月影の砂

鷹岩 良帝

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3 王立べラム訓練学校 高等部1

3-終話 ヒールガーデンへ

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 一人を除いて懐が暖まった少年たちは、当初の計画通りにヒールガーデンへ向かっていた。王都から伸びるコロント河に沿って、整備された八メートル幅の街道を馬車に乗って移動している。
 馬車は鉄と木材を使って作られ、鉄製の車輪にはゴムが取り付けられ衝撃を吸収し、車輪を支えるシャフトからはサスペンションが取り付けられている。それを四頭の馬で動かす。
 ルーセントが王都へ来たときに乗っていた馬車とはまったくもって別物に変貌しており、快適に街道を進んでいた。
 車内は広々としていて、長さは五メートル、幅は三メートル、床に荷物をおいても十分にくつろげる広さであった。
 片側にはルーセントたち訓練生の五人が座って、反対側には一般人が五人座っていた。
 車内の中心に座るルーセントに、向かい側に座る老人の男が話しかけてきた。

「あなたたちは、王都の訓練学校の生徒さんかな?」
「はい、そうです。高等部の一年です」

 ルーセントの言葉を聞いた乗客が感嘆の声をあげた。

「ワシらは運が良いのう、これなら安心して馬車に乗っていられる」
「任せてください、オレたちは強いですから」

 ルーセントが自信の満ちた顔で答えると、そのうしろから馬に乗ったまま顔を覗かせる男がいた。

「おいおい、じいさん。俺たちのことも忘れるなよ、実際に戦うのは俺たちなんだからな」

 不満げな様子で老人に声をかけた男は、国営の馬車の護衛をする王国兵の一人だった。
 国が運営する馬車には必ず三人の王国兵が護衛に付くことになっている。魔物や盗賊の被害が多い場所ではもっと多くの兵士が護衛に当てられることもある。
 そして、王国兵は十五キロメートルごとにある宿場で交代して新たな馬車へと付いて往復していく。
 老人は兵士に柔和な笑みを浮かべて軽く頭を下げる。

「もちろん頼りにしていますよ。あなたたちのおかげで安全に移動できるのですから」
「そうか? ならいいけどな」

 老人の言葉に満足にほほ笑む王国兵は、気分が良さそうに槍を右肩に担いで馬車のうしろを追走する。
 街道をのんびりと十キロメートルほど進んだとき、急に馬車が停止して慌ただしくなった。
 緊張が車内を支配する。
 不安な表情を見せる乗客。
 ルーセントは状況を確認するために車内から窓を眺めた。
 右手側のコロント河を背に左手側を見ると、長く続く平原の奥に山がそびえる。その平原の中程に護衛の王国兵、三人が指をさしていた。
 少しの議論の後に、一人の兵士がルーセントたちを呼びにきた。

「悪いな訓練生、ちょっと手を貸してくれるか。レッドウルフが群れで向かってきやがった。数が多くて俺たちだけじゃ手が回りそうにない」
「数は?」
「目視できる限りだと十五だ」
「分かりました。パックス行こう、残りは馬車の護衛を頼む」

 ルーセントの指示で各々が武器を手に取り馬車を飛び出した。
 ティアは馬車の前方を、フェリシアとヴィラは後方に位置取る。
 ルーセントとパックスは王国兵とともに街道を外れて平原に足を踏み入れた。そこに王国兵が愚痴をこぼす。

「あとちょっとで交代だって言うのに、くそ! どうする?」

 兵士はルーセントに指揮を委ねて尋ねる。
 視線を集めるルーセントは、銀髪を風になびかせ金色の瞳が魔物を見据えていた。

「そうですね、まずは遠距離で数を減らしましょう。各自魔法の射程に入ったら撃ち込んでください」
「わかった、任せろ!」
「それから……」
「待て! あいつらのうしろを見ろ!」

