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3 王立べラム訓練学校 高等部1
3-11話 ヴィラの実験
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ティアが県尉府の侵入を試みている間に、ヴィラはロイに見せるための材料を街中で入手し、下準備をしていた。少し乱雑になった部屋には、所々になにかの設計図が散らばっていた。
「よし、こっちはこれで完了だ。あとはセンサーが反応してくれればいいんだけど――」
みんなに見せるための準備を始めて数時間後、機材の準備と点検をしていたヴィラが窓に目を向けると、外はすっかり夕暮れとなっていた。
「おっと、もうこんな時間か。みんなを待たせるのも悪いし、そろそろ始めようかな」
ヴィラが部屋を出てルーセントとロイたちに声をかける。ロイとルーセントが材料を馬車まで取りに行き、残りの全員が部屋に集まっていた。
「楽しみね」フェリシアが目を輝かせ楽しそうにしている。
「ダイエットジュースねぇ、本当に効果あるのか?」パックスが疑い深い目をヴィラに送る。
「理論上はね。グラウライムが脂肪を燃やしてエネルギーを作り、リューズシナモンが脂肪や糖を取り込みにくくするんだよ。甘美蜂のハチミツは安眠効果もあって栄養満点、効果ありそうじゃないかい?」
「それだけ聞けばな。信じがたいけど」
「試してみたらわかるよ」
「そうよ。体に悪いものは入っていないんだし、飲めばいいだけよ」
「へい、へい」
パックスが二人に言いくるめられていたとき、部屋の扉が開いて荷物を抱えた二人が入ってきた。
そして、そのうしろにはもう一人がいた。
「ずるいですよ。私だけ蚊帳の外なんて」
「あれ? ティアじゃない。将軍の方はもういいの?」
数日かかると思っていたフェリシアが、不思議そうに尋ねると、ティアは胸を張り「ふっふっふ、私を誰だと思っているんですか?」と自信満々に答えたが、すぐに「と言いたいところですが……」と全員に事情を説明した。
「隠し金庫ね。もはや怪しさしかないね」
ヴィラが興味深そうな目をティアに向けた。
「そうなんですよ。証拠としては商人とのやり取りだけでは弱いので、何とかして開けたいのですが、暗証番号が分からなくて……」
「それは厄介だね。金庫についている暗証番号は、手順を踏まないと、警報が作動して開けられなくなってしまうからね」
「そうなんですよ。部屋を調べてもそれらしいものはなくて」
ティアがそう言って腰のポーチから、県尉の部屋を撮った写真を取り出した。
「見せてもらってもいいかな?」
興味を示したヴィラがティアから写真を受けとると、一枚、一枚確認していく。そして、本棚が写った一枚の写真でその手を止めた。
「なるほど、これはなかなかに考えたね。そんなに頭が良さそうには見えなかったけど、悪知恵は働くようだ。番号が分かったよ」
「えっ! 本当ですか?」ティアが写真を受け取り、じっとそれをにらみつけた。
しかし、ティアにはなにがそんなに不自然なところがあるのか分からなかった。眉をひそめてヴィラを見る。
「これで何が分かるんですか?」
「その本棚の本、左上からタイトルが文字順に並んでいるだろ? 他の写真もそうだけど、部屋中が驚くほどに整頓されて奇麗に維持されている。見た目と違ってずいぶんと几帳面な性格をしているようだね。本人の顔からはまったく想像ができないけど。で、それにも関わらず、ここだけ不自然なんだ。複数巻ある本の最初のやつを見てくれ」
ヴィラの言葉に、その場にいた全員が写真をのぞき込んだ。そこには、文字順通りに奇麗に並んでいる本とは違い、巻数が不規則に並べられていた。
「あっ! これって」フェリシアが最初に気づく。
続いて全員が納得したように感嘆の声を出した。
「そう、最初タイトルの本は三巻が先頭で順番通り、その次のタイトルの本が七巻、八巻と来て順番通りに並べてあるだろ? それ以外の本は奇麗に整頓されている。つまりは……」
「不規則な数字を並べていけば、暗証番号になっているってことですね!」ティアがヴィラの言葉を引き継いで答えた。
「そういうこと、これで問題は解決だね」
