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3 王立べラム訓練学校 高等部1
3-29話 一攫千金!魔物競技2
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スタンドからは熱気と怒号、会場が揺れているかと錯覚するほどの歓喜の雄たけびがいたるところで響き渡っていた。
魔物がゴール板を通過するたびに、外れた魔券がひらひらと大量に宙に舞う。そして観客は次の魔券を買うために移動する。
ルーセントたちは、ちょうど五レース目が終った所で観客席にたどり着いた。
ルーセントは初めて訪れる広大な競技場に目を輝かせる。青く透き通る空のせいで余計に広く感じる、どこまでも続く芝生のコース。そこは反射する太陽光でキラキラと輝いていた。目の前に広がる緑と青の空間に感嘆の声を漏らす。
「おお! でかい! 広い! おまけに山がある! 何あれ?」
「本当にすごいですね。それしか言葉が出てきません」
興奮を隠せず初めてコースを見るルーセントとティアは、競技場に魅了されて立ちすくむ。
いつまでも飽きることなく食い入るようにコースを眺めている二人にヴィラが並んだ。
「今日はテクニカルコースを使う日だね。ほら、隣の離れたところにある速さを競う楕円形のコースとは違うだろ?」
ヴィラに言われて二人が隣のスタンドの方向を見る。
そこには砂地や芝生の楕円形に作られたコースがあった。この日は使われていないらしく、職員がコースの手入れをしていた。
顔を戻す二人が目の前にあるコースと見比べる。
広大な面積を有するテクニカルコースは、その複雑な形状に障害物と高低差のある坂道が特徴のコースになっていた。
ルーセントとティアは瞳を輝かせながら、少し得意気に話すヴィラの言葉に耳を傾ける。
「二人とも、あそこを見てくれ。今、細長い箱みたいなのが出てきたでしょ。あれがゲートと言って、スタート地点になるんだよ。スタートした魔物は、あそこから反時計回りに一周してゴールゲートを目指すのさ」
ヴィラの言葉に二人が視線をコースに落とす。
ゲートから長い直線を経て、多くのカーブや数々の障害物が設置されていた。
「今回のコースはさっき言ったようにテクニカルコース、速さより体力勝負のレースなんだ。ポイントはいろいろあるけど、やっぱり最後の三連続の坂をどうやって攻略するかが勝負の分かれめだね」
ヴィラの説明にコースを見ていた三人がうしろから声をかけられる。
ルーセント、ティア、ヴィラはそろって声の主の方に振り向いた。そこには大きな紙袋を抱えたパックスとフェリシアが立っていた。
「説明は終ったか? レースにはやっぱりこいつが必要だろ。みんなの分を持ってきてやったぞ。ほら情報誌」
二人が抱えていたのは、出走する魔物の情報が書かれた情報誌。縦に三十センチメートル、横が二十センチメートル程の厚みがある冊子、それをパックスは全員に配っていった。
配り終えたパックスは、今度は自分の出番だと冊子をめくる。
「いいか。こいつにはな、魔物の能力値、召喚者とその成績が書かれてる」
「魔物は分かるけど、なんで召喚者まで載ってるの?」
浮かび上がる疑問にルーセントが聞き返すと、パックスが情報誌から目を離した。
「パッと見は関係ないと思うだろ? でも、大事なんだよ。なんと言っても、魔物を操作するのは召喚者だからな」
「え! そうなの? どうやって操作するの?」
パックスの答えにますます疑問が募っていくルーセントに、パックスは自分の知り限りの知識で分かりやすく説明していく。
「俺も魔物を持ってるわけじゃないから、そんなに詳しくはないんだけど、魔物を召喚すると召喚者と魔物の間で情報をリンクできるらしいんだ。で、リンクをしている間は、魔物の行動を自分の身体のように動かせたり、魔物が見ている物はもちろん、体力ゲージなんかも表示されるらしい。だから魔物を操る召喚者が必要ってわけ」
