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4 王立べラム訓練学校 高等部2
4-7話 精霊錬金術師7
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おぼつかない足取りでルーセントは灰と化したコローレベルッツァに近付く。
「何だこれ。なんで、灰に、なったん……っくそ!」
ルーセントが朦朧とする意識の中で、灰の中からオレンジ色の宝石を拾うとそのまま限界を迎えて倒れる。その風圧によって灰が舞い上がった。
空中を踊る灰は、所々で光っているディエナス鉱石の光りに反射して、幻想的にキラキラと輝く。そのうち中を抜ける風によってサラサラとその身を散らしていった。
坑道内は、いままでの激戦がうそのように静まり返っていた。
一人を残して全員が倒れる。最初の予想とは違って、驚異的な強さを誇ったコローレ・ベルッツァ、その以上なまでの攻撃力によって、全滅に近い状況に眼鏡をかけた少年が慌てていた。
周囲を見渡せば、最初のきれいな空間とは別物となっている。すっかり荒れ果てた天井や壁、そこには多数の穴やひび割れがある。さらに地面を見れば、ボコボコに抉れて砕けた岩が瓦礫となって、いたるところに散らばっていた。
唯一、魔法障壁によって守られていた無傷のヴィラが顔をしかめる。
「マズイぞ! 早くなんとかしないと。……どうすればいい、あぁクソ! 落ち着け」
ヴィラが自分で自分の頬をたたく。
横たわる仲間は、呼吸をする動作だけで動く気配がない。見るからに重症を負って血を流し、猶予がないのは誰の目にも明らかだった。急を要する事態にヴィラの目が泳ぐ。頭はますます混乱していった。
「落ち着け、落ち着け。……そうだ! まずはフェリシアだ! 回復魔法があれば何とかなるはずだ」
回復魔法が使えるフェリシアを先に、と思い立って、よろける足でフェリシアの元へ向かった。
フェリシアは仰向けに倒れて気絶している。その見た目には目立った外傷こそないが、ただ一カ所、そこだけ致命傷とも言えるケガを負っていた。それは、降り注ぐ岩のトゲが刺さっていた右肩。コローレベルッツァの魔法はすでに消滅していたが、そのせいで大量に出血をしていた。
ヴィラがすぐにバッグから金属の筒に入れられた回復ポーションを取りだした。最初の一本は患部へと直接かける。そのあとにも、三本ほど使ったところで傷がふさがった。
しかし、流れ出た血液まではどうにもならず、地面には乾燥しかけている粘性の高い赤黒い血がたまっていた。
ヴィラは、フェリシアの傷がふさがったのを確認すると、肩をたたいて声をかける。
「フェリシア、起きて! フェリシア!」
「……んっ、ヴィラ? ……あ! 敵は? くっ!」
目を覚ましたフェリシアは、敵が倒されたことに気が付いていなかった。すぐに戦闘体制を取ろうと上体を起こしたが、左脇腹から走る激痛に耐えきれずに、痛む箇所を押さえて再び横になった。
「肋骨が折れてるみたい」
「ポーションならまだあるよ?」
「大丈夫、回復魔法を使うから」
フェリシアは、自身で患部中心に回復魔法を使って治療を行う。ふらつく身体で地面に視線を移すと、流れ出た血量を見て造血ポーションを取りだした。
造血ポーションは赤血球、白血球、血小板、血漿を作り出すが、飲んですぐに動けるほどの速効性には欠けていた。
フェリシアが貧血ぎみな身体を無理やりに起こして立ち上がる。青白い顔で周囲を見た。
「気分が悪そうな所をゴメン、パックスのケガがひどいんだ。診てくれないか?」ヴィラが申し訳なさそうに言う。
「うん、分かってる。ヴィラはルーセントをお願い、ティアは私が後から診るから」
「分かった! 頼んだよ」
うなずくフェリシアを見て、ヴィラはルーセントの元へと駆け出す。うつぶせに倒れて横たわるルーセント、その身体は無数の裂傷から血が流れる。しかし、その血もすでに乾き始めていて、身体に張り付いていた。傷口の深いところからは、いまだに少量の出血が見られる。
ヴィラがルーセントの姿勢を仰向けに変えると、バッグから木箱を取り出してフタを開けた。
