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4 王立べラム訓練学校 高等部2
4-9話 精霊錬金術師9
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千年の時間が流れて、再びこの世に復活した土精霊スベトロスト。その正面にいる少年を見るなり“スティグ”と呼んだ。
スティグ・レイオールドは、千年前にヴァンシエルを従えて邪竜王ルーインを封印した男。
最初の英雄の一人としてアンゲルヴェルク王国初代国王となった男は、スベトロストの目の前にいるルーセントと同じ顔をしていた。
トカゲの精霊は、いまだに別人だとは気づかずにいた。
「どうしたのさスティング。そんなにキョトンとしちゃってさ。ひどいな~、オイラを忘れたのかい?」
「いや、オレは……」
困惑するルーセントに、精霊王ヘルゼリオンが代わりに答える。
『スベトロストよ、この者はスティングではないぞ。余も初めて見たときは、おどろいたがな』
「本当? まぁ言われてみれば……、少し若い気もするけど」
『本当だ。この者の名はルーセントと言う。それに、余らが封印されてから千年の月日が流れておるのだぞ』
「千年! どおりでこの中がボロッちくて、ホコリ臭いと思ったよ。でも、この感じは……」
ヘルゼリオンから千年の時間がたったと聞いて、スベトロストは目の前にいる少年がスティグではないと認識する。それでもルーセントの中にスティグの存在を感じ取っていた。その時、きゅうちゃんの身体を操るヘルゼリオンが、ルーセントの方に顔を向けた。
次の瞬間、祭壇のある空間が白い光に包まれた。
光が消えたとき、スベトロストを呼ぶ声が響く。
「久しいな、スベトロストよ」
「おお! ヴァンじゃないか!」
「私たちもいるわよ」
「アンジールにクロガも! 懐かしいな~」
「……ん、久しぶり」
光りに包まれたスベトロストとヘルゼリオンは、白い空間に転移していた。
小さな精霊は、千年ぶりの再開に喜んでフェリシアの守護者、アンジールに飛びついた。背中に翼を生み出して背びれを青白く光らせながら。
スベトロストは体長が四十センチほどあり、尻尾まで含めると六十センチほどになる。
幼い精霊が飛びついた反動で、アンジールの栗毛の髪がゆれる。スベトロストを見るその優しそうなまなざしに、品のある佇まいが涼しくも爽やかな風を思わせた。
紺で統一された短く幅の広いネクタイがついた半袖のドレスシャツ、膝を隠す程度の黒いスカートを身につけている。そのシルエットが生み出すスタイルの良さは、女神と張り合うほど。その聖女の横からクロガの手が伸びる。頭をなでられて、スベトロストが気持ち良さそうに目を細めた。
クロガはティアが持つ守護者であり、百四十五センチほどの身長に、卵形の顔を黒い布で鼻まで隠していた。大きな眼とショートボブが良く似合う黒髪の女性であった。
ひとしきりなでられたスベトロストは、ヴァンシエルの背中へと降り立つ。そこへ、もう一人の声が全員の耳に響き渡った。
「相変わらずね、スベトロスト。また会えて良かったわ。ヘルゼリオンも無事でなによりね」
「女神も変わりないようだな」
「シャーレン! オイラも会いたかったよ! でも、無事だったのはルーセントのおかげさ。オイラ、祭壇に行こうとして地面を掘り進んでたんだ。そしたら突然デッカイ蜘蛛が出てきてさ、ビックリしてる間に食べられちゃったんだ。とっさに精霊石に戻って耐えていたんだけど……」
ヴァンシエルの背中に乗るスベトロストは、精霊石に戻された経緯を女神に話すと、しょんぼりとうなだれた。
女神が片膝をつくと、スベトロストの頭をなでる。
「そう、怖かったわね。でも、もう大丈夫よ。よく頑張ったわね」
「ううっ、シャーレン!」
女神に優しく語りかけられると、スベトロストが緊張の糸が切れたのか、ポロポロと涙を流して泣き続けた。
