月影の砂

鷹岩 良帝

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3 王立べラム訓練学校 高等部1

3-25話 零宝山の攻防6

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 モーリス隊は山林のなかで兵士が魔法で作り出した穴に待機していた。担当する北から三番目の門を、木に隠れた数名の兵士が監視している。
 そこに、破裂音とともにまばゆい閃光せんこうが空を照らした。
 音に反応して全員が空を見上げる。
 そこにはゆっくりと落下していく光の球体があった。
 報告を受けた隊長のモーリスは、すぐに進軍の合図を出す。

「やっとか。全員武器を抜け! これより奇襲をかける。レイル、ボーグ、アレスは門を吹っ飛ばせ。前衛は三人の援護に入って防御壁の歩廊にいる見張りを落とせ。ルーセントとフェリシアは俺の近くを付いてこい。バスターには二人のフォローを任せるぞ」

 それぞれがうなずいて返事とすると、モーリスの「突撃!」と叫ぶ声で全員が林を抜けて山道を走り出した。
 一気に高まる緊張感のなか、いよいよルーセントとフェリシアの初陣が始まった。
 ルーセントが優しくほほ笑んでフェリシアの方を向いた。

「いよいよだね。大丈夫? フェリシア」
「うん、ちょっと怖いけど平気。こう見えてもお父様の娘だもん。ルーセントも前に出すぎないでね」

 思った以上に落ち着いた様子を見せるフェリシアに安堵あんどすると、ルーセントは短く「よし!」と自分に気合いを入れた。
 ルーセントは相棒の黒刀『闇烏ヤミカラス』を鞘から引き抜いてモーリスのあとを付いていく。
 先行するレイル、ボーグ、アレスの三人は、門を射程に捉えると自身が持つ最大の魔法を木門に向けて放った。
 突然の襲撃に混乱する山賊は、驚きの表情を最後にこの世を去った。
 門に衝突した魔法は木っ端微塵にその存在を吹き飛ばし消滅する。
 門より離れた防御壁の上を歩く警備五人は、爆発が起きたと同時に他のメンバーによって命を絶たれていた。
 モーリス隊が止まることなく雪崩れ込んで敷地内に侵入を果たす。
 モーリスは、ティアがマッピングした地図をもとに目標である敵陣営に向かう。そこには、騒ぎに反応していた山賊の部隊が待ち構えていた。
 モーリスは瞬時に鳥陣を組みたてて山賊軍と対峙たいじする――。

 モーリス隊が攻める少し前、山賊軍陣営には百名ほどの山賊が待機していた。
 地鳴りとともに鳴り響いた爆発音に、何が起こったのか理解できない山賊たちが慌てふためいていた。
 そこに、一人の男が動揺を納めようと大声を出す人物がいた。

「いつまでも狼狽うろたえてんじゃねぇ! 音は門の方からだ! さっさと状況を確認してこい! 他のやつは外に出て戦闘態勢をとれ!」

 何をすべきか指示を与えられた山賊たちは落ち着きを取り戻す。
 指示を与えていたのは陣営の留守を任された『ラムド』と言う男だった。百七十五センチメートルほどの身長に太い骨格のその身体は、まるで格闘家のように厚みがあってたくましかった。その日に焼けた肌と長めの金髪を風で揺らす男が、部下を手足のように動かして割り振っていく。
 数分後には、顔色を変えた部下が急ぎ戻ってきてラムドに状況が伝えられる。

「ラムドの兄貴、大変だ! 王国軍が攻めてきやがった。門を破壊してすぐそこまで来てる!」
「なっ、馬鹿を言うな! 山道を通ってくれば見張りが気づく。山林には罠が腐るほど仕掛けてあるんだぞ! ひとつも引っ掛からずに来たって言うのか? 化け物か、クソが!」
「まずいぞラムド、ほとんどの部下が大王の援軍に行ってる。ここには百人もいればいい方だぞ。どうするんだ?」

