月影の砂

鷹岩 良帝

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4 王立べラム訓練学校 高等部2

4-18話 卒業試験3

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 ディフィニクスの軍営で一週間ほど訓練をこなして過ごしていたある日、訓練生に任務が言い渡された。

 それは、大規模発電所の防衛であった。

 準備を終えたルーセントを含む訓練生と、ウォルビスが率いる軍団が目的地に向かって出陣していく。
 索敵や前衛を担当する前軍、ウォルビスと訓練生がいる主力部隊の中軍、兵糧や資材を運ぶ輜重しちょう部隊と雑事や調理を行う担当官、治療を行う衛生部隊がいる後軍の三部隊が長い隊列を作る。

 目的地の発電所は、ディフィニクスの軍営があるトパケタから、さらに西へ十二キロメートルほど移動した場所にあった。山を背に、森林を切り開いた大きな湖のある場所に建っている。
 馬に乗る訓練生は、全員が二メートルほどの槍を片手に森林の中を移動していた。二十メートル近くある幅の未舗装の道をきれいに二列になって進んでいる。そこに、涼しい風が全員を包み込んだ。その緩やかに通り抜ける風に、まるで「戦争なんか起こっていないよ」とでも言うかのように鳥がさえずる。さらには風に揺れる木漏れ日がまばらに全員を照らし出していた。

 ルーセントは落ち着いた様子で、馬の頭の上に陣取って楽しそうに体を揺らしているきゅうちゃんを眺めていた。そこに、ウォルビスが下がってルーセントの横に馬をつけた。

「よお、どうだ調子は?」ウォルビスが刃の長い槍を肩に気楽に問いかけた。
「自分は問題ありません。絶好調です」答えるルーセントの顔は自信に満ちていた。
「頼もしいな。この前はしょうもない盗賊だったが、今度はしっかりと訓練を受けたベテランだ。ひとまず実戦経験のあるお前が他のやつもフォローしてやれよ」
「わかりました、ありがとうございます。ところで将軍、サラージ王国軍が発電所に攻めてくるって言ってましたが、今はどんな状況なんですか?」
「そうだな。攻めてくるって言っても、二カ月くらい前までは月に三回前後だったかな? だけど、最近は兵数は少ないが、週に二回程度に増えたみたいだな。ただ、攻めてきても応戦すればすぐに撤退していきやがる。宣戦布告と同時に奇襲を仕掛ける薄汚いチキン野郎どもだ。大したことねぇさ」
「うーん、すぐに撤退していくのに、なんで何度も攻めてくるんでしょうか?」

 無駄に消耗するだけのように思える行動に、ルーセントはその理由をウォルビスに求めた。

「さぁな。ヒビってんじゃねぇのか? 水軍は強いらしいが、陸地は苦手なんだろ。あ、そうそう、最近は森の中に陣地を築き上げてるって報告があってな、確認に行かせたんだ。そしたらあいつら、こっちを見ただけであわてて逃げ出すわ、見張りも置かずにもぬけの殻だったりと、かなりひどいぞ。あれは相手にするだけ時間の無駄だな」

 統率も何もない行動、それを聞いて悩むルーセント。しかし、当の本人は深く考えることもなく、相手を見下すかのようにさらりと答えた。

 それでもなお、疑問に感じる少年が引き下がらなかった。

「何か狙いがあるんでしょうか?」
「別にないだろ。あんな弱卒ばかりなのに、なんで領土を取り返せないのか不思議だよ。兄貴も気にせずガンガン攻めていけばいいのによ、なんか慎重なんだよな」

 そうつぶやくウォルビスたちの軍が順調に移動する中、軍営から出て半日ほどで目的地の発電所へとたどり着いた。広大な敷地にそれを囲う高さ八メートルの壁、その三メートルもの幅がある防御壁に一同が出迎えられた。

 正面には頑丈そうな鉄の門がそびえ立つ。

 門がある防御壁の上、城楼に立つ味方の兵士がウォルビスを視認すると、他の兵士に合図を送って開門させた。
 大きな起動音とともにゆっくりと左右に扉が開く。そこに、次々と兵たちが入っていった。
 ルーセントが門を潜り抜ける前に、上に掲げられていたプレートを確認する。そこには『アルフェルト蒸気発電所』と書かれていた。

 ウォルビスは出迎えに来た兵士に馬を預けると、訓練生に聞こえるように大きな声で指示を出す。

「全員、宿舎の前に整列! まずはここの所長に会ってもらう。遅れずに着いてこい!」

 訓練生たちは、馬から荷物を降ろして背負い直すと、厩舎番の兵士へと預けた。
 ウォルビスが訓練生を連れて所長の所へ案内する。やって来たのは敷地内の北側にある建物だった。


 アルフェルト蒸気発電所は、南北に長い長方形の形をしており、北側に発電機を制御するコントロール塔がある。ウォルビスがコントロール塔の入り口に向かっていたとき、塔の入り口から一人の初老であろう男が出てきた。四十歳そこそこの細身の男は、物腰が柔らかな穏やかな表情を浮かべていた。男はウォルビスを視界に捉えて笑みを浮かべる。

「ご無事で何よりですウォルビス将軍。こちらの方々がこの前に仰っていた訓練生の子たちですね」
「ああ、今日から世話になる。迷惑をかける事もあるもしれないが、よろしく頼む」
「いえいえ、こちらこそよろしくお願いします。アンゲルヴェルク王国の訓練生と言えば、全員が上級守護者を持つ方々だとお伺いしました。私どもにしてみれば、こんなに心強いことはありません。感謝こそすれど、迷惑などと思うことはありませんよ。皆様もどうか気楽にお過ごしください」

