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4 王立べラム訓練学校 高等部2
4-30話 卒業試験15
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潜入組の全員が、新しく支給された城壁を登る装置、フックアローの訓練を終えて城壁の下へ集まっていた。
空には月が輝き、優しい光が大地を照らす。しかし、時おり雲が月に掛かっては、薄手のローブにそこからつながるフードで顔を隠しているルーセントたちの顔を闇に染めていた。
「準備はいいかしら?」レイラが城壁を見上げると、消えそうな声でささやいた。
その場の全員がうなずくと、レイラがティアを見た。
「ティア、まずはあなたが上に登って私たちに合図を送ってちょうだい」
小さな少女がうなずくと、装置をつけた右腕を城壁へと向ける。それを見てレイラが残りのメンバーに顔を向ける。
「いい? ティアが合図を出したら五人ずつ、訓練生から登って、諜報部隊の私たちは最後よ」
うなずく全員にティアのフックアローが音をたてた。
胸壁にフックが引っ掛かると、ティアが勢いよく上昇していった。
全員が無事に登ると、城壁に続く幅の広い大きな階段を降りて街への侵入を果たす。訓練生と諜報部隊の兵士が五人ずつに別れて、数週間前に潜入していたレイラの部下が用意した家へと移動した。
ルーセントたちが潜入してから数日、ベロ・ランブロアの城塞の会議室には、サラージ王国軍を束ねるプロスト、軍師のヴェール、歴戦の勇士でもあるサイレスなど、多くの将軍が集まっていた。
議論は降伏か、それとも交戦かで言い争いが続いていた。
「ここは戦うべきだ! 何もせずに降伏などできるか!」一人の将軍が、地図の広がっている大きな机をたたいた。
「バカを言え! 相手はあの軍神ディフィニクスだぞ! この状況で戦ったところで勝てる見込みなどないわ!」
おのれの命の欲しさに、もう一人の将軍が言い返す。いつまでも平行線をたどる応酬に古株のサイレスがため息をついた。
「我々は戦うことには向いてはいるが、こういうことには疎い。軍師の意見を聞いてはどうだ? ワシが知る兵法では、城を落とすには十倍の兵士が必要だと聞く。いま向こうの軍は、我らの二倍から三倍に過ぎない。籠城をすれば、なんとかなるのではないか?」
サイレスの言葉に、全員が若き軍師の顔を見た。
「……たしかに、サイレス将軍の言葉は正しいが、それはあくまでも相手が格上の時だけです。将軍の能力、兵士の練度や士気によっては、兵の数など二倍もあれば十分でしょう。我々は戦にも負けて兵士の士気は低く、相手はあの軍神、そこに従う将軍の能力でも劣ります」
「ならばどうする? 降伏でもするのか? 我らは戦うのが仕事、命を懸けて生きてきた。戦場以外で死ぬなど、そんな侮辱など許さんぞ」
軍師ヴェールの言葉に、サイレスが降伏の気配を感じて
自身の心を披歴する。それにヴェールが静かにうなずいた。
「もちろん、降伏などしませんよ。ただ、どう頑張っても勝つことは無理でしょう」
「ならばどうするのだ? このまま包囲を続けられたら、まず兵糧が持たぬぞ」
ここでヴェールが口を閉ざして考え込む。そして、長く息をはき出してサイレスを見た。
「ディフィニクスがいるのが東門です。守りはどうやっても堅く、突破は不可能でしょう。そこで、全軍で北の門より出てルールゾロアを目指します。ただ、やつらの注意を引き付けるために、ここに残って東門にいるやつらの相手をする部隊が必要です。おそらくは……」
「その役目、ワシが引き受けよう。他の者はすぐに撤退の準備を急げ」
言いよどむヴェールに、サイレスがそれをさえぎって名乗り出た。
「お待ちください。それでは……」
ヴェールは、唯一でもある自分の理解者を失いたくない、と止めようとしたが、その覚悟を決めた男の目を見て黙った。
「わかりました。ここはお任せします。向こうについたら、特上の酒を用意して待っていますよ」
「フハハ、それでは戻らないわけにはいかんな。その時は全員、朝まで付き合ってもらうぞ」
生き残る方が絶望的な状況に、その場の皆が黙り込む。そこに一人の男が名乗りをあげた。
「虎武将軍、俺も残ります」
若き将軍ルストが最後をともにする、と歩みでる。
「若者が死に急ぐものではない。お前はヴェールを守れ。そやつはこの国には絶対に必要だ」
「しかし……」
ルストがなにかを言おうとしたとき、慌てて駆け込んできた伝令に止められてしまった。
「報告します! 東門にて、アンゲルヴェルク王国の兵士が数十人で門の開放を行っています。防衛の兵だけでは手が回りません! すぐに援軍を!」
「何をやっているんだ貴様らは! 門のひとつも守れんのか!」
ここで、今まで黙していたプロストが怒鳴り声をあげた。事態の緊急さにヴェールがプロストに申告する。
「どうやって侵入したかはわかりませんが、おそらく相手は決死の思いで来たに違いありません。死を恐れない兵士ほど強いものはありません。それに、いま門を奪われるわけにもいきません。すぐに援軍を送りましょう。どのみち、サイレス将軍を送る予定でしたから、少しだけ早まっただけです。他の将軍たちはすぐにでも撤退できる準備を」
