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3 王立べラム訓練学校 高等部1
3-14話 借刀殺人8
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アルガンザ第一王子がリレーシャの街へと進軍を開始した頃、将軍の部屋には革鎧を着込んだルーセントらを含む二十二名が集められていた。
「よく集まった。少し狭いが我慢してくれ、今日は最後の仕上げだ。九時になったら廃村のジルディーテへ向かう。ただ、一斉に向かうのは不自然だ。街中に散らばり、四名ずつ十分ごとに四方の出入り口から移動しろ」
ひととおり振り分けが終わると、再び将軍が口を開く。
「よし、それでは宿の厩舎と馬屋に馬を用意してある。出発のタイミングが早い順から宿の馬を使え。山賊の衣装は廃村についてから準備しろ。いいな」
その場にいる全員がうなずくと、それぞれが部屋を後にした。皆が出ていったあとに残ったのは、ティアとヴィラの二人だけだった。
将軍が最初にティアに顔を向ける。
「ティアにはもうひと働きしてもらうぞ。山賊に偽装した部下たちと県尉のやり取りを撮影したあと、県尉が払った身代金を、俺の部下から受け取れ。そうしたら、この書状と一緒に県尉の隠し金庫に突っ込んでこい。世話になったんだ、礼くらいは弾まないとな」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべる将軍、ティアは書状を受け取ると、まるで将軍と共鳴するかのように「ふっふっふ」と不敵な笑みを返した。
そして、将軍が今度はヴィラに向き直る。
「ヴィラはティアが街に戻ったあと、一緒に県尉府で連携して行動しろ。もし、侵入不可能な場合は、こっちで用意した罠の魔道具で陽動して注意をそらせ。ただし、それでも不可能だと思った場合は無理はせず、引き返してこい。分かったな」
「了解です! 任せてください」
「かしこまりました。それで将軍、一つ試したい罠があるのですが、それを使ってもよろしいですか?」
「ああ、構わん。好きにしろ」
将軍から許可を受けたヴィラは、ティアと二人で一礼をしてから部屋を出ていった。
一人残った将軍が窓を開ける。昇り始めた太陽が、リレーシャの街並みを光り輝くオレンジ色に染めていった。将軍が窓枠に手をつけると「頼んだぞ、お前ら」とつぶやいた。
ルーセントたちが向かったジルディーテ廃村は、リレーシャの街から馬で二時間ほど西へ行った場所にある。
リレーシャの街の拡張時に統合され、廃棄された村は今は誰も住んでおらず、廃虚と化している。
将軍はプルタント商会の近くで、県尉のコルプシオが指示通り来るかを偵察していた。
十時を少し回った頃、辺りをキョロキョロと確認しながら歩く挙動不審な男が、プルタント商会へとやって来た。
「あいつ何してんだ? 完璧に不審者じゃねぇか。……まさか、俺が街中に賊が潜伏してるって書いたから警戒してんのか? あんな臆病でよく不正なんかできたな」
街人の一人一人に怯えるコルプシオの滑稽な姿を見て、笑いをこらえるのに必死な将軍は、そのあともティル商会へ向かう姿を確認する。
コルプシオが商人と数人の護衛を引き連れ、馬車に乗り込むと街を出ていった。その姿を確認した将軍は宿へと戻った。
ジルディーテ廃村に全員が無事にたどり着くと、山賊を模した格好へと着替える。
革鎧の上から深紅の布を巻き付け、顔は目元しか確認ができなかった。
布の長さは頭に巻き付けてもへその位置までを覆い、両端は身体を挟んで垂れており、膝の近くまである。
下半身には、カーゴパンツにタクティカルブーツを履いていた。背中には二本の大刀が交差するようにベルトで固定され、腰には短刀が一本装備されている。
廃村にたむろす深紅の集団は、各々が好き勝手に動き、会話や大刀を使って演武などをして時間をつぶしていた。
フェリシアは真っ赤な山賊衣装を見て、いつもよりテンションを上げていた。
「ねぇねぇ、ルーセント。どう? この格好似合ってる?」
「うん、どっから見ても盗賊って感じだよ」
「へへへ、一度こういうのやってみたかったんだ。役者ってこんな気分なのかな? おらおら、金出せぇ」