木箱の中には、金属の筒に入れられた回復ポーションが六本、薄い木の板で仕切られて納められていた。
始めに三本を取り出すと、抉れる身体に振りかけて治療を開始する。
重症箇所を治すと、声をかけてルーセントを起こす。
ルーセントは、遠く聞こえる聞きなれた声にようやく意識を取り戻した。
「……ごめん、また迷惑をかけちゃったみたいで」ルーセントが天井を見ながらつぶやく。
「迷惑? まさか! ルーセント君のおかげで無事に生きていられるんだ、感謝はしても迷惑だなんて思ったことないさ」
ヴィラが最後の場面を思い返す。そんなに卑屈になることはない、とフォローした。
ルーセントがヴィラの言葉に考え込む。
「うん、結果的にはね。今日も運が良かった」
「運も実力のうちって言うだろ?」
「それだけじゃいつか後悔する。もっと強くならないと」
「いまのままでも、十分だと思うけど?」
ヴィラは、バーチェル以外にルーセントが負けているところを見たことがない。今より上を目指そうとする頼もしい仲間に、これ以上強くなる必要があるのか、と言葉を返した。
ルーセントが首を横に振る。
「このままじゃ勝てない」
「誰に?」
「……倒さないといけない誰か、にさ。ところでみんなは?」
ルーセントは、まだ見ぬ強敵を見ていた。予想をはるかに越える絶望を……。
そうとはしらないヴィラは、リーダーの言葉に視線をうしろに戻す。
「なんとかね。今はフェリシアが治療しているよ」
「そっか、良かった。じゃあ、みんなのところに戻ろうか」
ルーセントが立ち上がって歩き出す。しかし、蓄積する疲労に、いつもの機敏な鋭さはなかった。完治することのない傷に、自身のホルダーから回復ポーションを取り出すと、一気に飲み干した。
再び重傷を負ったパックスは、フェリシアの治療によって何事もなかったかのように回復する。
両手をうしろについて、座ったまま「さすがはルーセントだな。どうやったら、あんなに強くなれるんだ? また、おれは何の役にも立たなかったな」と、息をはき捨てながら、銀髪の少年へと羨望のまなざしを向けた。
「それは、いつものことじゃないですか」いつものように、ティアが皮肉を込めてパックスに返す。
「あぁ、懐かしい声だ。それだけ減らず口がたたければ、なんの問題はなさそうだな」小さな相棒に、パックスが笑顔で返す。
フェリシア、パックス、ティアが笑う。そこに、ルーセントとヴィラが加わった。
「楽しそうだね」ヴィラが言う。
「いつもの通りだろ。それにしても、相変わらずの強さだな」肩をすくめてパックスが答える。
「そんなことはないよ。もっと強くならないと」まだまだだよ、とルーセントが謙虚に答えた。
「それにしても、あいつ異様に強かったな。聞いてた話と全然違うぞ」パックスがそれだけを言うと、地面へと寝転んだ。
「うん。多分だけど、こいつのせいかな」
ルーセントが腰につけたポーチから、コローレベルッツァの灰から取り出したオレンジ色の宝石を見せる。
「何だこれ? 宝石か?」
パックスが宝石を受け取ると、親指と人差し指で挟んで頭上にかかげる。
「きれいな石ね。でもこれ、なにかしら? 見たことないわね」フェリシアが石をのぞき込む。
「私も見たいです。見せてください」
ティアが石を受け取ると、パックスと同じように天井にかざして眺める。宝石は、ひし形の形をしていた。その親指大ほどの宝石は、まるで宇宙が広がっているかのように白い粒子のような粒が、数えきれないほど大量に動き回っていた。
「どっかで見たことあるような……。うーん、思い出せません」
「僕にもいいかな?」
「いいですよ、どうぞ」
結局、なんだったのか思い出せなかったティアは石をヴィラへと手渡す。
ヴィラがいろいろな角度から石を眺める。
「うーん、何だろうかこれは。守護者の知識にもこんなのは存在していないな。でも、死体が灰になるのは不自然だし、これだけが残ったんなら、原因はこいつだろうね」
「後でアークさんたちに聞けば何か分かるかな?」
誰にも分からなかった謎の石は、ルーセントの手に戻される。そのとき“パキン”と乾いた音が空洞内に響き渡った。