女神とスベトロストのやり取りに穏やかな時間が流れる。スベトロストが泣き止むと、ヘルゼリオンがいくつかの疑問を女神に問いかけた。
「ところで女神よ。ここは一体どこなのだ? 余の領域に干渉したいと申したので許可は出したが……」
「あら、知らなかった? ここは私が作り出した精神世界よ。思念体になった私たちじゃあ、月にもあなたたちの世界にも住めないもの。それに、月の住人全員が守護者として活動しているわけではないのよ、生活する場所は必要でしょ」
「なるほどな。ついでにもうひとつ、よいか?」
「ええ、いいわよ。何でも聞いて」
質問を繰り返す精霊王に、女神が笑顔で見つめる。その女神の瞳には、六十センチほどの全身が炎に包まれている鳥、鳳凰が映っていた。
「あの者は何者だ? なぜスティグと同じ顔を持つのだ」
「それについては我が答えよう」
「そうね、ヴァンに任せるわ。あなたが一番詳しいでしょうから」
質問に答えようとする女神に、ヴァンシエルが横から割り込む。ヴァンシエルがヘルゼリオンに近づく。
「ルーセント、我が主がスティグに似ているのは当然だ。なんと言っても、あの者はスティグの子孫だからな。ただし、誰にも気付かれずにひっそりと産ませた子ではあるがな。今となっては誰にも分かるまい」
「なんと! あの者はスティグの末裔と言うことか。しかし、そうであったとしても似すぎではないか? まるでスティグ本人と変わらぬぞ」
「それも仕方がないことだ。主の魂とは別に、スティグの魂も入っておるからな」
「なんだと! あやつの魂を輪廻の輪から外したのか!」
「何でそんなことするんだよ! ひどいよヴァン!」
ヴァンシエルの言葉におどろくヘルゼリオン。そして、スベトロストご怒りを露にした。二人が起こるのも無理はない。この星で死んだ者は、魂が星を駆け巡って自身の浄化を行う。それは大地に、大気に魔力を供給する。そうして浄化を終えた魂は、再び生物として生まれ変わる。輪廻の輪から外れたと言うことは、生まれ変わることを捨てて、存在そのものが消滅することを意味していた。
怒るスベトロストはヴァンシエルの背中から飛び立つと、ヘルゼリオンの元へと戻った。さすがのヘルゼリオンも冷静ではいられなかった。
「なぜだ、なぜそのような惨いことをしたのだ!」
「無論、我も幾度となく止めた。だがやつは聞かなかった。当然、我もそこまでする理由を問うた。返ってきた答えはこうだ。『あいつだけは絶対に生かしておいちゃならねぇ。オレが不甲斐ないばかりに子孫に迷惑をかけちまう。お前にも苦労を掛けるが、最後にあいつを倒す力になれるのなら、消滅しようがかまわないさ。いつの日か、あのクソッタレに教えてやるのさ、絶望ってやつをな』とな」
「そんなぁ、じゃあオイラたちとはもう会えないのか?」
「そうなるな。それに千年の時は長すぎた、スティグの魂も限界が近い。今回を逃せば次はないであろう」
「余も、もう一度だけ会えると思っておったが、叶わぬか」
生まれ変わりと言えど、スティグにもう一度会えると思っていたヘルゼリオンとスベトロストは、遠い日の記憶を探る。ともに過ごした時間を、笑い合った瞬間を、最後の時間を心に刻み付けるように。
「ヘルゼリオン、スベトロスト、せっかく千年ぶりに会えたのに残念だけれど、そろそろ時間よ」元気のない精霊に女神が告げる。
「そうか、寂しくなるな」
「またいつか会えるわよ。その時を楽しみにしているわ」
「そうだな。ところで、ずいぶんと時間を使ってしまったが、ルーセントたちに変に思われぬだろうか?」
滞在時間を気にするヘルゼリオンに、女神が屈託のない笑みを浮かべる。
「それなら大丈夫よ、ここでの時間はほんの数秒でしかないから」
「相変わらず、大した力だな」
「ふふ、私を誰だと思っているの? 月の女神よ。どうってことないわ。それじゃ、またね。」
精霊の二柱は女神に一度うなずくと、光の柱となって精神世界から消えていった。
女神がヴァンシエルを見下ろす。そのまなざしは慈愛に満ちていた。