フェリシアは腰の短刀を引き抜き、身体の前で構える。そして、迫力のない声でルーセントを脅した。その様子を見ていたパックスが二人の会話に参加した。
「ずいぶんと優しい盗賊だな。それじゃあ笑われちまうぞ」
「おうおう、なめてっとその首切っちまうぞ、おらぁ」
少しムッとしたフェリシアは、手に持つ短刀をパックスの首元へと持っていき、セリフ調の言葉を投げ掛ける。
パックスは笑みを浮かべたまま両手を軽く上げ「降参」とつぶやいた。
その様子を見ていたルーセントが、ほほ笑ましい笑みを向けてフェリシアの後ろから声をかけた。
「ははは、フェリシアに盗賊役は向いてないかもね」
「そうだな。盗賊にしては品が良すぎるんだよな」パックスも眉をひそめながら、あとに続いた。
「え~、そうかな? じゃあ何だったら似合いそう?」
ルーセントとパックスの言葉に、少しがっかりするフェリシア。ルーセントとパックスが少し考え込むと、答えを閃いたルーセントが自信満々に答える。
「そうだな。フェリシアならやっぱり、お姫様かな」
「ああ、ぴったりだ。むしろ、それ以外のイメージが沸かねぇな。実際、伯爵令嬢なんて似たようなもんだろ」
「そうかなぁ、お姫様かぁ。ふふ、じゃあルーセントは私を守る騎士で、パックスは……、ペットね!」
「よーし、今日もたくさん餌をもらっちゃうぞ、ってうるせぇよ! 何で動物なんだよ!」
「そう? じゃあ植木なんかどう?」
「うん、今日も元気に光合成! ってやかましいわ、すでに生き物ですらねぇじゃねぇか、ちょっと表出ろや」
「無理ね、だってもう外にいるもん」
三人のやり取りを聞いていた周りの仲間が笑いだし「お前ら面白いな」と絶賛を受けていると、きゅうちゃんがルーセントの頭に滑空して着地する。
「きゅう!」
「来たの? きゅうちゃん」
「きゅう、きゅう、きゅ」
頭の上で跳び跳ねるきゅうちゃんが肩まで降りてくると、東を向いたまま動かなくなる。
ルーセントはすぐに県尉が来たことを伝える。それを合図に全員が緊張を浮かべ、最後の仕上げに取りかかった。
時間は十三時を少し過ぎた頃、馬に乗ったコルプシオが馬車を六台引き連れてジルディーテ廃村へとやって来た。その表情は青ざめており、身体は小刻みに震えていた。
山賊の集団のリーダーに扮した一人の兵士が大刀を引き抜きコルプシオに話しかける。
「やっと来たか、ちゃんと積み荷を持ってきたようだな。そこの護衛と馬車に乗ってる野郎だけか? 変なこと考えてないだろうな」
「と、とんでもない。護衛は馬車が襲撃されないように連れてきただけです。あとは馬車を操縦する商人だけしかいません」
「そうか、まあいい。おいお前ら、馬車をこっちに移せ!」
リーダー役の兵士はルーセントたちに声をかけ、馬車を自分たちのいる方へと移動させる。
ルーセントたちは、大刀を引き抜き商人らに突き付けると、無言で馬車から引き離し一カ所に固めた。
中身を確かめる盗賊役の兵士たちが確認を終える。
「兄貴、中身は問題ありません。注文通りです」
「そうか、ご苦労だったなコルプシオ。もう帰っていいぞ」
用を済ませた兵士たちはコルプシオを帰らそうとしたが、コルプシオはカバンから布の塊を取り出した。そして、リーダーにそれを見せながら話しかける。
「お、お待ちください。誘拐されている私の部下はどこにいるのですか? 指示された、さ、三百万リーフならここにあります。部下を返してください」
「ん? ああ、忘れてた。おい、あいつらを連れてこい」
リーダーの指示を受けた兵士たちは、納屋から白い布を被せた荷車を曳いてくる。
布は荷車の上でもぞもぞと動き、呻き声が聞こえる。
コルプシオはリーダーに身代金を手渡すと、商人に荷車を動かすように命じる。
金を受け取ったリーダーは、少し不機嫌そうな態度でコルプシオに怒鳴る。
「おい! いつまでグダクダしてる気だ? さっさと失せろ、目障りなんだよ!」
リーダーが言い切るのと同時に、炎の魔法をコルプシオの足元にたたき込む。
コルプシオが「ひっ!」と怯えた声を出し、尻餅をついてしまった。さらに近づいてくるリーダーを見て、慌てて立ち上がると逃げるように帰っていった。