「ん? 今なんか音がしなかった?」ルーセントが最初に反応する。
「うん、枝が折れるような音だったわね」フェリシアがあとに続いた。
全員が音の正体を探ろうと周囲を眺める。そこに、先ほどと同じ音が複数回に渡って響く。天井から小石が落ちてきた。そのすぐあとに、地鳴りのような音が響く。
全員が天井を見る。次々と無数の亀裂が入っていくところだった。
ルーセントたちが一様に顔を見合う。そして叫んだ。
「崩れるぞ! 全員走れぇえええええええええええ!」ルーセントが必死の形相で指示を出す。
「くそがあああああああああああああ!」パックスが天を仰いで走り出した。
「フェリシア! 出口まで案内してくれ!」ヴィラが冷静に最良の判断を口にする。
「分かった! みんなついてきて!」フェリシアが速度をあげて先頭に立つ。
「もう嫌です! 二度と洞窟なんて入りませんよ~!」ティアが泣きそうな顔でみんなに着いていった。
それぞれが思い思いの言葉を叫びながら、空洞から脱出していく。先頭を走るフェリシアが周辺マップを視界内に表示させる耳飾りのおかげで最短距離で出口を目指していった。
大きな岩石が空洞内に落ちると、岩盤が一斉に崩落を始める。吹き抜ける風に乗って、砂煙も五人を追いかけた。
「ちくしょおおおおおおおおおおお!」
砂煙に包まれる五人、パックスの声だけが最後に響いた――。
『きゅ……めよ、きゅうよ、目覚めよ!』
「きゅ? きゅう?」
アークの家の一室、きゅうちゃんはルーセントが泊まる部屋で寝ていた。そこに、何者かの声によって目を覚ます。きゅうちゃんは、ルーセントが帰ってきたと思って辺りを見回すが、部屋には誰もいない。
「きゅう?」
首をかしげるきゅうちゃん、再び何者かの声が響く。
「きゅうよ、私だ。ヘルゼリオンだ。もう少しそなたの中で休んでいたかったが、急用ができた。少しそなたの身体を借りるぞ」
「きゅう!」
構わない、と答えるきゅうちゃんは、一度気を失ったように倒れると再び目を覚ます。
「済まないな。用が済めばすぐに返す故、少し我慢をしてくれ」
きゅうちゃんに呼び掛けたのは『精霊王ヘルゼリオン』数千年の時を生き、全ての精霊の頂点に君臨する偉大な王は、何度かきゅうちゃんの身体を確かめるように動くと「開け!」と窓に向かって命じる。
ガタガタとゆれる窓枠、誰も触れてもいないその窓が開いた。きゅうちゃんの身体を操るヘルゼリオン、その小さな身体で二階の窓から飛び出すと、洞窟の方へと向かっていった――。
ルーセント一行が洞窟に入って三時間が経過していた。
「さすがに遅すぎないか?」アークが心配そうにつぶやいた。
「道に迷っているのかもしれないな。四年もほったらかしだったんだぞ。中はあいつが鉱石を食い散らかして穴だらけだろし」
「いや、それはないな。あいつらは精霊女王の耳飾りを持ってる。迷いようがない」
アークの言葉に、レーベンが腕を組むと片眉を上げた。
「なんだ、貸してやったのか?」
「いや、売った」
「正気か! 千年前の遺産だぞ!」
「まったく、お前も長老と同じこと言うんだな。ま、無理もないけど」
アークは、レーベンからも長老と同じ言葉を聞いてうんざりとした表情を浮かべる。しかし、兄弟のように育ってきたせいか、長老の時のように怒ることはなかった。
「俺からしてみれば、あんな道具は疫病神でしかない。あれさえ見つからずにいたら、親父が出ていくことはなかったんだ。母さんだって心労で病にならず生きてたかも知れねぇ」
「気持ちは分かるが、だからってな……」
「分かってるよ。物に当たっても仕方がないってな。だけど、どうにもならん。家族を捨てて、くだらん幻想にとりつかれた親父にも腹が立つ」
アークは昔を思い出す。そして、近くにあった腰の高さほどの岩に腰を掛けた。
「とはいえ、一番許せないのはあの日、俺が飲み物を落としたことかもしれないな」
「地下室が見つかった日か?」
「そうだ。信じられるか? ダイニングテーブルの下にあったんだぞ! お茶の入ったグラスを落としたら、床の隙間から全部落ちてったんだ。それで何かあるって親父がな」
「それで見つかったわけか。まあ、むかしはダイニングではなかったのかもしれないが、なんとも言えんな」