プロストが「ヴェールの言う通りにしろ」と指示を出して慌ただしく事態が動く。プロストは五百の兵を連れて東門へと急いだ。
空には月が輝き、優しい光が大地を照らす。しかし、時おり雲が月に掛かっては、薄手のローブにそこからつながるフードで顔を隠しているルーセントたちの顔を闇に染めていた。
「準備はいいかしら?」レイラが城壁を見上げると、消えそうな声でささやいた。
その場の全員がうなずくと、レイラがティアを見た。
「ティア、まずはあなたが上に登って私たちに合図を送ってちょうだい」
小さな少女がうなずくと、装置をつけた右腕を城壁へと向ける。それを見てレイラが残りのメンバーに顔を向ける。
「いい? ティアが合図を出したら五人ずつ、訓練生から登って、諜報部隊の私たちは最後よ」
うなずく全員にティアのフックアローが音をたてた。
胸壁にフックが引っ掛かると、ティアが勢いよく上昇していった。
全員が無事に登ると、城壁に続く幅の広い大きな階段を降りて街への侵入を果たす。訓練生と諜報部隊の兵士が五人ずつに別れて、数週間前に潜入していたレイラの部下が用意した家へと移動した。
ルーセントたちが潜入してから数日、ベロ・ランブロアの城塞の会議室には、サラージ王国軍を束ねるプロスト、軍師のヴェール、歴戦の勇士でもあるサイレスなど、多くの将軍が集まっていた。
議論は降伏か、それとも交戦かで言い争いが続いていた。
「ここは戦うべきだ! 何もせずに降伏などできるか!」一人の将軍が、地図の広がっている大きな机をたたいた。
「バカを言え! 相手はあの軍神ディフィニクスだぞ! この状況で戦ったところで勝てる見込みなどないわ!」
おのれの命の欲しさに、もう一人の将軍が言い返す。いつまでも平行線をたどる応酬に古株のサイレスがため息をついた。
「我々は戦うことには向いてはいるが、こういうことには疎い。軍師の意見を聞いてはどうだ? ワシが知る兵法では、城を落とすには十倍の兵士が必要だと聞く。いま向こうの軍は、我らの二倍から三倍に過ぎない。籠城をすれば、なんとかなるのではないか?」
サイレスの言葉に、全員が若き軍師の顔を見た。
「……たしかに、サイレス将軍の言葉は正しいが、それはあくまでも相手が格上の時だけです。将軍の能力、兵士の練度や士気によっては、兵の数など二倍もあれば十分でしょう。我々は戦にも負けて兵士の士気は低く、相手はあの軍神、そこに従う将軍の能力でも劣ります」
「ならばどうする? 降伏でもするのか? 我らは戦うのが仕事、命を懸けて生きてきた。戦場以外で死ぬなど、そんな侮辱など許さんぞ」
軍師ヴェールの言葉に、サイレスが降伏の気配を感じて
自身の心を披歴する。それにヴェールが静かにうなずいた。
「もちろん、降伏などしませんよ。ただ、どう頑張っても勝つことは無理でしょう」
「ならばどうするのだ? このまま包囲を続けられたら、まず兵糧が持たぬぞ」
ここでヴェールが口を閉ざして考え込む。そして、長く息をはき出してサイレスを見た。
「ディフィニクスがいるのが東門です。守りはどうやっても堅く、突破は不可能でしょう。そこで、全軍で北の門より出てルールゾロアを目指します。ただ、やつらの注意を引き付けるために、ここに残って東門にいるやつらの相手をする部隊が必要です。おそらくは……」
「その役目、ワシが引き受けよう。他の者はすぐに撤退の準備を急げ」
言いよどむヴェールに、サイレスがそれをさえぎって名乗り出た。
「お待ちください。それでは……」
ヴェールは、唯一でもある自分の理解者を失いたくない、と止めようとしたが、その覚悟を決めた男の目を見て黙った。
「わかりました。ここはお任せします。向こうについたら、特上の酒を用意して待っていますよ」
「フハハ、それでは戻らないわけにはいかんな。その時は全員、朝まで付き合ってもらうぞ」
生き残る方が絶望的な状況に、その場の皆が黙り込む。そこに一人の男が名乗りをあげた。
「虎武将軍、俺も残ります」
若き将軍ルストが最後をともにする、と歩みでる。
「若者が死に急ぐものではない。お前はヴェールを守れ。そやつはこの国には絶対に必要だ」
「しかし……」
ルストがなにかを言おうとしたとき、慌てて駆け込んできた伝令に止められてしまった。
「報告します! 東門にて、アンゲルヴェルク王国の兵士が数十人で門の開放を行っています。防衛の兵だけでは手が回りません! すぐに援軍を!」
「何をやっているんだ貴様らは! 門のひとつも守れんのか!」
ここで、今まで黙していたプロストが怒鳴り声をあげた。事態の緊急さにヴェールがプロストに申告する。
「どうやって侵入したかはわかりませんが、おそらく相手は決死の思いで来たに違いありません。死を恐れない兵士ほど強いものはありません。それに、いま門を奪われるわけにもいきません。すぐに援軍を送りましょう。どのみち、サイレス将軍を送る予定でしたから、少しだけ早まっただけです。他の将軍たちはすぐにでも撤退できる準備を」
プロストが「ヴェールの言う通りにしろ」と指示を出して慌ただしく事態が動く。プロストは五百の兵を連れて東門へと急いだ。
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