コルプシオが視界から消えたのを確認すると、全員が顔を覆っていた布を外す。そして、醜態をさらしていたコルプシオを思い出して笑っていた。
そんな中、身代金を手にしていたリーダーがティアの名を呼んだ。
「おーい、ティアどこだ? しっかりカメラに納めたんだろうな?」
リーダーの声にティアは木の上から飛び降り、近づいて行く。
「ふっふっふ、バッチリですよ~。私を誰だと思ってるんですか? 物資のやり取りに、身代金のだって向こうが報酬を受け取っているように見えますよ。完璧です!」
「さすがだ、よくやった。ではこれを持って最後の任務を終わらせてこい!」
ティアはリーダーから三百万リーフを受け取ると、馬に乗り颯爽と立ち去って行った。
ルーセントたちも着ていた装備を脱ぎ捨て、火の魔法で処理すると、馬に乗って意気揚々とリレーシャの街へと凱旋していった。
十六時少し前にリレーシャの街へと戻ってきたティアは、ヴィラとの待ち合わせの場所までおもむく。そこにはすでにヴィラが待機していた。
ティアを視界に入れたヴィラは、手招きをして呼び寄せると黒いフードを被る小さな少女をねぎらった。
「お疲れさま、思ったより早く着いたみたいだね」
「ふっふっふ、将軍の馬のおかげですね。立派な馬ですよ」
「へぇ、やっぱり強い将軍には良い馬がいるんだね。よし、それじゃあ僕らも終わらせてしまおうか」
ヴィラの言葉にうなずくティアは、ヴィラと自分に認識阻害、気配遮断の魔法をかけた。
「しかし、ずいぶんと便利な魔法だね。認識を阻害させる、と言うことは『統覚』と『連合』の二段処理を遮断しているってことだよな。うん、実に興味深いね。次の実験はこれにチャレンジしてみようか」
「ダメですよ! そんなアイテム作られたら私の活躍の場がなくなってしまいます。それよりも、陽動をしっかり頼みましたよ」
「任せてくれ、そっちは問題ない。新しいアイテムの実験もできて楽しみだよ」
二人は東西に別れ所定の場所へと進む。
ティアは県尉府の西の外壁の前で壁に寄りかかった。音と気配探知の魔法を使い様子をうかがう。
県尉府の中は脅迫状の影響で警備が厳重にされていた。いくらティアと言えども、ここまで警戒されていては、簡単には侵入ができない。ティアはヴィラの合図を待った。
ヴィラが東の外壁の前に立つと、カバンの中から手のひらサイズの厚みがある緑の円盤と、直径五センチメートルほどの黒い球体を五個取り出した。そして、ためらいもなく壁の中へ放り投げた。
「ふっ、警備のパターンは計算済みです。僕からしたらこんな任務は容易いですね。さあ、どんな反応を示すか、見せてもらいますよ」
ヴィラの投げたアイテムが壁の中に入ると、まずは黒い球体が何重にも爆発を繰り返し、白い煙とともに派手な炸裂音を撒き散らす。
音に反応を示した警護の武官や建物の中から武器を持って出てくる役人たちで現場が騒がしくなった。
辺りに充満する煙に警戒しつつも、槍を構えた武官がゆっくりと近付いていく。そこに、センサーに反応した緑の円盤が作動する。
緑色の円盤からは“ポン”と軽い爆発音とともに、パックスを絡め取っていた植物が現れた。腕の太さほどの蔦が無数に伸びて、武官を一人、二人と絡めとる。
逃れようとした武官がもがいていると、徐々に動きが鈍くなり、最終的には脱力状態のまま動かなくなってしまった。
ヴィラは三階建ての建物からその様子を観察していた。
「実験は成功だね。まぁ、パックスで効果は実証済みだけど。名付けて『人取り草』どうやら魔物だと思って慎重になっているようだね。これで警備に穴が開くはずだ。あとは任せたよティア」
ヴィラは満足した表情を浮かべると、ティアの認識阻害の魔法をアイテムにできないか考えながら宿に戻っていった。
ティアは突如鳴り響いた爆発音に一瞬気を取られたが、ヴィラの仕業だろうと外壁の上から県尉府を眺めていた。敷地内の中では、人が次々と東へと移動していく。
「やっぱり将軍は侮れませんね。陽動作戦『声東撃西』バッチリです」
将軍から最初に東で騒ぎを起こし注意を集めたあと、手薄になった西から侵入すればいいと教わっていた。
ティアはガラ空きになった警備の隙をついて無事に侵入を果たす。
