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4 王立べラム訓練学校 高等部2
4-24話 卒業試験9
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サラージ王国軍が、丘陵地の高所から見下ろす形でアンゲルヴェルク王国軍と対峙している。サラージ王国軍を率いるのは奮武将軍のプロスト、そして軍師としてヴェールがついていた。
プロストは初めからヴェールの作戦を知らされていたが、相手は最強を誇る軍隊の二番手の実力者としてうわさされるウォルビス・ローグ。頭で分かってはいても、その不安を拭えずに、プロストの隣にいる若き軍師の少年にすがるように顔を向ける。
「ヴェールよ、本当に大丈夫なのだろうな。相手はあのウォルビス・ローグなのだぞ。実力とて我らが劣るであろう。さらにはこちらの方が数が少ない」
「そのために、今まで時間を費やしてきたのです。幸いにも、伏兵本隊はうまくやり過ごせました。あとはタイミングを見て動くだけです」
「それは分かってはいるが、本当にうまく行くのだろうな」
いつまでたっても猛者を目の前に不安が取れない将軍は、不安という目の前の霧を払うかのように、もう一度赤髪の少年に作戦を確認する。
「確実に、とは言えませんが、向こうが攻めてきたら機を見て後退、後にさらに向こうに攻めさせて引き付けたところで、森に潜ませた伏兵に囲ませる。ここまで来れば成功したも同然です。だいたい数的にはこちらが不利なのは向こうもとっくに分かっているでしょう。地の利を放棄して後退したとしても、そんなに怪しまれることはないでしょう。包囲を完了させたら一気にたたきつぶす。不足の事態がない限りは失敗することはありません」
「不足の事態とはなんだ?」
「例えば、包囲したあとに他の部隊から横やりを入れられるとかでしょうか」
「大丈夫なんだろうな?」
「少なくとも、ウォルビスにそんな知恵はないでしょう。そのために今までさんざんに油断させたのですから。それに、もしここで奮武将軍がウォルビスを討ち取れば、どれだけ昇進できるでしょうか? 相手はあの最強の一角ですよ。二品官にも手が届くかもしれませんね。自信がないなら撤退しますか? 籠城ともなれば時間は稼げますが、おそらく相手には戦国最強の男、ディフィニクス・ローグが大軍を従えてやって来ますよ」
プロストがディフィニクスの名前を聞いた瞬間、身震いをさせた。金髪の悪魔のような男を思い浮かべては、すぐさまに頭の中から消去した。
「ば、バカを言え。やっと廻ってきたチャンスだ、逃がしてなるものか!」
そこに、報告に戻った伝令が二人の前に膝まずいた。
「報告します。ガウザバード砦への伝令、果たして参りました。ベルドア将軍も納得した様子で、今まで以上に防備を固めております」
「そうか、ご苦労だった。下がれ」
「失礼いたします」
下がっていく伝来を二人が見送る。そのうちヴェールがプロストを見た。
「あそこさえ落とされなければ、この戦は我々の勝ちとなりましょう。少なくとも、こちらの戦いが終わるまで持てば問題ありません」
「そうか、あの者は守りには定評がある。そこに関しては心配してはおらん。だが少し功に焦る所がある。そこが心配だ」
「問題はないかと。口うるさいほどに、何度も伝令を送っては決して外には出るな、と伝えてあります。相手はおそらくディフィニクス・ローグ、そこまでバカではないでしょう」
「だといいがな」プロストが願いを届けるように、雲のすき間から見える青く透き通る空を見上げた。