「へぇ、面白そう。オレもやってみたいな」
「卵は安くても二百万リーフだぞ」
「……見つけたら、考えよう」
パックスに現実を突きつけられるルーセントは困惑した表情で引き下がる。そしてパックスの説明がなおも続く。
「今度は魔物の説明だ。この写真は出走する魔物で“種族と名前”それから“出走番号”が隣に書かれてる。で、一番重要なのはその下にある“ステータス”だな。力、速さ、体力、瞬発力が載ってる。ここはヴィラから教わっただろ? で、これを見てどの魔物が勝つかを決めるんだ」
「どうせ、レアな魔物の方が強いんですよね。数千万リーフの魔物が二百万リーフの魔物に負けるなんて想像つかないですよ」
説明を終えたパックスに反応したのはティアだった。
安い魔物が高額の魔物に勝てるわけない、と思ったことを素直に口にする。そんなティアを見て、パックスは人差し指を立てて左右に降ると不適な笑みを浮かべた。
「って思うだろ? でも、それがそうじゃないんだなぁ。卵の状態で鑑定士が分かるのは、種族と初期能力値だけなんだよ。で、高値で取引されるのは種族はもちろんなんだけど、なんと言っても初期値が一番高いやつ。高い分だけハンデをもらえるからな」
「ほら、それならやっぱり高い方が強いじゃないですか」
「そのまま成長を続けられるならな。でも、のびしろがないやつも、なかにはいるんだよ。初期値は高くても能力の伸びが悪くて安いやつとたいして変わらない、とかな。逆に初期値が低くても成長力が高くて、高額なやつらを越えていくときもある。だから能力が大事なんだ。レアだってだけで選ぶと後悔するぞ」
「なるほど。低くても勝てる可能性は十分にあるんですね。よし! じゃあフェリシア、一緒に選びましょう」
「うん、良いわよ。じゃあ、あっちに行こう」
フェリシアとティアは少し離れたテーブルへと移動していった。
それぞれが自由に場所を選んで情報誌をにらみ付ける。
パックスは人気を中心に、ヴィラはデータを元に、フェリシアとティアは互いに意見を出しあい能力と見た目で決めていく。
ルーセントは幸運を呼ぶと言われているウリガルモモンガの“きゅうちゃん”の直感を頼りに決めていった。
第六レースは全長四五五〇m、全十頭で行われる。
このコースは年末のドリームマッチ公式コースのため、スピードコースを主戦場とする体力の少ない魔物も三冠を目指して出場するために荒れやすい。
ルーセントたちがそれぞれの予想に悩んでいると、人気を参考にするパックスは、早くも魔券を購入していた。
「やっぱり一番人気のソウルリングは外せないよな。スピードコースじゃ七戦して無敗。体力は五九二と一番少ないけど、最後まで持てば余裕だろ」
買ったばかりの魔券を握り締めてスタンド最上段にある手すりに寄りかかってみんなが来るのを待っていた。
そこにヴィラがやって来る。
「やあ、パックス。早かったね、何を買ったんだい?」
「おう、おれは一と六の二連単だ。ヴィラは何を買ったんだ?」
ヴィラが自信満々に魔券をヒラヒラと見せる。
「僕は十番のオラトリオの単勝と複勝さ。やっぱりこのレースは体力が一番大事だからね。それに、召喚者もベテラン、外せないよ」
「オラトリオ? ……ああ、確かに体力は八二五と断トツで多いけど、速さは最低だぞ。おまけに七番人気とか来ないだろ」
「ふふん。まだまだだね、パックスは。荒れる体力勝負のレースだよ? 圧倒的体力の前にスピードなんて役に立たないさ。レースが終わったら僕が正しかったって分かるよ、きっと」
ヴィラは一歩も引かずに自信をのぞかせる。
対するパックスも引く気はなく、新たな賭けを提案する。
「そうかよ。じゃあ夕飯でも賭けようぜ」
「望むところさ。なに食べるか今から楽しみだよ」
