月影の砂

鷹岩 良帝

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3 王立べラム訓練学校 高等部1

3-26話 零宝山の攻防7

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 大勢の兵士が動き回って土煙が場を包む。いたるところで怒声と剣戟音が激しく響き渡っていた。
 山あいから赤みを帯びた黄色の光が顔を出し、土煙に乱反射をして幾本の光の筋が戦場を照らし始めていた。
 ラムドが召喚した守護者と何度も打ち合いを続けるルーセント。守護者は刀を小枝のように軽々しく振るってルーセントを速度で圧倒する。
 防戦一方のルーセントが追い詰めらると、横からフェリシアが飛び出して注意をそらした。

「私だって、みんなに負けてないんだからね!」
「小癪な……」

 守護者はフェリシアの言葉に反応して、邪魔をされた苛立ちを表すかのように短い言葉を吐き捨てた。
 守護者に向かっていくフェリシアが持つ剣は身幅が厚く、長さが一メートル近くもあるロングソード。
 刀の鍔に当たる装飾がかったクロスガードは、刃の方向に飛び出すように伸びて十センチメートルほどの幅があった。
 剣身の腹側と柄の接合部分には、刃の中心をくわえるように狼の頭を模したものが付けられていた。
 フェリシアはそこに親指を当てて独特の持ち方をして使っていた。

 ルーセントの剣術とは違って、相手の攻撃を受けながらカウンターを取るように攻撃を重ねていく。
 守護者は剣の相手が不慣れなのか、フェリシアの時には戦いづらそうに攻撃の手が休まり防戦に傾いていた。
 守護者が反撃に出ればフェリシアは手首をひねり、振り下ろされる刀を剣身の側面で受け止める。そして、そのまま円を描くように手首を回して守護者の首の右側を狙った。
 これに守護者も何とか反応して剣を受け止めるが、フェリシアは一瞬で間合いを詰めていった。

 フェリシアが再び手首をひねると、相手の刀身を剣身とガード部分で挟み込んで刀の動きを奪い取る。
 そのまま剣を振り下ろしながら滑らせると、再び首を狙って突きを繰り出した。
 顔をしかめる守護者は、目の前の少女の剣に刀を封じられてしまい、刀をどんなに押し込もうが引き込もうがびくともしなかった。
 そこにフェリシアの剣が迫ると、袴の剣士は瞬時に右手を離して身体を右へとずらした。
 フェリシアの剣先は惜しくも首を捉えることができずに剣士の肩のアーマーに当たった。
 二人の間に金属が擦れる鈍い音が短く響く。

 なんとか致命打を避けた守護者だったが、小柄な少女と言えど最上級守護者を持つ力は強く、大きく一歩下がると体勢を崩した。
 ルーセントは絶好のタイミングを逃すことなく、すでにうしろに回り込んでいた。下ろしていた刀を振り上げて頭の上で一周させると、踏み込む勢いそのままに全体重をかけて斬りつけた。

「たまにはうしろも見た方がいいぞ! すぐ近くにいるかもしれないからな!」
「生意気」

 不意を付かれた守護者は、持っていた刀を完全に手放すと左の腰に差さるもう一本の刀、脇差しを左手の逆手で持って引き抜いた。
 頭上でぶつかる両者の刀、鈍い音とともにルーセントの刀が流れるように弾かれた。
 今度はルーセントが体勢を崩される。
 その瞬間、守護者の振り上げた脇差しが引き戻されて目の前の少年の心臓を狙う。
 絶体絶命に顔を歪めるルーセント、切先が少年の心臓を捉えようとした瞬間、二人の空間を白銀の線が断ち切った。
 甲高い音とともに脇差しが軌道を反れた。
 二人の間を断ち切った物体が地面を破砕させる。
 土塊つちくれが飛び散り地面をえぐる身幅の厚い刀が鈍い光を放っていた。
 守護者は新たな敵にすぐさま距離を取った。

