月影の砂

鷹岩 良帝

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3 王立べラム訓練学校 高等部1

3-15話 借刀殺人9

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 県尉府に戻ってきたコルプシオは、机の椅子に座り頭を抱えて悩んでいた。

「マズイ、マズイ、マズイぞ! いったい、どうすればよいのだ。このままではずっとあいつらに利用されるだけではないか!」

 頭を抱えたまま動かないコルプシオは、いろいろな選択肢を浮かべては消し、どうすればいいのか長い時間考えたが、解決策は出なかった。

「くそ! なにも思い付かん。……そう言えば、県令殿とのやり取りも写真に撮られていたな。ひょっとしたら県令殿なら何かいい案があるかもしれん」

 コルプシオは県令にすがろうと、勢いよく立ち上がり執務室を出た。副官に「ペルソン様に会ってくる」と告げ、県令府へと出掛けていった。
 馬車に乗り県令府の前までやって来ると、コルプシオは少し慌てたように馬車から飛び降りる。
 県令府の門兵が頭を下げるも、コルプシオはそれに答える事もなく、無視して急ぎ中に入っていった。
 受付の役人に話をつけると、コルプシオはすぐに県令の執務室へと通される。

 室内の床には絨毯じゅうたんが引かれ、天井にはシャンデリアが一点ぶら下がっていた。窓から入る太陽の光に反射して、部屋の中をキラキラと照らし揺らめいていた。
 部屋の中央にある大きなソファーセットのその奥、木でできた机がある。そこに座る県令のペルソンが、いぶかしんだ様子でコルプシオを眺めていた。
 ペルソンはなにかに迷う様子のコルプシオを見て、無言でソファーの方に手を伸ばし座らせると、自身もコルプシオの正面に座った。

「何をそんなに恐れている?」
「そ、それが……」

 コルプシオは居心地が悪そうに、チラチラとペルソンの顔を見ては視線を外し目を泳がせる。テーブルの上に乗せた両手は力強く握りしめられていた。
 ペルソンは歯切れの悪い返答に苛立ちを隠せず、強い口調でコルプシオを問いただす。

「さっさと言わんか! 私とてお前に構っているほど暇ではないのだぞ!」
「も、申し訳ありません。取り合えず……、こちらをご覧ください」

 怒鳴る県令にすっかり萎縮してしまったコルプシオは、上着のポケットから写真を数枚取り出すとテーブルの上に並べ始めた。

「これは、昨日届けられた書状と一緒に同封されておりました。書状にはジャフール山賊からで、発注した武器と兵糧の輸送を行えと……」
「まさか脅しに屈したわけではあるまいな?」
「そ、それは……」

 ペルソンの言葉にコルプシオは視線を落とし、狼狽うろたえた様子で口ごもる。
 ペルソンは一度大きく息を吸い込み、コルプシオをにらみ付けると怒鳴り散らした。

「お前はいったい何をしている! 自分が何をしたか分かっているのか? これは立派な国家反逆罪であるぞ!」
「も、申し訳ありません! 多数の賊共が潜伏しており、写真も王城に届けると書かれていたために、従うしかなかったのです」
「愚か者めが! もう良い、問題はこれからどうするかだ。こちらでも考えておく、取り合えず今日は帰れ。追って連絡する」

 すっかり萎縮してしまったコルプシオは、ペルソンに何度も頭を下げながら申し訳なさそうに部屋を後にした。

 コルプシオが部屋を出てすぐに入れ替わるようにして、秘書のレオールが軽く頭を下げ入室してくる。
 レオールは三十代半ばに見える風貌、背は百七十五センチメートルほどで、切れ長の鋭い目付きは冷徹さを醸し出し、周囲を威圧する。短髪の黒髪は整髪料で整えられていた。
 鍛え抜かれ引き締まる細身の身体、そこから伸びる腕の先にはティーカップが乗せられたトレイを手にしていた。
 レオールはお茶の入ったカップをテーブルの上に置くと、ペルソンへと話しかける。

