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2 王立べラム訓練学校 中等部
2-28話 再び、そして……3
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ティベリウスが生み出した炎の矢、自身とルーセントを三重の円を描くように囲う。その数三十本。
黒服の男たちは、舌打ちをしながら腰から剣や刀を引き抜いて回避行動に移った。その人物たちを追いかけるように、螺旋を描きつつ次々と回転しながら射出される魔法。男たちが打ち落とそうとしても次の炎の矢が迫り、身を翻して回避するのが精一杯だった。
ルーセントに振り向くティベリウスが腰に手を当てた。そして、そこにある一本しかない回復ポーションをつかんだ。ティベリウスがポーションに視線を落とし、ルーセントを見る。
左腕から血が流れ続けているのか、制服の左腕全体が赤く染まっていた。背中の大部分も血がにじんでいる。さらには、おぼつかない足取りで刀を杖がわりに立ち、フラフラと意識も朦朧としているようだった。
ティベリウスが再びポーションに視線を落とす。
仇を討つならこのまま放っておけばいい、と考えていたが、アクティールの手下を一人で処理することは到底できることではなく、不本意ながらもポーションをルーセントに差し出した。
「これしかないが飲め。お前を倒すのは俺だ、こんなところで死んでもらっても困る」
伸ばされたティベリウスの手を、虚ろな目で見るルーセント。血を流しすぎてか、それとも痛みのせいか、震える手で受けとると苦悶な表情とともに飲み干した。
「あり、がとう。助かったよ」ルーセントは薄い笑みを目の前の少年に返した。
しかし背中の傷は治ったものの、左腕までとはいかなかった。それに加えて、大量に出血したせいで貧血によるめまいに、酔ったような吐き気、それに全身を覆う疲労感がルーセントを襲っていた。
ティベリウスが青白い仇の顔を見て、舌打ちとともに自身の左腕の制服を剣で切れ目をいれて破ると、ルーセントの左腕に縛りつけて止血をした。
「とりあえず、あいつらを倒すぞ」
「そう、だね」ルーセントは今にも倒れそうだった。
「頼むぜ」ティベリウスは期待できないな、と首を振った。
反逆心に染まる少年が剣をつかみ直したとき、すでに男たちが魔法を処理していた。二人を取り囲むようににじり寄る。
ティベリウスは剣を地面に突き刺し、男とルーセントの間を遮るように、円状の炎の壁を作り出した。二メートルを超える高い壁を背に駆け出す。
ティベリウスの正面から二本の棒手裏剣が迫った。すぐさま剣を振るい弾き落とす。小気味良い音が雨に溶け、さらに右から一本が飛来する。それすらも落とすと剣に炎をまとわせ、地面に叩きつけるように振り下ろした。
炎の道を作りながら、サメの背ビレのような形をした刃が正面の男を襲った。
ティベリウスがすぐに身体を反転させると、もう一人の男へ少し飛ぶように詰め寄り剣を突き出した。
受ける男が払いのけようと手に持つ刀を切り上げたが、刃がぶつかることはなかった。
ティベリウスは右足を軸にブレーキを掛け、突き出した刃はすでに引き戻され、振り上げられていた。
敵の顔が驚きと絶望に染まる。
がら空きの上半身に剣身が吸い込まれ、左肩から右の脇腹までを斬り裂いた。バスタルド直伝の必殺技に男が崩れ落ちた。
返り血に制服が赤く染まる。
「お前ごときが、あの人の技を見切られるわけがないだろ」
ティベリウスが剣を手放し、剣先が下に落ちる柄を逆手でつかむと、倒れた敵の心臓へと投げつけるように突き刺した。すぐに引き抜くと右手で柄を、左手で刃をつかみ、先ほどの魔法を処理して向かい来る男に向けて投げつけた。
敵は、完全なる予想外の攻撃に成すすべなく、深々と心臓に突き刺さる刃を最後に意識を手放した。
勢いよく背中から地面に倒れる男、残り八人。
敵の身体から剣を引き抜こうと、一瞬の隙をさらしたティベリウス。その彼の左の太ももに、棒手裏剣が刺さった。
「うっぐあああああ。くそっ!」
足を引きずるティベリウスが、すぐに刺さっている暗器を引き抜き投げ捨てる。
傷口を押さえ、苦痛の表情に左足をかばう少年を見て、最初に話しかけてきた指揮官の男がニヤリとほくそ笑んだ。
「残念だな。まだ大勢いるのに隙をさらす馬鹿がいるか?」
「てめぇ!」ティベリウスが剣先を相手に向ける。
傷口を押さえる左手に力を入れつつ、周囲を見渡す。その時、ルーセントを囲っていた炎の壁が消失した。
「クソったれが! あいつは使えないし、このままじゃ……」
「ゲームオーバーだな。喜べ、すぐにあの男の元に送ってやる」
「おい、腐れ野郎。なんでお前らがずっとこの国にいるのかは知らねぇが、俺が直接お前らと、その飼い主のことをばらしたらどうなる、あぁ?」
「貴様……。だが、それをするにはここから逃げ出さなきゃならんだろう。できるのか?」