プロストとヴェールが各部隊に指示を送って準備を終えると、二人が陣の後方にある本陣にて将台に登る。ヴェールは手すりに手をかけて目の前の兵士たちに視線を送った。相手はあの最強の軍団にしてナンバー2のウォルビス・ローグ。数的不利な状況と最強を誇る軍勢を目の前に、意気消沈しかけている全軍を鼓舞しようと大声を出した。
「全員聞け! 今までの行動は今日、勝つための布石だ! ここまで来るのに多くの味方が命を落とした。借りを返すのは今この時だ! ここで最強と謳われるあいつらを落とせば、名実ともに我々が最強の軍団となる。自国に戻れば皆が英雄だ! 末代までその名を残せよう。陛下から褒美も出世も思いのままだ!」
ヴェールの言葉に、静まり返っていた陣に歓声がところどころに響く。多くのものがやる気を出してはいたが、いまだに暗い表情が目立っていた。それを見たヴェールがあきれたように首を横に振る。そして仕方がないな、と全軍に挑発ともとれる言葉を放つ。
「いつまで情けない顔をしている! お前たちは常日ごろ俺のことを無能で臆病者とののしっていたではないか! 今ではどっちが臆病者だ? 悔しかったら勇敢だと証明して見せろ! それでも怖いならさっさと失せろ! 家に帰って生涯震えていろ!」
将台に立って偉そうにも大声を出す、若干十八歳の少年に怒りに満ちた表情を向ける将兵一同、そこにプロストが並びかけた。
「お前ら! いつまでこんな小僧に言いたいことを言わせておくつもりだ! 今日ここで勝ってアンゲルヴェルクどもを跪かせてみせろ! アンゲルヴェルクを倒せ! ウォルビスを殺せ!」
プロストの言葉に全軍が同調して大声をあげる。
『アンゲルヴェルクを倒せ! ウォルビスを殺せ!』
『アンゲルヴェルクを倒せ! ウォルビスを殺せ!』
いつまでも『倒せ!』『殺せ!』と、全員が声を張り上げて叫ぶ。サラージ王国軍は陣形の展開も完了して、あとはプロストの合図を待つだけとなった――。
対峙するアンゲルヴェルク王国軍も展開を完了していた。サラージ王国軍が視界に入る距離にまで近付いていた。相手の陣営から響き渡る声にウォルビスは笑みを浮かべる。
「ずいぶん盛り上がってるな、人気者はつらいぜ。まぁ、あんな雑魚どもが何人いようと俺の敵じゃねぇがな」
虎陣の中心にて、幾何学模様のように大盾兵に囲まれた六花陣の中で、ウォルビスが馬に乗って偃月刀を右肩に乗せていた。その警戒心の薄さにノームが忠告する。
「ウォルビス将軍、いくら戦力差で優位に立っているからと油断しませんように。格下と言えど、士気が高い軍は侮れませんよ」
「言われなくても分かってるよ」
ノームの注意に左手をあげて軽くあしらうと、肩にかけていた武器を下ろした。馬を数歩だけ前に進めると声を張り上げる。
「いいかお前ら! 相手は奇襲と逃げることしか知らねぇ臆病者どもだ! あいつらに本当の戦ってやつを教えてやれ! 最強の軍を知らしめろ! 力を示せ! 敵を殺せ! このまま一気に街を解放するぞ!」
『力を示せ! 敵を殺せ!』
『力を示せ! 敵を殺せ!』
ウォルビスの言葉に、サラージ王国軍と同じようにすべての兵士が声を張り上げて叫ぶ。
いつまでも続く叫び声に反応するように、ウォルビスが空高く偃月刀を片手で掲げる。敵に向けて降り下ろすと同時に「全軍進め!」と命じた。一定間隔で太鼓が打たれて全軍が動き出す。
光月暦 一〇〇九年 二月十七日
メーデル王国ヘイゼア領ベロ・ランブロアより十キロメートルほど離れた丘陵地帯にて、プロスト率いるサラージ王国軍とウォルビス率いるアンゲルヴェルク王国軍の戦闘が開始された。
太鼓の音に合わせて歩きながら進軍してくるアンゲルヴェルク王国軍に、サラージ王国軍は魔法を斉射し先制攻撃を仕掛ける。さまざまな色の光跡を描いて、大量に襲い来る魔法攻撃に呼応するように、ウォルビスが防御の指示を出す。鐘と太鼓の音が鳴り響いて防御体制を全軍に知らせた。
