月影の砂

鷹岩 良帝

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3 王立べラム訓練学校 高等部1

3-10話 借刀殺人5

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 ティアは無事に物置小屋に侵入すると、新たに魔法の名をつぶやく。

気配探知ディ・テクト

 魔法を発動させたティアの目には、赤い色をした人形の影が障害物を透かして動いて見えるようになった。

「どうやら最上階には、出歩いている人はほとんどいないようですね。最上階から見ていきますか。大体こういうときの目標は最上階にあるものです」

 ティアは扉の前で一度、左右を見て気配を確認し通路へと出る。
 通路の部屋の正面、中庭側にはティアの腰ほどの高さまでレンガの壁が伸びていて、そこから胸の位置まで柵状の手すりが取り付けられていた。
 一部は、十字と対角線を二本引いたような空中回廊につながり通れるようになっている。
 ティアは気配を確認しながら、壁に沿うように歩いていく。

「人がいっぱいいる部屋が、県尉の部屋ってことはないでしょうから、無人と数人いる部屋から調べましょうか」

 小柄な侵入者が目標を定めると、部署名が書かれたプレートを確認しつつ、人のいない部屋を目指して進んでいった。
 四つほどの部屋を通り過ぎたとき、空中回廊から二人の気配がティアのいる方向に向かって近づいてくる。
 魔法のおかげでバレる確率はゼロに近いものの、慎重に動くティアは流れるような滑らかな動きで、すぐに通路に置かれている大きな観葉植物の影に隠れた。
 空中回廊から来たのは武官の男が二人、会話をしながらティアに気付くことなく、横を通り過ぎていく。

「あ~早く終わんねぇかな。今日が終われば、久しぶりの連休だぜ」
「お、いいな。どっか行くのか?」
「もちろん、他の休暇のやつらと三人でな。王都まで行って魔物競技で一攫千金よ」
「ちくしょう、俺も行きてぇな。明日は何の種族があるんだ?」
「マウスとウルフ種だ。マウス種はかわいらしい見た目に釣られて女が多いからな、楽しみだぜ」
「どうせ、この前みたいに騙されて終わりだろ? 高い食事代を払わされて、さびしい夜を過ごすのに千リーフをかけるぞ」
「やかましいわ!」

 笑い声を響かせる武官の二人が魔導エレベーターに乗ったのを確認すると、ティアは観葉植物から姿を現し再び探索に入る。

「魔物競技ですか、私も行きたいですね」

 うまくやり過ごせたことに一息つき、この国の名物である魔物競技に興味を引かれるも、しばらく歩いた先、三棟目の建物の長く続く壁の通路の前で立ち止まった。
 他の者から見ればただの壁が続いているように見えるが、ティアの目には隠されていた扉が見えていた。

「こんな小細工したって、私には意味ありませんよ。守護者の特殊技能には幻影幻惑破棄があるんですから」

 ティアの守護者が持つ特殊技能の一つ『幻影幻惑破棄』は常時発動されており、魔法や魔道具により偽装されているものを瞬時に看破する。
 魔道具によって壁に偽装されていた空間は無効化され、ティアの目の前に『県尉室』と書かれたプレートと扉が出現した。鍵のかかったその扉は、窓の鍵を開けた装置で難なく解錠され、ティアは音を立てないように侵入していった。
 部屋の中は三メートル半四方の広さがあり、部屋の中央にはソファーセットがあり、扉から中央奥には高そうな机が置かれていた。その右隣の壁にはクローゼット、反対側には本棚が、部屋に入って左手側の窓の下には棚が置かれ、こちらも見るからに高そうな調度品が飾られていた。
 ティアは部屋に入ると鍵をかけて部屋を見渡す。
 ポーチから、手のひらより少し小さく長方形の形をした薄い魔導カメラを取り出し、部屋全体、窓の下にある棚、クローゼット、本棚、机を細かに次々と撮影していった。

「う~ん、特に目ぼしいものはないですね。机の中はどうでしょうか?」

 引き出しを開けて撮影していくも、仕事に関わる書類しか存在せず、不正の証拠になるようなものはなかった。

「ハズレですか。間抜けそうに見えて、なかなかしっかりしてるじゃないですか。ん? 戻ってきてしまいましたか」

 ティアがふと扉の方に視線を向けると、二つの気配が真っすぐこの部屋に向かってきていた。

「今日はここまでですね。窓から出られるでしょうか?」

 ティアが窓を開けて下をのぞき込む。

「巡回もいないし、ついてますね」

 ティアは窓枠に手をかけぶら下がると、ゆっくりと窓を閉めた。そして、それと同時に扉が開き県尉が男を連れて入ってきた。
 ティアは窓枠の右側へ飛ぶと壁を蹴り、地上まで二回転しながら飛び降りる。着地の瞬間、風魔法を発動させて衝撃を和らげるとすぐに駆け出た。
 そして、目の前にある直径一メートルほどの太さがある大樹へと登った。再び魔導カメラを取り出すと、木の上でそれを構えた。

「あれは商人ですかね、じかに県尉と会うなんて何の用なんでしょうか? 怪しいですね」

 ティアが構える魔導カメラには、二人の様子が映し出されていた。部屋の中央にあるソファーセットに二人が座る。商人はカバンから布に包まれた塊を取り出した。
 テーブルに置かれた塊を県尉が手にすると布をまくる。そこにはリーフの札束が三段に積まれていた。

