月影の砂

鷹岩 良帝

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4 王立べラム訓練学校 高等部2

4-3話 精霊錬金術師3

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 農地を通って張り出す山が生み出した森を通り抜けると居住区が見えてくる。ルーセントたちは、馬を村の入り口にある厩舎に預けると村を眺めた。

 入り口には一メートルほどの高さがある平たい石が積まれた石垣の壁があった。それが村全体を囲っている。
 そこからは濃い茶色のレンガを主体に、黒いレンガが所々に埋め込まれた石畳が伸びる。建物にも石畳と同じレンガが使われていてた。二階建てのほとんどの建物は、広い庭とセットで隣接している。
 道の横には花壇と植木が一定間隔で存在していて、濃い茶色の風景に緑色がよく映えていた。

 ルーセント一行は、アークのあとについて道なりに南東方向へと歩みを進めていく。村の中心には広場があって、その中央には直径、高さが五メートルほどの噴水が水をはき出していた。その周囲には夜光草が植えられている花壇で囲まれていた。

 ルーセントたちが広場を過ぎようとしたとき、話しかけてくる一人の老人がいた。その顔は獲物をにらむように鋭く、強い口調で話しかけてくる。

「アーク! その者らは何だ! 勝手によそ者など連れてきよって」
「チッ長老か、こいつらはオレの客だ。別によそ者が来るのはこいつらだけじゃないだろ?」

 アークは立ち止まって長老と呼ぶ老人に向き直る。そして短いため息とともに、うんざりしたように顔をしかめた。長老はアークの態度が気に食わなかったのか、さらに息を荒げて怒鳴る。

「なんじゃ、その態度は! あの商人たちは住人全員の賛同を得ておる。その者たちは誰の許可を得ておっ……ぐぅ!」怒鳴り散らす老体が急に腰を押さえてうずくまった。
「ほら見ろ、無駄に熱くなるから腰を痛めるんだ」

 アークが皮肉を口にしながら支えようと近づこうとしたとき、フェリシアが駆け出して寄り添うと腰に手を当てた。

「大丈夫ですか? いま治しますね」
「これは! 回復魔法か」

 フェリシアの手から青白い柔らかな光が発光して、長老の身体を包み込んだ。
 光が収まると、先程まで苦しそうにしていた長老の顔が穏やかな表情へと変わった。フェリシアの手を取り立ち上がる。

「おお、これは見事。痛みも痺れも感じない。若返ったようじゃ」
「あまり、無茶はしないでくださいね」

 フェリシアは笑みを浮かべて長老に注意する。
 長老は完治した腰に手を当てると、嬉しそうにうしろへ伸ばし左右に腰をひねる。
 アークは安心したように軽く息をはくと、ほくそ笑んだ。

「良かったな、腰が治って。これで文句はないだろ? まさか恩を仇で返す気じゃないだろうな」
「なっ、仕方あるまい。今回だけじゃぞ」
「そうかい、じゃあお大事に」

 長老から滞在許可が降りると、長老に手を振るアークが再び歩きだした。ところが、すぐに長老が一行を再び引き止めた。

「待て! そこの娘、その耳飾りはどうした?」
「え? これはアークさんから昨日買ったんです」

 長老はフェリシアの耳を指差して身に付けていた耳飾りの事を聞く。フェリシアがアークから買ったことを伝えると、長老はアークの方を振り向いて再び怒り出した。

「買った? 買ったじゃと! アーク、これがどれほどの物か知らぬわけではなかろう! 今は亡き技術で作られた遺物であるのじゃぞ」
「俺が自分の物をどうしようとあんたには関係ないだろ! こんな物があるから、親父は帰って来なかったんだ。母さんだって心を病むことはなかった。口を出すな! 行くぞ、お前ら」

 長老の言葉にアークは拳を握り締めて感情のままに言い返す。再びルーセントたちに声をかけると広場を立ち去っていった。
 広場には、悲しげな表情でたたずむ長老が立ち尽くしていた。


 ルーセントたちは、広場を抜けてさらに東へと歩く。
 村を包囲する石垣の壁までやって来ると、東の山から流れ出る幅が三メートルほどの足首までしかない深さの川が行く手を阻む。が、川には水面から二十センチメートルほどの高さのスノコ状の木の橋が架けられていた。
 橋を渡ってすぐ目の前には、木柵に囲まれた広い庭付きの二階建ての大きな家と小さい建物が全員を出迎えた。

