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4 王立べラム訓練学校 高等部2
4-28話 卒業試験13
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ウォルビスのもとに向かうトール将軍の軽騎馬部隊が、茶色く染まりつつある草を蹴り飛ばしながら、低い音を響かせて迫っていた。そのトールの部隊に最初に気がついたのは、ウォルビスの東を囲っているサラージ王国のルスト、スレイル、メイズルの三部隊であった。
後方警戒に出していた分隊が、自身の元へ向かってくる軍勢を見つけて急ぎ三人のもとに走った。
「報告します! 後方より新たな軍勢がこちらに向かっております。数は不明、掲げている軍旗によればメーデル王国かと思われます」
「なんだと、ベルドアはなにをやっている! あと少しで崩せるんだぞ!」ルストが手にする槍を力の限りに地面に突き刺す。
「まずいぞ、このままだとこっちが挟まれる」スレイルは、敵の援軍が来るであろう方向を見つめる。
「うっとうしい蚊トンボどもめ! どうする、包囲を解くか?」メイズルは悪態をつくものの、冷静さを失わずにルストに判断をあおいだ。
二人の視線にルストが黙り込む。眉間にシワを寄せてどれを選べば正解か、といくつかの選択肢を模索していた。あせりを浮かべて考え込むルストに、メイズルが決断を急がせる。
「悩んでいる暇はないぞ、ルスト!」
「分かってる! くそ、仕方ない。これよりメーデル王国軍を迎え撃つ! 全部隊に伝えよ」
続けてルストが近くにいる兵士を呼ぶと、伝令としてサイレス将軍のもとに走らせた。
ルストの決断は死にかけの部隊を捨てて、新たな脅威の対処に動いた。全部隊に命令が伝えられると、隊を反転させてウォルビス軍から離れていった――。
高台を陣取って上空から魔法攻撃を浴びせるサイレスの部隊は、パックスの放った氷の壁に遮られて逆に反撃を受けていた。
「おのれウォルビスめ! 腐っても最強の軍と言うことか。侮ったわ。大体なんだ、あの氷の壁は!」
「中級守護者の我々の魔法では、傷すら付けられませんでした。何者でしょうか?」
文句を言うサイレスに副将の一人が口を挟んだ。突如として現れた鉄壁の壁に、その顔は悔しそうに歪んでいた。そこに、サイレスが相手の攻撃をやり過ごすために後退を指示する。
「分からぬ。ディフィニクスの軍は全員が中級と上級守護者を持つもので構成されていると聞く。恐らくは、さぞかし魔法に長けた上級守護者がいるのだろう」
「さすがは最強を謳うだけはあります。ポセタ大陸は元来より上級守護者が多くでる土地柄だと聞きますが、やはり我々の国とは違って層が厚いですね」
「だが、いまやつらを追い詰めているのはこっちだ。この一瞬を耐えれば勝機はある」
将軍の頼もしい言葉に、副将が力強くうなづいた。
そこに伝令の一人が現れる。
「報告します! 先ほどの一斉攻撃により我が部隊の被害数は八十程度、そのうち死者は六十名ほどです」
「おのれ! すぐに部隊を整えよ。両翼の部隊と合わせてもう一度仕掛けるぞ!」
サイレスの命令に全部隊が動き出すが、副将の一人が右翼にいるはずのルストたちが離れていく状況を目にした。
「お待ちください、虎武将軍! ルストの部隊が包囲を解いて離れていきます!」
「なんだと! あいつらは何をしておる!」
あと数回の攻撃を与えれば壊滅するであろう状況を目前に、副将からの報告にサイレスは怒りに顔を歪めた。
「あのバカはどこへ行く気だ! 待て、……あれは何だ?」
サイレスはルストが向かう先に視線を動かす。すると、視界の先に薄らと何かが動く塊を捉えた。部下から双眼鏡を受けとるとのぞき込む。
「あの青い旗にあの紋章は間違いない、メーデル王国だ」
「このタイミングで敵の援軍ですと! それを防ぐためにベルドア将軍が砦を守っていたはずでは?」
「そのはずだが、どうやら突破をされたようだな。あの城がこうも簡単に落とされるとは思えない。あやつめ、軍師を無視して功に逸りおったか」
「どうされますか? このままでは退路を与えることになりますが」
「こればっかりは仕方なかろう。すでに包囲は解かれている。あの砦を落とされた時点でこの作戦は破綻している。これよりルストの援護に向かう。全員準備を整えろ!」
「よろしいのですか? このままウォルビスの方を釘付けにしておけばルスト将軍もうしろを突かれることはないかと思いますが……」
副将の疑問に、サイレスが「見てみよ」と双眼鏡を渡した。のぞき込む副将が目にしたものは、ルストの部隊よりはるかに多い騎馬隊であった。
「あの数では……」
