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4 王立べラム訓練学校 高等部2
4-10話 精霊錬金術師10
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生き埋めになる一歩手前で、なんとか逃げ延びたルーセントたちは、無事に洞窟から出ようとしたところで、村人の救助隊と遭遇した。
三十人ほどの村人が、その手にツルハシやクワ、スコップなどの道具を持っていた。この集団を先導していたのはアーク、レーベン、長老の三人であった。
険しい表情の集団は、少年たちの姿を見て肩の力を抜く。
「お前ら! 無事だったか。生き埋めにされたかと思って心配したんだぞ」アークが誰よりも早く駆け寄る。
「ありがとうございます。なんとか間一髪の所で助かりました」ルーセントが笑みで返した。
「本当に無事で良かった。生き埋めなんて寝覚めが悪いからな。本当に良かった」
少年らに依頼を出したレーベンは、本当に嬉しそうにルーセントの手を取ると軽く抱き締める。そこに、長老が五人に頭を下げた。
「本当にすまなかったな。レーベンから聞いては許可は出したか、まさか崩落まで起きるなど予想すらできなんだ」
長老は、ルーセントたちが上級守護者を持つ訓練生だと知って、安易な気持ちでレーベンからの提案に乗ったことをわびた。そして、ボロボロになっていた少年たちを見て「それにしても、ずいぶんと苦労したようじゃな。いったい中で何があったのだ?」と眉を潜めた。
長老の疑問に、ルーセントが前に出る。
「はい。とりあえず崩落が起きたのは、コローレベルッツァを倒した後でした。あいつは相当に素早くて、接近戦を仕掛けるには難しかったんです。それで、魔法主体に切り替えて攻撃していたのですが、向こうも同じように魔法を大量に放ってきて、避けきれずにこんな感じに。おそらく崩落もそれが原因だと思います」
「魔法だと! 俺たちが戦ったときには一度も使ってこなかったぞ。それに近接攻撃が、できないほど速くもなかった」
ざわめく村人に、驚愕に顔を染めるレーベン。そこに、ヴィラの腕から離れたスベトロストが宙に浮いた。
「それはオイラのせいさ。オイラがあいつに食べられちゃったから強化されちゃったんだ。なんとか抵抗は続けてたんだけどさ」
突然に現れた、しゃべる空を飛ぶトカゲ。アークとレーベン、長老も含めて村人全員が言葉を失う。自分の頭がおかしくなったのか、と何回も隣を見合って目をまたたいた。
「……なあ、レーベン。俺は昨日なにか変なものを食ったか? トカゲが空を飛んで、しゃべっているように聞こえるんだが?」
「いや、むしろ今日、食ったメリッサの料理だろ。あいつ、ついに料理を薬物に変えやがった」
「マジかよ。今度あいつに泥をこねさせようぜ。もしかしたら金に変わるんじゃないか?」
アークとレーベンはスベトロストを幻覚だと思い込む。その原因を、無理やり食べさせられた幼馴染みの料理のせいだと決め付ける。このやり取りに、長老が呆れた様子で顔を左右に振った。
「やめんかバカ者が! それがお前たちのために作ってくれた者に対する態度か! 大体、ワシにもあのトカゲが空を飛んでしゃべっているように見えるわい」
「いや、さすがに物には限度ってものが……。うまそうに食わないと、次の日に倍になって現れるんだぞ、あんな地獄があってたまるか。そんなに言うなら今度、食べてみろよ」
アークが腰からポーションを取り出すと、手で遊ばせながら長老に見せつけた。
「ふん、ワシとて食べたことくらいあるわい。少し、独特な味がするだけだ。そうでなくとも、あそこにトカゲが浮いていることには変わらん」長老が、スベトロストに指をさす。
「おい! そこの人間。さっきからトカゲ、トカゲって失礼だぞ! オイラはトカゲじゃない! 土精霊スベトロストだぞ!」
スベトロストは、三人からトカゲ扱いを受けて怒りに叫ぶ。そして、長老の目の前へと移動した。