大盾兵が空をふさぐように連結させて隙間をなくし、それ以外の兵はしゃがんで大盾の下へと入った。
着弾する魔法が盾に当たっては爆発する。外れた魔法は地面をえぐる。産み出された爆風が人の間を吹き抜けては、所々で兵士を吹き飛ばしていた。辺りは草地に穴が開き、巻き上がる砂煙が戦場を包み込んでいた。
何重にも繰り返される魔法攻撃。
ウォルビスは、とうとうしびれを切らして合間を縫って反撃に出る。大盾兵以外の魔法を使える兵が、攻撃の隙を付いて迎撃をする。着実に少しずつでも劣勢の状況を覆していった。
飛び交う魔法は空中で衝突しては爆発を繰り返す。
サラージ王国軍に到達する魔法は少なくない被害を出していた。しかし、サラージ王国もウォルビスの軍と同じように、防御体勢を築いて半分以上を防いでいた。
こうして防御体勢によってサラージ王国軍の魔法攻撃が緩み始めると、ウォルビスは即座に進軍を命じる。先ほどよりも早いテンポで鳴らされる太鼓に、歩兵たちは駆け足の早さで進んで行った。
両軍は所々で着弾する魔法により、その数を少しずつ削られていく。二百メートルほどまでアンゲルヴェルク王国軍が近付くと、サラージ王国軍は魔法攻撃を止めて進軍を命じた。遊兵部隊に守られている本陣を高台に残して、V字に展開する雁行陣が虎陣を飲み込もうと坂を下る。
雁行陣の先頭に布陣する騎馬隊が突撃体勢に入る。歩兵部隊を置き去りにして一気に坂を下ってアンゲルヴェルク王国軍に迫った。ウォルビスが騎馬の突撃を確認すると進軍を止めた。ここで再び防御体勢に入る。大盾を壁のように並べては、その衝撃に耐えるために何人かの兵士が大盾兵の背中を支える。残りの槍兵は盾の間から槍を突きだして人馬に備えた。
前衛に配属されたルーセントは、槍を構えつつも突撃してくる騎馬に向けて魔法を放つタイミングをうかがっていた。疾駆する騎馬隊が数十メートルまで近付いたとき、ルーセントが得意な雷の魔法を放つ。戦場にまばゆい光が駆け巡り、敵の騎馬隊に何本もの雷が降りそそいだ。
激しい音と光が雨のように降り注いでは響き渡る。その無数の雷に打たれたサラージ王国の騎馬隊は、人馬もろとも命を刈り取られて数十騎が地面に崩れ落ちた。
「ふっふっふ、さすがはルーセントです。やりますね。でも私も負けませんよ! 緑鷹!」
今度はティアが魔法の名をつぶやいた。
生み出された緑色の風の綱は、細く何本にも分かれては伸びて空中で球体を作り出した。
空中に浮かんでいる直径一メートルほどの球体が弾けると、それらは鷹の形をした数十個の風の刃に変わる。目で追うのも大変なほどの速さと膨大な数の風の刃が、触れるものすべてを切断していった。
二人の正面には、森にできた街道のように死体の道が出来上がる。驚異的な攻撃力と殲滅力に、騎馬隊は魔法の発生源を避けるように割れると、中央に四角く布陣する部隊の側面を駆け抜ける部隊とそのまま突撃を仕掛ける部隊に別れた。突撃を仕掛ける騎馬は突き出される槍に刺されるか、大盾にぶつかり吹き飛ばされた先で仕留められていた。
しかし、ウォルビスの軍も無傷ではなかった。どんなに屈強な兵士といえど、馬のぶつかる力には勝てずに大盾もろとも吹き飛ばされては、その空いた穴に騎馬が突撃してきて被害を出していた。それでもすぐに対処すると、すぐさま新しい大盾兵が現れては壁となって立ちはだかっていた。
そして、二つに分かれた横をすり抜けていった騎馬隊は、なんとか盾を無効化しようと通りすがりに槍を突き出しては、鉄の壁を弾き飛ばそうとしていた。しかし、大盾はビクともせずに弾き返されることが多く役割を果たせずにいた。だが、そのうち一人の敵兵士が魔法を大盾を越えた先に撃ち込むと、揺らぎが生まれだした。騎馬隊は魔法を撃ち込むものと、槍で大盾を弾き飛ばそうとする二組に分かれた。