「ここはルストに加勢してメーデル軍をたたく。そのあとにウォルビスに追撃を仕掛ける」
「かしこまりました」
サイレスの部隊は、あっさりと高台を放棄してメーデル王国軍を挟撃するために、ルストから目を離さずに距離を取って迂回していく。
「ヴェールよ、お前の作戦は崩れた。どうするのだ?」
老将はヴェールがいるであろう方向を向くと小さくつぶやいた――。
サイレスが動き出してから少しして、サラージ王国の本隊にも伝令が最悪の状況を伝えていた。
「報告します! メーデル王国軍がこちらに向かって進軍中! ここより数キロ先、その数は不明ですが、数千はある模様です」
「なんだと! ヴェールよ、これはどうなっておる!」
軍を指揮するプロストは、伝令の報告を聞くと激昂した。ヴェールが伝令につかみかかると、カウザバード砦の状況を聞き出す。伝令は、ディフィニクスの仮病に騙されてベルドアがヴェールの指示を無視して軍を出したこと、そこに都合よく現れたメーデル王国軍によってあっけなく砦を奪われてしまった経緯を報告した。
ヴェールの顔がみるみる歪んで怒りを表す。爆発するその怒りは、握りしめた拳に変わって将台の柱を殴った。
「あの間抜けが! あれほど何があっても外に出るなと言っただろう!」
ヴェールが顔を覆ったまま一度だけ空をあおぐと大きく息を吸い込んだ。再び沸き上がる怒りに柱を殴ると、気分が落ち着いたのか、冷静な表情でプロストに進言する。
「すぐに撤退をしましょう」
「バカを言うな! あと少しであのウォルビスを倒せるのだぞ!」手柄に目のくらむプロストは、聞き入れられない、と抵抗した。
欲に囚われている愚かな将軍に、ヴェールが脅迫まがいに攻め立てる。
「もし、このまま戦いを続ければ、我々の帰る場所はなくなるでしょう。ただでさえギリギリのところで戦っているのです。これ以上敵の数が増えれば対処ができません。それに、援軍はメーデル王国だけだと思いますか? ディフィニクスの本隊が砦だけを落として満足するとでも?」
ヴェールの言葉に、プロストが言い返そうと大きく息を吸い込んだが、諦めたように目をつむって息を吐きだした。
「そなたの言う通りだ。だが、このままウォルビスを捕らえて、それと引き換えに兵を引かせればよいのではないか?」
ヴェールは、どこまでも手柄に足をとられる将軍にあきれていた。
「気持ちはわかりますが、確実に捕らえられる保証なんてありません。それに、主力であるほとんどをこちらに投入しています。誰がディフィニクスを相手に街を守るのですか? 仮に、ウォルビスを我々が捕らえたとしましょう。交換条件に兵士を引かせたとします。ですが、そのあとはどうなるでしょうか? 砦を取り戻して、向こうは奇襲の心配も兵糧を気にする必要もありません。それに、もしディフィニクスが私なら、ウォルビスが戻ってきたのを確認したら、すぐさま攻撃を仕掛けるでしょう。相手が一番に油断していますから」
「ならばどうすればよいのだ?」
「いまは一秒でも早く撤退をして街に戻ることです。ディフィニクスの状況がわからない現状では、防備を固めて籠城するしかありません」
「わかっ……」
プロストがヴェールの言葉に納得しようとしたとき、伝令が息を切らせて駆け込んできた。
「報告します! 牙門将軍、虎武将軍がともにこちらに向かってくるメーデル王国軍に対処するために、包囲を解いて向かわれました」
「将軍、早く撤退の鐘を、いまはこれ以上無駄に兵を減らすわけにはいきません、全軍に撤退を」
プロストはあと一歩のところでウォルビスの首に手をかけられたのに、と断腸の思いで撤退を命じる。そして戦場に一発の白色の信号弾が打ち上がった。それはすべての部隊の撤退を意味していた――。
四方を囲まれて成すすべもなく防御体制を維持するウォルビスの部隊、緊迫する戦場で次の攻撃に備えて急ぎ部隊を立て直していた。
馬に乗ったまま周囲の動きを警戒しているウォルビスにノームが近付く。
「武衛将軍、このままではあと二回耐えられるかどうかです。北の敵本隊からの攻撃が本格化すれば、さらに窮地に立たされてしまいます。ですが、幸いにも敵の各部隊の人数はそう多くありません。一点突破をすれば抜けられるかもしれません」
「ああ、俺も同じことを考えていた。だが、どこが最適か」
ノームの提案と同じことを考えていたウォルビスは、できるだけ被害が出ない経路はどこか、と思案する。ノームはアゴに手を当てて今までの状況を思い返す。将台付近を忙しく動き回る兵士を見ながら考え込むと、後方の高台に視線を移した。
「私が思うに高台を狙うのはどうでしょうか? 恐らくですが、両翼に精鋭を集めているはずです。そうなるとあそこは手薄となっている可能性の方が高いかと」