 逼迫ひっぱくする状況に困惑するラムドに話しかける男がいた。
 男は名を『ロイド』と呼ばれ、痛みきった長い黒髪に伸びっぱなしのヒゲが清潔感を欠いていた。
 まさに山賊と形容するに相応しい男が、野生の獣のように鋭い目つきでラムドを少し見上げる。

「どうするも何も迎え撃つしかないだろう。いいか、お前ら! 一度は勝った相手だ。怖じ気づくんじゃねぇぞ! 武器をもって外に出ろ!」
「そうだ! 王国軍なんて大したことねぇ。奇襲してくるような臆病者なんて何回来たって追い返してやるぜ!」

 ラムドの言葉に、落ちかけていた士気を取り戻した部下たちが意気揚々に叫ぶ。
 山賊たちは各々奇声をあげつつ武器を手に取り陣営の外へと出ていった。
 ラムドが外に出て陣形を組んで相手を待っていた。そこに王国軍が現れて陣形を組み上げた。
 見慣れない陣形を見たラムドが感嘆の息を漏らす。

「ほぉ、これが王国軍の陣形か。大したもんだ、まったく隙がねぇな」
「感心してる場合か! どうする? 人数も倍近くはいるぞ。さすがに厳しくないか?」

 ロイドが不安に表情をこわばらせて状況を嘆く。
 ラムドが大刀を地面に差した。右手は柄を握ったままに左手を腰に当てる。
 そして息をはきつつ顔をしかめた。
 短い時間で考えをまとめるラムドが部下に指示を出す。

「お前ら、九人一組になって円陣を組め! それと、そこのお前は大王にこの事を伝えて来い」

 ラムドの指示を受けた一人が伝令として報告に、他の部下たちは一列三人で三列に並ぶと、一定間隔で円を描くように布陣していった。
 ラムドとロイドの部隊が円の中心で左右に分かれて布陣する。
 そして王国軍に聞かれないように、隣にいた部下に指示を伝えて次々と伝搬させていった。

 その指示は、「開戦と同時に召喚魔法を使え」との内容だった――。

 山賊軍と対峙するモーリスは、人数が倍近くも違うと言うのに、落ち着き払らっている山賊軍を見て怪訝けげんな表情を浮かべていた。

「変だな、この状況ならもっと動揺していても良さそうなんだがな」
「何かたくらんでるってことですか?」
「その可能性の方が高いだろうな」

 ルーセントとやり取りをするモーリスは、周囲を警戒するように辺りを見回す。
 ルーセントもそれに誘われ周囲をうかがうが、これと言って不審なものは見当たらなかった。
 二人の会話を聞いていたバスターは、気になっていたことをモーリスにささやく。

「なぁ隊長、あいつらの守護者ってどんなもんだ? あんまり階級の高いやつはいないんじゃないのか?」
「はっきりとは分からんが多分な。それがどうかしたのか?」

 バスターの要点を得ない曖昧な質問にモーリスが聞き返すと、バスターは「あくまでも仮定の話なんだが」と前置きをして話し出した。

「この人数差で、下級の守護者の集団が余裕でいられるってことは、それを埋める何かがあるって事だろ。伏兵がいるとは思えない。そうなると、あいつらひょっとして召喚を使ってくるんじゃないか?」
「そうか! 召喚魔法を見過ごしていたな。だとするとまずいな。下級の守護者でも中級に匹敵する能力をもつ。何人いるかは分からんが、中級は上級にも匹敵する」

 バスターの意見にモーリスが初めて顔色を変える。
 もしもバスターの言う通りになれば自分たちと同等か、中級の守護者を持つ人数によっては劣勢になりかねない。
 考え込むモーリスにバスターが提案を出す。

「隊長は上級でまだ使えないだろうけど、中級の俺たちなら問題なく使える。こっちも召喚を使うか?」
「いや、駄目だ。このあとの作戦に支障を来すわけにはいかない。できれば温存したい。それに、あいつらの組んだ陣形は円陣だ。守りに徹する陣形を組んだのなら、恐らく守護者に攻撃させてあいつらは動かないはずだ。数的有利は変わらない。複数で当たれば何とかなるかもしれん」