アークはスベトロストの言葉に怪訝な顔をする。
「精霊? ふざけるな、精霊は絶滅したはずだ。いい加減なことを抜かすな!」
「ふざけてないし、絶滅なんてしてないぞ! オイラたちは封印されてただけだ!」
「封印だ? 誰が、解いた?」
封印されていたと聞いたアークは、目を見開き泳がせる。家族を捨てて精霊を探しに出た父親の姿が脳裏に浮かぶ。もしかして封印を解いたのが父親ではないのかと淡い期待をしながら……。
緊張がにじむアークの顔、そして上がる心拍数に呼吸が荒くなる。しかし、スベトロストから出てきた言葉はアークの期待を打ち砕いた。
「ここにいるだろ? 数年前にルーセントときゅうが解いたのさ」
「お前が? ……そうか。じゃあ、お前は本当に精霊なんだな」
「さっきからそう言ってるだろ? オイラの加護の光を見なかったのか?」
「光? さっきの村中を駆けずり回ってたオレンジ色のやつか?」
スベトロストは自信満々に「そうだぞ!」と答えた。
その瞬間、村人がざわついてひざまずいた。長老がアタマを下げて非礼をわびる。
「申し訳ありませんでした。スベトロスト様、我らは代々この地に住み続けて、精霊を守るために存在する一族です。どうか先ほどまでの無礼をお許しください」
「ふふん、分かってくれればいいさ。オイラは心が広いからね」
ひざまずく村人を見て、ご機嫌になったスベトロストがフワフワと空中を漂う。そこに、その場にぼうぜんと佇んでいたアークが銀髪の少年を見る。
「ルーセント、ひとつだけ聞いてもいいか?」
「何ですか?」
「お前が封印を解いた場所って、ベシジャウドの森だよな。そこで俺に似た男を見なかったか? 名前はダグラスって言うんだが」
アークから投げられた質問に、ルーセントは必死に過去を思い出そうと考え込む。
「アークさんに似た人、ですか? ……すみません、多分会ったことはないと思います。その人って……」
「ああ、俺の父親だ。あのクソ親父、千年前の日誌、……と言うよりは手記か。それを見つけた後に、家族を捨てて出ていきやがったんだ。精霊を探しにな」
「連絡は、ないんですか?」
「なんにも。ろくに戦えないくせに無理しやがって。大人しくしてれば向こうから来たって言うのによ」
アークは悲しそうな表情を浮かべると、両手を腰に当てて息をはいた。
アークの書斎、再び五人が集まっていた。
ソファーに座るフェリシアの膝の上には、スベトロストが背中を撫でられながら気持ち良さそうに眠っていた。
ボロボロになっていた全員の装備や衣服は、村で調達した物と交換されていた。
「服はなんとかなるが、この村じゃまともな装備品がない。鍛冶屋に聞いてみたが、ここでは難しいらしい」
新しい衣服に着替えていた五人を見て、革表紙のノートを手に持ったアークが現れた。
「いえ、服を用意してもらえただけでも助かりました。ヒールガーデンまでは強い魔物も居ないし、そんなに遭遇するわけでもないので、気にしないでください」
「そうは言ってもな、無理をさせたのはこっちだ。できうる限りの事はさせてもらうぞ。そこでだ、お前たちには、もうひとつだけ渡しておきたいものがある」
アークがテーブルにノートを置くと、ルーセントの手前まで滑らせた。
「これには精霊についてと魔力、魔法に関しても書かれてる。まあ、精霊についてはそいつに聞けばいいと思うが、一応それぞれの居場所についても書いてある。お前らには必要だろ」
ノートをめくって中身を読んでいるルーセント、そこに興味津々のヴィラがのぞき込んだ。
「へぇ、これは実に興味深いね。ちょっと見せてもらってもいいかな」
「もちろん」
気をよく返事をするルーセントが、ヴィラにノートを手渡す。ヴィラがその表紙を眺めた。
アークによれば、ノートは千年前のものだと言う。しかし、どう見ても新品にしか見えなかった。
ヴィラがあらためて、何も書かれていない茶色の表紙をめくった。