しかし、徐々に被害が出始めるウォルビスの軍ではあったが、激戦を潜り抜けてきた精兵たちに動揺も混乱もなかった。大盾のうしろに構えている槍兵らが切り込みの入った盾の下から長柄を突き出すと、馬の脚に引っ掛けたり、その刃で馬の脚を切りつけて落馬させていた。巻き込まれて複数の兵士が落馬すると、すぐさま大盾を斜めに動かして空間を作っては突き出された槍によって命を刈り取っていった。
さらには、両側面に縦列に展開する部隊に自然と挟み込まれる形となる陣によって、騎馬隊がどんどんとその数を減らしていく。だが、そこに遅れてやってきた敵歩兵が、中央と両側面の部隊を包み込むようにして激突する。騎馬は補助へと回って陣の間をぐるぐると駆け巡る。一進一退の攻防が続くも、ウォルビス軍の中衛からの魔法による援護射撃もあって、少しずつプロスト軍が劣勢へと変わっていった。
それでもなおプロストの軍が虎陣を包み込もうと進撃してくるが、アンゲルヴェルク王国軍の遊兵部隊の騎馬が外に向けて突撃を開始する。敵陣を抜けるとそのまま戻って歩兵部隊と挟撃する形となり敵陣を搔き乱した。
縦に長い陣形の虎陣の後衛は、敵とは当たることがなかったために魔法による援護をしていた。
サラージ王国軍は数的不利もあって劣勢に陥ると、最初の勢いは鳴りを潜めて徐々に後退をしていった。
プロストは後方に控える遊兵の二隊の騎馬隊を投入するも、状況を変えることはできなかった。後退を余儀なくされるサラージ王国軍が計画通りに高台から追いやられると、ヴェールの合図とともに空高く信号弾が放たれた。
プロストは初めからヴェールの作戦を知らされていたが、相手は最強を誇る軍隊の二番手の実力者としてうわさされるウォルビス・ローグ。頭で分かってはいても、その不安を拭えずに、プロストの隣にいる若き軍師の少年にすがるように顔を向ける。
「ヴェールよ、本当に大丈夫なのだろうな。相手はあのウォルビス・ローグなのだぞ。実力とて我らが劣るであろう。さらにはこちらの方が数が少ない」
「そのために、今まで時間を費やしてきたのです。幸いにも、伏兵本隊はうまくやり過ごせました。あとはタイミングを見て動くだけです」
「それは分かってはいるが、本当にうまく行くのだろうな」
いつまでたっても猛者を目の前に不安が取れない将軍は、不安という目の前の霧を払うかのように、もう一度赤髪の少年に作戦を確認する。
「確実に、とは言えませんが、向こうが攻めてきたら機を見て後退、後にさらに向こうに攻めさせて引き付けたところで、森に潜ませた伏兵に囲ませる。ここまで来れば成功したも同然です。だいたい数的にはこちらが不利なのは向こうもとっくに分かっているでしょう。地の利を放棄して後退したとしても、そんなに怪しまれることはないでしょう。包囲を完了させたら一気にたたきつぶす。不足の事態がない限りは失敗することはありません」
「不足の事態とはなんだ?」
「例えば、包囲したあとに他の部隊から横やりを入れられるとかでしょうか」
「大丈夫なんだろうな?」
「少なくとも、ウォルビスにそんな知恵はないでしょう。そのために今までさんざんに油断させたのですから。それに、もしここで奮武将軍がウォルビスを討ち取れば、どれだけ昇進できるでしょうか? 相手はあの最強の一角ですよ。二品官にも手が届くかもしれませんね。自信がないなら撤退しますか? 籠城ともなれば時間は稼げますが、おそらく相手には戦国最強の男、ディフィニクス・ローグが大軍を従えてやって来ますよ」
プロストがディフィニクスの名前を聞いた瞬間、身震いをさせた。金髪の悪魔のような男を思い浮かべては、すぐさまに頭の中から消去した。
「ば、バカを言え。やっと廻ってきたチャンスだ、逃がしてなるものか!」