「ふっふっふ、小賢しい男でしたが、これで終わりですね。でも、いまはダイエットジュースが先です!」
「おぉ、期待に添えられるように頑張るよ」
任務をそっちのけなティアに苦笑いを浮かべると、ヴィラは木箱からグラウライム、甘美蜂のハチミツ、リューズシナモンを取りだし、テーブルの上に並べていく。
材料を手に取り一つ一つを確認していくヴィラは顔が笑みへと変わり、感心したように眺めていた。
「さすがはドラグミス商会。うっとりするくらい品質が良いですね」
「ええ、我々の商会は品質には特にこだわっておりますから」
ヴィラの称賛を聞き、うれしそうに表情を緩めるロイに、フェリシアが思い出したようにつぶやく。
「そう言えば、お父様も品質が良いとよく褒めていたわね」
「おや? フェリシアさんの家は我々の商会を贔屓にしてくださっているのですね。失礼ですが、お父様は何の仕事をしていらっしゃるのですか?」
グラウライムを手に、その香りを嗅いでいたパックスがフェリシアに代わって答える。
「ロイさん知らなかったのか? フェリシアはメストヴォード伯爵の娘だぜ」
「な、なんと! これは失礼いたしました。数々のご無礼をお許しください」
パックスの言葉を聞いたロイは、顔を青ざめさせると頭を下げてこれまでの非礼をわびる。それを見たフェリシアは、慌てた様子でロイの頭を上げさせる。
「あ、頭を上げてくださいロイさん! 偉いのは私の父であって私ではありません。だから今まで通り接してください」
「しかし……、分かりました。ですが、フェリシア様と呼ぶことだけはお許しください」
「分かりました。これからもよろしくお願いします」
フェリシアと握手を交わすとロイが元の場所に戻り、準備を終えたヴィラが全員の顔を見る。
「よし! 準備が終わったから始めよう。って言ってもこれは錬金と言うより料理の分野だろうけど」
「器材だけ見たら料理って感じはまったくしねぇがな」
「そうね、どこから見ても実験よね」
ヴィラが用意したビーカーやバーナー、ろ過機等の器材を見て、感じたままの感想を述べるパックスとフェリシア、ヴィラは苦笑いを浮かべながら、テーブルの上にある燃料式バーナーに手を伸ばす。
「まぁ、これだけ見たら実験だよね。ルーセント君、悪いけどこのバーナーの燃料に火を着けてもらっていいかな?」
「うん、いいよ」
ヴィラはルーセントが火を着けたバーナーを手に取ると、水を入れたビーカーをスタンドに置いて熱し始めた。
「よし、このまま沸騰するまで待とう。作るのは簡単ですぐ終わるから、ついでにポーションも作って渡しておくよ」
「ありがとう助かるよ」
ルーセントがヴィラに礼を伝えると、水が沸騰するまでの時間を利用し、ポーションの下準備を始めた。
「回復ポーションはレゾ草の葉、コロコロゼリーの核、レモン、ゼルリオン草、蒸留水、カーリド砂で作れる」
ヴィラはビーカーに蒸留水を注ぐと、三個のまるっこい形をした緑色のコロコロゼリーの核を投入する。続いて、黄緑色のシダ性植物のレゾ草を乳鉢ですり潰したものをビーカーに投入し、ガラス棒でかき混ぜながら解説を始める。
「レゾ草をすりつぶし、コロコロゼリーの核と混ぜると核を生かしたまま溶かすことができる。回復ポーションが緑色なのはこれが理由だね」
手順の説明を終えると、再びポーション作りに入る。
今度はレモン果汁をビーカーに加え、紫色の針のような葉を持つ寄生植物のゼルリオン草四枚をビーカーに浮かべると、カーリド鉱石を細かく砕いた砂を一掴み投入して再びかき混ぜる。
「うん、これで下準備は完了。ちなみにレモンの部分は柑橘系なら何でも構わないよ。買う店によって味が違うでしょ? あとは中火程度の火にかけて、ゼルリオン草が茶色くなったら一気に沸騰させる。ろ過した物を保存すれば完成だ」
ヴィラがポーション製作の下準備を三個ほど終わらせると、火にかけていたダイエットジュース用のビーカーの水が沸騰し、銀色のハサミのような形をした器具で挟むと、ヴィラがテーブルの上に置く。
「じゃあ、サクッと作っちゃおうか」
ヴィラは熱湯の中に蜂蜜を投入した。
琥珀色に染まったお湯に続けて、ライム果汁、シナモンを投入すると、しっかり混ざりあうまでかき混ぜる。
「よし、これくらいでいいだろう。あとは寝る前と起きたときに、コップ一杯を飲むといいよ」
