月影の砂

鷹岩 良帝

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3 王立べラム訓練学校 高等部1

3-12話 借刀殺人6

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 夜が明けて、ルーセントたちにも召集がかかり全員が将軍の部屋へと集まった。

「朝早くに悪いな、昨日はティアの活躍で予想外の速さで事がうまく運んだ。ティアにはもうひと働きしてもらうが、あとは県令、県尉が尻尾を出すのを待つだけだ。それも、俺の予想だと数日の内に片が付く。そこで、他の者にも準備をしてもらう」

 将軍は説明しながら全員の顔を見渡すと、写真をテーブルの上から一枚つかんだ。写真は県尉の部屋の机の上を写したものだった。それをティアに見せながら、新たな指示を与える。

「この机の上に、薄緑の翡翠でできた馬の彫刻が施されている県尉の官印が写ってるだろ? 少ししたら書状を持たせる。その紙にこの官印を使って印を押してこい」
「そんなのお安いご用です! 任せてください」
「ではしばらく待っていろ、すぐに用意する」

 将軍は、隣に立っていた兵士に目配せをした。兵士が無言でうなずくと部屋を出ていった。

「偽造するつもりですか?」ルーセントは納得がいかないのか、懐疑的なまなざしを将軍に向けた。

「そうだ。俺はあいつに借刀殺人の計を仕掛ける。他人の刀をもって相手を殺す。今ここで手を出しても越権行為にしかならん。だから、この状況を利用して陛下に処理してもらう。どのみち、賄賂と職務不実行の時点で死罪は免れん、今さら罪が一つ二つ増えたところで変わりはしない」

「でも、それでは何の罪もない家族が巻き添えになってしまいます」

「何かを得るなら犠牲は嫌でもついてくる。それにな、ルーセント。俺は一万人以上の兵を預かる身だ。俺の背中には一万の命と、その後ろにいる家族の未来をも背負う。一人でもその命が脅かされると言うのなら、俺は全力を尽くす。いくら清く生きていたとしても、罪を被せられればどうにもならん。望む望まずとも、騙されるやつは騙すやつの食い物にされるだけだ。覚えておけ、清廉潔白でいることは大事だが、奇麗なだけではこの世界は生きられん」

「本当に、この方法しかないのですか?」ルーセントが拳を握り、いまだに不服そうに下唇を噛む。

「そうだ。あいつはそれだけのことをしてきた。法を犯すのに、リスクがないなんてことはあり得ん。あいつの選んだリスクがこれだったと言うだけだ。もし、これで誰かに恨まれることがあるのなら、俺がそのすべてを引き受ける」

 将軍の覚悟とその責任、そしてその重圧を見せられ、ルーセントがうつむく。
 今回の事件を見て、将軍の言うことが正しいと思う反面、納得できない部分もある。だが、今は仲間を救うことに全力を尽くそう、とルーセントは将軍の目を見ると覚悟を決めた。

「分かりました。最大限、努力します」
「頼んだぞ。ただまぁ、正直でいることは良いことだ。ただ、それと同時に正しくあることも大事だ。道を誤るなよ」
「はい、ありがとうございます」

 将軍を力強く見つめ返すルーセントの瞳に、将軍は笑みを浮かべた。そして、真面目な表情に顔を戻すと、レイラを見た。

「レイラは引き続き県令の監視につけ、数日の内に尻尾を出すはずだ。これに作戦の成否がかかっている。抜かるなよ」
「かしこまりました、必ずや成し遂げて見せます。それではこれにて失礼いたします」

 最重要任務を任されたレイラは、その表情に凛々しさを漂わせる。真剣なまなざしで頷くと、身を翻(ひるがえ)し部屋を退出した。

「ルーセント、フェリシア、パックスは金を渡すから、人数分の装備を整えろ。山賊になったつもりで用意をしてこい。それと、顔は隠せるようにしておけよ」
「山賊風ですか? 一体何をするつもりですか?」