その内容については、洞窟内でヘルゼリオンやスベトロストから聞いたことと被っていた。しかし、読み進めていくと、その役割と生息地についての記述があった。
『まず、妖精とは大地の命脈が産み出した産物であり、命脈とは我々が魔力と呼んでいる存在である。そして数百年に一度、その妖精の中から精霊が誕生する。
精霊は妖精を管理して調和の手助けを行う。それとは別に、精霊は大地をめぐる命脈の浄化作業を担当している。
また、精霊の本体は精霊石である。通常は、身体の中に保有しているか、別の場所に保管されている。我々が普段から見ている精霊は、高確率で召喚体である。
封印している最後の精霊の支配エリアは以下の通り。
水精霊ミシュリー ボストピエッツァ湖
火精霊ストレイン ミディール火山
土精霊スベトロスト ベシジャウドの森
風精霊ヴェールサヴァダラ ティエンヘイズ山
精霊女王ティターニア へリングバーグ渓谷
精霊王ヘルゼリオン アーゼル村』
ヴィラは精霊のページを読み終えると一度だけ目を離す。その瞳は輝き希望にあふれていた。
「ルーセント君、これすごいよ! これさえあれば、すべての精霊と契約できるかもしれない。千年前の技術が再び復活するかも!」
子供のようにはしゃぐヴィラは、生息地が書かれたページを何度も読み直す。脳内に焼きつけるかのように。
その姿を見ていたアークが頭に手を当てる。
「やる気にあふれているところを申し訳ないんだが、たしかに、そこには精霊の生息地が書いてある。だがな、あくまでも千年前の地名であって、いまでは不明なところもある。俺も何度か調べてはみたが、見当たらないんだよ」
「言われてみれば、聞いたことがない地名がありますね。まずはそこからか、楽はさせてくれないみたいですね」
「まあ、それも試練だと思ってがんばれよ。それと、見せたいものはそれだけじゃない。ちょっと貸してみろ」
アークはヴィラからノートを受け取ると、どんどんページをめくって行く。何度かページを戻したり送ったりを繰り返して、最後の方に差し掛かったとき手を止めた。
そして、ヴィラへと戻す。
「ここを見ろ。洞窟でクモの野郎と戦ったとき、魔法で苦労したんだろ? そいつが役立つかもしれないぞ」
アークから受け取ったノートに視線を落とすと、魔力と魔法について詳しく書かれていた。訓練学校で習ったことも書かれていたが、それ以外の重要なことも書かれていた。
『いまや人類は、守護者を通じてのみ魔力供給を受けとる。使用して減少した魔力は、呼吸とともに空気中や食物から補充しているが、魔力回復ポーションを使えば瞬時に一定量が回復する。
魔力は自己のイメージにより行使される。
あつかう熟練度が高ければ高いほど、魔法の威力は高められる。物体に魔力をまとわせれば自己の意思で自由にあつかえるようにもなる。
魔法に関しては自然現象とは異なり、魔力を媒体に強制的に自然現象に似た現象を発現させている。
例えば、火の魔法であれば発現者の魔力が続く限りは、燃焼材料がなくても二酸化炭素が充満する状況下でも燃え続ける。
ただし、魔法同士には相性がある。
例えば火と水の関係がそうだ。この二つは火がプラスとした場合、水はマイナスとなる。
プラスの力が強ければ、マイナスに位置する水は蒸気へと変わる。そうなれば、発現者からの魔力供給は強制的に断たれることとなって、いずれは消滅する。
逆にマイナスの力が強ければ、ある程度は蒸気に変わるが、火の魔力供給が断たれて間もなく消滅することになる。
ちなみに、同等の力でぶつかれば、魔力の量や相性によっては爆発を引き起こすが、大体は相殺されて霧散していく。さらに言えば、ひとつの強い魔力を持って発現された魔法は、いくつもの魔法を当てることによって、ハンマーで岩を砕くがごとく、少しずつ魔力が削られていき、いずれは消滅することとなる。
魔法は魔力によりイメージを具現化した存在であるため、発動範囲や魔法により影響を及ぼすものは自己の判断に委ねられる。
