルは村の東へとやってきた。
 建物の死角から飛び出してきた盗賊を倒したとき、少し離れた場所から爆発音が響いた。

「チッ、まだいるのか!」バーチェルがうんざりしながら魔法を発動させた。

 身体の中心から緑の風の渦が噴き出すと、バーチェルの身体へと吸収されていく。一瞬だけ全身が緑色に光ると、疾風のように猛スピードで駆け抜けて行った。
 爆発のあった場所にたどり着くと、そこには今までとは違って、大勢の村人が何かを守っていたかのように盗賊と混じって死んでいた。

 バーチェルは足場を確保しながら一人ずつ息のある者を探していった。

 そして、集団の最奥で倒れている男が一人、浅い呼吸を繰り返しているのを見つけた。
 慌てて駆け寄るバーチェル「おい! 大丈夫か? おい!」と声をかけつつ、意識のない男に持っている最後のポーションを与えた。

 バーチェルが男を仰向けにする。

 肩からわき腹にある大きな切り傷からは、赤黒い血がゆっくりと流れ出ていた。身体中には、いたるところにひどいやけどがある。目をそむけたくなるような状態だが、バーチェルの与えたポーションが傷を治していく。しかし、金髪の男はいつまでたっても意識が戻らなかった。徐々に弱くなっていく呼吸にもう助かりはしないだろう、とバーチェルが目を閉じて祈るように頭を下げた。

 再び刀を握りなおすと、最後にこの男を斬ったやつがいるはずだ、と刃を下段に構えて立ち上がった。
 周囲を警戒して歩くバーチェルの耳に「やめて! 離して!」と女の叫び声が聞こえてきた。瞬時に声のした場所に赴くと、そこには盗賊に腕をつかまれている銀髪の女が一人いた。

 バーチェルは見つからないように、そっと路地の角に身をひそめて助ける機会をうかがっていた。
 一度だけ周囲を警戒して見渡す。なおも抵抗を続けている女の声で再び視線を戻した。
 幸いにも盗賊は一人しかいないようだった。清潔感にかける伸びっぱなしの髪の毛とヒゲに、武骨な体格をした男が女を引きずる。逃げようと必死な抵抗を続ける金の瞳とショートボブの銀色の髪を揺らす女、盗賊は右手に持つ剣でいつでも女を殺せる状況にバーチェルが顔をしかめた。

「一人しかいないのは幸いだが、あれでは人質に取られているも同然、動くに動けんな」

 相手が剣を振り下ろすより早く動ける距離にはいないバーチェルは、いつでも飛び出せるように、と攻撃するタイミングを計っていた。そこに崩れかけた建物の間から石が飛んできた。
 石はゆっくりと放物線を描いて盗賊の頭へと当たった。

「痛ってぇな! 誰だ!」男が石の飛んできた方向をにらみつける。

 怒鳴り散らす盗賊の視線の先には、女と同じ銀の髪を揺らす少年がいた。

「チッ、余計なことをしおって、あの女の子供か」

 バーチェルは思わしくない方向に転がる状況に悪態をついた。
 女と同じ髪の毛と瞳を持つ少年の腕には、かき集めたであろう小石が曲げる左腕いっぱいに抱えられていた。
 少年が母親を助けようと盗賊をにらみつける。懸命に投げ続ける非力で小さな投石。

「このクソガキが! ふざけたことしやがって!」

 最初こそ盗賊は剣で弾いてはいたが、それも耐え切れなくなり抑えられない怒りを少年にぶつけた。

「だめ、ルーセント! 早く逃げなさい!」

 少年に向かっていく盗賊が女を解放すると、女がすぐに動いた。
 男が剣を振りかざす。それと同時にバーチェルが動いた。
 盗賊の剣が振り下ろされると同時に「ルーセント!」と、息子であろう子供の名前を叫んで女が少年を抱きしめた。
 バーチェルの周囲からは、空中に浮かぶ風の矢が次々と射出される。しかし、剣を振り下ろす盗賊の方が早かった。

「くそ、間に合わんか!」バーチェルが刀を手に突風のごとく駆け出す。

 盗賊がバーチェルに気がつくも、その状況が変わることはなかった。細い女の背中を盗賊の剣が斬り裂いていく。一瞬だけ女が背中をのけぞらせたが、それでも少年を離すことなく、力強く抱きしめ続けた。

「ぐっ、うぅ。ルー、セント」くぐもる女の声が少年の名を呼ぶ。

 しかし、銀髪の子供は目を大きく見開いたまま身動き一つせずに固まっていた。足元には、少年が抱えていた小石が散らばる。
 盗賊がすぐにバーチェルに向き直ると、ギリギリのところで魔法をやり過ごす。だが、怒りで空気を震わせるほどの殺気を放つバーチェルによって、鎧ごと一太刀でまっぷたつに斬られてその生涯を閉じた。

 バーチェルが間に合わなかったことに「くそ!」と悪態をつく。そのまま周囲を警戒しながら目の前の親子へと近づいて行った。
 ルーセントと呼ばれた少年が、血を流して動かない女の身体をゆする。その顔は涙でくしゃくしゃになり、必死に母を呼び続けていた。