透明に輝く琥珀色の液体に、フェリシアとティアは目を輝かせてジュースを見つめていた。
ロイは何か考え込むように液体をにらみ動かずにいた。
パックスは、このあとに続いたヴィラの説明にギブアップすると、銀色の円盤状の物を見つけて興味深そうに手に取り観察していた。
「さて、ジュースはこれくらいでいいかな。次は回復ポーションを作るよ。もうほとんど完成しているようなものだけど……」
ヴィラがポーション作製に取りかかろうとしたとき「うわぁ!」とパックスの声が響いた。
ツンツン頭の少年が手にしていた銀の円盤は、人の背丈ほどのある大きさの植物に変形していて、パックスの身体全体を巻き取っていた。
全員がパックスへと視線を移す。
呆れた様子のヴィラが近づいていく。
「好奇心が旺盛なのは悪いことではないけど、警戒心は持った方がいいね。まぁ、こっちは実験ができて助かるけど」
「なんだよこれ! なんかチクチクしやがる」
パックスがからみついてくる奇怪な植物から逃れようともだえていた。
「あぁ、あまり動かない方が……、まぁ、いいや。もう手遅れだし」ヴィラは自身の手を払い、あきらめた表情に変わった。
「おい! なんだその態度は! お前が作ったんだろ? なんとかしろよ!」なおも抜け出そうとパックスがもがく。
「パックスはいつもそうですね」ティアがニヤニヤしながら踊る植物を観察している。
「見てないで助けろよ!」少し疲れたのか、パックスの動きが鈍くなる。
「イヤです。気持ち悪いので」ティアが即答で断った。
「この薄情者がぁ! おい、ルーセント。なんとかしてくれ」
ルーセントが心配そうにパックスに顔を向けると、ヴィラになんなのか、と問いかけた。
「あれは、僕が開発した防衛装置だよ。空き巣対策にどうかなって思って作ったんだよ」
「パックスは大丈夫なの?」
「しばらくはしびれて動けないだろうけど、害はないよ。あの植物には小さなトゲが大量に付いていてね、マヒ毒を注入するんだよ。それもしっかりと調整はしてあるから問題ないよ。とはいっても、そろそろ助けてあげないとね。ルーセント、あの植物を斬ってもらっていいかな?」
「分かった」
ルーセントがティアから預けていた刀を受けとると、刃を引き抜いた。
「おい、待て待て待て! 俺まで斬るんじゃないぞ!」
「大丈夫だよ、いざとなったらそこにポーションがあるから」
「サイコパスか! 冗談に聞こえねぇよ! ちょっと、待っ……」
振り下ろされる黒い刃が、スッと植物に吸い込まれていく。恐怖に目を閉じていたパックスの身体が、鈍い音をたてて床に崩れ落ちた。
「頼もしい仲間がいて、おれは泣きそうだよ……」
その言葉を最後に、身体が動かなくなったパックスが眠りについた。
「あとで部屋に連れていってあげてよ」
ヴィラがパックスを重そうに背負うとベッドに寝かせる。そして、テーブルの上から直径が三センチメートル、長さが七センチメートルほどある金属の塊をルーセント、フェリシア、ティアに一つずつ配った。
「これは?」疑問を素直にヴィラに聞き返すルーセント。
他の二人も興味深そうに塊を観察していた。
「それは、ポータブル・スタッフって言うんだけど、これも僕の発明品だよ。今回みたいに武器が持てないときがあるだろ? でもそれなら問題ない。どう見ても武器には見えないでしょ?」
「ポータブル・スタッフ? この巨大な分銅みたいなやつが? どうやって使うの?」
手のひらの上で金属の塊を転がすルーセント、ヴィラが同じものを手に説明を始める。
「まずは側面にスライド式のスイッチがあるのが分かるかい?」
ヴィラの言葉に誘導されて全員が側面を見る。そして、全員が親指の第一間接ほどの大きさのスイッチを見つける。
「両方の先端から棒が飛び出すから、気を付けてね。スイッチを上にスライドさせて、奥に押し込むと……」
錬金科の少年が腕を前に伸ばしてスイッチを押し込んだ瞬間、一瞬で両サイドから長い棒が飛び出してきた。
全長、百十センチメートルの棒が姿を表し、周りから感嘆の声が上がった。
「すごい! どうなってんの?」
「それは、企業秘密ってやつさ。しまうときは、棒の部分をひねって押し込めば元通りになるよ」