そこに、報告に戻った伝令が二人の前に膝まずいた。
「報告します。ガウザバード砦への伝令、果たして参りました。ベルドア将軍も納得した様子で、今まで以上に防備を固めております」
「そうか、ご苦労だった。下がれ」
「失礼いたします」
下がっていく伝来を二人が見送る。そのうちヴェールがプロストを見た。
「あそこさえ落とされなければ、この戦は我々の勝ちとなりましょう。少なくとも、こちらの戦いが終わるまで持てば問題ありません」
「そうか、あの者は守りには定評がある。そこに関しては心配してはおらん。だが少し功に焦る所がある。そこが心配だ」
「問題はないかと。口うるさいほどに、何度も伝令を送っては決して外には出るな、と伝えてあります。相手はおそらくディフィニクス・ローグ、そこまでバカではないでしょう」
「だといいがな」プロストが願いを届けるように、雲のすき間から見える青く透き通る空を見上げた。
プロストとヴェールが各部隊に指示を送って準備を終えると、二人が陣の後方にある本陣にて将台に登る。ヴェールは手すりに手をかけて目の前の兵士たちに視線を送った。相手はあの最強の軍団にしてナンバー2のウォルビス・ローグ。数的不利な状況と最強を誇る軍勢を目の前に、意気消沈しかけている全軍を鼓舞しようと大声を出した。
「全員聞け! 今までの行動は今日、勝つための布石だ! ここまで来るのに多くの味方が命を落とした。借りを返すのは今この時だ! ここで最強と謳われるあいつらを落とせば、名実ともに我々が最強の軍団となる。自国に戻れば皆が英雄だ! 末代までその名を残せよう。陛下から褒美も出世も思いのままだ!」
ヴェールの言葉に、静まり返っていた陣に歓声がところどころに響く。多くのものがやる気を出してはいたが、いまだに暗い表情が目立っていた。それを見たヴェールがあきれたように首を横に振る。そして仕方がないな、と全軍に挑発ともとれる言葉を放つ。
「いつまで情けない顔をしている! お前たちは常日ごろ俺のことを無能で臆病者とののしっていたではないか! 今ではどっちが臆病者だ? 悔しかったら勇敢だと証明して見せろ! それでも怖いならさっさと失せろ! 家に帰って生涯震えていろ!」
将台に立って偉そうにも大声を出す、若干十八歳の少年に怒りに満ちた表情を向ける将兵一同、そこにプロストが並びかけた。
「お前ら! いつまでこんな小僧に言いたいことを言わせておくつもりだ! 今日ここで勝ってアンゲルヴェルクどもを跪かせてみせろ! アンゲルヴェルクを倒せ! ウォルビスを殺せ!」
プロストの言葉に全軍が同調して大声をあげる。
『アンゲルヴェルクを倒せ! ウォルビスを殺せ!』
『アンゲルヴェルクを倒せ! ウォルビスを殺せ!』
いつまでも『倒せ!』『殺せ!』と、全員が声を張り上げて叫ぶ。サラージ王国軍は陣形の展開も完了して、あとはプロストの合図を待つだけとなった――。
対峙するアンゲルヴェルク王国軍も展開を完了していた。サラージ王国軍が視界に入る距離にまで近付いていた。相手の陣営から響き渡る声にウォルビスは笑みを浮かべる。
「ずいぶん盛り上がってるな、人気者はつらいぜ。まぁ、あんな雑魚どもが何人いようと俺の敵じゃねぇがな」
虎陣の中心にて、幾何学模様のように大盾兵に囲まれた六花陣の中で、ウォルビスが馬に乗って偃月刀を右肩に乗せていた。その警戒心の薄さにノームが忠告する。
「ウォルビス将軍、いくら戦力差で優位に立っているからと油断しませんように。格下と言えど、士気が高い軍は侮れませんよ」
「言われなくても分かってるよ」
ノームの注意に左手をあげて軽くあしらうと、肩にかけていた武器を下ろした。馬を数歩だけ前に進めると声を張り上げる。