二人が火花を散らせていると、購入を終えたフェリシアとティアがやって来た。
いがみ合う二人を見て、フェリシアが小首をかしげた。
「どうしたの二人とも。そんなにいがみ合って」
「体力派の僕の予想と、スピード派のパックスの予想、どっちが正しいか夕飯を賭けてたのさ」
「へぇ、面白そうね。私たちもどっちが勝つか賭けようよ」
「いいですね。せえので勝つ方に指を指しましょう」
「……せえの!」
新たな賭けが成立して乗り気のフェリシアとティア。
ティアの掛け声で同時に勝つ方に指を指す。
二人が指を指した方向は、ヴィラに向いていた。
「何だよ! 二人ともそっちじゃねぇか! おれが勝ったらお前らごちそうしてもらうからな! チクショウ」
「だって、ねえ?」
「そうです! 何て言ったってブービーですよ! ブービー! 賭けもブービーですよ」
「うるせえな! 今ブービーは関係ねぇだろうが! 見てろよ、絶対おれが勝つからな!」
騒がしく熱くなるパックスを見て、最後の一人、ルーセントが不思議そうな顔で戻ってきた。
「お待たせ。ずいぶん騒がしいけど、どうしたの?」
「聞いてくれよルーセント。こいつらったらひどいんだぞ。誰もおれに賭けてくれないんだ。お前はおれに賭けてくれるよな? な?」
ルーセントは情けない表情を浮かべて懇願してくるパックスに、困ったように三人の方を見る。
三人から事情を聴いたルーセントは、同情したようにパックスに賭けた。パックスは満面の笑みを浮かべてルーセントの肩に腕を回す。
「さすがはルーセント! おれは信じてたぞ。やっぱり持つべきものは親友にして師匠だな!」
「ふ、ルーセント君も甘さを捨てきれないなんてまだまだですね。それでは良い将軍にはなれませんよ」
「良いんだよ、このままで! おれは一生ルーセントに付いてくからな」
パックスの一生の忠誠を誓う大袈裟な態度に苦笑いを浮かべるルーセント。その様子を見てルーセントが何の魔券を買ったのか気になりヴィラが聞く。
「ところで、ルーセント君は何を買ったんだい?」
「ん? ああ、十番と九番の二連単かな」
「う、裏切り者め、十番って体力派じゃないか。おれの忠誠を返せ……」
本命が十番と聞きうなだれるパックス。
「いやいや、選んだのはオレじゃなくて、きゅうちゃんなんだよ」ルーセントは慌ててパックスのフォローにはいる。
「おのれ、きゅうすけ! お前までおれを裏切るか!」
ルーセントの言葉にパックスは飼い主の左肩に乗っているきゅうちゃんのほっぺを親指と人差し指でつまむとグリグリと動かす。
「きゅうぅうぅう」
きゅうちゃんは小さい両手で必死に抵抗するが、パックスの力に叶わず逃れることはできなかった。
見かねたフェリシアがパックスの手をはたくと、きゅうちゃんを両手に乗せる。
「もう! きゅうちゃんがかわいそうでしょ!」
「そうですよ、こんなにかわいいきゅうちゃんを苛めるなんて最低です」
フェリシアの両手の上で、ティアに頭を撫でられるきゅうちゃんが気持ち良さそうに目を細める。
落ち込むパックスをなだめるルーセントにヴィラがスタンド内に誘導する。
「そろそろ始まるよ。観客席に移動しよう」
「せっかくだし前にいこうよ。ところでヴィラ? 二連単って選んだ魔物が一着、二着に入れば良いんだよね」
全員が前に移動していくなか、ルーセントはヴィラに魔券について質問した。
ヴィラは歩きながら答える。
「うん。二連単は一着に選んだ魔物と、二着に選んだ魔物が着順通りにくれば当たりだよ。ちなみに、二連複は選んだ二頭が一着、二着に来れば順番は関係なく当たりなんだよ。それで、単勝は選んだ魔物が一着に来れば当たり、複勝は三着までに入れば当たり、ワイドは選んだ二頭が一着から三着までに入れば当たりだね」
「へぇ、そうなんだ。二連複にすればよかったかな?」