再び火の魔法を例にとるが、発現した火は自然界の火とは異なっていて、魔力が続く限り燃え続けるのは先に説明した通りだが、燃やす対象に関しては発現者が自由に選ぶことができる。
通常は火に枯れ葉を当てれば、枯れ葉を持つ人物の意思に関わらずに燃え尽きてしまう。
だが、魔法の火においては発現者が燃やす必要がないとイメージすれば、枯れ葉は燃えることがない。それどころか熱すら感じることもない。
しかし、この技術は魔力操作に長けた熟練者にのみできる技法である。慣れない者が扱えば、自然界の火と同様に魔力が尽きるまで燃やし尽くしてしまう。
そして、どんなに激しく燃えていようとも、魔力供給を断てば、火は瞬時に消滅することとなる。
近年では、魔力事態にも防衛能力が備わっていることが、東の島国“ベルオースト国”が秘匿する情報により証明されている。
例えば、守りの意思をもって身体全体に水流をイメージした魔力をまとわせることで、魔法攻撃を無効化したり、刃物などの攻撃を肌に触れる前に止めることもできるようになる。
もちろん、受け止めるに耐える魔力をまとっている場合にのみに限られる。
さらには、寒暑の影響も止めることができるが、運動などによる身体の発熱現象は止めることができない。
この技術は、手に触れているものなら何でも使うことができる。例えば、手に持つ武器に同じイメージを持って使えば、魔法を打ち消したり損耗を防ぐことも可能になる。ただし、防衛機能しか持たないため切れ味が良くなる等の効果は望めない。
魔法の相性に関しては、五行の法に従っている。
以下は図に示したものとなる。
ちなみに、風は木と火の二属性の性質がある。
氷には水と木の二属性の性質がある。
雷には、氷と土の二属性の性質がある。
ただし、雷に関しては相反する相性同士の組み合わせもあるため、間違いの可能性も否定できないことに注意が必要である。
相性のいい相生関係にある組み合わせ
木→火→土→金→水→木
相克する関係にある相性
水→火→金→木→土→水』
魔法と魔力について書かれたページを読み終えたヴィラは、今まで教わることがなかった事実に驚きを隠せないでいた。
「これって……」
「驚いただろ? 俺も始めて読んだときはお前と同じ状況だった。前半部分は魔法をあつかう上で教わるだろうが、後半部分なんてどこにも出てこないからな」
「はい! はい! 私も見たいです」
アークの言葉に興味を示したティアが、片手を挙げてヴィラにノートを見せてほしいと願い出た。
「次はおれにも見せてくれよ」
「分かってますよ。ちょっと待っててください」
ティアを始めに、パックス、フェリシア、ルーセントと読み進めていく。最初に口を開いたのはティアだった。
「すごいですよ! この知識さえあればあのクモにも遅れを取らなかったかもしれませんよ」
「そうだな。魔力をまとうだけで、斬撃も魔法も止められるらしいからな」ブービー返上のために、パックスの目が輝く。
「そうね。それに、攻撃対象も自分で指定できるなんて思ってもみなかったわ」フェリシアの手の上に水が現れた。
「これは、興味深いね。まさかここまで詳細に解析した人がいるなんて、先人とは何でこんなにも、すごいのでしょうか」ヴィラが再びノートを手に取る。
「父上から魔力をまとえば、寒暑を防いで武器を丈夫にするとは教わったけど、魔法も防げるなんて言ってなかったな」
最後に、ルーセントが数年前に教わった魔力の練習を思い出していた。
アークの顔が得意気にほほ笑んだ。
「これは、今回の報酬としてくれてやる。俺が持ってても仕方ないからな」
「いいんですか? 大事なものじゃ……」ルーセントが、アークを気遣う。
「かまわねぇよ。ちゃんと写本は取ってある。そいつはお前たちが持っていけ」
「ありがとうございます。大事にします」
「ああ、今日は疲れただろ。飯を用意してある。それを食ってゆっくり休め」
嬉しそうにノートを持つルーセントに、アークは穏やかな笑みを浮かべる。そして全員がダイニングに移ると、用意されていたご飯を食べて眠りについた。
