月影の砂

鷹岩 良帝

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3 王立べラム訓練学校 高等部1

3-18話 オルマンの街1

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 訓練生と将軍たちは、リレーシャの街での出来事を片付けて、十日をかけて無事にオルマンの街へとたどり着いた。
 道中では魔物にいくらか襲撃を受けたが、将軍に鍛え上げられた護衛役の兵士たちが苦もなく処理していった。おかげでルーセントたちの出番は全くといっていいほどなかった。
 馬車のなかではこれといってすることもなく、ルーセントが退屈で死にそうになっていたとき、目的の街へと到着した。空はすでに太陽が沈み始めていて、黄金色に輝きを増した頃合いだった。

 高さ五メートルほどの城壁を抜けて、ギルドの駐車場に馬車を停めた。
 オルマンの街は横に細長い歪な長方形を二個くっつけたような形をしている。
 街はルーセントたちが通った城壁に囲まれた市街地と、その城壁からさらに別の城壁に囲まれた農村地が隣り合ってひとつの街を形成している。
 市街地と農村地の間には、コロント河から引き込んだ小さな川が流れていた。そこから各農地を区切るように水路が引かれている。
 市街地は縦に一キロメートル、横に長い所で四キロメートルもある。農村地は縦に三キロメートルほどで横の長さは変わらない。

 ギルドの駐車場に、ドラグミス商会の馬車が三台並べて止まっている。
 将軍たちの馬は敷地内にある厩舎へと預けられる。
 馬車から降りてきた面々は、ストレッチをしながら身体の凝りをほぐしていた。

「やっと着いたぜ。ちょこちょこ休憩してるとは言っても、動かず座りっぱなしってのはつらいな」

 最初に口を開いたのはパックス、その声は疲労を含んでいて気だるそうだった。

「本当だよ、これなら走って移動した方がましだよ」

 ルーセントがパックスの言葉に反応する。馬車に乗るのが嫌いなルーセントは、自慢の体力を生かした、たくましい発言をする。
 その言葉に、全員がルーセントを見て「さすがにそれはない」と見事に否定されてしまった。
 困惑したように苦笑いを浮かべるルーセントを横目に、パックスはヴィラに話しかけた。

「やっぱりここはヴィラ先生の出番だな。ぜひとも疲れない馬車を開発してくれ」
「任せてくれ、お安い御用さ。と言いたいところだけど、難しいと言わざるを得ないね。国でずっと研究されているけどパッとしないようだからね」

 ヴィラは自信を浮かべ答えるも、すぐに諦めたように両手を軽く上げてその理由を説明した。
 パックスは、記憶から絞り出すように額に手を当ててうなる。

「たしか……、魔導車って言ったか? あれって開発を始めて何年もたつけど、まだ駄目なのか?」
「うん、どうやら千年前の乗り物を再現させているらしいんだけど、材料がね。車体全部にカーリド合金鋼が必要な上に、失われた材料が盛りだくさんらしいよ。代用品じゃ脆い上に、燃料もすぐ枯渇するみたいだね」

 ヴィラの解説に一同が感嘆の声を上げる。そこでルーセントがキョロキョロと目を泳がせた。
 それに気づいたフェリシアが小首をかしげる。

「どうしたの? そんなにキョロキョロして」
「いや、フェリシアには学校に入るときに話したと思うんだけど、千年前の遺跡を見つけたって話したことあったでしょ。あそこの倉庫みたいな所に大量にカーリド合金鋼があったから、オレが壊さなかったら完成してたのかなって思って」

 フェリシアは思い出したように「ああ!」と声を上げた。そこにパックスとヴィラ、ティアが食いついた。
 最初はパックスが驚きとともに反応する。

「おいおい、マジか。あれ見つけたのお前かよ! じゃあ、いま冒険者の間ではやってるトレジャーハンターはお前が発端ってことになるのか。見つけたら一生遊んで暮らせるってうわさだぞ。いくら稼いだんだ? 言ってみろ? 悪いようにはしないから。ほれほれ」

 ルーセントから金の臭いを嗅ぎ取ったパックスは、目の色を変えて困惑するルーセントに片腕を回した。
 その腕で軽くルーセントの首を絞める

「もう! ルーセントが困ってるでしょ!」

 堪り兼ねて少し厳しい口調でフェリシアが止めると、パックスを羽交い締めにして引き離した。
 パックスから解放されたルーセントに、今度はヴィラとティアが詰め寄る。

「ルーセント君、うわさだと遺跡からカーリド合金鋼が持ち出されたって聞いたけど、どうなんだい? あるなら見せてもらいたいんだけど!」
「独り占めなんてずるいですよルーセント! 場所はどこですか? 今度いっしょに山分けしましょう。お金がっぽがぽですよ!」