「なるほどな、それも一理ある。だが、あの急な斜面を登るとなると、ひと苦労だな。ところで、さっきの氷の壁を作り出したやつはどいつだ? あれがあれば上からの魔法攻撃は防げるだろ。あとは左右からの騎馬さえ防げばなんとかなる。俺の部隊にあんな魔法が使えるやついたか?」
「どうでしょうか? 兵士すべての魔法を把握しているわけでもありませんので。すぐに伝令を送って確認させましょう」
「急げ」
「かしこまりました」
「ああ、待て。突破をするとなれば、中級守護者を持つ者には召喚を使わせる。魔力の回復を優先させろ」
ノームは無言でうなづくと伝令を集めた。命令を受けた伝令は、すべての部隊に向けて一斉に散っていく。ウォルビスはすでに、次の攻撃体制を整えつつある敵軍を視界に捉えると撤退をするタイミングを計っていた。
「今からじゃ間に合わねぇな。あと一回耐えられればチャンスはある。ここで奥の手を使っちまうのは痛いが、そんなことも言ってられないな。包囲さえ突破できれば、こんなやつら敵でもねぇ。来るならさっさと来い、クソどもが!」
敵左翼が攻撃体制を整え終えたのを確認すると、ウォルビスは全部隊に防御体制を取らせた。ところが、いくら待っても攻撃を仕掛けてくる様子はない。
いつのまにか静寂が辺りを包み込んでいた。不審に思い始めた兵士たちがどうしたのか、とざわめき始める。それはウォルビスも例外ではなく、誰に言うでもなくつぶやいた。
「どうなってるんだ? 攻撃体制はとっくに整ってんだろ? なんで来ない?」
「なぜでしょうか? 他に策があるとも思えませんが……」ウォルビスの声にノームが不振な顔を浮かべて返した。
二人が話し合っているとき、一人の伝令が駆け込んでくる。
「報告します! 右翼に展開していた騎馬隊が反転してここから離れていきます」
「あ? なんだそりゃ? 追い込まれてるわけでもねぇのに逃げ出したのか?」
伝令の報告を受けて、敵の謎の行動に眉間にシワを寄せて困惑しているところに、もう一人の伝令が駆け込んで来た。
「報告します! 後方、高台に展開していた部隊が東へ向けて移動を開始しました。ここを離れていきます!」
「おいおい、どうなってやがんだ? 誰か状況を把握できるやつはいねぇのか?」
もう一人の伝令の報告によりウォルビスの頭は混乱していた。ノームでさえも何が起きているのか理解できず沈黙を貫いていたが、好機とばかりにウォルビスへ進言する。
「武衛将軍、これは撤退する絶好の機会です。左翼を警戒しつつ高台に向かいましょう」
何はともあれ、包囲されていた二カ所に穴が開いた。危惧していた全滅は回避することができた。しかし、いまだに攻撃体制を緩めてはいない左翼に警戒しつつも、撤退準備へと移行していく。体勢が整ったウォルビスが進軍の合図を出そうとしたとき、敵本隊上空に一発の白い信号弾が打ち上げられた。
ウォルビスは新たな策略かと警戒して再び防御体制を取らせた。
「今度はなんだ? 全部隊停止! 防御体制をとれ! 中級守護者には召喚の用意をさせておけ! 敵に動きがあり次第、召喚を展開、迎撃に当たれ!」
「はっ!」
ウォルビスは合図を送る部隊の指揮官に指示を出す。起死回生の一撃でもある召喚を展開するための伝令を各部隊に送った。敵陣から鳴り響く鐘の音に、全員の顔に緊張が走る。しばらくして、ウォルビスの元に伝令が駆け込んできた。
「報告します! 左翼に展開していた敵騎馬隊が、敵本隊方面に向けて撤退していきます! 続いて、敵本隊もベロ・ランブロア方面に向けて撤退を開始しています」
「なんだか知らねぇが、こいつは儲けたな。防御体制を解除、これより高台へ進軍する。動けるやつは怪我人を助けて動け!」
再びウォルビスから指示が飛ぶ。理由はわからなかったが、訪れた好機に感謝をしてウォルビスの部隊は高台へと移動していった。無事だった兵士は周囲の警戒と、ケゲ人の治療に当り始めた。そこから二十分ほどが経過したころウォルビスの元に報告が入る。
「報告します! 東より新たな部隊を確認、軍旗からするとメーデル王国の部隊かと思われます」
「メーデル? なるほどな。それでやつらは戻っていったのか。だが、敵の偽装の可能性もある、まだメーデルだとは決まったわけではない。警戒しつつも丁重に当たれ」
「かしこまりました」
ウォルビスは伝令を下がらせると、新たに報告に入る伝令の対応に忙殺されていった。
数分後、ウォルビスが布陣する高台の下方にメーデル王国軍の軍旗をなびかせた騎馬隊が到着していた。
三人ほどを引き連れたメーデル王国のトール将軍が馬を降りて歩み出た。警戒するウォルビス軍兵士はトールの身分を確認すると、ウォルビスの元へと案内した。
雑務に当たっていたウォルビスは、救世主に気がついてあいさつを交わす。
