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3 王立べラム訓練学校 高等部1
3-23話 零宝山の攻防4
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軍営内の各所では、進軍の準備で慌ただしく兵士たちが動き回っていた。
物資を手にする兵士がルーセントにアイテムを手渡している。
「こちらは回復、魔力回復ポーションです。いずれも中級の物です。三本ずつあるのでご確認ください」
ルーセントは輜重隊の兵士から受け取った木箱を開けて中身を確認する。
そこには、長さ十五センチメートルほどの金属のケースに入れられたポーションが六本、仕切りに分けられて納められていた。
ルーセントは一本ずつ手に取る。そしてケースに空けられている細長い穴から見えるポーションの色を確認した。緑色をした液体の回復ポーション、青色の魔力回復ポーションがしっかり三本あるのを確かめて木箱を閉じた。
「確認しました。問題ありません」
「ありがとうございます。次はこちらをお受け取りください」
次に兵士から手渡されたのは、高さが二十センチメートル、直径十センチメートル程度の黒い金属製の水筒だった。
「この水筒の底には水流石で作られた装置が組み込まれています。なので、水を補充するときには側面にあるセンサーに魔力を流してください。すぐに水が生成されて供給されます。今は空なので装置が機能するかを確かめてください」
「へぇ、これはすごいですね。これさえあれば水には困りませんね。ここの窪んでいるところに魔力を流せばいいんですよね」
「はい、そこで問題ありません。それと、我が国の軍ではこれは標準装備ですよ。民間人が買おうとすれば五十万リーフはするものだそうです。それと、この水筒は任務終了後に報酬として持ち帰ってもいいそうです」
ルーセントは思いがけない報酬に表情を明るくする。そして嬉々とした顔で水筒に魔力を流した。
魔力を受けた水筒の底から水が湧き出す。ほんの五秒ていどで水筒を満たしてしまった。
感嘆の声を上げるルーセントに、兵士はほほ笑みながら別の木箱を手渡す。受け取るルーセントがすぐに木箱を開けると、そのなかには携帯食糧が詰められていた。
「これが三日分の食料になります。一個一個は小さいですが、これひとつで一八〇〇キロカロリーと、一日に必要な栄養素の半分を摂取できます。日に二食換算されて作られているので、必要に応じて補給をしてください。さらにこれは、一定量の水分を吸収すると膨張が始まり満腹感が得られるようになっています。なので食べた後は水を飲んでください」
ルーセントが木箱から一本の携帯食糧を取り出す。十センチメートル程の長さがある棒状の固形物は、一つ一つが防湿防水の袋に入れられて密封されていた。
ルーセントが携帯食糧を受け取ると、確認書類にサインを書いて兵士に手渡した。
「以上で終了です。それではご武運を」
立ち去る輜重隊の兵士が出ていくと、入れ替わるように伝令の兵士が入ってきた。
「モーリス隊の出発時刻は明日の一九時三〇分に決まった。明日、一八時までに演習場に集合するように。なお、本隊の攻撃開始時刻は日を跨いだ明朝五時の予定だ」
「分かりました。ありがとうございます」
伝令が用件だけ伝えると身をひるがえして出ていった。
ルーセントが頭を軽く下げて見送る。一分一秒、刻々と近づく初陣に落ち着かないルーセントが大きく息をはき出した。
「今からそんなに緊張をしていたら身が持たないぞ」
緊張がにじむ訓練生に声をかけたのは、同じ部隊で戦うバスター・ヘルレイと呼ばれる兵士であった。中級守護者を持つ彼はルーセントに水が入ったコップを差し出した。
「まずは水を飲め。少しは落ち着くだろう」
「ありがとう、ございます」
国から支給される鎧を身に付けた男は細身な身体をしていたが、鍛え上げられたその身体からは貧弱とは無縁のイメージを抱かせる。
ルーセントがバスターから水を受け取ると、一気に飲み干した。
バスターは昔を思い出したのか、軽く笑みを浮かべた。
「少しは落ち着いたか? お前を見ていると懐かしく思うよ。俺も初陣の時は怖くてな。食欲はないわ、無理やり食ったらはいちまうし。戦う前からフラフラだったぞ」
「今は怖くないんですか?」
