月影の砂

鷹岩 良帝

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3 王立べラム訓練学校 高等部1

3-7話 借刀殺人2

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 店主と娘に剣を向けたまま、不敵な笑みを浮かべたひょろっとした若者は、楽しそうに目の前の二人をもてあそぶ。

「そうだなあ、お前の腕一本で我慢してやるよ。左か? それとも右が良いか?」

 若者は剣をゆっくり動かし、店主の右腕に剣の腹を押し付けるように二回ほどたたくと、娘が身体を潜り込ませ剣を払う。

「お、お止めください。お代は結構ですから」
「はぁ? そんなもん当たり前だろうが。迷惑料をどうするんだって言ってんだよ!」
「そんな! 私たちは何も……、ただ食事代金を頂こうとしただけです」

 若者と娘のやり取りに騒然となる野次馬たち。
 露店の連なる通りには、ヒソヒソと声を潜めて喋る話し声が聞こえてきた。

「ひでぇな、好き勝手に食いもん食っといて金払えって言ったらあれかよ」
「あいつ、県令の息子のフィグリオだろ? 親も親なら子も子だな」
「まったくだ、あんな奴を放置するなんて国王様は何をしてるんだ」
「よせ、聞かれたらただじゃすまないぞ」

 群がる野次馬たちは、いたるところでフィグリオの批判めいた会話をささやいている。耳を傾け、目をつむっていたフィグリオがゆっくりと目を開く。

「おい! お前ら聞こえてるぞ。文句あるなら堂々と目の前に出てきたらどうだ? あ?」

 群衆に剣を向け、威嚇するフィグリオに誰もが口を閉ざし辺りに静けさが漂う。
 フィグリオが野次馬たちを小バカにしたように鼻で笑うと、再び娘の方へ視線を向ける。その先には、店主をかばう娘の短いスカートから、スラリと伸びる白い足があった。フィグリオがその足を見て、舌を舐めずり下卑げびた笑みを浮かべた。

「お前、よく見たらなかなかいい身体してるな、決めた。迷惑料はお前で我慢してやるよ」
「い、嫌です!」
「そ、それだけはお許しください、フィグリオ様。金ならお支払します。娘だけはどうか、どうかお許しください」

 店主は娘を自分のうしろへ隠すと、フィグリオにすがり付き懇願した。
 一部始終を見ていたルーセントは我慢の限界を迎え、力一杯に握りしめていた右手を開き、魔法の発動体勢に入った。しかし、隣にいた護衛役の兵士に腕を掴まれ止められてしまった。

「待て、ルーセント。今は任務の最中だぞ、お前の役目はなんだ?」
「でも……」
「勅命が最優先だ、控えろ」

 兵士の言葉にルーセントは下を向き、下唇を噛んで再び拳を握り締めた。
 他の仲間も納得できない、と言った表情で兵士をにらみ付けるが、変わることのない状況に殺気を漂わせつつも耐えていた。
 その様子を見た兵士は軽く息を吐いた。

「あのな、役目を守れとは言ったが、見捨てるとは言ってないぞ。お前たちには俺らが飾りにでも見えるのか? 役目を果たせよ商人見習い。おい、行くぞ」

 兵士はもう一人の護衛役に声をかけると左手で剣の鞘を掴み、騒ぎの元へと向かっていった。

「お願いします。娘だけはどうかお許しください」
「うるせぇな、邪魔だ! お前らさっさと女を連れて来い!」

 フィグリオはすがり付く店主を蹴り飛ばすと、護衛の二人に指示を出した。フィグリオの護衛が娘に近付き腕をつかんだ瞬間、兵士が剣を引き抜き、それぞれが護衛の首へと押し当てる。

「いい加減にしろ! 自分が何をしてるのか分かっているのか?」
「はっ! 冒険者ごときが偉そうに説教垂れてんじゃねぇ! 俺を誰だと思ってるんだ!」
「聞いてたよ、県令の息子だろ? ただの下端じゃねぇか。偉ぶるなら、せいぜいお前自身が九卿きゅうけいにでもなってから偉ぶれよ、恥ずかしい野郎だな」

 周りにいる野次馬たちから笑いが巻き起こる。バカにされたフィグリオの顔は、怒りでどんどん赤くなっていった。

「うるせぇ! 貴様らも覚悟しておけ! こいつらの後は貴様らだからな!」我慢の限界を迎えたフィグリオが大声で叫ぶ。
「おいおい、そういうのは俺らを倒したあとに言ったらどうだ?」

 怒れる青年に動じることもなく、なおも小バカにした表情を浮かべたままの兵士。その兵士が、剣を突き付ける護衛からフィグリオに視線を変えた瞬間、護衛は兵士の剣を払い腹をめがけて蹴りを出した。
 兵士は後退しつつも蹴りをまともに受けて下がった。もう一人の兵士も隙を付かれ、間合いを取るために後退する。

