月影の砂

鷹岩 良帝

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4 王立べラム訓練学校 高等部2

4-23話 卒業試験8

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 薄曇りの空のなか、時おり射し込む光が木々を照らしていた。こぼれ落ちるその光が、街道をまだらに染めているなかを、アンゲルヴェルク王国軍は少しだけ強く吹く風になびかれて、騎馬隊が前後に歩兵隊を挟む形で進んでいた。
 森を抜けてすぐに布陣できるように、と八個の隊に分かれて進軍している。火計に備えて隊の外側には水の魔法を使える兵士を、そのうしろには伏兵の襲撃に瞬時に入れ替われるように、と大盾を持った兵士が配置されていた。

 ルーセントとティアの二人は、前線を担当する八号隊にいた。大盾が囲む内側を、ひときわ強く吹いた風にあおられたのか、手にする槍を握り直して歩いていた。
 発電所から続く森を抜けるためには、およそ九キロメートルの道を進まなければならなかった。実戦未経験の訓練生たちには荷が重く、伏兵を警戒しながら歩くたび、一歩、また一歩と歩くたびにその精神力を大きく削っていった。

 所々で訓練生が大きな深呼吸を繰り返して、その不安につぶされそうな気分を落ち着けていた。そんななか、ティアは余裕をにじませてアクビをしていた。
 ルーセントは、常々思っていたことを聞いてみようとティアに振り向いた。

「いつも余裕だね。緊張とかはしないの?」
「ふっふっふ、背は小さいですが、器は大きいのです。これくらい大したことはありません。それに、ルーセントは忘れたのですか? 私には気配探知の魔法があるんですよ」
「ああ、それでか」ルーセントは、すっかり忘れていたティアの魔法を思い出してうなずいた。
「はい、安全が分かっているのに緊張する必要もありません。だからみんなも酸欠の金魚みたいな顔をしてないで、気楽にしてたらいいのですよ」

 ティアがそう言うと、大きく息を吐いていた訓練生を見た。ティアと目のあった訓練生は、ぽっかりと口を開けたまま息を止めた。そして辺りを見回すと「早く言えよ」と、咳払いをして気まずそうに槍を持ち直した。
 このやりとりにみんなの不安が薄れていく。そして無警戒になった訓練生を見て、隣を歩く兵士が注意する。

「お前はずいぶんと極端な性格をしてるな。たしかに緊張のしすぎは良くないが、気を抜くのは論外だ。安全だとしても、常に襲撃されても行動できるだけの緊張感は持っておけ」
「すみませんでした。気を付けます」

 注意された訓練生は、申し訳なさそうに頭を下げた。次の瞬間には、厳しい訓練を続けてきただけあって、その顔は精悍せいかんなものに変わっていた。


 進軍を開始して七キロメートルほど進んだとき、ティアの表情が険しいものへと変わった。

「ルーセント、気を付けてください。二時と十時方向に人の気配があります」
「人? 数は?」

 ルーセントの問いかけに、ティアが眉根を寄せて気配を探り直す。

「魔法の範囲内に居るだけでも……、三百人といったところでしょうか。範囲外にもいると思います」
「分かった。ティアは将軍の所に報告に行って」
「分かりました」

 ルーセントとティアの会話を聞いていた周りの兵士たちは、手にする槍を持ち直して森の奥へと視線を送る。
 ティアが前方にいる騎馬隊と歩兵の間にいるウォルビスの横に付くと気配探知の魔法に敵がかかった、と報告をする。

「やっぱり伏兵を置いてやがったか。距離は分かるか?」
「一番近い場所で、八十メートル位でしょうか。木のうしろや地面に伏せているんじゃないかと思います」
「世の中には便利な魔法もあったもんだな。俺も欲しいぞ、それ」

 ティアの報告に、ウォルビスがあきれた様子で顔を左右に振っていると、両隣にいる二人の兵士に

「どうしますか?」と答えを求められた。馬の速度を落として考え込むと、二人に指示を与えた。
「このまま気付かない振りをして進むぞ。お前たち二人は、うしろの部隊に伝えろ。“魔法兵を下げて、大盾兵を前に出して囲め”とな。絶対に騒ぐなとも伝えておけ」

 二人の兵士が無言でうなずくと、手綱を引いて後方へと移動していった。ウォルビスは「お前も持ち場に戻れ」とティアに伝える。

 二人の兵士により伝えられた命令に、全部隊が静かに体形を変えていく。外側に大盾兵が二重で囲んで、そのうしろに槍を持つ兵士が位置についた。さらにその内側、そこには魔法兵が入って、すべて戦闘体勢が整った。

 体形を変えて数分後「来ます!」と、ティアが大声で叫んだ。その声を合図にしたかのように、敵兵が叫び声をあげて森の中から次々と現れる。そして、ウォルビスたちに反撃の隙を与えることなく流れるように大盾に目掛けて魔法を放った。

 迎撃のために味方の魔法が森を飛ぶ。

 一部は盾に当たって爆発し、衝突した魔法同士はその場で爆煙をあげると、小枝や葉っぱを吹き飛ばして強い風がイッシュンデ森を吹き抜けていった。

 敵味方が入り乱れて飛び交う怒号に、ウォルビスの「押し返せ!」と大声が響き渡った。

 ついに始まったサラージ王国軍とウォルビス部隊の戦闘、敵兵の声を掻き消したウォルビスの声が後方の八号隊へと伝わると、その言葉を真似て八号隊の面々が同じように「押し返せ!」と叫んだ。声は風のごとく、波のように伝わっていつしか全部隊が叫でいた。