「まったく怖くない、と言ったらウソにはなるが、大したことはないな。昔の兵法書にも書いてあるだろ。“人はそもそも人を殺すものだ。ならば殺される前に殺してもいい”ってな。人間の性質なんて何千年たったって変わりゃしない。それに訓練生なら“本当に人を助けたいと思うなら、その襲い来るやつを殺せ”って習うだろ。世の中には奪う必要のある命もあるってことだ。“全部の命は大事です”って言ってるやつらは、よほど平和なところで育ったんだろうな。あぁ、もちろん平時に殺人なんてしたら国のルールを破ることになるからな、そのときはちゃんと罰は受けろよ。無様に“私は無罪です”なんてクソみたいなことはするなよ。てめぇの行動に責任が持てないなら、初めからやるべきじゃない」
バスターがケラケラと笑いながらさらに会話を続ける。
「それに俺たちはな、市民から見たら最終防衛ラインなんだよ。こっちが負ければ、あとは蹂躙されるだけ。何としても負けるわけにはいかないのさ。だからいつまでもビクビクなんてしていられない。助けたいやつがいる、そう思えば恐怖なんてなくなるさ」
ルーセントは、バスターの言葉に耳を傾ける。その表情は真剣だった。
さらにバスターは何かを思い出したのか、顔をこわばらせながら続ける。
「それに、お前も一度占領された街を見れば恐怖だなんだとは言ってられなくなるぞ。あれは本当に悲惨だからな。敵国に負ければまず人の扱いなんて受けない。労働力として使えない男は虐殺されるし、働けるやつは使い捨ての道具でしかない。ケガをしようが病気になろうが治療なんかされずに使い倒される。使えなくなれば殺されて終わりだ。女なんてもっと最悪だな。昼間は誰もやりたがらないような仕事をさせられて、夜は性欲処理の道具にされる。それだけならまだいいが、生きたまま手足を切断されるやつもいる。妊婦なんか子供が出てくるまで蹴られて目の前で首をはねられたりしてな、あれはひどいもんだった……。あぁ、話がずれたな。とにかく、それを思うと怒りが先にきて恐怖なんてどっかいっちまう。国を守るなんて立派なことは考えなくたっていい。自分の大事な人、いつか会うかもしれない人を助けたい、って思えば少しはマシになるかもな」
ひととおり話し終えたバスターが立ち上がる。
そして自分の荷物のある場所まで戻ると武器を手にして磨き始めた。
「ただ俺としては、文官どもを何とかしてほしいけどな。そもそも戦争なんて交渉に交渉を重ねて失敗した結果、どうしようもなくなって起こる。政治家が“私は無能です”って言ってるようなもんだろ? それなのに偉そうなんだよな、あいつらは……。やつらの尻拭いに命を懸けてる、と思うとアホらしくもなるよ」
バスターはムスっとした表情のまま武器の手入れを続ける。ルーセントは少しほほ笑むと、バスターをまねるように装備の手入れを始めた。
次の日、演習場に集合するルーセントたちは奇麗に整列していた。
部隊長のモーリスが将軍から指示を受ける。
一九時三〇分、暗青色に染まる空の下、進軍を開始した。
砦を目指して途中でコロント河の東側を進んで行く。
山賊の砦より北に移動したところで、再び河を渡って山林へと入っていく。道なき道を進んで各部隊を先導する諜報部隊の兵士が手にするのは、ヴィラと錬金部隊が開発した魔道具探知機だった。
山のいたるところに仕掛けられている罠から放出されている魔力を探知する装置で、その場所を示す道具を片手に罠を避けながら待機ポイントまで進軍した。
手頃な斜面を見つけると、土の魔法を使える兵士が地面をへこませる。深めの窪みを作って二十五人ずつに別れ待機していた。
ルーセントとフェリシアは同じ窪みに待機している。
ルーセントはフェリシアの固い表情を見て声を落としながら気遣う。
「大丈夫? ゆっくり深呼吸するといいよ」
「うん、ありがとう。……ルーセントは平気そうだね」
「本番に強いみたい。軍営に居たときは不安で仕方なかったんだけど、ここに来たら不思議と落ち着いてる」
「やっぱりすごいね、ルーセントは」
ルーセントの笑顔に安堵したのか、先ほどよりかは落ち着いた表情を見せるフェリシア。
二人のやり取りを見ていた部隊長のモーリスが口を開いた。
「初めてなんて誰も似たようなもんだ。状況を見て自分のできる事だけをすればいい。無理だと思ったらすぐに下がれ。他のやつが何とかしてくれるさ。そのための仲間だからな。それに、お前らはまだ訓練生だ。完璧なんて求めてねぇよ。気楽に行け、気楽にな」
周りの兵士からも励まされて最初よりずいぶんと落ち着きを取り戻すフェリシア。ルーセントはその表情を見て砦へと視線を戻した。
将軍の攻撃開始予定時刻まで、およそ5時間。