県尉の執務室まで無事に侵入すると、何度も訪れなじみ深くなった隠し金庫に、身代金だった三百万リーフを将軍からの書状を添えて元へと戻した。
動かしたものを元の位置に戻して痕跡を消すと、県尉府を立ち去り宿へと戻っていった。
「よく集まった。少し狭いが我慢してくれ、今日は最後の仕上げだ。九時になったら廃村のジルディーテへ向かう。ただ、一斉に向かうのは不自然だ。街中に散らばり、四名ずつ十分ごとに四方の出入り口から移動しろ」
ひととおり振り分けが終わると、再び将軍が口を開く。
「よし、それでは宿の厩舎と馬屋に馬を用意してある。出発のタイミングが早い順から宿の馬を使え。山賊の衣装は廃村についてから準備しろ。いいな」
その場にいる全員がうなずくと、それぞれが部屋を後にした。皆が出ていったあとに残ったのは、ティアとヴィラの二人だけだった。
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「ティアにはもうひと働きしてもらうぞ。山賊に偽装した部下たちと県尉のやり取りを撮影したあと、県尉が払った身代金を、俺の部下から受け取れ。そうしたら、この書状と一緒に県尉の隠し金庫に突っ込んでこい。世話になったんだ、礼くらいは弾まないとな」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべる将軍、ティアは書状を受け取ると、まるで将軍と共鳴するかのように「ふっふっふ」と不敵な笑みを返した。
そして、将軍が今度はヴィラに向き直る。
「ヴィラはティアが街に戻ったあと、一緒に県尉府で連携して行動しろ。もし、侵入不可能な場合は、こっちで用意した罠の魔道具で陽動して注意をそらせ。ただし、それでも不可能だと思った場合は無理はせず、引き返してこい。分かったな」
「了解です! 任せてください」
「かしこまりました。それで将軍、一つ試したい罠があるのですが、それを使ってもよろしいですか?」
「ああ、構わん。好きにしろ」
将軍から許可を受けたヴィラは、ティアと二人で一礼をしてから部屋を出ていった。
一人残った将軍が窓を開ける。昇り始めた太陽が、リレーシャの街並みを光り輝くオレンジ色に染めていった。将軍が窓枠に手をつけると「頼んだぞ、お前ら」とつぶやいた。
ルーセントたちが向かったジルディーテ廃村は、リレーシャの街から馬で二時間ほど西へ行った場所にある。
リレーシャの街の拡張時に統合され、廃棄された村は今は誰も住んでおらず、廃虚と化している。
将軍はプルタント商会の近くで、県尉のコルプシオが指示通り来るかを偵察していた。
十時を少し回った頃、辺りをキョロキョロと確認しながら歩く挙動不審な男が、プルタント商会へとやって来た。
「あいつ何してんだ? 完璧に不審者じゃねぇか。……まさか、俺が街中に賊が潜伏してるって書いたから警戒してんのか? あんな臆病でよく不正なんかできたな」
街人の一人一人に怯えるコルプシオの滑稽な姿を見て、笑いをこらえるのに必死な将軍は、そのあともティル商会へ向かう姿を確認する。
コルプシオが商人と数人の護衛を引き連れ、馬車に乗り込むと街を出ていった。その姿を確認した将軍は宿へと戻った。
ジルディーテ廃村に全員が無事にたどり着くと、山賊を模した格好へと着替える。
革鎧の上から深紅の布を巻き付け、顔は目元しか確認ができなかった。
布の長さは頭に巻き付けてもへその位置までを覆い、両端は身体を挟んで垂れており、膝の近くまである。
下半身には、カーゴパンツにタクティカルブーツを履いていた。背中には二本の大刀が交差するようにベルトで固定され、腰には短刀が一本装備されている。
廃村にたむろす深紅の集団は、各々が好き勝手に動き、会話や大刀を使って演武などをして時間をつぶしていた。
フェリシアは真っ赤な山賊衣装を見て、いつもよりテンションを上げていた。
「ねぇねぇ、ルーセント。どう? この格好似合ってる?」
「うん、どっから見ても盗賊って感じだよ」
「へへへ、一度こういうのやってみたかったんだ。役者ってこんな気分なのかな? おらおら、金出せぇ」
フェリシアは腰の短刀を引き抜き、身体の前で構える。そして、迫力のない声でルーセントを脅した。その様子を見ていたパックスが二人の会話に参加した。