「いいかお前ら! 相手は奇襲と逃げることしか知らねぇ臆病者どもだ! あいつらに本当の戦ってやつを教えてやれ! 最強の軍を知らしめろ! 力を示せ! 敵を殺せ! このまま一気に街を解放するぞ!」
『力を示せ! 敵を殺せ!』
『力を示せ! 敵を殺せ!』
ウォルビスの言葉に、サラージ王国軍と同じようにすべての兵士が声を張り上げて叫ぶ。
いつまでも続く叫び声に反応するように、ウォルビスが空高く偃月刀を片手で掲げる。敵に向けて降り下ろすと同時に「全軍進め!」と命じた。一定間隔で太鼓が打たれて全軍が動き出す。
光月暦 一〇〇九年 二月十七日
メーデル王国ヘイゼア領ベロ・ランブロアより十キロメートルほど離れた丘陵地帯にて、プロスト率いるサラージ王国軍とウォルビス率いるアンゲルヴェルク王国軍の戦闘が開始された。
太鼓の音に合わせて歩きながら進軍してくるアンゲルヴェルク王国軍に、サラージ王国軍は魔法を斉射し先制攻撃を仕掛ける。さまざまな色の光跡を描いて、大量に襲い来る魔法攻撃に呼応するように、ウォルビスが防御の指示を出す。鐘と太鼓の音が鳴り響いて防御体制を全軍に知らせた。
大盾兵が空をふさぐように連結させて隙間をなくし、それ以外の兵はしゃがんで大盾の下へと入った。
着弾する魔法が盾に当たっては爆発する。外れた魔法は地面をえぐる。産み出された爆風が人の間を吹き抜けては、所々で兵士を吹き飛ばしていた。辺りは草地に穴が開き、巻き上がる砂煙が戦場を包み込んでいた。
何重にも繰り返される魔法攻撃。
ウォルビスは、とうとうしびれを切らして合間を縫って反撃に出る。大盾兵以外の魔法を使える兵が、攻撃の隙を付いて迎撃をする。着実に少しずつでも劣勢の状況を覆していった。
飛び交う魔法は空中で衝突しては爆発を繰り返す。
サラージ王国軍に到達する魔法は少なくない被害を出していた。しかし、サラージ王国もウォルビスの軍と同じように、防御体勢を築いて半分以上を防いでいた。
こうして防御体勢によってサラージ王国軍の魔法攻撃が緩み始めると、ウォルビスは即座に進軍を命じる。先ほどよりも早いテンポで鳴らされる太鼓に、歩兵たちは駆け足の早さで進んで行った。
両軍は所々で着弾する魔法により、その数を少しずつ削られていく。二百メートルほどまでアンゲルヴェルク王国軍が近付くと、サラージ王国軍は魔法攻撃を止めて進軍を命じた。遊兵部隊に守られている本陣を高台に残して、V字に展開する雁行陣が虎陣を飲み込もうと坂を下る。
雁行陣の先頭に布陣する騎馬隊が突撃体勢に入る。歩兵部隊を置き去りにして一気に坂を下ってアンゲルヴェルク王国軍に迫った。ウォルビスが騎馬の突撃を確認すると進軍を止めた。ここで再び防御体勢に入る。大盾を壁のように並べては、その衝撃に耐えるために何人かの兵士が大盾兵の背中を支える。残りの槍兵は盾の間から槍を突きだして人馬に備えた。
前衛に配属されたルーセントは、槍を構えつつも突撃してくる騎馬に向けて魔法を放つタイミングをうかがっていた。疾駆する騎馬隊が数十メートルまで近付いたとき、ルーセントが得意な雷の魔法を放つ。戦場にまばゆい光が駆け巡り、敵の騎馬隊に何本もの雷が降りそそいだ。
激しい音と光が雨のように降り注いでは響き渡る。その無数の雷に打たれたサラージ王国の騎馬隊は、人馬もろとも命を刈り取られて数十騎が地面に崩れ落ちた。
「ふっふっふ、さすがはルーセントです。やりますね。でも私も負けませんよ! 緑鷹!」
今度はティアが魔法の名をつぶやいた。
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空中に浮かんでいる直径一メートルほどの球体が弾けると、それらは鷹の形をした数十個の風の刃に変わる。目で追うのも大変なほどの速さと膨大な数の風の刃が、触れるものすべてを切断していった。