作り方を濁すヴィラの顔を、ロイが非常に興味深そうに眺めていた。その頭の中では、今日見た品物の数々を売り出したときの膨大な利益計算が弾かれていた。
こうして、ヴィラの錬金講座が終了した。
ティアが将軍に暗証番号の秘密を伝えると、再び侵入することとなり、見事に不正の証拠をつかんだ。
次の日、主要メンバーが将軍の部屋へと呼び出された。
「よし、こっちはこれで完了だ。あとはセンサーが反応してくれればいいんだけど――」
みんなに見せるための準備を始めて数時間後、機材の準備と点検をしていたヴィラが窓に目を向けると、外はすっかり夕暮れとなっていた。
「おっと、もうこんな時間か。みんなを待たせるのも悪いし、そろそろ始めようかな」
ヴィラが部屋を出てルーセントとロイたちに声をかける。ロイとルーセントが材料を馬車まで取りに行き、残りの全員が部屋に集まっていた。
「楽しみね」フェリシアが目を輝かせ楽しそうにしている。
「ダイエットジュースねぇ、本当に効果あるのか?」パックスが疑い深い目をヴィラに送る。
「理論上はね。グラウライムが脂肪を燃やしてエネルギーを作り、リューズシナモンが脂肪や糖を取り込みにくくするんだよ。甘美蜂のハチミツは安眠効果もあって栄養満点、効果ありそうじゃないかい?」
「それだけ聞けばな。信じがたいけど」
「試してみたらわかるよ」
「そうよ。体に悪いものは入っていないんだし、飲めばいいだけよ」
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「ずるいですよ。私だけ蚊帳の外なんて」
「あれ? ティアじゃない。将軍の方はもういいの?」
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「隠し金庫ね。もはや怪しさしかないね」
ヴィラが興味深そうな目をティアに向けた。
「そうなんですよ。証拠としては商人とのやり取りだけでは弱いので、何とかして開けたいのですが、暗証番号が分からなくて……」
「それは厄介だね。金庫についている暗証番号は、手順を踏まないと、警報が作動して開けられなくなってしまうからね」
「そうなんですよ。部屋を調べてもそれらしいものはなくて」
ティアがそう言って腰のポーチから、県尉の部屋を撮った写真を取り出した。
「見せてもらってもいいかな?」
興味を示したヴィラがティアから写真を受けとると、一枚、一枚確認していく。そして、本棚が写った一枚の写真でその手を止めた。
「なるほど、これはなかなかに考えたね。そんなに頭が良さそうには見えなかったけど、悪知恵は働くようだ。番号が分かったよ」
「えっ! 本当ですか?」ティアが写真を受け取り、じっとそれをにらみつけた。
しかし、ティアにはなにがそんなに不自然なところがあるのか分からなかった。眉をひそめてヴィラを見る。
「これで何が分かるんですか?」
「その本棚の本、左上からタイトルが文字順に並んでいるだろ? 他の写真もそうだけど、部屋中が驚くほどに整頓されて奇麗に維持されている。見た目と違ってずいぶんと几帳面な性格をしているようだね。本人の顔からはまったく想像ができないけど。で、それにも関わらず、ここだけ不自然なんだ。複数巻ある本の最初のやつを見てくれ」
ヴィラの言葉に、その場にいた全員が写真をのぞき込んだ。そこには、文字順通りに奇麗に並んでいる本とは違い、巻数が不規則に並べられていた。
「あっ! これって」フェリシアが最初に気づく。
続いて全員が納得したように感嘆の声を出した。
「そう、最初タイトルの本は三巻が先頭で順番通り、その次のタイトルの本が七巻、八巻と来て順番通りに並べてあるだろ? それ以外の本は奇麗に整頓されている。つまりは……」
「不規則な数字を並べていけば、暗証番号になっているってことですね!」ティアがヴィラの言葉を引き継いで答えた。
「そういうこと、これで問題は解決だね」
「ふっふっふ、小賢しい男でしたが、これで終わりですね。でも、いまはダイエットジュースが先です!」
「おぉ、期待に添えられるように頑張るよ」
任務をそっちのけなティアに苦笑いを浮かべると、ヴィラは木箱からグラウライム、甘美蜂のハチミツ、リューズシナモンを取りだし、テーブルの上に並べていく。