 アークに促され家の中に入ると、薬草の臭いとともに広い部屋が広がる。
 部屋の天井のすぐ下には木の棒が何本か通っていて、無数の乾燥した薬草が糸に縛られ吊り下げられていた。

 部屋の隅には、戸棚と素材を仕舞い込む大型のコンテナが置かれていて、さまざまな機材が並んでいる。その角には暖炉なようなものが置かれていて、その上に大きな釜が乗せられていた。
 部屋の中央にも大きなテーブルがあって、多くの機材が置かれていた。

「ここは作業場だ。薬草臭いけど我慢してくれ。奥に書斎があるから、そこまで付いて来てくれ」

 興味深そうにキョロキョロと部屋の中を見ていたルーセントたちは、アークの言葉に従ってうしろを付いて行く。
 書斎に入ると、左側の壁には天井まである本棚が部屋の隅まで四つ並んでいた。本棚横の壁の中心には出窓があり、その下には外が見えるように机が置かれている。机の両サイドにも本棚が置かれていた。

 床には高そうな幾何学文様の赤い絨毯が敷かれていて、出窓から続く右側の壁には暖炉が設置されていた。
 ルーセントは部屋の豪華さに呆気に取られて素直に感想を漏らす。

「すごい本の数ですね。それに、貴族の部屋って言っても疑わないですよ」
「裕福な時もあったらしいからな、その名残だろ。今は平凡だ。何代か前の先祖が浪費家だったらしくてな、これでも質素になったらしいぞ」
「それでも十分ですよ」
「俺としてはもっと質素でもいいと思うんだがな、豪華すぎても管理が大変で面倒くさいんだよ。取り合えず、そこのソファーに座っててくれ」

 アークはルーセントたちをソファーに座らせると、迷うことなく机に向かう。机の上から分厚い三冊の本を手に取った。そのままソファーに座ると、散らばる本を片付けて持ってきた本をテーブルの上に置いた。

「これが、精霊錬金術師に関する本だ。これはレシピ集、こっちが精霊に関する本で、これは千年前の先祖の日誌だな」

 アークが本を手に取って一つ一つ説明していく。そしてローテーブルの上に本を並べていった。

「千年前の本にしては、きれい過ぎないか?」

 パックスは新品のような本を見て疑問を口にした。
 予想外の質問に鼻で笑うアークは、新品のままの本の理由を述べる。

「これは写本だ。さすがに千年も持つ紙なんてないからな。五十年ごとに本を写して新しくするんだよ。古いのは燃やしちまうから残ってないぞ」
「見てもいいのでしょうか?」
「そのために来たんだろ、好きなだけ見たらいい」

 好奇心が爆発しているヴィラは、我慢できずにレシピ本を手に取って読み始めた。
 キラキラと目を輝かせるヴィラを見て、むかしの自分を思い出したのか、アークは軽く肩をすくめた。

「こ、これは、カーリド合金鋼のレシピ! 信じられない、こっちは何かの部品かな? 飛空艇?」

 たまたま開いたページには、いまや伝説の金属として語り継がれついる金属の作り方が記されていた。その金属はルーセントの刀にもなっているカーリド合金鋼だった。驚きを隠せず、取り憑かれたようにページをめくっていくヴィラは、とあるページで手を止めた。
 そこには飛空艇と書かれた設計図と、その部品のレシピが書き込まれていた。見たことも聞いたこともない部品と材料が書き込まれたページを見て、アークが補足を加える。

「飛空艇は空飛ぶ鉄の船らしいぞ。日誌には絶望によって全部破壊されたって書いてあったけどな。パックスって言ったか、ちょっと日誌を貸してくれ」

 アークは、ペラペラと日誌をめくり読んでいたパックスに声をかけて日誌を受け取る。目的の場所を探して何度かページを戻しながら、後半のとある場所で手を止めると日誌をヴィラに差し出した。