「県尉殿はどうなされたのですか? ずいぶんと怯えていたように見えましたが?」
「厄介事を持ち込んでくれてな、あの通りだ」
「厄介事、ですか。どうされるのですか?」
「そうだな、もはや生かしておいてもリスクしか残らん。処理しろ」

 ペルソンはレオールに簡素な指示を出すと、コルプシオが置いていった写真を手に取り、火をつけて燃やしてしまう。
 レオールは黙ってうなずくと、入り口付近で一礼をして部屋を出ていった。
 レオールがペルソンの執務室を出て一時間が経過する。執務室に戻っていたコルプシオの手元には、一通の手紙が握られていた。
 そこにはペルソンからの指示で、二人が会うときに使うレストランに来いと書かれていた。
 手紙を読んだコルプシオは、すがる思いでレストランへと飛び出した。いつも使う二階のテラス席へと足早に訪れる。しかし、そこにいたのはペルソンではなく、秘書のレオールが座っていた。
 コルプシオは眉をひそめレオールに近づいた。

「レオールか、ペルソン様はどうなされた? 来てはおらぬのか?」

 不安な表情を浮かべるコルプシオとは対照的に、レオールは柔和な笑みを浮かべていた。

「はい、ペルソン様はどうしても外せない仕事がありまして、代わりに私が指示を受けてやって参りました」

 レオールはコルプシオに座るように誘導すると、ウェイターを呼び寄せ注文を伝える。

「今日はバイキングディナーがおいしそうでしたよ。コルプシオ様も同じでよろしいですか?」
「私はいらない、食欲がないのだ。そなたの分だけでよかろう」
「そう仰られずに、ここで狼狽うろたえていてはやつらの思うつぼですよ。気をしっかり持ってください」

 レオールは優しげな笑みを浮かべ、ウェイターにバイキングディナーを二人分注文した。
 コルプシオはウェイターが去ったのを確認すると、声を潜めレオールに話しかける。レオールもまねするように声を潜め答える。

「それで、ペルソン様はなんと? 私は何をすれば良いのだ?」
「落ち着いてください。ペルソン様から伝言を預かっております」
「伝言だと? それは何だ? もったいぶらずに早く言わぬか」

 お互いが声を潜め会話を続ける中、レオールは周囲を確認すると声をさらに小さく潜めコルプシオに話す。

「まず当分の間は、誰とも会わずに仕事をこなせとのことです。そして、再び書状が届いた暁にはペルソン様に渡せとのことです。秘密裏に太守様に掛け合い討伐軍を出してもらうとのことです」
「なるほど、向こうに弱みを握られて従っていると思わせておいて、得られる情報を陛下に流す。つまりは毒を以て毒を制すると言うことか」
「そう言うことです。ですから、コルプシオ様は片が付くまで誰とも会わずに仕事をこなせとのことです」

 コルプシオはレオールの提案に納得したように大きくうなずくと、今までの沈んでいた気分がうそのように晴れていた。

「さすがはペルソン様だ。安心したら腹が減ってきたな、バイキングとはどこにあるのだ?」
「それでこそコルプシオ様です。バイキングは階段とは逆の壁際にあります。私が適当に見繕って持ってきましょう。外でも眺めてお待ちください」
「そうか、悪いな。ああ、スープが飲みたい。あったら持ってきてもらえるか」

 レオールは「かしこまりました」と返事を返すと、バイキングのある場所へと歩いていった。
 バイキングコーナーへとやって来たレオールは、外の景色を眺めているコルプシオを見つめ、ほくそ笑んでいた。

「ふん、誰がそんな面倒臭いことをするか。せいぜい最後の晩餐ばんさんと景色を楽しめ、クックック」

 レオールは保温された鍋からスープを器に移すと、茶色の粉をスープに溶かしかき混ぜる。
 その後はサラダや肉料理を適当に皿に盛り付けると、コルプシオが待つテーブルまで運んでいった。