「よく来てくれた。あなたたちのおかげで助かった。礼を言う」
ウォルビスが将軍に向かって軽く頭を下げると、トールは少し慌てた様子で、軍神の弟の両肩に触れて身体を起こした。
「おやめください、我々もディフィニクス様からの指示を受けて来たに過ぎません」
「兄貴に?」
「はい、砦は私がすぐに落として見せる。必ず弟が苦戦するであろうから、援軍を頼むと。」
「そういえば、どうやってこんな短時間であの砦を落としたんだ?」
「それは、向こうの将軍であるベルドアが功が足りずにあせっているとの情報を受けて、陣中で前将軍が病に倒れたフリをして撤退、出撃してきたサラージ軍を伏兵で囲って撃退、我々はその隙に手薄になった砦を奪取したまでです」
「へぇ、そんな簡単にいくもんか?」
「見事にハマって、今この状況に」
「ま、そうだよな。しかし、何年一緒にいても兄貴の頭の中身はよくわからん」
「そういえば昔に、前将軍から聞いたことがあります。兵法のコツは隙があれば奇策をもって当たれ、相手に隙がないなら正攻法で攻めろと。もし時間があるのなら、無理やり隙を作って崩せとも教えていただきました」ウォルビスの隣に立っていたノームが横から口を挟んだ。
「……うん、よくわからんが、あの二人に任せておけば問題ないだろ」ウォルビスがうんざりした顔で右手を首に当てた。
「またそんな適当なことを」ノームがあきれて返す。
「いいんだよ、人にはそれぞれ役割があるんだから」ウォルビスはハエを追いやるように手を払った。
「いつか敵軍に煮殺されますよ」ノームが無意識のうちに言い返すと、とっさに口を押さえる。
「俺はイノシシか?」ウォルビスは不機嫌そうに眉をひそめた。
「武衛将軍、トール将軍がおりますので」
「あとで覚えとけよ」
「部隊の様子を見てきます」
ノームの顔に向かって指を差すウォルビスから逃れるために、長い年月を支えてきた相棒が流れるような所作で、面倒事になりそうな将軍の前からいなくなった。
二人のやり取りを見ていたトールが手をアゴにほほ笑む。
「頼もしい部下がいるようで何よりですな。ときに、ディフィニクス様から伝言を預かっております」
「兄貴から? なんでしょうか?」
ウォルビスは用意してあったイスにトール将軍を座らせると、湯飲みにお茶をそそいだ。
「現在、前将軍の軍がベロ・ランブロアに向けて進軍中です。それにともなってウォルビス殿には私どもの部隊と合流して南門を当たれ、とのことです」
「かしこまりました。将軍の部隊は騎兵のみですか?」
「いえ、今は騎兵しかおりませんが、しばらくすれば一万の本隊がここに来ます。なのでもうしばらくお待ちください」
「わかりました。では、このまま作戦について話し合いましょう」
「そうですね。ではまず、街の防衛について教えていただけますか……」
ウォルビスから逃げ出したノームは、被害状況を確認するために声をかけつつ、指示を出しながら各部隊を見舞う。その足は赤と黒の制服を着た少年たちの前で止まった。
「ルーセント、訓練生の被害状況はどうなっている?」
「はい、現在はまだ治療中ですが、重傷者は十三名、軽傷者が七名です。軽傷者については全員が完治していますが、重傷者は時間がかかりそうです。何名かは命の危機にありましたが、いまは落ち着いています」
そう話すルーセントの腕と手は、仲間を助けたときの血で赤く染まっている。訓練生を束ねる少年は、戦が終わってからというもの、休むまもなくすべての生徒のもとに走っては手当てをして、と休む暇さえなかった。その顔は弱々しく、いつもの明るくハキハキとした様子は鳴りを潜めていた。何事においても余裕でいたルーセントであっても、さすがに仲間を背負う責任と戦の重圧で、誰が見てもわかるほどに疲弊していた。
ノームは、心身ともにボロボロのルーセントを気遣うと、少年の背中に手を添えてた。
「そうか、とりあえず戦死者がでなくてよかったな。その様子だと、お前も休んではいないのだろう? 休めるときにはしっかり休んでおけよ。連戦しなければならないときなんて、軍においてはざらにあるからな。ただまぁ、重傷者はカウザバード砦に下げた方がいいかもしれんな。恐らくこの様子だとベロ・ランブロアに攻めるはずだ。とはいえど、もともと街を攻めることになったら、訓練生は戦闘に参加させないで後方に置くことが決まっている。あと少しだけ耐えろ」
「わかりました。ありがとうございます」ルーセントが地面に座って礼を述べると安心したのか、すぐに横になって眠ってしまった。
「無理もないな、本来ならもっと簡単に終わっているはずだったんだからな。今回はさすがにキツイだろう」
ノームは、ほとぼりが覚めたであろうウォルビスのもとに戻ると、負傷した訓練生の搬送許可をとる。ウォルビスがすぐに許可を出すと、トール将軍の騎兵隊の一部が護衛についてカウザバード砦に向かうこととなった。