「へぇ、バカ息子にくっついてるだけじゃなさそうだな。少しは楽しめそうか?」
「てめぇ、調子に乗るなよ」

 兵士の挑発に苛立ちを表す護衛の男は、剣を抜くと兵士に切っ先を向けた。そこへ「さっさと殺せ!」と、怒鳴るフィグリオの声が露店街に響いた。
 フィグリオの怒声が合図となり、兵士と護衛の戦いが始まった。
 兵士が一度だけ周囲を見回し、野次馬も多く剣で戦うには狭い空間を嫌がり、己の剣を露店の壁に立て掛けると右腕を前に出した。『来い』と指を折り曲げ護衛を誘う。
 表情を一瞬だけニヤリと崩した護衛も、兵士の挑発を受け、剣で石畳を砕いて地面に突き刺すと素手で構えた。
 護衛は兵士に向かって走り出すと、勢いを止めることなく右足を軸に左に回転する。そして腹部めがけて左足で回し蹴りを放った。
 兵士は左足を下げ、半身の姿勢を取ると右手で蹴りを受けとめる。そして、そのまま大きく右に一歩移動すると、その勢いを殺すことなく、軸足を右から左に変えてしゃがみ込んだ。左手を地面に着けると右足で相手の足を払う。
 しかしあと少しのところで、飛び上がった護衛に避けられてしまった。それでも、すぐに立ち上がった兵士が間髪を入れずに右、左と何度か殴りかかる。受ける敵の護衛は、左右の腕で受け止めつづけた。
 今度は敵が反撃に転じる。
 顔へ、腹部へと何度も左右の拳が兵士に襲いかかる。
 その度に兵士は受けとめ払っていった。そして、首を狙う上段蹴りを上半身を折り曲げ交わす。ひととおりの護衛の攻撃をしのぐと、今度は兵士が少し後ろへ下がり回し蹴りを放った。
 カウンターにも近い攻撃に、敵の護衛は反応しきれず、蹴りを腕ごと脇腹に受けると数歩よろけた。
 隙を見逃さない歴戦の兵士は、よろける相手に右手で殴りかかる。
 護衛は左足を前に出し、下から振り上げるようなそぶりで自身の右腕を相手の腕の外側に当てて受け流す。そのまま自分の腕を反転させ、兵士の腕をつかんだ。さらには、そのまま腕をひねり関節を取ろうと動かした。
 兵士は驚き一瞬だけ動きを止めたが、すばやく左、右とステップを踏み、そのまま縦に左回転するように飛び上がり、相手の頭めがけて蹴りを入れた。
 兵士の想定外の攻撃に、護衛は何とか左腕で防ぐも、兵士はそこを土台にして体勢を変えると、落下する途中でもう片方の足で相手の胸の上部を蹴り、吹き飛ばした。
 兵士が着地すると立て掛けた自身の剣を手に取り、護衛の喉に突きつけ決着がついた。

「終わりだ。おとなしくしてろ」
「クソが!」

 剣を突きつけられ身動きができなくなった護衛は、悔しそうに悪態をつくと右手で地面を殴り、観念したように脱力した。
 もう一人の兵士も相手を投げ飛ばし、腕を取って関節を決めると、相手を地面に押さえ付けていた。
 フィグリオは、仕事を果たせないふがいない護衛に苛立ちを隠せず、さらに顔を赤くしていた。
 そこに兵士が見下したような顔でフィグリオに振り向く。

「で、お前はこいつらより強いのか?」
「ぐっ、貴様……」

 いつまでも怒りで顔を赤く染めるフィグリオの進退が極まったその時、群衆の後方から人をかき分けて集団が現れた。

「お前たち! こんなところで何を騒いでいる!」

 軽鎧を身に付け武官を引き連れた男は、辺りを見回し状況を理解すると、にこやかな笑みを崩さずフィグリオに一礼する。

「これはフィグリオ様。今日はどういたしましたか? 何やら騒ぎに巻き込まれたと聞きましたが」
「おお、コルプシオではないか、ちょうど良いところへ来てくれたな。実はこいつらが因縁をつけて絡んできて困っていたのだ」
「でたらめ抜かしやがって。おい、お前は県尉けんいだろ。治安を守るお前らが、なんでこんな無法者をのさばらせているんだ! さっさと捕まえろ!」

 フィグリオの言葉に苛立つ兵士は、犯罪者を捕まえ治安を守る県尉府の長、コルプシオに向かって荒げた声を上げる。
 しかしコルプシオは兵士の言葉に聞く耳を持たず、フィグリオにうなずくように頭をさげて、憎たらしい顔を兵士に向けた。

「黙れ! 冒険者の戯言など、いちいち聞いていられるか! フィグリオ様、おケガはございませんか? すぐにあのならず者を捕らえましょう」
「お前……、まさかそいつとグルか? 治安を守るはずの県尉が恥を知れ!」
「なんとでも言え、文句があるなら県尉府で聞いてやる。早くその二人を捕らえよ! 抵抗するなら反逆罪で切り捨てても構わん」

 武官たちが兵士二人を取り囲むと、そのうちの一人が空を仰ぎ「クソが」と一言つぶやいた。退路をふさがれると武器を放棄し、おとなしく捕縛され県尉府へと連行されていった。

「それではフィグリオ様、お手数ですが一緒にお越しいただけますか? 事情を詳しくお聞きしたいので」
「ああ、構わんよ」

 フィグリオは勝ち誇った表情で兵士二人を見下すと、県尉とともに去っていった。

「どうしよう、ルーセント。連れていかれちゃった! 早く助けて上げないと」

 焦りを見せるフェリシアが、ルーセントの腕をつかみ助けに行こうと意見を求める。
 ルーセントは少し考え込むと、仲間の方に顔を向けた。

「うん、取り合えず将……、ディアスさんに報告に行こう。何とかできるかも」
「でも、どこにいるんだろう?」
「交代時間が近いから宿にいるかも、一度宿に戻ってみよう」

 ルーセントたちは人の波をかき分け、将軍に助けを乞うため、急いで宿に戻っていった。
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