ルーセントとフェリシアが所属するモーリス隊のメンバーは、ほどよい緊張感とともに砦の木門と周辺の警戒を怠らずに合図が上がるのを待った。
物資を手にする兵士がルーセントにアイテムを手渡している。
「こちらは回復、魔力回復ポーションです。いずれも中級の物です。三本ずつあるのでご確認ください」
ルーセントは輜重隊の兵士から受け取った木箱を開けて中身を確認する。
そこには、長さ十五センチメートルほどの金属のケースに入れられたポーションが六本、仕切りに分けられて納められていた。
ルーセントは一本ずつ手に取る。そしてケースに空けられている細長い穴から見えるポーションの色を確認した。緑色をした液体の回復ポーション、青色の魔力回復ポーションがしっかり三本あるのを確かめて木箱を閉じた。
「確認しました。問題ありません」
「ありがとうございます。次はこちらをお受け取りください」
次に兵士から手渡されたのは、高さが二十センチメートル、直径十センチメートル程度の黒い金属製の水筒だった。
「この水筒の底には水流石で作られた装置が組み込まれています。なので、水を補充するときには側面にあるセンサーに魔力を流してください。すぐに水が生成されて供給されます。今は空なので装置が機能するかを確かめてください」
「へぇ、これはすごいですね。これさえあれば水には困りませんね。ここの窪んでいるところに魔力を流せばいいんですよね」
「はい、そこで問題ありません。それと、我が国の軍ではこれは標準装備ですよ。民間人が買おうとすれば五十万リーフはするものだそうです。それと、この水筒は任務終了後に報酬として持ち帰ってもいいそうです」
ルーセントは思いがけない報酬に表情を明るくする。そして嬉々とした顔で水筒に魔力を流した。
魔力を受けた水筒の底から水が湧き出す。ほんの五秒ていどで水筒を満たしてしまった。
感嘆の声を上げるルーセントに、兵士はほほ笑みながら別の木箱を手渡す。受け取るルーセントがすぐに木箱を開けると、そのなかには携帯食糧が詰められていた。
「これが三日分の食料になります。一個一個は小さいですが、これひとつで一八〇〇キロカロリーと、一日に必要な栄養素の半分を摂取できます。日に二食換算されて作られているので、必要に応じて補給をしてください。さらにこれは、一定量の水分を吸収すると膨張が始まり満腹感が得られるようになっています。なので食べた後は水を飲んでください」
ルーセントが木箱から一本の携帯食糧を取り出す。十センチメートル程の長さがある棒状の固形物は、一つ一つが防湿防水の袋に入れられて密封されていた。
ルーセントが携帯食糧を受け取ると、確認書類にサインを書いて兵士に手渡した。
「以上で終了です。それではご武運を」
立ち去る輜重隊の兵士が出ていくと、入れ替わるように伝令の兵士が入ってきた。
「モーリス隊の出発時刻は明日の一九時三〇分に決まった。明日、一八時までに演習場に集合するように。なお、本隊の攻撃開始時刻は日を跨いだ明朝五時の予定だ」
「分かりました。ありがとうございます」
伝令が用件だけ伝えると身をひるがえして出ていった。
ルーセントが頭を軽く下げて見送る。一分一秒、刻々と近づく初陣に落ち着かないルーセントが大きく息をはき出した。
「今からそんなに緊張をしていたら身が持たないぞ」
緊張がにじむ訓練生に声をかけたのは、同じ部隊で戦うバスター・ヘルレイと呼ばれる兵士であった。中級守護者を持つ彼はルーセントに水が入ったコップを差し出した。
「まずは水を飲め。少しは落ち着くだろう」
「ありがとう、ございます」
国から支給される鎧を身に付けた男は細身な身体をしていたが、鍛え上げられたその身体からは貧弱とは無縁のイメージを抱かせる。
ルーセントがバスターから水を受け取ると、一気に飲み干した。
バスターは昔を思い出したのか、軽く笑みを浮かべた。
「少しは落ち着いたか? お前を見ていると懐かしく思うよ。俺も初陣の時は怖くてな。食欲はないわ、無理やり食ったらはいちまうし。戦う前からフラフラだったぞ」
「今は怖くないんですか?」
「まったく怖くない、と言ったらウソにはなるが、大したことはないな。昔の兵法書にも書いてあるだろ。“人はそもそも人を殺すものだ。ならば殺される前に殺してもいい”ってな。人間の性質なんて何千年たったって変わりゃしない。それに訓練生なら“本当に人を助けたいと思うなら、その襲い来るやつを殺せ”って習うだろ。世の中には奪う必要のある命もあるってことだ。“全部の命は大事です”って言ってるやつらは、よほど平和なところで育ったんだろうな。あぁ、もちろん平時に殺人なんてしたら国のルールを破ることになるからな、そのときはちゃんと罰は受けろよ。無様に“私は無罪です”なんてクソみたいなことはするなよ。てめぇの行動に責任が持てないなら、初めからやるべきじゃない」