それからおよそ一時間後、トール将軍の一万の軍勢と合流をすると、ウォルビスはベロ・ランブロア奪還のために、進軍の合図を出した。
後方警戒に出していた分隊が、自身の元へ向かってくる軍勢を見つけて急ぎ三人のもとに走った。
「報告します! 後方より新たな軍勢がこちらに向かっております。数は不明、掲げている軍旗によればメーデル王国かと思われます」
「なんだと、ベルドアはなにをやっている! あと少しで崩せるんだぞ!」ルストが手にする槍を力の限りに地面に突き刺す。
「まずいぞ、このままだとこっちが挟まれる」スレイルは、敵の援軍が来るであろう方向を見つめる。
「うっとうしい蚊トンボどもめ! どうする、包囲を解くか?」メイズルは悪態をつくものの、冷静さを失わずにルストに判断をあおいだ。
二人の視線にルストが黙り込む。眉間にシワを寄せてどれを選べば正解か、といくつかの選択肢を模索していた。あせりを浮かべて考え込むルストに、メイズルが決断を急がせる。
「悩んでいる暇はないぞ、ルスト!」
「分かってる! くそ、仕方ない。これよりメーデル王国軍を迎え撃つ! 全部隊に伝えよ」
続けてルストが近くにいる兵士を呼ぶと、伝令としてサイレス将軍のもとに走らせた。
ルストの決断は死にかけの部隊を捨てて、新たな脅威の対処に動いた。全部隊に命令が伝えられると、隊を反転させてウォルビス軍から離れていった――。
高台を陣取って上空から魔法攻撃を浴びせるサイレスの部隊は、パックスの放った氷の壁に遮られて逆に反撃を受けていた。
「おのれウォルビスめ! 腐っても最強の軍と言うことか。侮ったわ。大体なんだ、あの氷の壁は!」
「中級守護者の我々の魔法では、傷すら付けられませんでした。何者でしょうか?」
文句を言うサイレスに副将の一人が口を挟んだ。突如として現れた鉄壁の壁に、その顔は悔しそうに歪んでいた。そこに、サイレスが相手の攻撃をやり過ごすために後退を指示する。
「分からぬ。ディフィニクスの軍は全員が中級と上級守護者を持つもので構成されていると聞く。恐らくは、さぞかし魔法に長けた上級守護者がいるのだろう」
「さすがは最強を謳うだけはあります。ポセタ大陸は元来より上級守護者が多くでる土地柄だと聞きますが、やはり我々の国とは違って層が厚いですね」
「だが、いまやつらを追い詰めているのはこっちだ。この一瞬を耐えれば勝機はある」
将軍の頼もしい言葉に、副将が力強くうなづいた。
そこに伝令の一人が現れる。
「報告します! 先ほどの一斉攻撃により我が部隊の被害数は八十程度、そのうち死者は六十名ほどです」
「おのれ! すぐに部隊を整えよ。両翼の部隊と合わせてもう一度仕掛けるぞ!」
サイレスの命令に全部隊が動き出すが、副将の一人が右翼にいるはずのルストたちが離れていく状況を目にした。
「お待ちください、虎武将軍! ルストの部隊が包囲を解いて離れていきます!」
「なんだと! あいつらは何をしておる!」
あと数回の攻撃を与えれば壊滅するであろう状況を目前に、副将からの報告にサイレスは怒りに顔を歪めた。
「あのバカはどこへ行く気だ! 待て、……あれは何だ?」
サイレスはルストが向かう先に視線を動かす。すると、視界の先に薄らと何かが動く塊を捉えた。部下から双眼鏡を受けとるとのぞき込む。
「あの青い旗にあの紋章は間違いない、メーデル王国だ」
「このタイミングで敵の援軍ですと! それを防ぐためにベルドア将軍が砦を守っていたはずでは?」
「そのはずだが、どうやら突破をされたようだな。あの城がこうも簡単に落とされるとは思えない。あやつめ、軍師を無視して功に逸りおったか」
「どうされますか? このままでは退路を与えることになりますが」
「こればっかりは仕方なかろう。すでに包囲は解かれている。あの砦を落とされた時点でこの作戦は破綻している。これよりルストの援護に向かう。全員準備を整えろ!」
「よろしいのですか? このままウォルビスの方を釘付けにしておけばルスト将軍もうしろを突かれることはないかと思いますが……」
副将の疑問に、サイレスが「見てみよ」と双眼鏡を渡した。のぞき込む副将が目にしたものは、ルストの部隊よりはるかに多い騎馬隊であった。
「あの数では……」
「ここはルストに加勢してメーデル軍をたたく。そのあとにウォルビスに追撃を仕掛ける」
「かしこまりました」
サイレスの部隊は、あっさりと高台を放棄してメーデル王国軍を挟撃するために、ルストから目を離さずに距離を取って迂回していく。
「ヴェールよ、お前の作戦は崩れた。どうするのだ?」
老将はヴェールがいるであろう方向を向くと小さくつぶやいた――。