「当たりです。ちぇっくめいとってやつです」

 ティアはその光景を手当たり次第にカメラに納めていく。しばらく会話が続いたかと思うと、商人が立ち上がり帰っていった。
 県尉は少しの間だけ札束を眺めニヤニヤとしていたが、再び布で包むと立ち上がった。本棚まで歩くと一冊の本に手をかけ手前に倒した。すると、本棚が横に動き隠し棚が現れた。

「へぇ~、あんなところに隠し棚があったなんて気付きませんでしたね。私もまだまだです。これは夜まで待機ですね」


 街はすっかり闇夜に包まれ、煌々こうこうと輝くオレンジ色の街灯が辺りを染めている。
 県尉はすでに帰宅し、役人たちの大半が帰ったのを確認すると、小さな侵入者は再び県尉室へと侵入を果たした。

「確か、ここら辺の本を倒してましたね」

 ティアは記憶を頼りに端から本を倒していく。
 四段目の右から六冊目にある分厚い緑色の背表紙の本を倒したとき、本棚から起動音が鳴り、すっと本棚が左へ移動する。
 ティアの目の前の少し高い位置、くりぬかれた壁の中にその金庫は存在していた。灰色がかった四十センチメートルほどの大きさがある金属の箱がティアを見おろしていた。

「数字のボタンと鍵ですか。鍵はなんとかなりますが、番号が分かりませんね。こういうのは大抵の場合で、番号が警報装置の役割を果たしているんですよね。下手に手を出して作動させてもつまらないです。どこかに番号が書いてあるものがあればいいのですが……」

 ティアは金庫の番号を求めて部屋の中を探し回った。つぼの中や絵画の裏、机の引き出しや本の間など、隠してありそうな場所をくまなく探すものの見つかることはなかった。

「ん~、あいつが番号を覚えていられるほど頭が良さそうには見えないんですが、これはまいりましたね」

 ティアは机の前に立ち尽くし、ぼんやりと金庫を眺めていると、静かになった空間に靴音が響いた。
 気配探知の魔法を使い閉じている扉に振り向くと、すぐ近くまで人影が迫っていた。
 ティアは焦る顔で瞬時に本棚をもとに戻すと、机の下に入り込み、認識阻害と気配遮断の魔法をかけた。
 それと同時に、県尉のコルプシオが部下を連れて部屋へと入ってきた。

「いや~、すまないね。大事なものを忘れてしまったよ。歳は取りたくないものですね」
「ははは、急に戻られたので何事かと思いましたよ」
「余計な仕事を増やして悪かったね」
「とんでもございません。ここは、コルプシオ様のものです。お気になさらないでください」

 コルプシオは、部下の言葉に笑みを浮かべながら、気分が良さそうに机へとやって来た。
 机の下に隠れているティアの鼓動が緊張で早くなる。もし椅子に座られ、コルプシオの足がティアに当たれば、魔法をかけていても意味をなさなくなってしまう。
 ティアは腰から短刀を引き抜き“座るな”と心の中で念じた。
 コルプシオは椅子に手をかけ引き下げる。そして、椅子を回転させて横の壁に向けて座った。その手は机の引き出しを開けていた。

「おや? 見当たらないな。いつもはここにあるんだが、どこへ置いたかな? こんな簡単なことまで忘れてしまうとは、本当に歳は取りたくないものだ」
「それでしたら、いつもと違う引き出しにしまったのではありませんか?」
「おお、そうだそうだ。気分を変えてこっちにしまったのだった」

 コルプシオは一段下の引き出しを開けると、目当ての物があったのか、満足げに笑みを浮かべて椅子から立ち上がった。椅子を片付けると、笑いながら部下と出ていった。
 静かになった部屋の中、ティアは訪れた静寂に安堵あんどすると、大きく、長く息を吐き出した。

「さすがにもうダメかと思いました。あんなに近づかれるまで気づかないとか、私もまだまだ未熟者です」

 シティーガールへの道はまだ遠いな、と再び室内を探し出すものの、一向に手がかりは見つからないままだった。

「やっぱりそれらしきものはありませんね。荒らすわけにもいかないし、今日はここまでですね」

 ティアは手がかりが見つからない苛立ちを抑えつつ、県尉府をあとにした。

 将軍は、ティアの報告を聞いていた。

「なるほどな、隠し金庫か。それにしても番号つきは厄介だな。あれらは、壊そうが誤作動させようが、正規の手順を踏まないと警報が作動する。この写真だけでも悪くはないが、ちょっと弱いな」
「はい。なので、明日もう一度、探ってきます」
「分かった、用心しろよ」
「あ! ところでディアスさん、ルーセントたちは何してるんですか?」
「ん? あいつらか? いまは出番がないからな、自由行動をさせてる。なんかダイエットジュースを作るとか言ってた気がするな」
「えっ! すみません、急用ができました。失礼します」
「おい、こら! まったく、……あれで痩せるところあるのか?」

 将軍は「理解に苦しむ」とつぶやいて、ティアの持ち帰った写真を見て手がかりはないか、と眺めていた。
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