「ヴァン? 身体は平気かしら? 無理をしてはダメよ」
「問題ない。我は必ずスティグとの約束を果たす」
「……そう」
ヴァンシエルの決意に、女神シャーレンはどこか寂しげに悲しそうな顔を浮かべた。
現実世界に戻ったスベトロストは、翼を広げて中に浮いた。
「ごめんよ、オイラが勘違いしてたみたいだ。でも、ルーセントはスティグにそっくりなんだよ」
「そんなに似てるの? スティグ・レイオールド、だよね。会ったことあるの?」
「もちろんさ、オイラはスティグたちと一緒に戦ってたんだよ。最後の決戦の時は、お留守番だったけどさ」
会話を続けるルーセントとスベトロスト、そんな二人にきゅうちゃんを介して存在するヘルゼリオンが会話に割り込む。
「そこまでにしておけ、スベトロストよ。余もそろそろ時間だ、これ以上は持たん」
「そっか、オイラもしばらく休まないといけないから、さっさと終わらせちゃうよ。そこの眼鏡の少年君、君に加護を与えてあげるよ」
「えっ? 僕にかい?」
「そうだよ。君は錬金術を使うだろ? 本当はみんなにもあげたいんだけどさ、むかしからの決まりなんだ」
「本当に僕で良いのかい?」
「うん。ヘルゼリオンが認めたんなら、オイラは構わないさ。君ならきっと正しいことにオイラたちの力を使ってくれる。そうだろ?」
「僕が、精霊錬金術師に……、約束するよ。僕は絶対に間違ったことに使わない」
ヴィラがスベトロストに誓いを立てると、一歩前に出る。そのままスベトロストの正面に立つと身体が光った。ヴィラの足元に魔法陣が出現する。その光は天井まで立ち昇った。そこにスベトロストの声が響く。
「土精霊スベトロストが命じる。大地を巡りし命脈よ、彼の者に大いなる祝福と加護を与えん」
スベトロストが詠唱を終えると、ヴィラを包み込むオレンジ色の光があふれ出す。何本もの光の束が水流のようにうねっては、空間を幻想的に支配した。
荒れ狂う光が祭壇の部屋をすり抜ける。そのまま空洞を駆け登ったかと思うと、アーゼル村をオレンジ色に染め上げた。地上に出た光は村を縦横に泳ぐ。そして、空に昇ると急降下を始めた。
光が地面に激突すると、そのままヴィラへと収束する。
ひときわ強い光が部屋を照らすと、元の景色へと戻った。
「ふぅ、これでオイラの役目はひとまず終わったよ。あとは君次第さ。あと五柱の精霊がいるから頑張ってね」
「五柱も?」
「うん。オイラ以外には、風の精霊ヴェルーサヴァダラ、火の精霊ストレイン、それから水の精霊ミシュリー、精霊女王ティターニアで、最後に精霊王ヘルゼリオン。ちなみに千年前でもヘルゼリオンの加護がもらえたのは、百年で二十人くらいしかいなかったから、頑張ってね」
「ずいぶんと少ないね」
ヴィラはスベトロストの説明にプレッシャーを感じていた。
「もっと自信を持ちなよ、君なら大丈夫さ。ヘルゼリオンに気に入られるなんて、めったにないんだよ」スベトロストが、自信なさげに硬い表情のヴィラを励ます。
「そうだな、余もそなたには期待しておる。今よりさらに励むとよい」
「分かりました。精霊王に認めてもらえるように、僕はきっと錬金術を極めて見せます」
「その意気だ。しかし忘れるでないぞ、正しい心のものにだけ加護は与えられる」
「はい、心に刻み付けておきます」
精霊王の言葉に、やる気にあふれるヴィラがヘルゼリオンに誓う「すべてを極め、再びあなたの元にもう一度」と。
強い意思を宿す瞳を見たヘルゼリオンは「もう、時間だ。きゅうをそなたたちに返そう」と告げた。
再びきゅうちゃんの心の中に戻ると意識を閉じた。
小さな身体が崩れるように倒れる。とっさにルーセントが両手で抱え上げた。
数秒の間だけ気を失っていたきゅうちゃんは、両手足をピクンと震わせると起き上がった。
「きゅう!」
「良かった。今はきゅうちゃんなんだろ?」
「きゅう、きゅう」
そうだ、と言うようにうなずくきゅうちゃん。
ルーセントの腕を伝って定位置の肩に座り込む。
全員が元に戻ったきゅうちゃんに安心すると、スベトロストがヴィラに飛び付いた。
