月影の砂

鷹岩 良帝

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4 王立べラム訓練学校 高等部2

4-2話 精霊錬金術師2

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 次の日、ルーセントたちは必要最低限の荷物を持って露店商の自宅へと向かっていた。目的地はヒールガーデンの西の沿岸部、みんなで馬屋で乗馬を借りると、そろって出発をした。
 見上げる空には雲が一つもなく、濃い青空が広がっている。進む道は、なだらかな草原の丘陵地を避けるように、緩やかにうねりながら伸びる無舗装の道。
 草原から流れる穏やかな緑の風が、ルーセントたちを優しくなでていた。
 パックスは、ずっと続く同じような景色に少しうんざりしながら、となりで地図を見ていたルーセントに顔を向ける。

「なんか、ずっと同じ景色で飽きてきたな。あとどれくらいあるんだ?」
「……そう、だね。途中で分かれ道が二カ所あるけど、最初の分かれ道でちょうど半分ってところかな」
「まだ半分以上もあるのか。それにしてもあの人、あんなにすごいアイテムを随分と嫌ってたな」

 パックスが発した言葉に、皆が昨日の会話を思い出す。
 ヴィラがパックスの横に並びかける。

「僕もそれが気になるね。何があるのかちょっと不安」
「でも、話を聞きにいくだけでしょ? 危ないことはないんじゃないかしら?」

 不安がるヴィラに、ルーセントのうしろを追従するフェリシアが優しく声をかける。
 ヴィラはフェリシアの言葉に一度大きく息を吸い込むと、一気にはき出してから答える。

「たしかに。まあ、何かあってもみんながいるから問題はないだろうけどさ」
「おいおい、自分の身は自分で守れよ。地獄の特訓を思い出せ」
「たしかに有意義な四日間だったけど、どうかな? バーチェルさんも言ってただろ。“実は骨にある、骨と化せ”ってさ」
「そういえば言ってた気がするな、何だっけ?」

 懸命に思い出そうとするパックスに、ルーセントがバーチェルの声をまねるようにして答える。

「骨は中核を成し、胎児はまず骨から育つ。そして、骨は死しても腐らず残る。故に、最も大切なのは骨ではないかと先人も言うのだ。すべての真理は骨にあるのではないか、とな。実は骨であり、実は真である。まずは骨身に徹せよ。覚えただけでは、いざというとき案外使えぬものだ、知ってるだけでは役に立たん。骨と化せとは身深く体得することだ。意識より先に身体が動くようになれば言うことはない。……って感じかな」

 ルーセントの口から出てくる言葉に、パックスは難しい表情で固まる。
 目をつむって考え込むとうなっていた。

「バーチェル先生は時々なにを言ってるのか分からんな。どういう意味?」

 パックスはヴィラの方に振り向くと意見を求めたが、答えたのはティアだった。
 隊列の一番右端にいたティアは少し大きめな声で喋り出す。

「パックスはまだまだひよっこですね。教わっただけじゃ大して使えませんよ。だから、寝てても使えるようにたたき込めってことです。ぴよ!」
「そうかよ! とりあえず、お前は一言多いんだよ!」

 二人のやり取りに他の三人が軽く笑うと、ヴィラが笑顔を浮かべてフォローを入れる。

「まあ、あれだね。教わったばかりで相手に使おうとしたらうまくいく可能性は低いだろ? 下手すればそのまま反撃くらって終わりだ。それなら始めから逃げた方が良い。知ってるってことが弱点になるときもあるのさ」
「んー、迷って行動している間はダメってことか。強くなるって面倒臭いな」

 そのあとも、たわいない会話を繰り広げるルーセント一行は、地図を確かめながら目的地へと順調に馬を進めていった。


 目的地が近付くと方角にして南側、ルーセントの左手方向に、二つの山を背にした森が広がっている。
 鬱蒼うっそうと茂る森には霧が立ち込めていて周囲の視界を奪っていた。
 森を見て先に口を開いたのはルーセント、少し不安げに森の前で立ち止まった。

「十メートル先も見えないね。馬も進むのを嫌がってるみたいだし」
「そうですね。ちょっと不気味です」

 ルーセントは森の中へ進もうとすると暴れ始める馬をなだめている。
 少し待てば霧が晴れるのではないか、と十分近く待ってはみたが、一向に晴れる気配はなかった。
 森を覆う霧にいつまでも待つことはできず、嫌がる馬を宥めながら移動を開始しする。