「お待たせいたしました。今日のスープは鶏肉団子と白菜の玉子スープのようですね。ごま油が風味付けに入れられているようで、食欲がそそられますよ」
「おお、それは旨そうだな。……ああ、確かにゴマ独特の芳ばしい良い香りがするな。これなら何杯でも行けそうだ――」


 レオールが県令の執務室へと戻ると、ペルソンへ報告を行う。

「何の疑いもなく毒入りのスープを平らげておりました。あと一時間もしない内に片付くかと思われます」
「ほお、何の毒を使ったのだ? 足がつくことはないのだろうな?」
「ご心配なく、スイシードツリーの果実から取れる種を乾燥させて粉にしたものです。この種にはケルベリンという毒があり心臓機能に影響を及ぼしますが、非常に検出されにくく、ほとんどが病死扱いになります」

 ひととおりの説明を聞いたペルソンが、レオールに「ご苦労だった」と告げた三十分後、県尉府から急ぎの使いがやって来て「コルプシオ様が心臓発作により急逝きゅうせいされました」と悲しみを浮かべた表情で告げた。
 報告を聞いたペルソンとレオールはお互いの顔を見つめると、気付かれない程度にほくそ笑むとうなずいた。
 コルプシオの急逝は、レイラによりすぐに将軍の元にも伝えられる。

「将軍、コルプシオが心臓発作で死んだようです。計画に支障があるのでは?」
「ん? 恐らくは暗殺だろう。あいつが殺されるのは計算通りだ。今回の借刀殺人の計は山賊との関係をでっち上げ、陛下を動かすのと同時に、県令と県尉を仲たがいをさせてつぶすことも含まれる。あいつは自分で逃げ道をふさいだ。それだけだ」
「恐ろしい方ですね。しかし、県令が山賊と繋がりがあるというのは無理があるのでは?」

 レイラの疑問に将軍は二枚の写真を取りだし、テーブルの上に並べた。

「この写真を見てみろ、県令の息子とコルプシオが山賊と取引している所だ」
「これは……、息子に金品を渡してる男と山賊の男はウォードですか?」

 将軍の取り出した写真には、額から鼻を通り頬まで傷のある男が県令の息子と写り、コルプシオとの取引時には顔を露出させた同じ男がいる場面が写し出されていた。

「ああ、ウォードにひと芝居を打たせた。これで県令と山賊の繋がりを証明できる。それに、ティアに渡した身代金と書状には『今回は県令にも世話になった、この金は県令に渡せ』と書いてある。否定したくとも、真実を知るやつはもういない」
「なるほど。しかし、県令が県尉を暗殺するとなぜ分かったのですか?」
「簡単だ。文官ってやつはな、保身のためなら何だってやる生き物だ。自分の不正を知るやつが窮地に追い込まれれば、自分にも害が及ぶかもしれない、ならば元凶をこの世から消せば、それを防げるって考えだろう。コルプシオは相当追い込まれてたからな、自首される前に一秒でも早く始末しようとするのは必然だ」

 レイラは将軍の智謀に感心すると同時に、畏怖の念も抱いた。そして何も知らずにディフィニクスにけんかを売る形となった、県令と県尉に同情するのであった――。

 ここは、リレーシャの街から一キロメートルほど離れた先、強行軍で進軍してきた五千八百二十名の兵士を引き連れた軍団が迫っていた。

「アルガンザ王子、あと少しでリレーシャの街です」
「分かった。ウォルビスはディフィニクスの元へ戻れ、すべてが片付いたら会いに行く。他の者は指示した通りに動け! いいな!」

 国王の勅命を受け、県令と県尉の捕縛のために進軍を続けるアルガンザ第一王子の声が響き、伝令と伝達によって全部隊に行き渡った。
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