「オイラ、おなかすいたよ。早く村に行こうよ」
ルーセントたちは、ヴィラに抱えられているスベトロストを連れて地上に向かっていった。
スティグ・レイオールドは、千年前にヴァンシエルを従えて邪竜王ルーインを封印した男。
最初の英雄の一人としてアンゲルヴェルク王国初代国王となった男は、スベトロストの目の前にいるルーセントと同じ顔をしていた。
トカゲの精霊は、いまだに別人だとは気づかずにいた。
「どうしたのさスティング。そんなにキョトンとしちゃってさ。ひどいな~、オイラを忘れたのかい?」
「いや、オレは……」
困惑するルーセントに、精霊王ヘルゼリオンが代わりに答える。
『スベトロストよ、この者はスティングではないぞ。余も初めて見たときは、おどろいたがな』
「本当? まぁ言われてみれば……、少し若い気もするけど」
『本当だ。この者の名はルーセントと言う。それに、余らが封印されてから千年の月日が流れておるのだぞ』
「千年! どおりでこの中がボロッちくて、ホコリ臭いと思ったよ。でも、この感じは……」
ヘルゼリオンから千年の時間がたったと聞いて、スベトロストは目の前にいる少年がスティグではないと認識する。それでもルーセントの中にスティグの存在を感じ取っていた。その時、きゅうちゃんの身体を操るヘルゼリオンが、ルーセントの方に顔を向けた。
次の瞬間、祭壇のある空間が白い光に包まれた。
光が消えたとき、スベトロストを呼ぶ声が響く。
「久しいな、スベトロストよ」
「おお! ヴァンじゃないか!」
「私たちもいるわよ」
「アンジールにクロガも! 懐かしいな~」
「……ん、久しぶり」
光りに包まれたスベトロストとヘルゼリオンは、白い空間に転移していた。
小さな精霊は、千年ぶりの再開に喜んでフェリシアの守護者、アンジールに飛びついた。背中に翼を生み出して背びれを青白く光らせながら。
スベトロストは体長が四十センチほどあり、尻尾まで含めると六十センチほどになる。
幼い精霊が飛びついた反動で、アンジールの栗毛の髪がゆれる。スベトロストを見るその優しそうなまなざしに、品のある佇まいが涼しくも爽やかな風を思わせた。
紺で統一された短く幅の広いネクタイがついた半袖のドレスシャツ、膝を隠す程度の黒いスカートを身につけている。そのシルエットが生み出すスタイルの良さは、女神と張り合うほど。その聖女の横からクロガの手が伸びる。頭をなでられて、スベトロストが気持ち良さそうに目を細めた。
クロガはティアが持つ守護者であり、百四十五センチほどの身長に、卵形の顔を黒い布で鼻まで隠していた。大きな眼とショートボブが良く似合う黒髪の女性であった。
ひとしきりなでられたスベトロストは、ヴァンシエルの背中へと降り立つ。そこへ、もう一人の声が全員の耳に響き渡った。
「相変わらずね、スベトロスト。また会えて良かったわ。ヘルゼリオンも無事でなによりね」
「女神も変わりないようだな」
「シャーレン! オイラも会いたかったよ! でも、無事だったのはルーセントのおかげさ。オイラ、祭壇に行こうとして地面を掘り進んでたんだ。そしたら突然デッカイ蜘蛛が出てきてさ、ビックリしてる間に食べられちゃったんだ。とっさに精霊石に戻って耐えていたんだけど……」
ヴァンシエルの背中に乗るスベトロストは、精霊石に戻された経緯を女神に話すと、しょんぼりとうなだれた。
女神が片膝をつくと、スベトロストの頭をなでる。
「そう、怖かったわね。でも、もう大丈夫よ。よく頑張ったわね」
「ううっ、シャーレン!」
女神に優しく語りかけられると、スベトロストが緊張の糸が切れたのか、ポロポロと涙を流して泣き続けた。
女神とスベトロストのやり取りに穏やかな時間が流れる。スベトロストが泣き止むと、ヘルゼリオンがいくつかの疑問を女神に問いかけた。
「ところで女神よ。ここは一体どこなのだ? 余の領域に干渉したいと申したので許可は出したが……」