 ルーセントが新たな指示を出そうとしたとき、パックスがレッドウルフの群れの奥を指さし叫んだ。
 ルーセントが指の先に視線を送ると、向かい来るレッドウルフの後方を漆黒の毛皮をまとったナシリーベアがウルフを追いかけていた。
 兵士の一人がすぐに反応する。

「あれは……ナシリーベアか! くそ、あいつらに追われてこっちに出てきたのか。まずいぞ、ナシリーベアは俺たちが五人がかりでやっと一体倒せる位だぞ。それが三体もかよ」
「どうする? 応援呼ぶか?」
「馬鹿言え、ここから次の休憩場所まで五キロはある。間に合わん」

 狼狽える王国兵にルーセントは余裕なそぶりで刀を抜くと指示を変える。

「作戦を変えます。パックスと王国兵の皆さんはレッドウルフをお願いします。オレは熊退治に行きます」
「……お前は馬鹿か! 一人でナシリーベア三体を相手にするつもりか? そんなの死ににいくようなもんだぞ! お前も何とか言ったらどうだ、仲間だろ!」

 話を振られたパックスは、ルーセント同様に気にした様子を見せずに頼もしい相棒に注文を付ける。

「大丈夫ですって。じゃあルーセント、熊肉よろしく。ヒールガーデンについたら熊鍋だな」
「はい、はい! ウルフの肉も欲しいです! 今日のご飯はウルフステーキですよ」

 離れたところからパックスの会話を聞いていたティアが手を上げて参戦する。
 王国兵の三人はルーセントたちのほのぼのした会話に毒気を抜かれたように呆然と立ち尽くしていた。

「こいつらなんなんだよ、本当に大丈夫なのか?」
「あせってた俺らが馬鹿らしいじゃないか」
「それより、俺ら必要か? これ」

 ぼんやり立ち尽くす三人にルーセントが声をかける。

「じゃあ、始めましょうか」
「あ、あぁ、分かった。お前ら準備しろ!」

 リーダー格の兵士が二人に声をかける。
 馬車からは同乗していた一般人が顔を除かせて不安に表情を暗くしていた。
 準備運動を終えたルーセントがパックスに指示を出す。

「真ん中を突っ切るから道の確保をよろしく。タイミングは任せる」
「おう、任せろ。気にせず全力で突っ走れ」

 ルーセントはパックスが話し終えたと同時に駆け出す。
 常人を遥かに越える速度で、ぐんぐんとレッドウルフの群れに近付く。
 自分から離れていくルーセントを見てパックスは王国兵に指示を出す。

「兵士さん、カウントを取ります。ゼロで群れの真ん中に魔法を撃ち込んでください」
「わかった」

 王国兵は返事を返すとともに、パックスを挟んで距離を取った。
 パックスが右手を上げてカウントを開始する。

「五、四、三、ニ、一、放て!」

 王国兵はカウントゼロと同時に炎と風の矢を撃ち込む。
 その魔法に三頭が被弾して地面を転がる。残りのウルフがとっさに回避すると群れの中心、そこに道が生まれた。
 パックスはすぐに右手を下ろして魔法の名を叫ぶ。

「アイスウォールスピア!」

 パックスの放った魔法は、発動者の五十メートル前方から次々とルーセントを挟む形で、無数の氷の槍が交差して地面から生えた。
 その槍にレッドウルフの四頭が犠牲になる、残りは八匹。
 ルーセントはさらに加速してナシリーベアへと迫る。その後方からは、兵士とパックスの魔法による戦闘音が断続的に響いていた。
 ナシリーベアまであと三十メートル。ルーセントが刀に炎をまとわせる。
 残り十メートル、ルーセントは地面を踏み込むとナシリーベアに飛び込んだ。
 高速で迫る白と銀色の塊に、ナシリーベアは反応できずに立ち止まった。
 すれ違い様に一刀、ルーセントは真横に刀を振り抜く。
 着地すると同時に地面を砕いて切り返す。
 もう一太刀、刃をうしろに構えて振り抜いて熊を頭から縦に一刀両断する。
 十文字に斬られたナシリーベアの身体は、四つに別れて地面に崩れ落ちる。
 残りの二頭は恐怖に驚き慌てて山へと逃げていった。
 ルーセントが逃げた二頭を見送る。