不安を覗かせるルーセント、きゅうちゃんがフェリシアの肩から戻るとルーセントの肩の上で力強く『大丈夫』と言わんばかりに力強く鳴いた。
席に着く一同、コース中央に設置されたモニターへと視線を移す。
出走まであと少し――。
魔物がゴール板を通過するたびに、外れた魔券がひらひらと大量に宙に舞う。そして観客は次の魔券を買うために移動する。
ルーセントたちは、ちょうど五レース目が終った所で観客席にたどり着いた。
ルーセントは初めて訪れる広大な競技場に目を輝かせる。青く透き通る空のせいで余計に広く感じる、どこまでも続く芝生のコース。そこは反射する太陽光でキラキラと輝いていた。目の前に広がる緑と青の空間に感嘆の声を漏らす。
「おお! でかい! 広い! おまけに山がある! 何あれ?」
「本当にすごいですね。それしか言葉が出てきません」
興奮を隠せず初めてコースを見るルーセントとティアは、競技場に魅了されて立ちすくむ。
いつまでも飽きることなく食い入るようにコースを眺めている二人にヴィラが並んだ。
「今日はテクニカルコースを使う日だね。ほら、隣の離れたところにある速さを競う楕円形のコースとは違うだろ?」
ヴィラに言われて二人が隣のスタンドの方向を見る。
そこには砂地や芝生の楕円形に作られたコースがあった。この日は使われていないらしく、職員がコースの手入れをしていた。
顔を戻す二人が目の前にあるコースと見比べる。
広大な面積を有するテクニカルコースは、その複雑な形状に障害物と高低差のある坂道が特徴のコースになっていた。
ルーセントとティアは瞳を輝かせながら、少し得意気に話すヴィラの言葉に耳を傾ける。
「二人とも、あそこを見てくれ。今、細長い箱みたいなのが出てきたでしょ。あれがゲートと言って、スタート地点になるんだよ。スタートした魔物は、あそこから反時計回りに一周してゴールゲートを目指すのさ」
ヴィラの言葉に二人が視線をコースに落とす。
ゲートから長い直線を経て、多くのカーブや数々の障害物が設置されていた。
「今回のコースはさっき言ったようにテクニカルコース、速さより体力勝負のレースなんだ。ポイントはいろいろあるけど、やっぱり最後の三連続の坂をどうやって攻略するかが勝負の分かれめだね」
ヴィラの説明にコースを見ていた三人がうしろから声をかけられる。
ルーセント、ティア、ヴィラはそろって声の主の方に振り向いた。そこには大きな紙袋を抱えたパックスとフェリシアが立っていた。
「説明は終ったか? レースにはやっぱりこいつが必要だろ。みんなの分を持ってきてやったぞ。ほら情報誌」
二人が抱えていたのは、出走する魔物の情報が書かれた情報誌。縦に三十センチメートル、横が二十センチメートル程の厚みがある冊子、それをパックスは全員に配っていった。
配り終えたパックスは、今度は自分の出番だと冊子をめくる。
「いいか。こいつにはな、魔物の能力値、召喚者とその成績が書かれてる」
「魔物は分かるけど、なんで召喚者まで載ってるの?」
浮かび上がる疑問にルーセントが聞き返すと、パックスが情報誌から目を離した。
「パッと見は関係ないと思うだろ? でも、大事なんだよ。なんと言っても、魔物を操作するのは召喚者だからな」
「え! そうなの? どうやって操作するの?」
パックスの答えにますます疑問が募っていくルーセントに、パックスは自分の知り限りの知識で分かりやすく説明していく。
「俺も魔物を持ってるわけじゃないから、そんなに詳しくはないんだけど、魔物を召喚すると召喚者と魔物の間で情報をリンクできるらしいんだ。で、リンクをしている間は、魔物の行動を自分の身体のように動かせたり、魔物が見ている物はもちろん、体力ゲージなんかも表示されるらしい。だから魔物を操る召喚者が必要ってわけ」
「へぇ、面白そう。オレもやってみたいな」
「卵は安くても二百万リーフだぞ」
「……見つけたら、考えよう」