サイレスが動き出してから少しして、サラージ王国の本隊にも伝令が最悪の状況を伝えていた。
「報告します! メーデル王国軍がこちらに向かって進軍中! ここより数キロ先、その数は不明ですが、数千はある模様です」
「なんだと! ヴェールよ、これはどうなっておる!」
軍を指揮するプロストは、伝令の報告を聞くと激昂した。ヴェールが伝令につかみかかると、カウザバード砦の状況を聞き出す。伝令は、ディフィニクスの仮病に騙されてベルドアがヴェールの指示を無視して軍を出したこと、そこに都合よく現れたメーデル王国軍によってあっけなく砦を奪われてしまった経緯を報告した。
ヴェールの顔がみるみる歪んで怒りを表す。爆発するその怒りは、握りしめた拳に変わって将台の柱を殴った。
「あの間抜けが! あれほど何があっても外に出るなと言っただろう!」
ヴェールが顔を覆ったまま一度だけ空をあおぐと大きく息を吸い込んだ。再び沸き上がる怒りに柱を殴ると、気分が落ち着いたのか、冷静な表情でプロストに進言する。
「すぐに撤退をしましょう」
「バカを言うな! あと少しであのウォルビスを倒せるのだぞ!」手柄に目のくらむプロストは、聞き入れられない、と抵抗した。
欲に囚われている愚かな将軍に、ヴェールが脅迫まがいに攻め立てる。
「もし、このまま戦いを続ければ、我々の帰る場所はなくなるでしょう。ただでさえギリギリのところで戦っているのです。これ以上敵の数が増えれば対処ができません。それに、援軍はメーデル王国だけだと思いますか? ディフィニクスの本隊が砦だけを落として満足するとでも?」
ヴェールの言葉に、プロストが言い返そうと大きく息を吸い込んだが、諦めたように目をつむって息を吐きだした。
「そなたの言う通りだ。だが、このままウォルビスを捕らえて、それと引き換えに兵を引かせればよいのではないか?」
ヴェールは、どこまでも手柄に足をとられる将軍にあきれていた。
「気持ちはわかりますが、確実に捕らえられる保証なんてありません。それに、主力であるほとんどをこちらに投入しています。誰がディフィニクスを相手に街を守るのですか? 仮に、ウォルビスを我々が捕らえたとしましょう。交換条件に兵士を引かせたとします。ですが、そのあとはどうなるでしょうか? 砦を取り戻して、向こうは奇襲の心配も兵糧を気にする必要もありません。それに、もしディフィニクスが私なら、ウォルビスが戻ってきたのを確認したら、すぐさま攻撃を仕掛けるでしょう。相手が一番に油断していますから」
「ならばどうすればよいのだ?」
「いまは一秒でも早く撤退をして街に戻ることです。ディフィニクスの状況がわからない現状では、防備を固めて籠城するしかありません」
「わかっ……」
プロストがヴェールの言葉に納得しようとしたとき、伝令が息を切らせて駆け込んできた。
「報告します! 牙門将軍、虎武将軍がともにこちらに向かってくるメーデル王国軍に対処するために、包囲を解いて向かわれました」
「将軍、早く撤退の鐘を、いまはこれ以上無駄に兵を減らすわけにはいきません、全軍に撤退を」
プロストはあと一歩のところでウォルビスの首に手をかけられたのに、と断腸の思いで撤退を命じる。そして戦場に一発の白色の信号弾が打ち上がった。それはすべての部隊の撤退を意味していた――。
四方を囲まれて成すすべもなく防御体制を維持するウォルビスの部隊、緊迫する戦場で次の攻撃に備えて急ぎ部隊を立て直していた。
馬に乗ったまま周囲の動きを警戒しているウォルビスにノームが近付く。
「武衛将軍、このままではあと二回耐えられるかどうかです。北の敵本隊からの攻撃が本格化すれば、さらに窮地に立たされてしまいます。ですが、幸いにも敵の各部隊の人数はそう多くありません。一点突破をすれば抜けられるかもしれません」
「ああ、俺も同じことを考えていた。だが、どこが最適か」
ノームの提案と同じことを考えていたウォルビスは、できるだけ被害が出ない経路はどこか、と思案する。ノームはアゴに手を当てて今までの状況を思い返す。将台付近を忙しく動き回る兵士を見ながら考え込むと、後方の高台に視線を移した。
「私が思うに高台を狙うのはどうでしょうか? 恐らくですが、両翼に精鋭を集めているはずです。そうなるとあそこは手薄となっている可能性の方が高いかと」
「なるほどな、それも一理ある。だが、あの急な斜面を登るとなると、ひと苦労だな。ところで、さっきの氷の壁を作り出したやつはどいつだ? あれがあれば上からの魔法攻撃は防げるだろ。あとは左右からの騎馬さえ防げばなんとかなる。俺の部隊にあんな魔法が使えるやついたか?」
「どうでしょうか? 兵士すべての魔法を把握しているわけでもありませんので。すぐに伝令を送って確認させましょう」