「ふぅ、実に刺激的な一時だったな。ヒーローってこんな気分か? なかなか悪くないな。無事か? 訓練生」

 ルーセントを救った柳葉刀の持ち主は、同じ幕舎にいたバスターであった。
 ルーセントが安堵あんどに息をはき出すと気持ちを落ち着かせる。

「ありがとうございます。助かりました」
「おう、気にするな。未来ある少年をこんなところで死なせたら、俺が前将軍に殺されちまうよ。どっちが地獄か……」

 バスターが一度だけ未来ある少年に笑いかけると、立ちすくんでいる剣士の守護者へと視線を向けた。

「うん、なかなかの美人だな。敵なのがもったいねぇ」
「……貴様は細切れにしても足りぬ」守護者の剣士は嫌悪感に眉を潜めた。
「あぁ、しびれるお誘いだな。お断りだ」

 バスターが柳葉刀を構えると、フェリシアが警戒しつつも二人に近づいてきた。

「ルーセント、大丈夫?」
「うん、バスターさんのおかげでなんとかね」
「さっさと終わらせるぞ、二人とも」
「はい!」

 ルーセントとフェリシアが同時に返事を返すと、女剣士を挟み込むように左右に別れた。

「おとなしくご主人様のもとに帰れよ」バスターが言う。
「できるなら、やってみよ」守護者が突き刺さるような視線で答えた。

 剣士の目の前に氷でできた刀が現れると、それを手にする。さらに守護者の周囲には何本もの刀が浮かび上がった。

「あぁ、クールだな氷なだけに。……来るぞ!」

 バスターの声を合図に剣士が動いた。
 突然目の前に現れた守護者にバスターの顔が戸惑いに歪んだ。
 それと同時に周囲を浮かぶ複数の氷の刀が、まるで意思を持っているかのようにルーセントとフェリシアを襲った。
 三人の武器に魔法がまとう。
 ルーセントの炎と雷が、バスターの炎が、フェリシアの水が、守護者の氷の刃に触れるごとに無数の欠片が飛び散り昇り上がる朝日にキラキラと輝き煌めいた。
 何度も激しく続く剣戟に、バスターの一撃が守護者を押し退けた。
 ルーセントとフェリシアも氷の刃を散らすと、三人が同時に剣士へと突っ込んだ。

「終わりだ!」

 三人の声と刃が重なる。
 守護者の手に持つ刃が甲高い音をたてて砕けると、その身体を切り裂いた。
 光の粒子となって薄くなっていく剣士は最後に笑みを浮かべて「見事なり」といって消えていった。

 激闘を終えた三人が肩で息をする。
 何度も受けた攻撃にいくつもの傷口から血が滴っていた。
 フェリシアがすぐに回復魔法をかける。

「便利だなこいつは。それにしても回復魔法も使えて水まで使えるなんてずるいな。ルーセントも炎と雷か? 最近の訓練生はどうなってるんだ? 卑怯ひきょうだろ、俺にもよこせよその能力」

 二人が最上級守護者だと告げることができずに苦笑いを浮かべていると、フェリシアが全員の治療を終えた。

「よし、強いのはあらかた片付いたみたいだな。まだ行けるか?」
「はい、問題ありません」ルーセントが金の瞳を輝かせる。
「私も平気です」フェリシアの瞳が強い意思に輝く。
「頼のもしいな。それなら、いまから他の人のフォローに入れ、さっさと終わらせるぞ」

 バスターの言葉にうなずくフェリシア、ルーセントは、それぞれが反発するように真逆の方向に走り出していった。
 ルーセントが苦戦している仲間を見つけると、瞬時に駆け寄り流れるように舞うように、一太刀で召喚された守護者達を切り捨てていく。
 ルーセントが守護者たちを二十体近くを倒したとき、モーリスも中級守護者を倒したところだった。
 モーリスがルーセントを見つけて近づいていく。

「無事なようだな。さすがはルードに勝っただけのことはあるな」
「いえ、バスターさんがいなかったら危なかったです」
「そうか、あいつもなかなか戦えるからな。なによりだ」