 ルーセントは与えられた内容に理解ができず、眉をひそめた。

「ただの芝居だ。俺が手を出すとしたらこれしかないからな。トドメの一撃ってやつかな」

 将軍はルーセントの疑問に答える形で今回の作戦を伝える。
 内容を理解したルーセントが「分かりました。任せてください」と答えた。
 将軍はほほ笑みをもって返事とすると、今度はヴィラに視線を移す。

「ヴィラには、最後にティアと行動してもらう。この計略が進めば、県尉府は警護の武官で固められるだろう。ティアといえど侵入には苦労するはずだ。そこで、お前と連携してサポートをしてやってくれ。それまでは回復ポーションを中心に、魔力ポーションを作って欲しい。ロイには話を通してある、以降はロイの指示に従え」
「かしこまりました」
「よし! これで評定は終わりだ。各自、任務に移れ!」
「はい!」

 その場の全員が同時に返事を返すと、指示を実行するために部屋を出ていった。

「さて、俺も行くか。ティアは、県尉府に忍び込む前に俺と一緒にちょっとした商談に参加しろ」
「ふっふっふ、面白そうですね。それに、先程のルーセントに言った将軍の言葉、しびれてしまいました。世の中は理不尽でできているのです。容赦はしませんよ~」
「お前はもっと奇麗さを学んだ方がいいと思うけどな」
「何か言いましたか?」
「いや、何でもない。行くぞ」

 将軍は言っても意味がなさそうだなと思い、ごまかすようにティアを連れて部屋を出ていった。

 将軍たちがやって来たのは、武器や日用雑貨を中心に扱う商会『プルタント商会』の店の前だった。
 店の中に入ると威勢のいいあいさつが飛んできて、一人の若者が声をかけてくる。

「いらっしゃいませ。今日はどんなご用でしょうか?」
「ここの当主はいるか? 県尉からの使いだと伝えてくれ」
「か、かしこまりました、すぐにお呼びいたします。少々お待ちください」

 若者は一礼すると急いで店の奥へと入っていった。数分後には焦りを見せる当主を連れて戻ってきた。

「ようこそいらっしゃいました。県尉殿が使いを寄越すとは珍しいですね。さあどうぞ、中へお入りください」

 将軍は当主に従い店の奥へと入っていく。
 ティアは当主と将軍が話している隙に、気配遮断と認識阻害の魔法を使い、死角をついて先に奥へと侵入していた。

「どうぞお座りください。本日はどう言ったご用件でしょうか?」
「まずはこれを見てくれ」

 商談室に通された将軍がソファーに座ると、大きめの一枚の封筒をテーブルの上に置いた。将軍が当主の前へ封筒を滑らす。
 当主は封筒を受けとると中身を取り出し読み始めた。

「これは、武器の注文依頼ですね。他にはなにがっ!?」

 封筒の中にまだ何かが入っていることに気付いた当主は、中にあった写真を二枚取り出した。
 写真を見た当主は冷や汗をかき、誰が見てもわかるほどに手を震わせていた。
 写真には、先日県尉に賄賂を渡していた場面と、帳簿に記された名前と金額が写っていた。

「こ、これは……、あなたは一体」
「アンゲルヴェルク王国前将軍、ディフィニクス・ローグだ。そして、これは陛下からの勅命書だ。県尉に勅命を邪魔されてな、調べてたらお前が現れた」

 将軍が懐から取り出したのは、王家の紋章が刺繍された布。そこには将軍の名前と任務が書かれ、王の印が捺された詔書しょうしょであった。それと同時に、ローグ家の紋章、鳳凰を模した玉佩ぎょくはいを取り出し、身分を証明する。
 詔書にいたっては王城でのみ作られ、一枚一枚管理されていて偽造が不可能であった。この二つの提示に、将軍の身分を証明するのに十分であった。