「急げ」
「かしこまりました」
「ああ、待て。突破をするとなれば、中級守護者を持つ者には召喚を使わせる。魔力の回復を優先させろ」
ノームは無言でうなづくと伝令を集めた。命令を受けた伝令は、すべての部隊に向けて一斉に散っていく。ウォルビスはすでに、次の攻撃体制を整えつつある敵軍を視界に捉えると撤退をするタイミングを計っていた。
「今からじゃ間に合わねぇな。あと一回耐えられればチャンスはある。ここで奥の手を使っちまうのは痛いが、そんなことも言ってられないな。包囲さえ突破できれば、こんなやつら敵でもねぇ。来るならさっさと来い、クソどもが!」
敵左翼が攻撃体制を整え終えたのを確認すると、ウォルビスは全部隊に防御体制を取らせた。ところが、いくら待っても攻撃を仕掛けてくる様子はない。
いつのまにか静寂が辺りを包み込んでいた。不審に思い始めた兵士たちがどうしたのか、とざわめき始める。それはウォルビスも例外ではなく、誰に言うでもなくつぶやいた。
「どうなってるんだ? 攻撃体制はとっくに整ってんだろ? なんで来ない?」
「なぜでしょうか? 他に策があるとも思えませんが……」ウォルビスの声にノームが不振な顔を浮かべて返した。
二人が話し合っているとき、一人の伝令が駆け込んでくる。
「報告します! 右翼に展開していた騎馬隊が反転してここから離れていきます」
「あ? なんだそりゃ? 追い込まれてるわけでもねぇのに逃げ出したのか?」
伝令の報告を受けて、敵の謎の行動に眉間にシワを寄せて困惑しているところに、もう一人の伝令が駆け込んで来た。
「報告します! 後方、高台に展開していた部隊が東へ向けて移動を開始しました。ここを離れていきます!」
「おいおい、どうなってやがんだ? 誰か状況を把握できるやつはいねぇのか?」
もう一人の伝令の報告によりウォルビスの頭は混乱していた。ノームでさえも何が起きているのか理解できず沈黙を貫いていたが、好機とばかりにウォルビスへ進言する。
「武衛将軍、これは撤退する絶好の機会です。左翼を警戒しつつ高台に向かいましょう」
何はともあれ、包囲されていた二カ所に穴が開いた。危惧していた全滅は回避することができた。しかし、いまだに攻撃体制を緩めてはいない左翼に警戒しつつも、撤退準備へと移行していく。体勢が整ったウォルビスが進軍の合図を出そうとしたとき、敵本隊上空に一発の白い信号弾が打ち上げられた。
ウォルビスは新たな策略かと警戒して再び防御体制を取らせた。
「今度はなんだ? 全部隊停止! 防御体制をとれ! 中級守護者には召喚の用意をさせておけ! 敵に動きがあり次第、召喚を展開、迎撃に当たれ!」
「はっ!」
ウォルビスは合図を送る部隊の指揮官に指示を出す。起死回生の一撃でもある召喚を展開するための伝令を各部隊に送った。敵陣から鳴り響く鐘の音に、全員の顔に緊張が走る。しばらくして、ウォルビスの元に伝令が駆け込んできた。
「報告します! 左翼に展開していた敵騎馬隊が、敵本隊方面に向けて撤退していきます! 続いて、敵本隊もベロ・ランブロア方面に向けて撤退を開始しています」
「なんだか知らねぇが、こいつは儲けたな。防御体制を解除、これより高台へ進軍する。動けるやつは怪我人を助けて動け!」
再びウォルビスから指示が飛ぶ。理由はわからなかったが、訪れた好機に感謝をしてウォルビスの部隊は高台へと移動していった。無事だった兵士は周囲の警戒と、ケゲ人の治療に当り始めた。そこから二十分ほどが経過したころウォルビスの元に報告が入る。
「報告します! 東より新たな部隊を確認、軍旗からするとメーデル王国の部隊かと思われます」
「メーデル? なるほどな。それでやつらは戻っていったのか。だが、敵の偽装の可能性もある、まだメーデルだとは決まったわけではない。警戒しつつも丁重に当たれ」
「かしこまりました」
ウォルビスは伝令を下がらせると、新たに報告に入る伝令の対応に忙殺されていった。
数分後、ウォルビスが布陣する高台の下方にメーデル王国軍の軍旗をなびかせた騎馬隊が到着していた。
三人ほどを引き連れたメーデル王国のトール将軍が馬を降りて歩み出た。警戒するウォルビス軍兵士はトールの身分を確認すると、ウォルビスの元へと案内した。
雑務に当たっていたウォルビスは、救世主に気がついてあいさつを交わす。
「よく来てくれた。あなたたちのおかげで助かった。礼を言う」
ウォルビスが将軍に向かって軽く頭を下げると、トールは少し慌てた様子で、軍神の弟の両肩に触れて身体を起こした。
「おやめください、我々もディフィニクス様からの指示を受けて来たに過ぎません」
「兄貴に?」
「はい、砦は私がすぐに落として見せる。必ず弟が苦戦するであろうから、援軍を頼むと。」