「おかあさん、うぐっ…お、が、ざん」

 苦しそうにうめく女に、バーチェルが声をかける。

「もう大丈夫だ、安心していい。ただ、ここに来る途中で倒れていた金髪の男に最後のポーションを使ってしまって手持ちがないんだ、すまない」

 バーチェルは、まるで自分の家族を失ったかのような悲壮な顔つきで頭を下げた。
 少年の母親は、襲い来る痛みに耐えながらも、顔をゆがめつつ男の事をたずねてきた。

「その……男は、おそらく……私の夫、です。無事……っですか?」

 あまりにも苦しそうな表情の女に、バーチェルが視線を外して目を閉じた。

「ケガはほとんど治ったが、意識が戻らなかった。あの出血量では長くはもたないだろう」

 バーチェルは、どんなに剣の腕がよくとも助けられなかったその事実に、いったい何のための技術か、と悔しさと自分に対する怒りでこぶしを強く握りしめた。
 女は涙を流して「ディグノ」と、倒れていた男であろう人物の名前を口にして悲しむ。
 しばらくすると、女が苦しそうに呼吸を荒げてルーセントの顔に触れた。少年の顔に薄っすらと血がつく。

「ルー、セント。いつま、でも……、泣いて、いないで、つ、強く……なりなさい。あなたは……」

 少年の母親がそこまで言うと、痛みに震える手で我が子の涙をぬぐう。そして、弱々しくも優しくほほ笑むと、いとおしそうに銀色の頭をなでた。
 苦しみながらもほほ笑む母に、話しかけてくるその声に安心したのか、今まで泣いていた少年が泣き止んだ。女は息子が落ち着いたのを見ると安堵あんどする。次にはその視線がバーチェルへと向いていた。

「あなたは、冒険者、ですか?」徐々に弱々しくなっていく女の声。
「そうだ、もう少し早く来ていれば助けられたのにすまない」
「いえ、感謝して、います。それから、ずうずうしいですが、一つ頼まれて、はもらえませんか?――」


 回想から戻るバーチェルは、ルーセントに思い出せる限りのことをゆっくりと伝えていった。
 ルーセントは当時のことを思い出したのか、膝に顔を伏せると恐怖でその身体を震わせる。続きを離そうとしていたバーチェルだったが、震えるルーセントを見て優しく抱きしめた。

「お前を頼むといわれてな、最初は断ったのだ。自分には子供はいないし、動物さえ育てたこともなかったからな。だが“あなたなら大丈夫。だからお願いします”と息も絶え絶えにお願いされてな。結局は断りきれずに引き受けたのだ」

 その言葉と同時に、バーチェルが今まで肌身離さずつけていたネックレスを外す。そこにぶら下がっていたのは、アンゲルヴェルク王国の通貨である五十リーフ硬貨であった。
 それをルーセントに見せながら「これは、お前に小遣いとして渡そうとしていたらしい」と笑みを浮かべた。

 そして続ける。

「人生で一番安い依頼で、一番難しい依頼だ。だが、今は引き受けてよかったと思っている。お前といるのは楽しいからな」

 ほほ笑むバーチェルに、再び顔を伏せるルーセント。
 バーチェルが「大丈夫か? 少しは思い出せたようだな」と背中をさする。

「少し、だけ。石を投げたら、斬られそうになって、お母さんがかばってくれた。そうしたら、お母さんが、血だらけになって、倒れてた」

 少年は声を詰まらせながらも、少しずつ言葉をこぼし始めた。
 ルーセントは最後に「それだけ」とつぶやくと黙り込んでしまった。
 バーチェルは、なおも背中をさする。

「それでいい。おそらくは、それがお前の心の傷として残っているのだ。さぞかし怖かっただろう。親を失い苦しかっただろう。だがな、逃げずにしっかりと向き合え。自分の心が助けてほしい、と助けを求めているのだ。過去を悔やんでも決して変えることはできない。助けられなかった非力を恨むな。許してやれ、もう終わったことだと、むかしの自分に教えてやれ」

 ルーセントが声を出して泣き出す。自分のしたことが今になって理解できたからだ。その事実に身体をこわばらせた。

「でも僕が、石を投げたから、お母さんが死んじゃった。僕が隠れていれば、死ななかった」

 顔を伏せたままのルーセントに、バーチェルが一息はくと優しく話しかける。

「結果だけを見ればそうかもしれないな。だがな、人は常に正しい道を選んで生きていけるわけではない。何かを選べば、必ず何かを間違うのが人間だ。間違い、傷つき、後悔をしながら生きていく。だから無理しないで泣きたいときには泣けばいい。後悔だっていくらでもすればいい。だがな、起きたことからは逃げるな。しっかりと受け止めろ。そして生涯忘れるな。後悔をしたのなら学べ、間違ったのなら受け入れて次に生かせ。もう二度と同じことは繰り返すな」

 バーチェルがルーセントから離れる。そして、持ってきていた小箱から銀の指輪を二個、取り出した。手にするそれを、ネックレスのチェーンに通すとルーセントに手渡した。

「この指輪は、お前の両親がはめていた物だ。最上級守護者ともなれば、おそらくは王都の訓練学校に行くことになるだろう。一緒にいられるのもあと数年だ。先に渡しておく」

 ルーセントが手のひらの上にあるネックレスをじっと見る。指輪の内側には、母親の名前“ニア・エイリフト”もう一つには父親の名前“ディグノ・エイリフト”と二人の名前が彫られていた。二人が生きていた証をルーセントが力強く握りしめる。
 バーチェルは「しばらくは自分と向き合え」と、ルーセントを立たせて部屋へと連れて行った。
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