三十人ほどの村人が、その手にツルハシやクワ、スコップなどの道具を持っていた。この集団を先導していたのはアーク、レーベン、長老の三人であった。
険しい表情の集団は、少年たちの姿を見て肩の力を抜く。
「お前ら! 無事だったか。生き埋めにされたかと思って心配したんだぞ」アークが誰よりも早く駆け寄る。
「ありがとうございます。なんとか間一髪の所で助かりました」ルーセントが笑みで返した。
「本当に無事で良かった。生き埋めなんて寝覚めが悪いからな。本当に良かった」
少年らに依頼を出したレーベンは、本当に嬉しそうにルーセントの手を取ると軽く抱き締める。そこに、長老が五人に頭を下げた。
「本当にすまなかったな。レーベンから聞いては許可は出したか、まさか崩落まで起きるなど予想すらできなんだ」
長老は、ルーセントたちが上級守護者を持つ訓練生だと知って、安易な気持ちでレーベンからの提案に乗ったことをわびた。そして、ボロボロになっていた少年たちを見て「それにしても、ずいぶんと苦労したようじゃな。いったい中で何があったのだ?」と眉を潜めた。
長老の疑問に、ルーセントが前に出る。
「はい。とりあえず崩落が起きたのは、コローレベルッツァを倒した後でした。あいつは相当に素早くて、接近戦を仕掛けるには難しかったんです。それで、魔法主体に切り替えて攻撃していたのですが、向こうも同じように魔法を大量に放ってきて、避けきれずにこんな感じに。おそらく崩落もそれが原因だと思います」
「魔法だと! 俺たちが戦ったときには一度も使ってこなかったぞ。それに近接攻撃が、できないほど速くもなかった」
ざわめく村人に、驚愕に顔を染めるレーベン。そこに、ヴィラの腕から離れたスベトロストが宙に浮いた。
「それはオイラのせいさ。オイラがあいつに食べられちゃったから強化されちゃったんだ。なんとか抵抗は続けてたんだけどさ」
突然に現れた、しゃべる空を飛ぶトカゲ。アークとレーベン、長老も含めて村人全員が言葉を失う。自分の頭がおかしくなったのか、と何回も隣を見合って目をまたたいた。
「……なあ、レーベン。俺は昨日なにか変なものを食ったか? トカゲが空を飛んで、しゃべっているように聞こえるんだが?」
「いや、むしろ今日、食ったメリッサの料理だろ。あいつ、ついに料理を薬物に変えやがった」
「マジかよ。今度あいつに泥をこねさせようぜ。もしかしたら金に変わるんじゃないか?」
アークとレーベンはスベトロストを幻覚だと思い込む。その原因を、無理やり食べさせられた幼馴染みの料理のせいだと決め付ける。このやり取りに、長老が呆れた様子で顔を左右に振った。
「やめんかバカ者が! それがお前たちのために作ってくれた者に対する態度か! 大体、ワシにもあのトカゲが空を飛んでしゃべっているように見えるわい」
「いや、さすがに物には限度ってものが……。うまそうに食わないと、次の日に倍になって現れるんだぞ、あんな地獄があってたまるか。そんなに言うなら今度、食べてみろよ」
アークが腰からポーションを取り出すと、手で遊ばせながら長老に見せつけた。
「ふん、ワシとて食べたことくらいあるわい。少し、独特な味がするだけだ。そうでなくとも、あそこにトカゲが浮いていることには変わらん」長老が、スベトロストに指をさす。
「おい! そこの人間。さっきからトカゲ、トカゲって失礼だぞ! オイラはトカゲじゃない! 土精霊スベトロストだぞ!」
スベトロストは、三人からトカゲ扱いを受けて怒りに叫ぶ。そして、長老の目の前へと移動した。
アークはスベトロストの言葉に怪訝な顔をする。
「精霊? ふざけるな、精霊は絶滅したはずだ。いい加減なことを抜かすな!」
「ふざけてないし、絶滅なんてしてないぞ! オイラたちは封印されてただけだ!」
「封印だ? 誰が、解いた?」
封印されていたと聞いたアークは、目を見開き泳がせる。家族を捨てて精霊を探しに出た父親の姿が脳裏に浮かぶ。もしかして封印を解いたのが父親ではないのかと淡い期待をしながら……。