パックスに現実を突きつけられるルーセントは困惑した表情で引き下がる。そしてパックスの説明がなおも続く。
「今度は魔物の説明だ。この写真は出走する魔物で“種族と名前”それから“出走番号”が隣に書かれてる。で、一番重要なのはその下にある“ステータス”だな。力、速さ、体力、瞬発力が載ってる。ここはヴィラから教わっただろ? で、これを見てどの魔物が勝つかを決めるんだ」
「どうせ、レアな魔物の方が強いんですよね。数千万リーフの魔物が二百万リーフの魔物に負けるなんて想像つかないですよ」
説明を終えたパックスに反応したのはティアだった。
安い魔物が高額の魔物に勝てるわけない、と思ったことを素直に口にする。そんなティアを見て、パックスは人差し指を立てて左右に降ると不適な笑みを浮かべた。
「って思うだろ? でも、それがそうじゃないんだなぁ。卵の状態で鑑定士が分かるのは、種族と初期能力値だけなんだよ。で、高値で取引されるのは種族はもちろんなんだけど、なんと言っても初期値が一番高いやつ。高い分だけハンデをもらえるからな」
「ほら、それならやっぱり高い方が強いじゃないですか」
「そのまま成長を続けられるならな。でも、のびしろがないやつも、なかにはいるんだよ。初期値は高くても能力の伸びが悪くて安いやつとたいして変わらない、とかな。逆に初期値が低くても成長力が高くて、高額なやつらを越えていくときもある。だから能力が大事なんだ。レアだってだけで選ぶと後悔するぞ」
「なるほど。低くても勝てる可能性は十分にあるんですね。よし! じゃあフェリシア、一緒に選びましょう」
「うん、良いわよ。じゃあ、あっちに行こう」
フェリシアとティアは少し離れたテーブルへと移動していった。
それぞれが自由に場所を選んで情報誌をにらみ付ける。
パックスは人気を中心に、ヴィラはデータを元に、フェリシアとティアは互いに意見を出しあい能力と見た目で決めていく。
ルーセントは幸運を呼ぶと言われているウリガルモモンガの“きゅうちゃん”の直感を頼りに決めていった。
第六レースは全長四五五〇m、全十頭で行われる。
このコースは年末のドリームマッチ公式コースのため、スピードコースを主戦場とする体力の少ない魔物も三冠を目指して出場するために荒れやすい。
ルーセントたちがそれぞれの予想に悩んでいると、人気を参考にするパックスは、早くも魔券を購入していた。
「やっぱり一番人気のソウルリングは外せないよな。スピードコースじゃ七戦して無敗。体力は五九二と一番少ないけど、最後まで持てば余裕だろ」
買ったばかりの魔券を握り締めてスタンド最上段にある手すりに寄りかかってみんなが来るのを待っていた。
そこにヴィラがやって来る。
「やあ、パックス。早かったね、何を買ったんだい?」
「おう、おれは一と六の二連単だ。ヴィラは何を買ったんだ?」
ヴィラが自信満々に魔券をヒラヒラと見せる。
「僕は十番のオラトリオの単勝と複勝さ。やっぱりこのレースは体力が一番大事だからね。それに、召喚者もベテラン、外せないよ」
「オラトリオ? ……ああ、確かに体力は八二五と断トツで多いけど、速さは最低だぞ。おまけに七番人気とか来ないだろ」
「ふふん。まだまだだね、パックスは。荒れる体力勝負のレースだよ? 圧倒的体力の前にスピードなんて役に立たないさ。レースが終わったら僕が正しかったって分かるよ、きっと」
ヴィラは一歩も引かずに自信をのぞかせる。
対するパックスも引く気はなく、新たな賭けを提案する。
「そうかよ。じゃあ夕飯でも賭けようぜ」
「望むところさ。なに食べるか今から楽しみだよ」
二人が火花を散らせていると、購入を終えたフェリシアとティアがやって来た。
いがみ合う二人を見て、フェリシアが小首をかしげた。
「どうしたの二人とも。そんなにいがみ合って」