「あら、知らなかった? ここは私が作り出した精神世界よ。思念体になった私たちじゃあ、月にもあなたたちの世界にも住めないもの。それに、月の住人全員が守護者として活動しているわけではないのよ、生活する場所は必要でしょ」
「なるほどな。ついでにもうひとつ、よいか?」
「ええ、いいわよ。何でも聞いて」
質問を繰り返す精霊王に、女神が笑顔で見つめる。その女神の瞳には、六十センチほどの全身が炎に包まれている鳥、鳳凰が映っていた。
「あの者は何者だ? なぜスティグと同じ顔を持つのだ」
「それについては我が答えよう」
「そうね、ヴァンに任せるわ。あなたが一番詳しいでしょうから」
質問に答えようとする女神に、ヴァンシエルが横から割り込む。ヴァンシエルがヘルゼリオンに近づく。
「ルーセント、我が主がスティグに似ているのは当然だ。なんと言っても、あの者はスティグの子孫だからな。ただし、誰にも気付かれずにひっそりと産ませた子ではあるがな。今となっては誰にも分かるまい」
「なんと! あの者はスティグの末裔と言うことか。しかし、そうであったとしても似すぎではないか? まるでスティグ本人と変わらぬぞ」
「それも仕方がないことだ。主の魂とは別に、スティグの魂も入っておるからな」
「なんだと! あやつの魂を輪廻の輪から外したのか!」
「何でそんなことするんだよ! ひどいよヴァン!」
ヴァンシエルの言葉におどろくヘルゼリオン。そして、スベトロストご怒りを露にした。二人が起こるのも無理はない。この星で死んだ者は、魂が星を駆け巡って自身の浄化を行う。それは大地に、大気に魔力を供給する。そうして浄化を終えた魂は、再び生物として生まれ変わる。輪廻の輪から外れたと言うことは、生まれ変わることを捨てて、存在そのものが消滅することを意味していた。
怒るスベトロストはヴァンシエルの背中から飛び立つと、ヘルゼリオンの元へと戻った。さすがのヘルゼリオンも冷静ではいられなかった。
「なぜだ、なぜそのような惨いことをしたのだ!」
「無論、我も幾度となく止めた。だがやつは聞かなかった。当然、我もそこまでする理由を問うた。返ってきた答えはこうだ。『あいつだけは絶対に生かしておいちゃならねぇ。オレが不甲斐ないばかりに子孫に迷惑をかけちまう。お前にも苦労を掛けるが、最後にあいつを倒す力になれるのなら、消滅しようがかまわないさ。いつの日か、あのクソッタレに教えてやるのさ、絶望ってやつをな』とな」
「そんなぁ、じゃあオイラたちとはもう会えないのか?」
「そうなるな。それに千年の時は長すぎた、スティグの魂も限界が近い。今回を逃せば次はないであろう」
「余も、もう一度だけ会えると思っておったが、叶わぬか」
生まれ変わりと言えど、スティグにもう一度会えると思っていたヘルゼリオンとスベトロストは、遠い日の記憶を探る。ともに過ごした時間を、笑い合った瞬間を、最後の時間を心に刻み付けるように。
「ヘルゼリオン、スベトロスト、せっかく千年ぶりに会えたのに残念だけれど、そろそろ時間よ」元気のない精霊に女神が告げる。
「そうか、寂しくなるな」
「またいつか会えるわよ。その時を楽しみにしているわ」
「そうだな。ところで、ずいぶんと時間を使ってしまったが、ルーセントたちに変に思われぬだろうか?」
滞在時間を気にするヘルゼリオンに、女神が屈託のない笑みを浮かべる。
「それなら大丈夫よ、ここでの時間はほんの数秒でしかないから」
「相変わらず、大した力だな」
「ふふ、私を誰だと思っているの? 月の女神よ。どうってことないわ。それじゃ、またね。」
精霊の二柱は女神に一度うなずくと、光の柱となって精神世界から消えていった。
女神がヴァンシエルを見下ろす。そのまなざしは慈愛に満ちていた。
「ヴァン? 身体は平気かしら? 無理をしてはダメよ」
「問題ない。我は必ずスティグとの約束を果たす」
「……そう」
ヴァンシエルの決意に、女神シャーレンはどこか寂しげに悲しそうな顔を浮かべた。
現実世界に戻ったスベトロストは、翼を広げて中に浮いた。