「残りは、まあいいか。持ってくのは腕だけでいいかな?」

 熊鍋のためにルーセントが腕を二本切断すると、刀を鞘に納める。馬車に戻るために歩き始めるルーセント。
 馬車の近くでは、いまだにパックスたちがレッドウルフと戦っていた。
 残りは四匹にまで減っていた。
 ルーセントが熊の腕を持ったまま軽く右手を挙げると、一瞬だけほくそ笑んで魔法の名をささやく。

「ミルテンペスタ」

 ルーセントが魔法名をささやくと同時に、上空から幾本もの稲妻がレッドウルフを貫き絶命させる。
 パックスが突如襲った轟音と閃光に驚き尻餅をつく。
 音と光が収まり状況を確認すると、すくっと立ち上がってルーセントに苦情を訴える。

「使うときは言えよ! ビックリするだろ!」

 大声で文句を言うパックスに、ルーセントは笑顔を見せながら手を降っていた。

「あいつ、絶対わざとだよな」
「最近の訓練生ってあんなに強いのか? ナシリーベアを瞬殺してたぞ」

 王国兵の一人がパックスに話しかけると顔をひきつらせていた。
 パックスが「いやいや」と手を降る。

「違いますよ、あいつが特別なんです。人間やめてますから」
「そ、そうか。あいつがいればこの国も安泰だな。俺は兵士を辞めたくなったぞ」
「サインでも、もらっておくか? きっと出世するぞ、あいつ」
「良い歳してカッコ悪いまねするなよ、……ところで、誰かペン持ってねぇか?」

 パックスの言葉に三者三様の言葉を返す王国兵。
 危機が去った現場に和やかな雰囲気が流れる。
 ルーセントの持ち帰った熊の腕は、パックスにより氷付けにされて馬車に転がる。
 ティアはいつのまにかレッドウルフの血抜きを行っていて、棒にウルフをくくりつけると馬車の外にぶら下げていた。
 ルーセントら五人が馬車へ戻ると、乗客からも感謝と称賛を送られる。少し照れたように答える五人を乗せて馬車は再び動き出した。


 五日後、ルーセントたちは無事にヒールガーデンへとたどり着く。
 新型の馬車と整備された街道のおかげで、予定よりも大分早く到着した。久しぶりに故郷の地面を踏みしめるルーセントは感慨深くその空気を吸い込む。
 最初に口を開くのはフェリシアだった。

「へぇ、さすがに観光地とあって良いところね。ここでルーセントは育ったのね」
「本当に良いところだね。僕は王都育ちだから、こういう所は憧れるよ」
「そうかな? ちょっと照れ臭いね」

 フェリシアとヴィラに褒められて顔を赤くしながらもうれしそうにするルーセント。
 ヒールガーデンはコロント河の二本に別れた支流の間に造られ海まで続く。
 コロント河支流に挟まれているためか、魔物の侵入はほとんどない。町には入り口に防護壁があるだけで景観を損ねることはなかった。
 その入り口を通り抜けようとしたとき、ルーセントは一人の門兵に声をかけられる。

「ん? ひょっとしてルーセントか?」
「え? あ、はい。お久しぶりです」
「おお! やっぱりルーセントか。その髪の毛と目は分かりやすくて助かるな。それに、ずいぶんと背が伸びたな。今日はどうしたんだ? 訓練学校に行ってたはずだろ?」

 矢継ぎ早に飛んでくる兵士の言葉に、ルーセントが笑みを浮かべる。

「はい、今日は実習のために立ち寄ったんです。数日ここで過ごしたらベシジャウドの森へ行く予定です」
「おお、そうか。もうそんな年になったんだな。元気そうで何よりだ。バーチェルさんが心配していたからな、寄り道しないで帰ってやれよ」
「はい、ありがとうございます」