「も、申し訳ありません! ど、どうかお許しを……」

 当主はソファーから転がるように降りると、頭をつけて土下座をした。
 将軍は土下座を続ける当主に、冷ややかな見下した視線を送ると冷酷に言い放つ。

「無理に決まっているだろ? 賄賂はこの国では重罪だ。お前の罪はどれほどか?」
「わ、私の、つ、罪は……、財産をすべて没収の上、ざ、斬首です」
「この額ならお前だけではなく、一族も含まれる」
「そんな!」

 将軍が放つトドメの一言に、当主は土気色の顔に変わり、身体の震えがさらにひどくなる。
 そんな様子を見て、将軍が救いの一言を述べる。

「だが、協力するならこいつはなかったことにしてやろう」
「ほ、本当ですか? ぜひとも協力させてください!」
「ああ、だが当主を交代すると言う条件付きだがな」
「そ、それは……」

 突如、将軍の口から飛び出した厳しい条件に、当主の先程まであった勢いは鳴りを潜め、目を泳がせると口ごもった。
 顔を伝う汗を何度も拭う当主の煮え切らない態度を見て、将軍はさらに鋭いにらみを利かせる。そして、王国最強を誇る武将の威圧感を持って、切り捨てるような冷たい声で脅しをかける。

「法に反して無事に暮らせるとでも思っていたのか? いいんだぞ。お前の代で店をつぶし、家族を道連れにしたいと言うならな」
「……言う、通りにいたします」

 当主から見れば、今の将軍は地獄から現れた悪魔のようにも感じられ、同じ空間にいると言うだけで身体の震えは止まらず、指の一本すら動かすことさえ叶わなかった。なんとか絞り出した震えて掠れる声で了承すると、うなだれたままソファーに体重を預けた。
 そして、今後の計画について指示を受ける。
 当主がすべてを了承すると、将軍は満足したように立ち上がる。そして、扉の前まで歩いていくと、突如立ち止まり振り返った。

「ああ、忘れていたが、もし誰かに口外したら分かっているな?」

 将軍は話を終えると指をならした。それを合図に、当主の後ろからティアが現れ、その首に短刀を添えた。

「いつも見ていますよ。不慮な事故に遭わなければいいですね」

 ティアが当主の耳にボソッと脅すようにささやく。
 何時からいたのか分からなかった存在に、恐怖を抱いた当主は「ひっ!」と短い声をあげる。
 将軍は当主をにらみ、再び威圧をかけて警告する。

「あいつが帳簿を残していた時点で、いつかは捨て駒にされただろう。このまま俺に従って穏やかに人生を全うするか、不慮な事故に巻き込まれるかはお前次第だ」
「……肝に命じておきます」

 当主は勇気を振り絞るように、恐怖で震える声で将軍に従うことを伝えた。
 将軍とティアはプルタント商会を後にすると、次いで穀物や野菜など食料品を扱う商会『ティル商会』に足を運び、プルタント商会と同じように賄賂の証拠を突き付け、兵糧を用意するように協力を取り付けた。
 将軍はティアとともに部屋に戻ると、今後の計画についてティアに相談を持ちかける。

「ご苦労だったな、後は県尉の武官を誘拐できればいいのだが、なにかいい案はないか?」

 ティアは将軍からの相談に考え込むと、潜入したときの記憶がよみがえった。

「あ! そう言えば、最初に潜入したときに武官の会話を聞いたのですが、今日三人が休暇で王都に行くって言ってましたよ」
「それはいい! 今日ほどお前がいてくれて良かったと思ったことはないぞ!」

 最大限の賛辞にティアは照れを隠せず、顔を赤く染め上機嫌になる。
 将軍はティアの頭をなでると、席を立ち部下に武官を誘拐するように、と命を下すため部屋を出ていった。

「ふっふっふ、さすがは私ですね。できる女は違います。さて、手も空いたし、残りの仕事もこなしてしまいますか」

 しばらくのち、ティアは将軍から偽造用の書状を受けとると宿を出ていった。
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