アークの口から語られる過去の記憶。
偶然見つかった地下室の話に、レーベンは答えに詰まるところもあったが興味を持っていた。
アークはさらに過去の記憶を紡ぐ。
「だろ? だけど、鍵がかかっててさ。開けるのに三カ月近くもかかった」
「どうやって開けたんだ?」
「こいつだよ」
アークは胸元からネックレスを取り出すと首から外した。そして、それをレーベンに見せた。
「この先祖代々伝わるネックレスが鍵になってた。で、扉を開けて中に入ったら、大きめな箱があって、そのなかにあの道具と日誌みたいなのが入ってた」
「日誌? 初めて聞いたな。何が書いてあったんだ?」
「おとぎ話を真実にした証拠だよ。だけど驚くのはまだある。あの道具も日誌も、千年前のものだって言うのに全く劣化していなかったんだ」
「言われてみれば不思議だな。普通なら原型すら残ってないだろうからな。で、何が書いてあったんだ?」
「それは……」
アークが日誌の内容を話そうとしたとき、地響きが起こった。大音量とともに山の一部が崩れる。へこんだ山からは土煙があがっていた。
おどろくアークとレーベン。何が起きたのか、それはすぐには理解できなかった。
「お、おい! 今のはなんだ? 洞窟の中からだろ?」
「間違いない、マズイぞ! 崩落したのかもしれない。すぐに中に入ろう」レーベンが身体を洞窟へと向ける。
「待て待て、蜘蛛がいたらどうするんだ? 俺たちじゃ足手まといになるだけだぞ」
「そんなこと言ってる場合か! 生き埋めになっていたらどうするつもりだ!」
「ちょっと待てって! 俺だってあいつらが心配だ。だけど無鉄砲に入っていったってどうにもならないだろが!」
助けに入ろうとするレーベンを、アークが必死に羽交い締めにして抑える。
「取り合えず落ち着けよ! まずは人手と道具だ。俺たちだけじゃ、たいして状況は変わらないだろうが!」
アークの言葉に納得して、落ち着きを取り戻すレーベン。一度人手と道具を集めようと村に戻ろうとしたとき、アークの横をきゅうちゃんがすれ違った。
「あ、おい! お前危ないぞ、戻ってこい!」
「どうした?」
「いや、あいつらのペットが中に入っていきやがって」
「今は放っておけ! 早く村に戻るぞ!」
アークとレーベンが村に戻って事情を説明する。
それを聞いて、村人全員が錬金アイテム、ツルハシやスコップ等を持って洞窟へと向かっていった。
精霊王ヘルゼリオンに身体を操られるきゅうちゃんも、洞窟の中を目指して駆け抜けていった。
「何だこれ。なんで、灰に、なったん……っくそ!」
ルーセントが朦朧とする意識の中で、灰の中からオレンジ色の宝石を拾うとそのまま限界を迎えて倒れる。その風圧によって灰が舞い上がった。
空中を踊る灰は、所々で光っているディエナス鉱石の光りに反射して、幻想的にキラキラと輝く。そのうち中を抜ける風によってサラサラとその身を散らしていった。
坑道内は、いままでの激戦がうそのように静まり返っていた。
一人を残して全員が倒れる。最初の予想とは違って、驚異的な強さを誇ったコローレ・ベルッツァ、その以上なまでの攻撃力によって、全滅に近い状況に眼鏡をかけた少年が慌てていた。
周囲を見渡せば、最初のきれいな空間とは別物となっている。すっかり荒れ果てた天井や壁、そこには多数の穴やひび割れがある。さらに地面を見れば、ボコボコに抉れて砕けた岩が瓦礫となって、いたるところに散らばっていた。
唯一、魔法障壁によって守られていた無傷のヴィラが顔をしかめる。
「マズイぞ! 早くなんとかしないと。……どうすればいい、あぁクソ! 落ち着け」
ヴィラが自分で自分の頬をたたく。
横たわる仲間は、呼吸をする動作だけで動く気配がない。見るからに重症を負って血を流し、猶予がないのは誰の目にも明らかだった。急を要する事態にヴィラの目が泳ぐ。頭はますます混乱していった。
「落ち着け、落ち着け。……そうだ! まずはフェリシアだ! 回復魔法があれば何とかなるはずだ」
回復魔法が使えるフェリシアを先に、と思い立って、よろける足でフェリシアの元へ向かった。