 ルーセントは兵士に礼を述べると、言われた通りに寄り道せずに道場へと向かう。
 町の中心地から少し離れた場所にルーセントの自宅兼道場が存在する。
 門を通り抜けて道場と隣接する白い砂利が引かれた庭を眺めながら建物へと向かう。
 今は弟子がいないようで道場はひっそりとしていた。
 ルーセントが扉を開いて玄関で止まると、声を張り上げた。

「ただいま戻りました。父上、ルーセントです」

 事前に手紙を送って帰ることを知らせていたが、予定よりも二日ほど早く着いてしまい、少し不安な様子なルーセント。
 しかし、それは杞憂に終わる。
 家の奥から足音が響くと、ルーセントの前に筋骨隆々な身体はそのままに、白髪が増えたバーチェルが姿を現した。

「おお、ルーセントよく戻った。元気にしていたか? ケガはしておらんか」

 四年ぶりに会う息子に、バーチェルは成長した姿を見て目頭を熱くする。
 ルーセントとバーチェルの会話が一段落すると、ルーセントは仲間の紹介を始める。

「父上、フェリシアは大丈夫ですよね」
「おお、もちろんじゃ。ずいぶんと美人になられたなフェリシア様」
「ごきげんよう、おじ様。ふふ、ありがとうございます」

 フェリシアは軽く会釈するとあいさつもかねる。
 褒められて気分をよくするフェリシアに、ルーセントは次いでティアを紹介する。

「こっちがティア・ロード。レギスタン聖騎士教会から留学生として学校に通ってます」
「ティアです。よろしくお願いします」
「これまたかわいい子じゃな。他国から留学か。大変であろう。困ったことがあればルーセントを頼ると良い」
「ふっふっふ、分かってますねおじさん。ルーセントにはいつもお世話になっています」

 かわいい子だと褒められ調子に乗るティアをよそに、ルーセントはヴィラを紹介する。

「次はヴィラ・クライです。錬金科で成績トップなんですよ」
「ほお、そりゃすごい。便利な生活には錬金術師は欠かせんからな。これからもルーセントの手助けをしてやってくれ」
「もちろんです。世話になりっぱなしですからね、最大限努力します」

 互いにうなずくバーチェルとヴィラ、ルーセントは最後にパックスを紹介しようとしたとき、バーチェルが遮った。

「分かっておる、たしかパックスだったかな。お前の弟子であろう。弟子を取るにはまだ早かろうにまったく」
「も、申し訳ありません、父上」
「よ、よろしくお願いします。パックス・ハンバーです。あの、ルーセントには無理やりおれが頼んだんです。怒らないでやってください」
「そうか。まあ、ルーセントの弟子ならワシの弟子も同じじゃ。ここにいる間はワシが稽古をつけてやろう、覚悟しておけ」
「ヒッ!」

 パックスはヘビに睨まれたカエルのごとく、眼光鋭く睨むバーチェルに射すくめられる。
 その威圧感に全員が凍りつく。
 表情を和らげたバーチェルは、皆を家の中に促し休むようにと伝える。一人に一室を与えると夕飯の準備に取りかかった。
 ルーセントが狩り取った熊の腕は処理に時間がかかると言うことで肉屋に任せることになった。
 この日の夕飯は、学校の話題で盛り上がり夜が更けていった――。

 夜空に流星が流れる。
 その昔、ルーセントが興味本意で踏み入れた古代の遺跡。そこにはルーセントだけではなく、もう一匹が足を踏み入れていた。
 偶然にもその一匹が長らく封印されていた存在を解放する。
 再び現世に現れた超常の存在がルーセントたちの未来を変えていく。そうとは知らない英雄の卵たちは、新しい冒険に期待を胸に眠りについた。
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