「ずいぶんと優しい盗賊だな。それじゃあ笑われちまうぞ」
「おうおう、なめてっとその首切っちまうぞ、おらぁ」
少しムッとしたフェリシアは、手に持つ短刀をパックスの首元へと持っていき、セリフ調の言葉を投げ掛ける。
パックスは笑みを浮かべたまま両手を軽く上げ「降参」とつぶやいた。
その様子を見ていたルーセントが、ほほ笑ましい笑みを向けてフェリシアの後ろから声をかけた。
「ははは、フェリシアに盗賊役は向いてないかもね」
「そうだな。盗賊にしては品が良すぎるんだよな」パックスも眉をひそめながら、あとに続いた。
「え~、そうかな? じゃあ何だったら似合いそう?」
ルーセントとパックスの言葉に、少しがっかりするフェリシア。ルーセントとパックスが少し考え込むと、答えを閃いたルーセントが自信満々に答える。
「そうだな。フェリシアならやっぱり、お姫様かな」
「ああ、ぴったりだ。むしろ、それ以外のイメージが沸かねぇな。実際、伯爵令嬢なんて似たようなもんだろ」
「そうかなぁ、お姫様かぁ。ふふ、じゃあルーセントは私を守る騎士で、パックスは……、ペットね!」
「よーし、今日もたくさん餌をもらっちゃうぞ、ってうるせぇよ! 何で動物なんだよ!」
「そう? じゃあ植木なんかどう?」
「うん、今日も元気に光合成! ってやかましいわ、すでに生き物ですらねぇじゃねぇか、ちょっと表出ろや」
「無理ね、だってもう外にいるもん」
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「きゅう!」
「来たの? きゅうちゃん」
「きゅう、きゅう、きゅ」
頭の上で跳び跳ねるきゅうちゃんが肩まで降りてくると、東を向いたまま動かなくなる。
ルーセントはすぐに県尉が来たことを伝える。それを合図に全員が緊張を浮かべ、最後の仕上げに取りかかった。
時間は十三時を少し過ぎた頃、馬に乗ったコルプシオが馬車を六台引き連れてジルディーテ廃村へとやって来た。その表情は青ざめており、身体は小刻みに震えていた。
山賊の集団のリーダーに扮した一人の兵士が大刀を引き抜きコルプシオに話しかける。
「やっと来たか、ちゃんと積み荷を持ってきたようだな。そこの護衛と馬車に乗ってる野郎だけか? 変なこと考えてないだろうな」
「と、とんでもない。護衛は馬車が襲撃されないように連れてきただけです。あとは馬車を操縦する商人だけしかいません」
「そうか、まあいい。おいお前ら、馬車をこっちに移せ!」
リーダー役の兵士はルーセントたちに声をかけ、馬車を自分たちのいる方へと移動させる。
ルーセントたちは、大刀を引き抜き商人らに突き付けると、無言で馬車から引き離し一カ所に固めた。
中身を確かめる盗賊役の兵士たちが確認を終える。
「兄貴、中身は問題ありません。注文通りです」
「そうか、ご苦労だったなコルプシオ。もう帰っていいぞ」
用を済ませた兵士たちはコルプシオを帰らそうとしたが、コルプシオはカバンから布の塊を取り出した。そして、リーダーにそれを見せながら話しかける。
「お、お待ちください。誘拐されている私の部下はどこにいるのですか? 指示された、さ、三百万リーフならここにあります。部下を返してください」
「ん? ああ、忘れてた。おい、あいつらを連れてこい」
リーダーの指示を受けた兵士たちは、納屋から白い布を被せた荷車を曳いてくる。
布は荷車の上でもぞもぞと動き、呻き声が聞こえる。
コルプシオはリーダーに身代金を手渡すと、商人に荷車を動かすように命じる。
金を受け取ったリーダーは、少し不機嫌そうな態度でコルプシオに怒鳴る。
「おい! いつまでグダクダしてる気だ? さっさと失せろ、目障りなんだよ!」
リーダーが言い切るのと同時に、炎の魔法をコルプシオの足元にたたき込む。
コルプシオが「ひっ!」と怯えた声を出し、尻餅をついてしまった。さらに近づいてくるリーダーを見て、慌てて立ち上がると逃げるように帰っていった。
コルプシオが視界から消えたのを確認すると、全員が顔を覆っていた布を外す。そして、醜態をさらしていたコルプシオを思い出して笑っていた。
そんな中、身代金を手にしていたリーダーがティアの名を呼んだ。