フェリシアは仰向けに倒れて気絶している。その見た目には目立った外傷こそないが、ただ一カ所、そこだけ致命傷とも言えるケガを負っていた。それは、降り注ぐ岩のトゲが刺さっていた右肩。コローレベルッツァの魔法はすでに消滅していたが、そのせいで大量に出血をしていた。
ヴィラがすぐにバッグから金属の筒に入れられた回復ポーションを取りだした。最初の一本は患部へと直接かける。そのあとにも、三本ほど使ったところで傷がふさがった。
しかし、流れ出た血液まではどうにもならず、地面には乾燥しかけている粘性の高い赤黒い血がたまっていた。
ヴィラは、フェリシアの傷がふさがったのを確認すると、肩をたたいて声をかける。
「フェリシア、起きて! フェリシア!」
「……んっ、ヴィラ? ……あ! 敵は? くっ!」
目を覚ましたフェリシアは、敵が倒されたことに気が付いていなかった。すぐに戦闘体制を取ろうと上体を起こしたが、左脇腹から走る激痛に耐えきれずに、痛む箇所を押さえて再び横になった。
「肋骨が折れてるみたい」
「ポーションならまだあるよ?」
「大丈夫、回復魔法を使うから」
フェリシアは、自身で患部中心に回復魔法を使って治療を行う。ふらつく身体で地面に視線を移すと、流れ出た血量を見て造血ポーションを取りだした。
造血ポーションは赤血球、白血球、血小板、血漿を作り出すが、飲んですぐに動けるほどの速効性には欠けていた。
フェリシアが貧血ぎみな身体を無理やりに起こして立ち上がる。青白い顔で周囲を見た。
「気分が悪そうな所をゴメン、パックスのケガがひどいんだ。診てくれないか?」ヴィラが申し訳なさそうに言う。
「うん、分かってる。ヴィラはルーセントをお願い、ティアは私が後から診るから」
「分かった! 頼んだよ」
うなずくフェリシアを見て、ヴィラはルーセントの元へと駆け出す。うつぶせに倒れて横たわるルーセント、その身体は無数の裂傷から血が流れる。しかし、その血もすでに乾き始めていて、身体に張り付いていた。傷口の深いところからは、いまだに少量の出血が見られる。
ヴィラがルーセントの姿勢を仰向けに変えると、バッグから木箱を取り出してフタを開けた。
木箱の中には、金属の筒に入れられた回復ポーションが六本、薄い木の板で仕切られて納められていた。
始めに三本を取り出すと、抉れる身体に振りかけて治療を開始する。
重症箇所を治すと、声をかけてルーセントを起こす。
ルーセントは、遠く聞こえる聞きなれた声にようやく意識を取り戻した。
「……ごめん、また迷惑をかけちゃったみたいで」ルーセントが天井を見ながらつぶやく。
「迷惑? まさか! ルーセント君のおかげで無事に生きていられるんだ、感謝はしても迷惑だなんて思ったことないさ」
ヴィラが最後の場面を思い返す。そんなに卑屈になることはない、とフォローした。
ルーセントがヴィラの言葉に考え込む。
「うん、結果的にはね。今日も運が良かった」
「運も実力のうちって言うだろ?」
「それだけじゃいつか後悔する。もっと強くならないと」
「いまのままでも、十分だと思うけど?」
ヴィラは、バーチェル以外にルーセントが負けているところを見たことがない。今より上を目指そうとする頼もしい仲間に、これ以上強くなる必要があるのか、と言葉を返した。
ルーセントが首を横に振る。
「このままじゃ勝てない」
「誰に?」
「……倒さないといけない誰か、にさ。ところでみんなは?」
ルーセントは、まだ見ぬ強敵を見ていた。予想をはるかに越える絶望を……。
そうとはしらないヴィラは、リーダーの言葉に視線をうしろに戻す。
「なんとかね。今はフェリシアが治療しているよ」
「そっか、良かった。じゃあ、みんなのところに戻ろうか」
ルーセントが立ち上がって歩き出す。しかし、蓄積する疲労に、いつもの機敏な鋭さはなかった。完治することのない傷に、自身のホルダーから回復ポーションを取り出すと、一気に飲み干した。
再び重傷を負ったパックスは、フェリシアの治療によって何事もなかったかのように回復する。
両手をうしろについて、座ったまま「さすがはルーセントだな。どうやったら、あんなに強くなれるんだ? また、おれは何の役にも立たなかったな」と、息をはき捨てながら、銀髪の少年へと羨望のまなざしを向けた。