 伏兵の指揮官らしき人物が魔法の発動と突撃を指示するとウォルビス部隊に押し寄せる。魔法により吹き飛ばされた大盾兵や負傷した兵士は後方へと下げられて、すぐさま別の兵と入れ替わる。
 荒々しい魔法と突撃に耐えると、今度はウォルビス部隊が反撃のために槍兵が武器を構えた。大盾兵は壁のように構えた盾を動かして攻撃口を開ける。

 槍兵は敵に向かって一斉に穂先を突き出すと、次々と敵を突き刺していった。攻撃が終わると、すぐに盾が壁のように構えた。森の中には怒号や悲鳴、痛みに苦しむ呻き声や剣戟音、さらには魔法による爆発音が幾度となく響き渡っていた。


 戦闘が始まって二十分ほどが経過したとき、伏兵部隊に指示を出していた男がウォルビスに斬り込んで来た。

「お前がウォルビスだな! その首、ここでもらう!」

 敵兵は叫びながら、二メートルほどの炎の槍を生成して投げ放った。
 ウォルビスはまとわりつく敵兵を槍で始末すると、向かってくる魔法を見て、自分の槍に水をまとわせた。その水は、槍に絡み付く蛇のようにうごめいていた。

「お前ごときが俺の首を取れるか!」

 ウォルビスがヒュッと音をならして振るう槍からは、蛇行しながら太い水流が炎の槍に向かって行った。
 そのまま飲み込むように炎の槍を消滅させると、二つに別れた水流が蛇の顔に変わる。そして指揮官の首を切断した。なおも止まらない水蛇は、森の木々を掻い潜って多数の兵士を飲み込んでは貫き仕留めていった。

 指揮官が倒されたのを見て、圧倒的劣性に立たされた伏兵部隊が撤退を開始する。敵兵がまばらに街道に出ると走って逃げていった。
 ウォルビスが追撃を指示しようとした瞬間、副官がそれを引き留めた。

「お待ちください将軍、敵の逃げ方が不自然です。待ち伏せがあるかもしれません」
「……お前の言い分にも一理あるな。逃げるにも武器を持ったまま、きれいに一方向か。まるで誘い込まれてるようだな」
「はい、まずは周囲を警戒しつつ体勢を建て直すのが先かと」
「わかった。部隊はそのまま、それぞれの部隊から歩哨を出せ。残りは治療部隊と連携して動け」
「かしこまりました」

 副官が頭を下げると、それぞれの部隊長に指示を出していった。


 数十分後、再び進軍を開始するウォルビスの部隊、敵の伏兵部隊によって、およそ百名ほどの損害を受けてしまった。大部分が治療部隊のおかげで回復したが、三十人ほどの戦死者を出してしまった。
 予想していたこととはいえ、ウォルビスは苛立ちを隠せないでいた。その後は何事もなく無事に森を抜けると、すぐさま陣形を組み立てていった。基本陣形を築き上げると、サラージ王国軍が待ち構える五キロメートル先で停止した。

 偵察兵を放って状況を確認する。

 一時間後、偵察兵がウォルビスに膝をつく。

「報告します。サラージ王国軍は、ここより五キロほど先の丘の上に布陣しており、雁行陣を引いております。取り逃がした伏兵を合わせても、兵数は三千七百人ほどだと思われます」
「三千七百か。もう少し多くなるかと思っていたが、多少は有利に進めるか。まぁ、あいつらなら気にするほどじゃねぇな」

 楽観視をするウォルビスが合図を鳴らさせて各指揮官を呼び寄せる。命令を伝えて散らせると、将台にいる哨官が陣形の指示を出すために楽器を鳴らした。

 サラージ王国軍が引く雁行陣は左右に四隊ずつがV字に展開して、その中央に二隊が縦に展開する。さらには、最前線の左右と中央の部隊の間に騎馬隊が一隊ずつがにらみを利かせていた。雁行陣はそれだけではなく、殿後としてV字のうしろに半円状に広がる騎馬隊と、そのうしろに左右に三隊ずつの騎馬が展開していた。この陣は丘陵地帯には強く、敵の部隊を取り巻く形になる陣形である。

 対してウォルビスは、縦に長く、大部分が縦列によって組み立てられている虎陣を展開させていた。前衛、中衛、後衛と三層からなる陣形だが、ウォルビスはその中衛の真ん中に六華陣を引いた本陣を置いて、本来の使い方とは違う運用をしていた。

 虎陣は四角に展開した前線の四隊を左右から二隊が縦に挟むように展開する。四角の四隊のうしろには二隊が横に並ぶ。さらにそのうしろ、中央には三隊が縦に二本展開して左右から挟む形で縦に三隊が布陣する。後方は前線を反転させた形になる。さらに遊兵部隊の騎馬隊が虎陣を囲むように布陣していた。

 虎陣は縦に長く、互いが助け合ったり、戦い、休むことができるため、雁行陣には有利に働く。ウォルビスは陣形が整うと進軍を命じて、丘陵地帯の高所に布陣するサラージ王国軍と対峙たいじした。
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