バスターがケラケラと笑いながらさらに会話を続ける。
「それに俺たちはな、市民から見たら最終防衛ラインなんだよ。こっちが負ければ、あとは蹂躙されるだけ。何としても負けるわけにはいかないのさ。だからいつまでもビクビクなんてしていられない。助けたいやつがいる、そう思えば恐怖なんてなくなるさ」
ルーセントは、バスターの言葉に耳を傾ける。その表情は真剣だった。
さらにバスターは何かを思い出したのか、顔をこわばらせながら続ける。
「それに、お前も一度占領された街を見れば恐怖だなんだとは言ってられなくなるぞ。あれは本当に悲惨だからな。敵国に負ければまず人の扱いなんて受けない。労働力として使えない男は虐殺されるし、働けるやつは使い捨ての道具でしかない。ケガをしようが病気になろうが治療なんかされずに使い倒される。使えなくなれば殺されて終わりだ。女なんてもっと最悪だな。昼間は誰もやりたがらないような仕事をさせられて、夜は性欲処理の道具にされる。それだけならまだいいが、生きたまま手足を切断されるやつもいる。妊婦なんか子供が出てくるまで蹴られて目の前で首をはねられたりしてな、あれはひどいもんだった……。あぁ、話がずれたな。とにかく、それを思うと怒りが先にきて恐怖なんてどっかいっちまう。国を守るなんて立派なことは考えなくたっていい。自分の大事な人、いつか会うかもしれない人を助けたい、って思えば少しはマシになるかもな」
ひととおり話し終えたバスターが立ち上がる。
そして自分の荷物のある場所まで戻ると武器を手にして磨き始めた。
「ただ俺としては、文官どもを何とかしてほしいけどな。そもそも戦争なんて交渉に交渉を重ねて失敗した結果、どうしようもなくなって起こる。政治家が“私は無能です”って言ってるようなもんだろ? それなのに偉そうなんだよな、あいつらは……。やつらの尻拭いに命を懸けてる、と思うとアホらしくもなるよ」
バスターはムスっとした表情のまま武器の手入れを続ける。ルーセントは少しほほ笑むと、バスターをまねるように装備の手入れを始めた。
次の日、演習場に集合するルーセントたちは奇麗に整列していた。
部隊長のモーリスが将軍から指示を受ける。
一九時三〇分、暗青色に染まる空の下、進軍を開始した。
砦を目指して途中でコロント河の東側を進んで行く。
山賊の砦より北に移動したところで、再び河を渡って山林へと入っていく。道なき道を進んで各部隊を先導する諜報部隊の兵士が手にするのは、ヴィラと錬金部隊が開発した魔道具探知機だった。
山のいたるところに仕掛けられている罠から放出されている魔力を探知する装置で、その場所を示す道具を片手に罠を避けながら待機ポイントまで進軍した。
手頃な斜面を見つけると、土の魔法を使える兵士が地面をへこませる。深めの窪みを作って二十五人ずつに別れ待機していた。
ルーセントとフェリシアは同じ窪みに待機している。
ルーセントはフェリシアの固い表情を見て声を落としながら気遣う。
「大丈夫? ゆっくり深呼吸するといいよ」
「うん、ありがとう。……ルーセントは平気そうだね」
「本番に強いみたい。軍営に居たときは不安で仕方なかったんだけど、ここに来たら不思議と落ち着いてる」
「やっぱりすごいね、ルーセントは」
ルーセントの笑顔に安堵したのか、先ほどよりかは落ち着いた表情を見せるフェリシア。
二人のやり取りを見ていた部隊長のモーリスが口を開いた。
「初めてなんて誰も似たようなもんだ。状況を見て自分のできる事だけをすればいい。無理だと思ったらすぐに下がれ。他のやつが何とかしてくれるさ。そのための仲間だからな。それに、お前らはまだ訓練生だ。完璧なんて求めてねぇよ。気楽に行け、気楽にな」
周りの兵士からも励まされて最初よりずいぶんと落ち着きを取り戻すフェリシア。ルーセントはその表情を見て砦へと視線を戻した。
将軍の攻撃開始予定時刻まで、およそ5時間。
ルーセントとフェリシアが所属するモーリス隊のメンバーは、ほどよい緊張感とともに砦の木門と周辺の警戒を怠らずに合図が上がるのを待った。
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