材料を手に取り一つ一つを確認していくヴィラは顔が笑みへと変わり、感心したように眺めていた。
「さすがはドラグミス商会。うっとりするくらい品質が良いですね」
「ええ、我々の商会は品質には特にこだわっておりますから」
ヴィラの称賛を聞き、うれしそうに表情を緩めるロイに、フェリシアが思い出したようにつぶやく。
「そう言えば、お父様も品質が良いとよく褒めていたわね」
「おや? フェリシアさんの家は我々の商会を贔屓にしてくださっているのですね。失礼ですが、お父様は何の仕事をしていらっしゃるのですか?」
グラウライムを手に、その香りを嗅いでいたパックスがフェリシアに代わって答える。
「ロイさん知らなかったのか? フェリシアはメストヴォード伯爵の娘だぜ」
「な、なんと! これは失礼いたしました。数々のご無礼をお許しください」
パックスの言葉を聞いたロイは、顔を青ざめさせると頭を下げてこれまでの非礼をわびる。それを見たフェリシアは、慌てた様子でロイの頭を上げさせる。
「あ、頭を上げてくださいロイさん! 偉いのは私の父であって私ではありません。だから今まで通り接してください」
「しかし……、分かりました。ですが、フェリシア様と呼ぶことだけはお許しください」
「分かりました。これからもよろしくお願いします」
フェリシアと握手を交わすとロイが元の場所に戻り、準備を終えたヴィラが全員の顔を見る。
「よし! 準備が終わったから始めよう。って言ってもこれは錬金と言うより料理の分野だろうけど」
「器材だけ見たら料理って感じはまったくしねぇがな」
「そうね、どこから見ても実験よね」
ヴィラが用意したビーカーやバーナー、ろ過機等の器材を見て、感じたままの感想を述べるパックスとフェリシア、ヴィラは苦笑いを浮かべながら、テーブルの上にある燃料式バーナーに手を伸ばす。
「まぁ、これだけ見たら実験だよね。ルーセント君、悪いけどこのバーナーの燃料に火を着けてもらっていいかな?」
「うん、いいよ」
ヴィラはルーセントが火を着けたバーナーを手に取ると、水を入れたビーカーをスタンドに置いて熱し始めた。
「よし、このまま沸騰するまで待とう。作るのは簡単ですぐ終わるから、ついでにポーションも作って渡しておくよ」
「ありがとう助かるよ」
ルーセントがヴィラに礼を伝えると、水が沸騰するまでの時間を利用し、ポーションの下準備を始めた。
「回復ポーションはレゾ草の葉、コロコロゼリーの核、レモン、ゼルリオン草、蒸留水、カーリド砂で作れる」
ヴィラはビーカーに蒸留水を注ぐと、三個のまるっこい形をした緑色のコロコロゼリーの核を投入する。続いて、黄緑色のシダ性植物のレゾ草を乳鉢ですり潰したものをビーカーに投入し、ガラス棒でかき混ぜながら解説を始める。
「レゾ草をすりつぶし、コロコロゼリーの核と混ぜると核を生かしたまま溶かすことができる。回復ポーションが緑色なのはこれが理由だね」
手順の説明を終えると、再びポーション作りに入る。
今度はレモン果汁をビーカーに加え、紫色の針のような葉を持つ寄生植物のゼルリオン草四枚をビーカーに浮かべると、カーリド鉱石を細かく砕いた砂を一掴み投入して再びかき混ぜる。
「うん、これで下準備は完了。ちなみにレモンの部分は柑橘系なら何でも構わないよ。買う店によって味が違うでしょ? あとは中火程度の火にかけて、ゼルリオン草が茶色くなったら一気に沸騰させる。ろ過した物を保存すれば完成だ」
ヴィラがポーション製作の下準備を三個ほど終わらせると、火にかけていたダイエットジュース用のビーカーの水が沸騰し、銀色のハサミのような形をした器具で挟むと、ヴィラがテーブルの上に置く。
「じゃあ、サクッと作っちゃおうか」
ヴィラは熱湯の中に蜂蜜を投入した。
琥珀色に染まったお湯に続けて、ライム果汁、シナモンを投入すると、しっかり混ざりあうまでかき混ぜる。
「よし、これくらいでいいだろう。あとは寝る前と起きたときに、コップ一杯を飲むといいよ」
透明に輝く琥珀色の液体に、フェリシアとティアは目を輝かせてジュースを見つめていた。
ロイは何か考え込むように液体をにらみ動かずにいた。
パックスは、このあとに続いたヴィラの説明にギブアップすると、銀色の円盤状の物を見つけて興味深そうに手に取り観察していた。