緊張がにじむアークの顔、そして上がる心拍数に呼吸が荒くなる。しかし、スベトロストから出てきた言葉はアークの期待を打ち砕いた。
「ここにいるだろ? 数年前にルーセントときゅうが解いたのさ」
「お前が? ……そうか。じゃあ、お前は本当に精霊なんだな」
「さっきからそう言ってるだろ? オイラの加護の光を見なかったのか?」
「光? さっきの村中を駆けずり回ってたオレンジ色のやつか?」
スベトロストは自信満々に「そうだぞ!」と答えた。
その瞬間、村人がざわついてひざまずいた。長老がアタマを下げて非礼をわびる。
「申し訳ありませんでした。スベトロスト様、我らは代々この地に住み続けて、精霊を守るために存在する一族です。どうか先ほどまでの無礼をお許しください」
「ふふん、分かってくれればいいさ。オイラは心が広いからね」
ひざまずく村人を見て、ご機嫌になったスベトロストがフワフワと空中を漂う。そこに、その場にぼうぜんと佇んでいたアークが銀髪の少年を見る。
「ルーセント、ひとつだけ聞いてもいいか?」
「何ですか?」
「お前が封印を解いた場所って、ベシジャウドの森だよな。そこで俺に似た男を見なかったか? 名前はダグラスって言うんだが」
アークから投げられた質問に、ルーセントは必死に過去を思い出そうと考え込む。
「アークさんに似た人、ですか? ……すみません、多分会ったことはないと思います。その人って……」
「ああ、俺の父親だ。あのクソ親父、千年前の日誌、……と言うよりは手記か。それを見つけた後に、家族を捨てて出ていきやがったんだ。精霊を探しにな」
「連絡は、ないんですか?」
「なんにも。ろくに戦えないくせに無理しやがって。大人しくしてれば向こうから来たって言うのによ」
アークは悲しそうな表情を浮かべると、両手を腰に当てて息をはいた。
アークの書斎、再び五人が集まっていた。
ソファーに座るフェリシアの膝の上には、スベトロストが背中を撫でられながら気持ち良さそうに眠っていた。
ボロボロになっていた全員の装備や衣服は、村で調達した物と交換されていた。
「服はなんとかなるが、この村じゃまともな装備品がない。鍛冶屋に聞いてみたが、ここでは難しいらしい」
新しい衣服に着替えていた五人を見て、革表紙のノートを手に持ったアークが現れた。
「いえ、服を用意してもらえただけでも助かりました。ヒールガーデンまでは強い魔物も居ないし、そんなに遭遇するわけでもないので、気にしないでください」
「そうは言ってもな、無理をさせたのはこっちだ。できうる限りの事はさせてもらうぞ。そこでだ、お前たちには、もうひとつだけ渡しておきたいものがある」
アークがテーブルにノートを置くと、ルーセントの手前まで滑らせた。
「これには精霊についてと魔力、魔法に関しても書かれてる。まあ、精霊についてはそいつに聞けばいいと思うが、一応それぞれの居場所についても書いてある。お前らには必要だろ」
ノートをめくって中身を読んでいるルーセント、そこに興味津々のヴィラがのぞき込んだ。
「へぇ、これは実に興味深いね。ちょっと見せてもらってもいいかな」
「もちろん」
気をよく返事をするルーセントが、ヴィラにノートを手渡す。ヴィラがその表紙を眺めた。
アークによれば、ノートは千年前のものだと言う。しかし、どう見ても新品にしか見えなかった。
ヴィラがあらためて、何も書かれていない茶色の表紙をめくった。
その内容については、洞窟内でヘルゼリオンやスベトロストから聞いたことと被っていた。しかし、読み進めていくと、その役割と生息地についての記述があった。
『まず、妖精とは大地の命脈が産み出した産物であり、命脈とは我々が魔力と呼んでいる存在である。そして数百年に一度、その妖精の中から精霊が誕生する。
精霊は妖精を管理して調和の手助けを行う。それとは別に、精霊は大地をめぐる命脈の浄化作業を担当している。