「それは、いつものことじゃないですか」いつものように、ティアが皮肉を込めてパックスに返す。
「あぁ、懐かしい声だ。それだけ減らず口がたたければ、なんの問題はなさそうだな」小さな相棒に、パックスが笑顔で返す。
フェリシア、パックス、ティアが笑う。そこに、ルーセントとヴィラが加わった。
「楽しそうだね」ヴィラが言う。
「いつもの通りだろ。それにしても、相変わらずの強さだな」肩をすくめてパックスが答える。
「そんなことはないよ。もっと強くならないと」まだまだだよ、とルーセントが謙虚に答えた。
「それにしても、あいつ異様に強かったな。聞いてた話と全然違うぞ」パックスがそれだけを言うと、地面へと寝転んだ。
「うん。多分だけど、こいつのせいかな」
ルーセントが腰につけたポーチから、コローレベルッツァの灰から取り出したオレンジ色の宝石を見せる。
「何だこれ? 宝石か?」
パックスが宝石を受け取ると、親指と人差し指で挟んで頭上にかかげる。
「きれいな石ね。でもこれ、なにかしら? 見たことないわね」フェリシアが石をのぞき込む。
「私も見たいです。見せてください」
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「どっかで見たことあるような……。うーん、思い出せません」
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「いいですよ、どうぞ」
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ヴィラがいろいろな角度から石を眺める。
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「ん? 今なんか音がしなかった?」ルーセントが最初に反応する。
「うん、枝が折れるような音だったわね」フェリシアがあとに続いた。
全員が音の正体を探ろうと周囲を眺める。そこに、先ほどと同じ音が複数回に渡って響く。天井から小石が落ちてきた。そのすぐあとに、地鳴りのような音が響く。
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「崩れるぞ! 全員走れぇえええええええええええ!」ルーセントが必死の形相で指示を出す。
「くそがあああああああああああああ!」パックスが天を仰いで走り出した。
「フェリシア! 出口まで案内してくれ!」ヴィラが冷静に最良の判断を口にする。
「分かった! みんなついてきて!」フェリシアが速度をあげて先頭に立つ。
「もう嫌です! 二度と洞窟なんて入りませんよ~!」ティアが泣きそうな顔でみんなに着いていった。
それぞれが思い思いの言葉を叫びながら、空洞から脱出していく。先頭を走るフェリシアが周辺マップを視界内に表示させる耳飾りのおかげで最短距離で出口を目指していった。
大きな岩石が空洞内に落ちると、岩盤が一斉に崩落を始める。吹き抜ける風に乗って、砂煙も五人を追いかけた。
「ちくしょおおおおおおおおおおお!」
砂煙に包まれる五人、パックスの声だけが最後に響いた――。
『きゅ……めよ、きゅうよ、目覚めよ!』
「きゅ? きゅう?」
アークの家の一室、きゅうちゃんはルーセントが泊まる部屋で寝ていた。そこに、何者かの声によって目を覚ます。きゅうちゃんは、ルーセントが帰ってきたと思って辺りを見回すが、部屋には誰もいない。
「きゅう?」
首をかしげるきゅうちゃん、再び何者かの声が響く。
「きゅうよ、私だ。ヘルゼリオンだ。もう少しそなたの中で休んでいたかったが、急用ができた。少しそなたの身体を借りるぞ」
「きゅう!」
構わない、と答えるきゅうちゃんは、一度気を失ったように倒れると再び目を覚ます。
「済まないな。用が済めばすぐに返す故、少し我慢をしてくれ」
きゅうちゃんに呼び掛けたのは『精霊王ヘルゼリオン』数千年の時を生き、全ての精霊の頂点に君臨する偉大な王は、何度かきゅうちゃんの身体を確かめるように動くと「開け!」と窓に向かって命じる。