「ごめんよ、オイラが勘違いしてたみたいだ。でも、ルーセントはスティグにそっくりなんだよ」
「そんなに似てるの? スティグ・レイオールド、だよね。会ったことあるの?」
「もちろんさ、オイラはスティグたちと一緒に戦ってたんだよ。最後の決戦の時は、お留守番だったけどさ」
会話を続けるルーセントとスベトロスト、そんな二人にきゅうちゃんを介して存在するヘルゼリオンが会話に割り込む。
「そこまでにしておけ、スベトロストよ。余もそろそろ時間だ、これ以上は持たん」
「そっか、オイラもしばらく休まないといけないから、さっさと終わらせちゃうよ。そこの眼鏡の少年君、君に加護を与えてあげるよ」
「えっ? 僕にかい?」
「そうだよ。君は錬金術を使うだろ? 本当はみんなにもあげたいんだけどさ、むかしからの決まりなんだ」
「本当に僕で良いのかい?」
「うん。ヘルゼリオンが認めたんなら、オイラは構わないさ。君ならきっと正しいことにオイラたちの力を使ってくれる。そうだろ?」
「僕が、精霊錬金術師に……、約束するよ。僕は絶対に間違ったことに使わない」
ヴィラがスベトロストに誓いを立てると、一歩前に出る。そのままスベトロストの正面に立つと身体が光った。ヴィラの足元に魔法陣が出現する。その光は天井まで立ち昇った。そこにスベトロストの声が響く。
「土精霊スベトロストが命じる。大地を巡りし命脈よ、彼の者に大いなる祝福と加護を与えん」
スベトロストが詠唱を終えると、ヴィラを包み込むオレンジ色の光があふれ出す。何本もの光の束が水流のようにうねっては、空間を幻想的に支配した。
荒れ狂う光が祭壇の部屋をすり抜ける。そのまま空洞を駆け登ったかと思うと、アーゼル村をオレンジ色に染め上げた。地上に出た光は村を縦横に泳ぐ。そして、空に昇ると急降下を始めた。
光が地面に激突すると、そのままヴィラへと収束する。
ひときわ強い光が部屋を照らすと、元の景色へと戻った。
「ふぅ、これでオイラの役目はひとまず終わったよ。あとは君次第さ。あと五柱の精霊がいるから頑張ってね」
「五柱も?」
「うん。オイラ以外には、風の精霊ヴェルーサヴァダラ、火の精霊ストレイン、それから水の精霊ミシュリー、精霊女王ティターニアで、最後に精霊王ヘルゼリオン。ちなみに千年前でもヘルゼリオンの加護がもらえたのは、百年で二十人くらいしかいなかったから、頑張ってね」
「ずいぶんと少ないね」
ヴィラはスベトロストの説明にプレッシャーを感じていた。
「もっと自信を持ちなよ、君なら大丈夫さ。ヘルゼリオンに気に入られるなんて、めったにないんだよ」スベトロストが、自信なさげに硬い表情のヴィラを励ます。
「そうだな、余もそなたには期待しておる。今よりさらに励むとよい」
「分かりました。精霊王に認めてもらえるように、僕はきっと錬金術を極めて見せます」
「その意気だ。しかし忘れるでないぞ、正しい心のものにだけ加護は与えられる」
「はい、心に刻み付けておきます」
精霊王の言葉に、やる気にあふれるヴィラがヘルゼリオンに誓う「すべてを極め、再びあなたの元にもう一度」と。
強い意思を宿す瞳を見たヘルゼリオンは「もう、時間だ。きゅうをそなたたちに返そう」と告げた。
再びきゅうちゃんの心の中に戻ると意識を閉じた。
小さな身体が崩れるように倒れる。とっさにルーセントが両手で抱え上げた。
数秒の間だけ気を失っていたきゅうちゃんは、両手足をピクンと震わせると起き上がった。
「きゅう!」
「良かった。今はきゅうちゃんなんだろ?」
「きゅう、きゅう」
そうだ、と言うようにうなずくきゅうちゃん。
ルーセントの腕を伝って定位置の肩に座り込む。
全員が元に戻ったきゅうちゃんに安心すると、スベトロストがヴィラに飛び付いた。
「オイラ、おなかすいたよ。早く村に行こうよ」
ルーセントたちは、ヴィラに抱えられているスベトロストを連れて地上に向かっていった。
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