また、精霊の本体は精霊石である。通常は、身体の中に保有しているか、別の場所に保管されている。我々が普段から見ている精霊は、高確率で召喚体である。
封印している最後の精霊の支配エリアは以下の通り。
水精霊ミシュリー ボストピエッツァ湖
火精霊ストレイン ミディール火山
土精霊スベトロスト ベシジャウドの森
風精霊ヴェールサヴァダラ ティエンヘイズ山
精霊女王ティターニア へリングバーグ渓谷
精霊王ヘルゼリオン アーゼル村』
ヴィラは精霊のページを読み終えると一度だけ目を離す。その瞳は輝き希望にあふれていた。
「ルーセント君、これすごいよ! これさえあれば、すべての精霊と契約できるかもしれない。千年前の技術が再び復活するかも!」
子供のようにはしゃぐヴィラは、生息地が書かれたページを何度も読み直す。脳内に焼きつけるかのように。
その姿を見ていたアークが頭に手を当てる。
「やる気にあふれているところを申し訳ないんだが、たしかに、そこには精霊の生息地が書いてある。だがな、あくまでも千年前の地名であって、いまでは不明なところもある。俺も何度か調べてはみたが、見当たらないんだよ」
「言われてみれば、聞いたことがない地名がありますね。まずはそこからか、楽はさせてくれないみたいですね」
「まあ、それも試練だと思ってがんばれよ。それと、見せたいものはそれだけじゃない。ちょっと貸してみろ」
アークはヴィラからノートを受け取ると、どんどんページをめくって行く。何度かページを戻したり送ったりを繰り返して、最後の方に差し掛かったとき手を止めた。
そして、ヴィラへと戻す。
「ここを見ろ。洞窟でクモの野郎と戦ったとき、魔法で苦労したんだろ? そいつが役立つかもしれないぞ」
アークから受け取ったノートに視線を落とすと、魔力と魔法について詳しく書かれていた。訓練学校で習ったことも書かれていたが、それ以外の重要なことも書かれていた。
『いまや人類は、守護者を通じてのみ魔力供給を受けとる。使用して減少した魔力は、呼吸とともに空気中や食物から補充しているが、魔力回復ポーションを使えば瞬時に一定量が回復する。
魔力は自己のイメージにより行使される。
あつかう熟練度が高ければ高いほど、魔法の威力は高められる。物体に魔力をまとわせれば自己の意思で自由にあつかえるようにもなる。
魔法に関しては自然現象とは異なり、魔力を媒体に強制的に自然現象に似た現象を発現させている。
例えば、火の魔法であれば発現者の魔力が続く限りは、燃焼材料がなくても二酸化炭素が充満する状況下でも燃え続ける。
ただし、魔法同士には相性がある。
例えば火と水の関係がそうだ。この二つは火がプラスとした場合、水はマイナスとなる。
プラスの力が強ければ、マイナスに位置する水は蒸気へと変わる。そうなれば、発現者からの魔力供給は強制的に断たれることとなって、いずれは消滅する。
逆にマイナスの力が強ければ、ある程度は蒸気に変わるが、火の魔力供給が断たれて間もなく消滅することになる。
ちなみに、同等の力でぶつかれば、魔力の量や相性によっては爆発を引き起こすが、大体は相殺されて霧散していく。さらに言えば、ひとつの強い魔力を持って発現された魔法は、いくつもの魔法を当てることによって、ハンマーで岩を砕くがごとく、少しずつ魔力が削られていき、いずれは消滅することとなる。
魔法は魔力によりイメージを具現化した存在であるため、発動範囲や魔法により影響を及ぼすものは自己の判断に委ねられる。
再び火の魔法を例にとるが、発現した火は自然界の火とは異なっていて、魔力が続く限り燃え続けるのは先に説明した通りだが、燃やす対象に関しては発現者が自由に選ぶことができる。
通常は火に枯れ葉を当てれば、枯れ葉を持つ人物の意思に関わらずに燃え尽きてしまう。
だが、魔法の火においては発現者が燃やす必要がないとイメージすれば、枯れ葉は燃えることがない。それどころか熱すら感じることもない。