「さて、ジュースはこれくらいでいいかな。次は回復ポーションを作るよ。もうほとんど完成しているようなものだけど……」
ヴィラがポーション作製に取りかかろうとしたとき「うわぁ!」とパックスの声が響いた。
ツンツン頭の少年が手にしていた銀の円盤は、人の背丈ほどのある大きさの植物に変形していて、パックスの身体全体を巻き取っていた。
全員がパックスへと視線を移す。
呆れた様子のヴィラが近づいていく。
「好奇心が旺盛なのは悪いことではないけど、警戒心は持った方がいいね。まぁ、こっちは実験ができて助かるけど」
「なんだよこれ! なんかチクチクしやがる」
パックスがからみついてくる奇怪な植物から逃れようともだえていた。
「あぁ、あまり動かない方が……、まぁ、いいや。もう手遅れだし」ヴィラは自身の手を払い、あきらめた表情に変わった。
「おい! なんだその態度は! お前が作ったんだろ? なんとかしろよ!」なおも抜け出そうとパックスがもがく。
「パックスはいつもそうですね」ティアがニヤニヤしながら踊る植物を観察している。
「見てないで助けろよ!」少し疲れたのか、パックスの動きが鈍くなる。
「イヤです。気持ち悪いので」ティアが即答で断った。
「この薄情者がぁ! おい、ルーセント。なんとかしてくれ」
ルーセントが心配そうにパックスに顔を向けると、ヴィラになんなのか、と問いかけた。
「あれは、僕が開発した防衛装置だよ。空き巣対策にどうかなって思って作ったんだよ」
「パックスは大丈夫なの?」
「しばらくはしびれて動けないだろうけど、害はないよ。あの植物には小さなトゲが大量に付いていてね、マヒ毒を注入するんだよ。それもしっかりと調整はしてあるから問題ないよ。とはいっても、そろそろ助けてあげないとね。ルーセント、あの植物を斬ってもらっていいかな?」
「分かった」
ルーセントがティアから預けていた刀を受けとると、刃を引き抜いた。
「おい、待て待て待て! 俺まで斬るんじゃないぞ!」
「大丈夫だよ、いざとなったらそこにポーションがあるから」
「サイコパスか! 冗談に聞こえねぇよ! ちょっと、待っ……」
振り下ろされる黒い刃が、スッと植物に吸い込まれていく。恐怖に目を閉じていたパックスの身体が、鈍い音をたてて床に崩れ落ちた。
「頼もしい仲間がいて、おれは泣きそうだよ……」
その言葉を最後に、身体が動かなくなったパックスが眠りについた。
「あとで部屋に連れていってあげてよ」
ヴィラがパックスを重そうに背負うとベッドに寝かせる。そして、テーブルの上から直径が三センチメートル、長さが七センチメートルほどある金属の塊をルーセント、フェリシア、ティアに一つずつ配った。
「これは?」疑問を素直にヴィラに聞き返すルーセント。
他の二人も興味深そうに塊を観察していた。
「それは、ポータブル・スタッフって言うんだけど、これも僕の発明品だよ。今回みたいに武器が持てないときがあるだろ? でもそれなら問題ない。どう見ても武器には見えないでしょ?」
「ポータブル・スタッフ? この巨大な分銅みたいなやつが? どうやって使うの?」
手のひらの上で金属の塊を転がすルーセント、ヴィラが同じものを手に説明を始める。
「まずは側面にスライド式のスイッチがあるのが分かるかい?」
ヴィラの言葉に誘導されて全員が側面を見る。そして、全員が親指の第一間接ほどの大きさのスイッチを見つける。
「両方の先端から棒が飛び出すから、気を付けてね。スイッチを上にスライドさせて、奥に押し込むと……」
錬金科の少年が腕を前に伸ばしてスイッチを押し込んだ瞬間、一瞬で両サイドから長い棒が飛び出してきた。
全長、百十センチメートルの棒が姿を表し、周りから感嘆の声が上がった。
「すごい! どうなってんの?」
「それは、企業秘密ってやつさ。しまうときは、棒の部分をひねって押し込めば元通りになるよ」
作り方を濁すヴィラの顔を、ロイが非常に興味深そうに眺めていた。その頭の中では、今日見た品物の数々を売り出したときの膨大な利益計算が弾かれていた。
こうして、ヴィラの錬金講座が終了した。
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