「そういえば、どうやってこんな短時間であの砦を落としたんだ?」
「それは、向こうの将軍であるベルドアが功が足りずにあせっているとの情報を受けて、陣中で前将軍が病に倒れたフリをして撤退、出撃してきたサラージ軍を伏兵で囲って撃退、我々はその隙に手薄になった砦を奪取したまでです」
「へぇ、そんな簡単にいくもんか?」
「見事にハマって、今この状況に」
「ま、そうだよな。しかし、何年一緒にいても兄貴の頭の中身はよくわからん」
「そういえば昔に、前将軍から聞いたことがあります。兵法のコツは隙があれば奇策をもって当たれ、相手に隙がないなら正攻法で攻めろと。もし時間があるのなら、無理やり隙を作って崩せとも教えていただきました」ウォルビスの隣に立っていたノームが横から口を挟んだ。
「……うん、よくわからんが、あの二人に任せておけば問題ないだろ」ウォルビスがうんざりした顔で右手を首に当てた。
「またそんな適当なことを」ノームがあきれて返す。
「いいんだよ、人にはそれぞれ役割があるんだから」ウォルビスはハエを追いやるように手を払った。
「いつか敵軍に煮殺されますよ」ノームが無意識のうちに言い返すと、とっさに口を押さえる。
「俺はイノシシか?」ウォルビスは不機嫌そうに眉をひそめた。
「武衛将軍、トール将軍がおりますので」
「あとで覚えとけよ」
「部隊の様子を見てきます」
ノームの顔に向かって指を差すウォルビスから逃れるために、長い年月を支えてきた相棒が流れるような所作で、面倒事になりそうな将軍の前からいなくなった。
二人のやり取りを見ていたトールが手をアゴにほほ笑む。
「頼もしい部下がいるようで何よりですな。ときに、ディフィニクス様から伝言を預かっております」
「兄貴から? なんでしょうか?」
ウォルビスは用意してあったイスにトール将軍を座らせると、湯飲みにお茶をそそいだ。
「現在、前将軍の軍がベロ・ランブロアに向けて進軍中です。それにともなってウォルビス殿には私どもの部隊と合流して南門を当たれ、とのことです」
「かしこまりました。将軍の部隊は騎兵のみですか?」
「いえ、今は騎兵しかおりませんが、しばらくすれば一万の本隊がここに来ます。なのでもうしばらくお待ちください」
「わかりました。では、このまま作戦について話し合いましょう」
「そうですね。ではまず、街の防衛について教えていただけますか……」
ウォルビスから逃げ出したノームは、被害状況を確認するために声をかけつつ、指示を出しながら各部隊を見舞う。その足は赤と黒の制服を着た少年たちの前で止まった。
「ルーセント、訓練生の被害状況はどうなっている?」
「はい、現在はまだ治療中ですが、重傷者は十三名、軽傷者が七名です。軽傷者については全員が完治していますが、重傷者は時間がかかりそうです。何名かは命の危機にありましたが、いまは落ち着いています」
そう話すルーセントの腕と手は、仲間を助けたときの血で赤く染まっている。訓練生を束ねる少年は、戦が終わってからというもの、休むまもなくすべての生徒のもとに走っては手当てをして、と休む暇さえなかった。その顔は弱々しく、いつもの明るくハキハキとした様子は鳴りを潜めていた。何事においても余裕でいたルーセントであっても、さすがに仲間を背負う責任と戦の重圧で、誰が見てもわかるほどに疲弊していた。
ノームは、心身ともにボロボロのルーセントを気遣うと、少年の背中に手を添えてた。
「そうか、とりあえず戦死者がでなくてよかったな。その様子だと、お前も休んではいないのだろう? 休めるときにはしっかり休んでおけよ。連戦しなければならないときなんて、軍においてはざらにあるからな。ただまぁ、重傷者はカウザバード砦に下げた方がいいかもしれんな。恐らくこの様子だとベロ・ランブロアに攻めるはずだ。とはいえど、もともと街を攻めることになったら、訓練生は戦闘に参加させないで後方に置くことが決まっている。あと少しだけ耐えろ」
「わかりました。ありがとうございます」ルーセントが地面に座って礼を述べると安心したのか、すぐに横になって眠ってしまった。
「無理もないな、本来ならもっと簡単に終わっているはずだったんだからな。今回はさすがにキツイだろう」
ノームは、ほとぼりが覚めたであろうウォルビスのもとに戻ると、負傷した訓練生の搬送許可をとる。ウォルビスがすぐに許可を出すと、トール将軍の騎兵隊の一部が護衛についてカウザバード砦に向かうこととなった。
それからおよそ一時間後、トール将軍の一万の軍勢と合流をすると、ウォルビスはベロ・ランブロア奪還のために、進軍の合図を出した。
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