 どこまでも柔和な表情から発せられる言葉は、心の底から訓練生を歓迎していた。

 ウォルビスが広げた手を男に向ける。

「いいかお前ら、こちらの方はこの発電所の所長をしている“レウナ・エウスカル”さんだ。失礼のないようにな」
「はい! よろしくお願いします」

 全員がそろった声で返事を返す。そこにレウナが何かを思い付いたようで「あっ!」と短く声を出した。

 そして、ウォルビスに顔を向ける。

「せっかくですし、私がこの施設を案内しようかと思いますが、よろしいでしょうか?」
「警護する上で、その対象を知るのは願ってもないことだが、お忙しいのでは?」
「構いませんよ、ちょうど見回りに出るところでしたから」
「そうですか、それではお願いします」
「お任せください。では、まずは荷物を置きに宿舎へ参りましょうか」

 ルーセントたちはレウナ所長に案内されて宿舎に荷物を置いた。そのまま施設内を歩いて発電施設へとやって来た。レウナ所長は訓練生たちの前に立つと、建物に手を向ける。

「この敷地の南側がすべて発電施設です。四棟の発電施設が二列に並び、全部で八棟あります。ここに隣接する大きな湖の水を利用して“容積式スクリュ型蒸気発電機”を使って発電しています。戦艦の動力として積載しているものと基本的には同じです。向こうは海水を燃料にして発電しますが、こちらは湖の水を循環させて使用しています」
「たしかボイラーで水を水蒸気に変えて、その水蒸気でスクリューを回して発電させるんですよね」

 ルーセントはうろ覚えの知識でレウナ所長の説明に答える。所長は、さすがエリート集団だ、と笑みを浮かべた。

「ええ、その通りです。ボイラーは、まずモリブデンの金属で器を二層に作ります。その中に赤帝石を敷き詰めて、そこに溶かした鉛を流し込みます。赤帝石についてはご存じですか?」
「熱を発生させるくらいしか……」
「では説明しましょう。赤帝石とはカーリド鉱石が高温、まぁ基本はマグマですが、それに長時間浸されて変化したものを言います。暗赤色の色をした石なのですが、熱を吸収し発熱させる特徴があります。最高で千四百度にもなる鉱石ですね」
「カーリド鉱石か、水流石も似たような石でしたよね」
「そうですね。あれは一定の圧力を受けて、なおかつ一定のきれいさを保った水に長時間浸されることで変化する石です。私の知るところでは風力石もありますね」
「カーリド鉱石って便利ですね」
「ええ、まったく。私たちの生活にはなくてはならないものです。あぁ、話しが少しズレてしまいましたね、戻しましょう。先ほども話したように、隣接する湖から汲み上げた水を、熱したボイラー内に流し込んで蒸気へと変えます。そこに、大量に発生した水蒸気を加圧してスクリューへと流します。その際には、排気蒸気に減圧をかけて、その圧力差で蒸気を動かしています。それでスクリューが回ることで発電しています。この一棟内には五基の発電機が設置され管理されています」

 訓練生たちは、施設内で仕事をしている作業員の邪魔をしないように見学を終えると、次に防御壁へと移動していった。防御壁には一定間隔で見張り台が設置されていて壁の外を監視している。
 レウナ所長は防御壁を見上げると、見張りの兵士を視界に捉えてから再び訓練生に視線を戻した。

「いつもは冒険者を大勢雇って魔物の監視に当たっていたのですが、今はこんな事態です。皆さんに来ていただけて助かっていますよ」

 再び見上げるレウナ所長の目には、歩廊の上を歩く五人の見張りの兵士が映っていた。発電所内をひと通り見て回ると、訓練生は所長と別れてウォルビスの元へと戻っていた。


 宿舎に戻ってルーセントがウォルビスの部屋まで報告に赴く。少しだけ開いたドアから「じゃあ、頼んだぞ」とウォルビスの声が聞こえてきた。
 ルーセントがドアを開けようとノブに手をかけようとしたとき、タイミングよくドアが開いて中から出てきた兵士とぶつかりそうになった。

「おっと、済まない」と、とっさに避けた兵士はルーセントに軽く謝るとそのまま立ち去っていった。兵士の背中を見送ったルーセントは、開いたままのドアをノックする。

 机の上の書類に目を落としていたウォルビスは、ルーセントのノックに反応して顔を上げた。そのままルーセントに顔を向けると軽くアゴを上げて立ち上がった。

「終わったか、他のやつらは外か?」
「はい、ウォルビス将軍の指示待ちです。ところでさっき出ていった人は偵察ですか?」
「ああ、そうだ。ここに来る途中にも言ったが、森の中に陣地を築いてるって言ったろ? その偵察だよ。最近は釜も減ってきたし、規模も縮小してきたからな。いい加減諦めたんだろうよ」

 ルーセントと一緒に兵舎の外に出てきたウォルビスは、整列する訓練生に交代で発電所内の警備をさせるために五人一組に別けてエリアを指定する。警備以外の時間は、発電所内にある運動用グラウンドで訓練をしながら過ごしていた。

 そして、ルーセントたちが発電所に来て四日目、発電所に向けてサラージ王国軍が現れたとの知らせが届いた。ここでついに訓練生たちの卒業試験が始まった。
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