「体力派の僕の予想と、スピード派のパックスの予想、どっちが正しいか夕飯を賭けてたのさ」
「へぇ、面白そうね。私たちもどっちが勝つか賭けようよ」
「いいですね。せえので勝つ方に指を指しましょう」
「……せえの!」
新たな賭けが成立して乗り気のフェリシアとティア。
ティアの掛け声で同時に勝つ方に指を指す。
二人が指を指した方向は、ヴィラに向いていた。
「何だよ! 二人ともそっちじゃねぇか! おれが勝ったらお前らごちそうしてもらうからな! チクショウ」
「だって、ねえ?」
「そうです! 何て言ったってブービーですよ! ブービー! 賭けもブービーですよ」
「うるせえな! 今ブービーは関係ねぇだろうが! 見てろよ、絶対おれが勝つからな!」
騒がしく熱くなるパックスを見て、最後の一人、ルーセントが不思議そうな顔で戻ってきた。
「お待たせ。ずいぶん騒がしいけど、どうしたの?」
「聞いてくれよルーセント。こいつらったらひどいんだぞ。誰もおれに賭けてくれないんだ。お前はおれに賭けてくれるよな? な?」
ルーセントは情けない表情を浮かべて懇願してくるパックスに、困ったように三人の方を見る。
三人から事情を聴いたルーセントは、同情したようにパックスに賭けた。パックスは満面の笑みを浮かべてルーセントの肩に腕を回す。
「さすがはルーセント! おれは信じてたぞ。やっぱり持つべきものは親友にして師匠だな!」
「ふ、ルーセント君も甘さを捨てきれないなんてまだまだですね。それでは良い将軍にはなれませんよ」
「良いんだよ、このままで! おれは一生ルーセントに付いてくからな」
パックスの一生の忠誠を誓う大袈裟な態度に苦笑いを浮かべるルーセント。その様子を見てルーセントが何の魔券を買ったのか気になりヴィラが聞く。
「ところで、ルーセント君は何を買ったんだい?」
「ん? ああ、十番と九番の二連単かな」
「う、裏切り者め、十番って体力派じゃないか。おれの忠誠を返せ……」
本命が十番と聞きうなだれるパックス。
「いやいや、選んだのはオレじゃなくて、きゅうちゃんなんだよ」ルーセントは慌ててパックスのフォローにはいる。
「おのれ、きゅうすけ! お前までおれを裏切るか!」
ルーセントの言葉にパックスは飼い主の左肩に乗っているきゅうちゃんのほっぺを親指と人差し指でつまむとグリグリと動かす。
「きゅうぅうぅう」
きゅうちゃんは小さい両手で必死に抵抗するが、パックスの力に叶わず逃れることはできなかった。
見かねたフェリシアがパックスの手をはたくと、きゅうちゃんを両手に乗せる。
「もう! きゅうちゃんがかわいそうでしょ!」
「そうですよ、こんなにかわいいきゅうちゃんを苛めるなんて最低です」
フェリシアの両手の上で、ティアに頭を撫でられるきゅうちゃんが気持ち良さそうに目を細める。
落ち込むパックスをなだめるルーセントにヴィラがスタンド内に誘導する。
「そろそろ始まるよ。観客席に移動しよう」
「せっかくだし前にいこうよ。ところでヴィラ? 二連単って選んだ魔物が一着、二着に入れば良いんだよね」
全員が前に移動していくなか、ルーセントはヴィラに魔券について質問した。
ヴィラは歩きながら答える。
「うん。二連単は一着に選んだ魔物と、二着に選んだ魔物が着順通りにくれば当たりだよ。ちなみに、二連複は選んだ二頭が一着、二着に来れば順番は関係なく当たりなんだよ。それで、単勝は選んだ魔物が一着に来れば当たり、複勝は三着までに入れば当たり、ワイドは選んだ二頭が一着から三着までに入れば当たりだね」
「へぇ、そうなんだ。二連複にすればよかったかな?」
不安を覗かせるルーセント、きゅうちゃんがフェリシアの肩から戻るとルーセントの肩の上で力強く『大丈夫』と言わんばかりに力強く鳴いた。
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