「ここら辺からだな。英雄が北の大地で絶望と戦ってる所からだ」

 ヴィラは日誌を手に取り、声を出して読み始めた。

『陽光歴 三四〇二年 十月二十三日
 五人の英雄がアトモスフィア帝国 帝都リフラクトより、全五十機の飛空艇を従えて絶望の大陸メルトへと決戦に向かった。中継用飛空艇からは世界中に映像が送られている。私は世界の命運が決まる一戦に目が離せなかった。メルトに近付くほどに魔物の数は増えていく。空を飛ぶ魔物を撃ち落とすために、飛空艇からは休む間もなくレーザー砲が照射され続けていた。レーザーを受けて一度に何十と言う数の魔物が落下していく。そして、空の魔物を一蹴したところで、英雄を乗せた飛空艇は無事に着陸を果たして絶望へと向かっていった。――何時間がたったのだろうか。絶望はどれだけダメージを負わせてもすぐに再生しては、その流れ出た血より魔物を生み出していく。しかし、再生するごとに弱っていくことも確認できた。徐々に追い詰められていく絶望に、家の外では至るところで歓喜の声が響いていた』

 ヴィラは一度日誌から目を離して興奮ぎみにアークに話しかける。

「アトモスフィア帝国って、千年前にポセタ大陸全土を統一していた国でしたね。まさか、本当に存在していたなんて」
「ああ、おまけに今より遥かに高い文明も持ってたらしいな。レシピを見ればわかるだろ? 続きを読んでみろ」

 アークの催促に、ヴィラは一度うなずくと日誌のページをめくって再び読み始める。

『――絶望の身体が突然光だした。青紫色に光る何かの文様が何重にも空に向かって放たれる。そこを光の筋が貫いた。新たな攻撃かと思ったが、これと言って何も起きる気配がなかった。ところが、悪夢はこのあと始まった。絶望の身体が光って五分が過ぎた頃、空に異変が起きた。モニターに映し出されたそれは、まばゆいほどに発光する巨大な隕石だった。全長五十メートルもある飛空艇の船体が、まるでおもちゃのようにも見えるほどの大きさ。恐らくは直径にして四百メートル近くはあるのではないかと思う。そして、それはまるで景色を楽しむかのように、ゆっくりと落下していった。しかもそれだけではない。モニターには、飛空艇と同じサイズの無数の隕石も映し出されていて次々と落下していく。私はすぐに外に出て空を見上げた。そこには、幾本もの光の筋を引いた隕石群が地表を目指していた。私は怖くなって家に駆け込むと、モニターに釘付けとなっていた。飛空艇が次々と隕石に衝突していく。先程の魔物のように飛空艇が墜落していった。私はチャンネルを変えて巨大な隕石の情報を集めようとした。しかし、切り替わった映像には、巨大な隕石がポセタ大陸の東に衝突する画像を最後に終わっていた。――』

 ヴィラが読み上げる日誌の内容に、アークを除く全員が絶句していた。
 特にルーセント、フェリシア、ティアの三人は青ざめた表情でテーブルを見つめて無言を貫いた。
 アークは三人の様子に気がつく。

「どうした? 顔色が悪いぞ?」
「え? あぁ、いえ、何でもないです」
「そ、そうですよ。問題ありません」
「私もなんともないですよ」
「本当かよ」

 三人は固い表情のまま、ぎこちない笑顔を浮かべるとルーセント、ティア、フェリシアの順番で答えた。
 さらにティアは、隕石のその後についてが気になってアークに尋ねる。

「ところで、隕石の落ちた場所はどうなったんですか?」
「たしか、でかいやつは直径が十キロ近くのクレーターを作って、半径百キロ圏内は草木が一本もない噴出物が堆積たいせきした荒れ地になったらしいな。小さい方も、一キロちょいのクレーターを作って、二十か三十キロは同じように荒れ地だったらしいぞ。海に落ちたのは最大で三十メートルの津波となって沿岸部をさらった、だったかな。こいつのせいで世界の半分以上が壊滅したって日誌に書いてあったな」

「聞かなきゃよかったです……」
「今は封印されてるんだ、そんなにびびることはないだろ」
「ははは、そうですよね……」
「ってことで、今はもう飛空艇は残っていない。そんなものがあったら、戦争なんかとっくに終わっているだろうからな」

 アークの言葉に、ヴィラが日誌を片手にうなずくと再び日誌に目を落とした。
 ちょうどその時、扉をノックする音とともにアークを呼ぶ声が部屋に響いた。
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