「あぁ、いたいた。そっちじゃないこっちだ」

 全員ができるだけ固まって移動を開始しようとしたとき、ルーセントたちを呼ぶ声が周囲に反響した。
 声に反応してルーセントが辺りを見回す。
 その森の一角、視界に捉えた声の主は露店商の男だった。
 どうやって霧を抜けてきたのか、森から出てきた露店商の男はルーセント一行に腕を上げて呼んだ。
 ルーセントは馬を降りて手綱を曳きながら露店商の男に近づく。

「会えて良かったです。この霧をどうしようか困ってたんです」
「ああ、だからここに来たんだ。この霧は消えることがないからな」
「え? どう言うことですか?」

 驚き聞き返すルーセントに、露店商の男は楽しそうに笑みを浮かべる。

「この霧は人工的に産み出してるんだ。千年前の遺産だな。人避けとセンサーの役割をしている」
「千年前の……」
「そう“千年前”のだ。まずは村へ案内しよう。詳しい話はそれからだ」
「お願いします」
「こっちだ、はぐれるなよ」

 露店商の男は、ルーセントらを誘導するように先頭を歩く。男は歩き出してすぐに振り返った。

「そう言えば名前がまだだったな。俺はアーク・バトラーだ。錬金術師をやってる、よろしくな」
「オレはルーセント・スノーです。べラム訓練学校の高等部一年です」

 アークと名乗った露店商の男の自己紹介を受けてほかのみんなも名乗る。
 そして全員の自己紹介が終わったとき、ルーセントの鎧の上に羽織る制服のポケットから、きゅうちゃんが飛び出してルーセントの頭の上に乗った。

「きゅう!」
「おお、ウリガルモモンガじゃないか。珍しいな」
「知ってるんですね、きゅうちゃんです」
「昔は村のなかにも遊びに来てたからな。森にはいるんだろうが、最近は見かけないからよくわからん。にしても、お前ら訓練生だったのか。悪いな、こんな閉鎖的な村にいるせいで世間にうとくてな」

 アークは会話をしながら、迷うことなく霧の中を歩いていく。しばらく歩き続けると少しずつ霧が薄くなっていって無事に森を抜けることができた。
 アークは今一度振り返り村のある方向に片手を伸ばす。そして、その名を告げた。

「ようこそ、精霊錬金術師が暮らすアーゼル村へ。って言っても今は精霊錬金術師なんて一人もいないがな」

 アークは村の紹介を簡単に済ませると再び歩き始めた。


 ウェストアルデ子爵領 アーゼル村
 アンゲルヴェルク王国の西方に位置していて、コロント河の南側の郡に属する。ヒールガーデンとは同じ郡内にある。
 村の入り口に続く森から山には、常に濃い霧が立ち込めていて侵入者を惑わせ迷わせる。そのため、この村に立ち入るものは少なく、その存在を知るものはほとんどいない。
 人口が百名程度のこの小さな村では、半数の住民が錬金術師として暮らしていた。生産数は少ないながらも高品質の製品を各地に供給している。
 アークのうしろを歩くルーセントは、キョロキョロと周囲を眺めていた。
 二キロメートルの森を抜けると、村の北側から南にある海までを隔離するかのように標高二百メートルほどの二つの山に囲まれて海へと続く。
 村のなかは西の山側に沿うようにコロント河の支流が流れている。途中で大きく東に曲がると、そこまま海へとつながっている。
 もうひとつの東の山では、その一部が張り出していて村を南北に分けていた。
 北側には農地が広がり水田や畑がそのほとんどを占めている。手入れがされていない場所には天然の夜光草が群生していて、緑の草原を色とりどりに染め上げては風に揺れていた。

「すごい、きれい……」フェリシアが水田の稲穂がたれる金色の絨毯に感嘆の声を漏らした。
「良い所ですね。まるで天国です」

 ティアも目の前に広がる牧歌的で幻想的な風景に見とれていた。
 アークが自分の暮らす村を褒めらたことに気を良くして二人に話しかける。

「気に入ってもらえて良かったよ。都会暮らしじゃ新鮮かもしれないな。まぁ、慣れるとなんとも思わなくなっちまうがな。あとは、頑固なじいさん婆さんがいなけりゃ最高なんだけどな」

 アークが笑いながら答えると、ルーセントたちにも覚えがあるのか、同意したように笑い出した。
 一同はアークに連れられて村の居住区へと進んでいった。
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