 知的好奇心と欲望全開の二人に、ルーセントはまいったな、と困惑した顔を作る。
 仕方なく、興味を持つ三人に経緯を説明することになってしまった。

「たしかに遺跡の中からカーリド合金鋼を持ってはきたけど、全部刀になってるよ。弓はなかで拾ったやつだけど……」
「お話し中のところ申し訳ありませんが、受付を終えましたので搬入を手伝ってもらえますか?」

 ルーセントたちの会話に割り込むようにして、ドラグミス商会のロイがギルドとのやり取りを終えて戻ってきた。
 ルーセントは気を取り直して、みんなに指示を与えていく。

「よし! さっさと終わらせよう。フェリシアはオレと第一馬車、ティアとヴィラは第二馬車を、パックスはロイさんと第三馬車をよろしく」
「分かったよ。だけど、話しはまだ終わってないからな。興味あるやつは後でルーセントの部屋に集合な」

 諦めの悪いパックスに、ルーセントはため息とともに苦笑いを浮かべた。

 搬入作業中に、ルーセントはロイに疑問に思ったことを聞く。

「ところでロイさん、ドラグミス商会はギルドにも商品を卸してるんですか? 個人間で取引する人たちもいますよね」
「ええ、そうですね。私たちの商会も大体の商品はギルドを通していますよ。あそこは安定した価格でいつでも買い取ってもらえるもので。ただし、品質の良いものは自分の店、もしくは一部の店や工房に流すのがほとんどですね」

 うなずくルーセントに、ロイの言葉を聞いていたヴィラが補足をする。

「ギルドの商品は安定して入手はできるけど、品質までは自由に選べないんだよ。だから高品質を求める店や工房は、一定の品質を確保できる個人間取引をしてるんだよ。冒険者と直接契約して確保する人たちもいるみたいだけどね」
「よくご存じですね。私どもの商会でも、優秀な冒険者やハンターの方たちと契約を結んでおります。高品質の素材は店の宝ですからね。もし、ルーセント君たちが冒険者になったときは教えてくださいね。ぜひとも契約をさせていただきたいですから」

 ロイは、訓練生の身分で前将軍と行動をともにする少年少女たちが、特別な存在なのではないのか、と目をつけてスカウトすることも忘れなかった。
 この日のロイの行動が、後にドラグミス商会を世界一の商会に押し上げるとは誰も予想していなかった。
 また、搬入の作業をすべて終えたルーセントは、皆から遺跡の話しについての追求を受けるのであった。

 ルーセントたちが搬入を始める少し前、厩舎に馬を預けてきた将軍たちは、楽しそうに会話をしているルーセントらを見ていた。

「あいつら楽しそうだな。仕事忘れてないだろうな」
「大丈夫じゃないか? ……たぶん」

 将軍はルーセントたちを見てそっとつぶやいた。それにウォルビスが不安そうに答える。
 将軍は、パックスに首を絞められているルーセントを見て、諦めたように何度か首を左右に振った。気を取り直すと、ウォルビスと他の兵士に指示を出す。

「よし! いいかお前ら、ここからが本番だ。ロイの方はあいつらに任せておけ。今から街を見て回る。二人一組でペアを組んで情報収集に当たれ。あくまでもさり気なくな」

 兵士がうなずいて返事を返すと、あらかじめ決められていたペアに別れて街中へと消えていった。
 将軍は残ったレイラに指示を出す。

「レイラの部隊は夜になったらティアを連れて作戦を立てろ。実際に行動に移すのは明日からだ」
「かしこまりました。お任せください」

 レイラは将軍に返事を返すと、ギルドの駐車場を後にする。
 街人にふんしていた諜報部隊のメンバーも、レイラのあとを追いかけ消えていく。
 最後に残った将軍とウォルビスは、どこから情報収集に行くか話し合う。

「さて、俺たちはどこから行くか?」
「兄貴、情報って言ったらまずは酒場だろう。それに、ここにはうまい麺屋が多いって聞くからな、楽しみだ。早く行こうぜ」
「お前も仕事、忘れてないだろうな」

 軽く肩をすくめるウォルビスのあとを追うように、将軍も街の雑踏の中へと消えていった。
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