ガタガタとゆれる窓枠、誰も触れてもいないその窓が開いた。きゅうちゃんの身体を操るヘルゼリオン、その小さな身体で二階の窓から飛び出すと、洞窟の方へと向かっていった――。
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「道に迷っているのかもしれないな。四年もほったらかしだったんだぞ。中はあいつが鉱石を食い散らかして穴だらけだろし」
「いや、それはないな。あいつらは精霊女王の耳飾りを持ってる。迷いようがない」
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「なんだ、貸してやったのか?」
「いや、売った」
「正気か! 千年前の遺産だぞ!」
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「気持ちは分かるが、だからってな……」
「分かってるよ。物に当たっても仕方がないってな。だけど、どうにもならん。家族を捨てて、くだらん幻想にとりつかれた親父にも腹が立つ」
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「とはいえ、一番許せないのはあの日、俺が飲み物を落としたことかもしれないな」
「地下室が見つかった日か?」
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「それで見つかったわけか。まあ、むかしはダイニングではなかったのかもしれないが、なんとも言えんな」
アークの口から語られる過去の記憶。
偶然見つかった地下室の話に、レーベンは答えに詰まるところもあったが興味を持っていた。
アークはさらに過去の記憶を紡ぐ。
「だろ? だけど、鍵がかかっててさ。開けるのに三カ月近くもかかった」
「どうやって開けたんだ?」
「こいつだよ」
アークは胸元からネックレスを取り出すと首から外した。そして、それをレーベンに見せた。
「この先祖代々伝わるネックレスが鍵になってた。で、扉を開けて中に入ったら、大きめな箱があって、そのなかにあの道具と日誌みたいなのが入ってた」
「日誌? 初めて聞いたな。何が書いてあったんだ?」
「おとぎ話を真実にした証拠だよ。だけど驚くのはまだある。あの道具も日誌も、千年前のものだって言うのに全く劣化していなかったんだ」
「言われてみれば不思議だな。普通なら原型すら残ってないだろうからな。で、何が書いてあったんだ?」
「それは……」
アークが日誌の内容を話そうとしたとき、地響きが起こった。大音量とともに山の一部が崩れる。へこんだ山からは土煙があがっていた。
おどろくアークとレーベン。何が起きたのか、それはすぐには理解できなかった。
「お、おい! 今のはなんだ? 洞窟の中からだろ?」
「間違いない、マズイぞ! 崩落したのかもしれない。すぐに中に入ろう」レーベンが身体を洞窟へと向ける。
「待て待て、蜘蛛がいたらどうするんだ? 俺たちじゃ足手まといになるだけだぞ」
「そんなこと言ってる場合か! 生き埋めになっていたらどうするつもりだ!」
「ちょっと待てって! 俺だってあいつらが心配だ。だけど無鉄砲に入っていったってどうにもならないだろが!」
助けに入ろうとするレーベンを、アークが必死に羽交い締めにして抑える。
「取り合えず落ち着けよ! まずは人手と道具だ。俺たちだけじゃ、たいして状況は変わらないだろうが!」
アークの言葉に納得して、落ち着きを取り戻すレーベン。一度人手と道具を集めようと村に戻ろうとしたとき、アークの横をきゅうちゃんがすれ違った。
「あ、おい! お前危ないぞ、戻ってこい!」
「どうした?」
「いや、あいつらのペットが中に入っていきやがって」
「今は放っておけ! 早く村に戻るぞ!」
アークとレーベンが村に戻って事情を説明する。
それを聞いて、村人全員が錬金アイテム、ツルハシやスコップ等を持って洞窟へと向かっていった。
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