二人の正面には、森にできた街道のように死体の道が出来上がる。驚異的な攻撃力と殲滅力に、騎馬隊は魔法の発生源を避けるように割れると、中央に四角く布陣する部隊の側面を駆け抜ける部隊とそのまま突撃を仕掛ける部隊に別れた。突撃を仕掛ける騎馬は突き出される槍に刺されるか、大盾にぶつかり吹き飛ばされた先で仕留められていた。
しかし、ウォルビスの軍も無傷ではなかった。どんなに屈強な兵士といえど、馬のぶつかる力には勝てずに大盾もろとも吹き飛ばされては、その空いた穴に騎馬が突撃してきて被害を出していた。それでもすぐに対処すると、すぐさま新しい大盾兵が現れては壁となって立ちはだかっていた。
そして、二つに分かれた横をすり抜けていった騎馬隊は、なんとか盾を無効化しようと通りすがりに槍を突き出しては、鉄の壁を弾き飛ばそうとしていた。しかし、大盾はビクともせずに弾き返されることが多く役割を果たせずにいた。だが、そのうち一人の敵兵士が魔法を大盾を越えた先に撃ち込むと、揺らぎが生まれだした。騎馬隊は魔法を撃ち込むものと、槍で大盾を弾き飛ばそうとする二組に分かれた。
しかし、徐々に被害が出始めるウォルビスの軍ではあったが、激戦を潜り抜けてきた精兵たちに動揺も混乱もなかった。大盾のうしろに構えている槍兵らが切り込みの入った盾の下から長柄を突き出すと、馬の脚に引っ掛けたり、その刃で馬の脚を切りつけて落馬させていた。巻き込まれて複数の兵士が落馬すると、すぐさま大盾を斜めに動かして空間を作っては突き出された槍によって命を刈り取っていった。
さらには、両側面に縦列に展開する部隊に自然と挟み込まれる形となる陣によって、騎馬隊がどんどんとその数を減らしていく。だが、そこに遅れてやってきた敵歩兵が、中央と両側面の部隊を包み込むようにして激突する。騎馬は補助へと回って陣の間をぐるぐると駆け巡る。一進一退の攻防が続くも、ウォルビス軍の中衛からの魔法による援護射撃もあって、少しずつプロスト軍が劣勢へと変わっていった。
それでもなおプロストの軍が虎陣を包み込もうと進撃してくるが、アンゲルヴェルク王国軍の遊兵部隊の騎馬が外に向けて突撃を開始する。敵陣を抜けるとそのまま戻って歩兵部隊と挟撃する形となり敵陣を搔き乱した。
縦に長い陣形の虎陣の後衛は、敵とは当たることがなかったために魔法による援護をしていた。
サラージ王国軍は数的不利もあって劣勢に陥ると、最初の勢いは鳴りを潜めて徐々に後退をしていった。
プロストは後方に控える遊兵の二隊の騎馬隊を投入するも、状況を変えることはできなかった。後退を余儀なくされるサラージ王国軍が計画通りに高台から追いやられると、ヴェールの合図とともに空高く信号弾が放たれた。
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そして誰もいなくなった。
彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。
これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。
◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。
3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。
3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました!
4/1、完結しました。全14話。
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