 会話が一段落して状況を確認するモーリス。
 いまだ戦闘が続いている状況に苛立ちを隠せず、大声で部下に怒鳴った。

「お前ら、いつまで遊んでいるつもりだ! 訓練生の方がマシじゃねぇか! 将軍の顔に泥を塗るつもりか! さっさと終わらせろ!」

 モーリスの檄が効いたのか、兵士たちは顔色を変えて状況を盛り返していく。
 しばらくして、無事に召喚された守護者達の討伐を終えた。
 モーリスの部隊は二十二人が戦死、四十七人が重症を負っていた。
 モーリスは全体に指示を与える。

「ケガをしたものは下がって治療を受けろ。戦えるものは前に出ろ! フェリシア、悪いが怪我人の治療を頼む」

 フェリシアが返事を返すと、怪我人同士が互いを支えあって後方へ下がっていく。
 残ったのは百三十人程度、隊列をそろえて山賊軍と対峙たいじする。
 モーリスが先頭に立つとラムドに話しかけた。

「待たせたな。ずいぶんと世話になったな、今までの借りを利子を付けて返してやろう」
「ふん、思ったより元気そうで残念だ。最強の軍隊の名は伊達じゃないな」
「ははは、怖じ気づいたなら投降したらどうだ? 命は保証するぞ」

 モーリスは挑発するようにラムドに話しかける。

「ふざけるな! 数はほぼ互角、おまけに疲労もたまってるはずだ。油断してると痛い目を見るぞ!」
「そうか、ならば試してみようじゃないか。将軍の軍を甘くみるなよ」

 互いが譲らず緊張感が高まっていく。
 ラムドが、そしてモーリスが、その手にする武器を掲げるとほぼ同時に叫ぶ。

「かかれ!」

 円陣を展開する山賊軍に対して方陣を展開するモーリス隊。
 モーリス隊は十六人程を一隊として横列に五隊、それを二列にして攻めかかる。方陣は整然にして重厚、その堅固な陣は連結し集結する円陣に強く優位に立つ。
 兵の質でも優位に立つモーリス隊は、圧倒的戦力で相手を次々と倒していく。
 ルーセントは相手が刀を振り上げる瞬間に、自身の刀を下から斬り上げ右手首を切り裂く。そのまま返す刀で両手の手首を斬り落とすと、再び刀を返し首を斬り落とした。
 うしろから斬り付けてくる相手には、柄を頭の上まで上げて刃を下げて受け流すと、そのまま踏み込み後方から頭を落とす。
 突きを出す相手には、下から斬り上げ相手の刀を上に払った。軽くしゃがみこみ、そのまま手首を返し左手を切先に添えると、相手の刀を持つ両手の間から首を狙って突き刺す。体勢を変えるとそのまま首を斬り落とした。

 まるで相手にならない山賊たち。返り血で顔を赤く染めるルーセントは、一人だけ異様な早さで斬り倒していった。
 その姿を見た山賊軍が恐れをなして後ずさる。
 情けない自軍の光景にラムドが苛立ち怒鳴る。

「あの銀髪を止めろ! これ以上調子に乗らせるな!」

 ラムドの指示で山賊たちはルーセントに群がり囲い始めた。
 ルーセントは刀に炎をまとわせ牽制けんせいする。
 そんな中、一人の山賊がルーセントに飛びかかり斬り付けた。
 しかし、ルーセントは落ち着いて刀を上段に構えると、相手の刀ごと身体を縦に一刀両断する。
 一瞬で真っ二つに切断された身体は焼け焦げて横たわった。
 もはや誰も近づくものは居らず、ルーセントが一歩進めば山賊も一歩下がる。怖じ気づく山賊はルーセントに視線を捕らわれていた。
 モーリス隊の兵士がその機会を逃さず横槍を入れると、瞬く間に瓦解がかいしていった。
 山賊軍を半分以下に減らしたとき、ラムドが声を張り上げた。

「止めだ! 止め! これ以上は無駄だ! 降参する」
「全員、攻撃停止! 下がれ!」

 ラムドの降伏を受け入れたモーリスは攻撃を中止して兵を下げる。
 武器を捨てて頭の上に手を上げる山賊軍。
 敵は次々とモーリスの指示で捕縛されていく。
 しかし、モーリス隊も無事ではなく怪我人を増やしていた。動けるものは百名程度まで減っていた。
 治療を受けて復帰した兵のほとんどが捕虜民の救出に怪我人の手当て、捕縛した山賊の管理に当てられた。
 フェリシアは救助部隊に組み込まれてここでルーセントと別れる。
 フェリシアは水で濡らした布をルーセントに手渡すと「気を付けてね」と言葉をかけた。
 うなずき返事を返すルーセント、連行されてすれ違うラムドから声をかけられる。