「おーい、ティアどこだ? しっかりカメラに納めたんだろうな?」
リーダーの声にティアは木の上から飛び降り、近づいて行く。
「ふっふっふ、バッチリですよ~。私を誰だと思ってるんですか? 物資のやり取りに、身代金のだって向こうが報酬を受け取っているように見えますよ。完璧です!」
「さすがだ、よくやった。ではこれを持って最後の任務を終わらせてこい!」
ティアはリーダーから三百万リーフを受け取ると、馬に乗り颯爽と立ち去って行った。
ルーセントたちも着ていた装備を脱ぎ捨て、火の魔法で処理すると、馬に乗って意気揚々とリレーシャの街へと凱旋していった。
十六時少し前にリレーシャの街へと戻ってきたティアは、ヴィラとの待ち合わせの場所までおもむく。そこにはすでにヴィラが待機していた。
ティアを視界に入れたヴィラは、手招きをして呼び寄せると黒いフードを被る小さな少女をねぎらった。
「お疲れさま、思ったより早く着いたみたいだね」
「ふっふっふ、将軍の馬のおかげですね。立派な馬ですよ」
「へぇ、やっぱり強い将軍には良い馬がいるんだね。よし、それじゃあ僕らも終わらせてしまおうか」
ヴィラの言葉にうなずくティアは、ヴィラと自分に認識阻害、気配遮断の魔法をかけた。
「しかし、ずいぶんと便利な魔法だね。認識を阻害させる、と言うことは『統覚』と『連合』の二段処理を遮断しているってことだよな。うん、実に興味深いね。次の実験はこれにチャレンジしてみようか」
「ダメですよ! そんなアイテム作られたら私の活躍の場がなくなってしまいます。それよりも、陽動をしっかり頼みましたよ」
「任せてくれ、そっちは問題ない。新しいアイテムの実験もできて楽しみだよ」
二人は東西に別れ所定の場所へと進む。
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ヴィラが東の外壁の前に立つと、カバンの中から手のひらサイズの厚みがある緑の円盤と、直径五センチメートルほどの黒い球体を五個取り出した。そして、ためらいもなく壁の中へ放り投げた。
「ふっ、警備のパターンは計算済みです。僕からしたらこんな任務は容易いですね。さあ、どんな反応を示すか、見せてもらいますよ」
ヴィラの投げたアイテムが壁の中に入ると、まずは黒い球体が何重にも爆発を繰り返し、白い煙とともに派手な炸裂音を撒き散らす。
音に反応を示した警護の武官や建物の中から武器を持って出てくる役人たちで現場が騒がしくなった。
辺りに充満する煙に警戒しつつも、槍を構えた武官がゆっくりと近付いていく。そこに、センサーに反応した緑の円盤が作動する。
緑色の円盤からは“ポン”と軽い爆発音とともに、パックスを絡め取っていた植物が現れた。腕の太さほどの蔦が無数に伸びて、武官を一人、二人と絡めとる。
逃れようとした武官がもがいていると、徐々に動きが鈍くなり、最終的には脱力状態のまま動かなくなってしまった。
ヴィラは三階建ての建物からその様子を観察していた。
「実験は成功だね。まぁ、パックスで効果は実証済みだけど。名付けて『人取り草』どうやら魔物だと思って慎重になっているようだね。これで警備に穴が開くはずだ。あとは任せたよティア」
ヴィラは満足した表情を浮かべると、ティアの認識阻害の魔法をアイテムにできないか考えながら宿に戻っていった。
ティアは突如鳴り響いた爆発音に一瞬気を取られたが、ヴィラの仕業だろうと外壁の上から県尉府を眺めていた。敷地内の中では、人が次々と東へと移動していく。
「やっぱり将軍は侮れませんね。陽動作戦『声東撃西』バッチリです」
将軍から最初に東で騒ぎを起こし注意を集めたあと、手薄になった西から侵入すればいいと教わっていた。
ティアはガラ空きになった警備の隙をついて無事に侵入を果たす。
県尉の執務室まで無事に侵入すると、何度も訪れなじみ深くなった隠し金庫に、身代金だった三百万リーフを将軍からの書状を添えて元へと戻した。
動かしたものを元の位置に戻して痕跡を消すと、県尉府を立ち去り宿へと戻っていった。
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