しかし、この技術は魔力操作に長けた熟練者にのみできる技法である。慣れない者が扱えば、自然界の火と同様に魔力が尽きるまで燃やし尽くしてしまう。
そして、どんなに激しく燃えていようとも、魔力供給を断てば、火は瞬時に消滅することとなる。
近年では、魔力事態にも防衛能力が備わっていることが、東の島国“ベルオースト国”が秘匿する情報により証明されている。
例えば、守りの意思をもって身体全体に水流をイメージした魔力をまとわせることで、魔法攻撃を無効化したり、刃物などの攻撃を肌に触れる前に止めることもできるようになる。
もちろん、受け止めるに耐える魔力をまとっている場合にのみに限られる。
さらには、寒暑の影響も止めることができるが、運動などによる身体の発熱現象は止めることができない。
この技術は、手に触れているものなら何でも使うことができる。例えば、手に持つ武器に同じイメージを持って使えば、魔法を打ち消したり損耗を防ぐことも可能になる。ただし、防衛機能しか持たないため切れ味が良くなる等の効果は望めない。
魔法の相性に関しては、五行の法に従っている。
以下は図に示したものとなる。
ちなみに、風は木と火の二属性の性質がある。
氷には水と木の二属性の性質がある。
雷には、氷と土の二属性の性質がある。
ただし、雷に関しては相反する相性同士の組み合わせもあるため、間違いの可能性も否定できないことに注意が必要である。
相性のいい相生関係にある組み合わせ
木→火→土→金→水→木
相克する関係にある相性
水→火→金→木→土→水』
魔法と魔力について書かれたページを読み終えたヴィラは、今まで教わることがなかった事実に驚きを隠せないでいた。
「これって……」
「驚いただろ? 俺も始めて読んだときはお前と同じ状況だった。前半部分は魔法をあつかう上で教わるだろうが、後半部分なんてどこにも出てこないからな」
「はい! はい! 私も見たいです」
アークの言葉に興味を示したティアが、片手を挙げてヴィラにノートを見せてほしいと願い出た。
「次はおれにも見せてくれよ」
「分かってますよ。ちょっと待っててください」
ティアを始めに、パックス、フェリシア、ルーセントと読み進めていく。最初に口を開いたのはティアだった。
「すごいですよ! この知識さえあればあのクモにも遅れを取らなかったかもしれませんよ」
「そうだな。魔力をまとうだけで、斬撃も魔法も止められるらしいからな」ブービー返上のために、パックスの目が輝く。
「そうね。それに、攻撃対象も自分で指定できるなんて思ってもみなかったわ」フェリシアの手の上に水が現れた。
「これは、興味深いね。まさかここまで詳細に解析した人がいるなんて、先人とは何でこんなにも、すごいのでしょうか」ヴィラが再びノートを手に取る。
「父上から魔力をまとえば、寒暑を防いで武器を丈夫にするとは教わったけど、魔法も防げるなんて言ってなかったな」
最後に、ルーセントが数年前に教わった魔力の練習を思い出していた。
アークの顔が得意気にほほ笑んだ。
「これは、今回の報酬としてくれてやる。俺が持ってても仕方ないからな」
「いいんですか? 大事なものじゃ……」ルーセントが、アークを気遣う。
「かまわねぇよ。ちゃんと写本は取ってある。そいつはお前たちが持っていけ」
「ありがとうございます。大事にします」
「ああ、今日は疲れただろ。飯を用意してある。それを食ってゆっくり休め」
嬉しそうにノートを持つルーセントに、アークは穏やかな笑みを浮かべる。そして全員がダイニングに移ると、用意されていたご飯を食べて眠りについた。
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「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
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