「くそ! 銀髪の悪魔め。お前さえ居なければ勝てたはずだ。忘れないぞ、お前の顔」
「さっさと歩け! 子供相手に何を言ってるんだお前は!」

 ラムドは横にいた兵士に軽く殴られると、身体を何度か強く押されて連れられていった。

「気にすることないよ、ルーセント」
「うん、大丈夫。それじゃあ、行ってくるね」
「気を付けてね」

 救助部隊と別れて敵本営を目指すモーリス隊は、途中でティアと出会う。
 モーリスは不思議に思い声をかける。

「たしかティアだったか、こんなところで何してるんだ?」
「ふっふっふ、遅かったですね。ちょっとしたネズミ退治と確認ですよ」

 ティアの言葉に、モーリスとそれ以下の兵士が指をさされた方向に視線を向ける。
 そこには山賊が三人ほど首を切られて横たわっていた。

「これは……、伝令か。そう言えば一人抜けていったやつがいたな」
「はい、作戦を失敗させられる訳にはいかないので。まぁ、ちょっとしたサービスですよ。それとルード隊はすでに集合場所にいますよ。ラグリオ隊は少し遅れてますが、そろそろ来るようです。ちゃちゃっと行っちゃってください。私は他に作戦があるのでこれで失礼します」

 ティアは用件だけ伝えると、さっさと移動を開始して消えていった。
 モーリス隊は進軍を開始しする。
 本営を隔てる防護壁の東門の少し離れた場所でルード隊と合流を果たした。

 しばらくしてラグリオ隊とも合流すると、東門前にある陣営を急襲。間もなく制圧すると東門へ進軍、門を破壊し敵本隊の後ろを突く。
 突如現れた王国軍に混乱して山賊軍の指揮が乱れる。
 そこへさらに西門から侵入したドレアス、ランブル隊が混ざって混乱を極める。
 山賊軍はついに戦列を維持できなくなって、南西の門より逃亡を図った。
 ティアたち諜報部隊の暗躍により、その場で大将のダカータ兄弟が捕縛されると、次々と山賊が投降していく。
 ここにジャフール山賊が崩壊した。
 ルーセントも捕縛に協力していると、南西門から諜報部隊の伝令がやって来た。
 無事に大王兄弟を捕まえたとの知らせが伝えられる。その瞬間、兵士たちは喜びを爆発させて叫び出し、騒ぐとともに山賊たちは落ち込み項垂れた。

 あらかた捕虜の処理を終えると、前将軍の指示で捕虜民、財産等の物資回収の命令が与えられた。
 三時間後にはすべてを終わらせて山を降りる。
 そのまま山の入り口に布陣していた部隊と合流すると全軍が軍営に戻っていった。
 軍営に戻った夜は戦勝の宴が催された。
 酒を飲み、肉を食らい、焚かれる火を囲って歌い踊る兵士たち。ルーセントらも混ざってそれぞれの活躍を報告していた。
 ルーセントは将軍の軍の兵士から『銀髪の悪魔』の称号を与えられてしまう。
 困った表情のルーセントがたき火の火に顔を赤く染めて酒を飲めないかわりにお茶を受ける。
 宴は、今までの不安や恐怖を消し飛ばすように深夜にまで及んだ。
 三日後、残党の襲撃を警戒してウォルビスを含む計六部隊が近隣の町や村の護衛に派遣された。
 将軍の本隊はそのまま王都へと凱旋がいせんする。
 王都では住民から祝福を受けて歓迎される。
 馬に乗って凱旋するルーセントたちは、たまたま見に来ていた訓練生の目に留まって驚きの表情とともに羨望せんぼうのまなざしを受けた。
 次の日には、ルーセントら五人は同じ訓練生から囲まれることとになり、騒がしい日々を過ごしていった。
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