 モーリスは最悪の事態に備えて指示を伝播させる。
 全体に指示が行き渡ったとき、山賊軍の将ラムドが陣の前に歩み出て話しかけてきた。
 その顔は余裕に歪んでいた。

「よう、王国の兵隊さんよ。ずいぶんと慎重だな? さっきからだんまりなのはビビってるからか?」

 ラムドの言葉で笑い声をあげる山賊軍、モーリスは気にすることもなく同じように陣の前に出ると鋭い視線とともに笑みを浮かべた。

「なかなか面白い冗談じゃないか。ディフィニクス前将軍の軍で敵を恐れる兵士は誰もいない。お前の方こそおとなしく投降したらどうだ? 命の保証はしてやるぞ」
「ディフィ……、マジかよ。本気だしすぎだろ、あんたの王様。でもな、うちの大王兄弟も上級守護者を持ってるんだ、まだわからんぞ。それに大将が強えからって部下まで強いとは限らねぇだろ」
「ああ、それには同感だ。だから降伏しろっていってるだろ?」
「てめぇ」してやられた、とラムドが苛立ちとともに笑みを浮かべた。

 周囲の山賊たちも、ディフィニクスの名前を聞いて顔をひきつらせる。それぞれの顔には怯えと不安な顔を覗かせていた。

「おい、お前ら! いちいちビビってんじゃねぇ! ここにあの化け物はいねぇんだぞ。それに、こいつらを倒して追い払ったら、俺たちに歯向かえるやつらなんていない。自由自在、やりたい放題だぞ! しっかりしやがれ、このうすらボケども!」

 ラムドの言葉に、山賊軍が低下していた士気を取り戻す。
 これ以上は無駄だとお互いが陣に戻ると戦闘態勢に入った。
 両軍ともに、相手の出方をうかがってにらみ合いが続く。先に動いたのはモーリス隊だった。
 歩みをそろえて慎重に進む。
 お互いの距離が二十メートルまで近付くと、ラムドが声を張り上げた。

「今だ! 全員召喚魔法を使え!」

 ラムドの声を切っ掛けに、空間が黄色の光に包まれる。
 光が消えた後には、いろいろな姿形をした守護者たちが現れて並び立った。
 白い毛皮に守られた大型の狼や、翼の生えた人間の姿をしているもの。はたまた白いたてがみをなびかせて二足歩行の獅子の姿でプレートアーマーを着た獣人など、さまざまな守護者が具現化されて現れた。
 そして、モーリスの予想通りに守護者だけが動いて襲いかかってきた。
 モーリス、バスターが相手をするのは獅子の獣人、ロイドの召喚した中級守護者だった。

 ルーセント、フェリシアの前に現れて対峙するのは、足首まである袴を穿いている女剣士だった。上半身には黒い薄手の道着を身につけて、その上から金属で補強したレザーアーマーを身に付けていた。
 しっとりとした黒髪のロングヘアーをなびかせながら刀を片手で持つ。
 ラムドが召喚した中級守護者が少し宙に浮かび上がると、一瞬で間合いを詰めてルーセントに斬りかかった。

 突然の出来事に驚きと戸惑いで顔を歪めるルーセントは、相手の攻撃を辛うじて受け止めた。
 しかし、守護者の攻撃は止まることなく次々と繰り出される。その攻撃は、高速で二度三度と左右から銀髪の少年を斬りつける。
 しかし、ルーセントも負けてはいなかった。隙を見て少ない手数も一撃、一撃を繰り出していた。
 ルーセントは、少しだけ生まれた間合いに顔を傾けるとフェリシアを横目で見る。

「フェリシアは一度俺のうしろに下がって様子を見てて。合図を出したら入れ替わって」
「分かった。気を付けてね」

 ルーセントは一度フェリシアを下がらせると、間合いを詰めて刀を切り上げた。受け止める守護者、ここにルーセント、フェリシアとの勝負が始まった。
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