「見くびるなよ」突然、ティベリウスの周囲に二個の小さな火の玉が現れ、それが上下に動き、周り出した。
続けて「紅蛇」とつぶやく。
その瞬間、火の玉が地面に吸収され、そこから大量の炎が吹き出しティベリウスを包み込んだ。炎の熱で大量の水蒸気が生まれ、辺りを白く覆い尽くしていく。
それを見た男が左手を前に出す。
「面倒くせな。塵旋風! お前ら三人はそこの死に損ないを仕留めろ! 他のやつはティベリウスを始末しろ!」
男が高さ四メートルのつむじ風を生み出し、部下に指示を与える。その間にも、疾風の刃を含む渦を巻く風が水蒸気を吹き飛ばしていった。そして、風の魔法がティベリウスに向かっていったとき、地面から全長五メートルほどの業火の大蛇が三匹現れて散らばった。
「くそっ! なんだこいつは!」
頭を食い千切ろうと炎の大蛇が刺客に向かっていく。男はギリギリのところで首を下げ、地面に膝をついて回避するも、視線の先にいるであろう少年がいないことに気がついた。
「しまった! 早く追え、あいつを逃がすな!」
部下に振り向く男の視線の先では、二人の仲間が大蛇に身体を呑み込まれ炭化していた。
詠唱者が消えたせいで炎の大蛇も追撃を行えず霧散する。指揮官を含む、難を逃れた三人が互いに距離をとって、秘密を知る少年を追いかけて山の中へと消えていった。
いまだに足取りがおぼつかないルーセントは、自由の利かない左腕をだらりと下げて、右腕だけで刀をもって構える。
今まで経験をしたことのないほどの疲労感とだるさに脱力感まで襲い、心が折れそうになっていた。
ぼんやりとしたまなざしが刀の先端を捉える。
ルーセントの頭の中には、遠い場所にいる父親の顔が浮かんでいた。その昔、鍛練で立てなくなっていたときのバーチェルの言葉がよぎる。
『つらいか? だがな、強くなろうとするなら、身体が限界を迎えた時からが本番だぞ。つらい、苦しい、痛い、やめたい。これらの感情に負けてそこでやめていては、さらにはできることだけをしていては成長などあり得ん。だからといって、流れに任せてダラダラやるくらいなら、初めからやらないほうがいい。何の学びもないうえに、何もしていないのと同じことだからな。つらく、苦しいときほど目的と意識をしっかり持って、基礎を守ってこなすことだ。それらはいつか自信となり、次のレベルへと登る力となる。一番大事なその時に、勝敗を決めるのは古くさかろうが精神力だ。諦めたやつと、最後まで諦めずに戦うやつでは、その強さはケタ違いだ。英雄とは、常人ではできないことを成し遂げるから、英雄と呼ばれるのだ。壁にぶつかり無様に倒れるか、乗り越えるかはお前次第だ』
続けて、守護者解放時に実父から言われた『男なら、一度決めたことは最後まで貫け』という言葉が頭を掠めた。母親が自分のせいで殺された記憶、二度と同じことは繰り返さない、と両親に誓った。
誰よりも強く、二人に誇れるように、と過ごしてきたルーセントはもう誰にも負けない、と首に掛けていた両親の指輪のネックレスをつかんだ。
死にかけていた目に光が宿り、闘志を燃やす。
右足を前に、左足を下げ、半身の状態で右手に持つ刀を前に突き出した。
ルーセントから湧き出る殺気と威圧感に、楽勝ムードが漂っていた男たちの顔が引きつる。
「覚悟を決めやがったか。だが、そんな身体で俺たち三人に勝てると思っているのか?」
苦し紛れの男の一言。しかし、ルーセントは聞く耳を持たず、無言で威圧する。
「くそが! いくぞお前ら!」
気圧されつつも、三人の男がルーセントに迫った。
山の中を逃げるティベリウス、左足の傷のせいで思うように走れないでいた。三人の男に囲いこまれるように奥へ、奥へと誘い込まれていく。時おり追い付かれ、魔法とロングソードで往なしていく。
長い間走り続け、うまいこと戦力を分散できた、とほくそ笑むティベリウスが山中の木々を抜けたとき、その顔が諦めに近い表情に変わった。
目の前に現れたのは崖だった。対岸までは数十メートルも離れていて、どうやっても飛び越えることはできない。崖をのぞき込めば、大きな河が流れている。その高さは五十メートルほどの高さがあった。
物音に振り返るティベリウスの目に、指揮官の男が映っていた。
「手間掛けさせやがって。その足で、この三人を相手にできるか? うしろは……、崖みたいだな。飛び降りるなら見届けてやるよ」
「ああ、お前を殺してからな!」
右足で地面を踏み込み突きを出す。再び行うフェイント攻撃。しかし、バスタルドの技は交わされてしまった。
「俺の前で使うのは二度目だろ。そんなもの通じるわけがないだろ!」
男が右へ左へと斬りつけてくる。防ぐことで精一杯のティベリウス。さらには、両サイドにいる刺客たちの投てき武器も合わさり、攻めることが叶わなかった。
どんどんと崖へ追い詰められていく。
何度目かの指揮官の攻撃を防いだとき、ついに投げられた棒手裏剣が左腕に刺さる。
「があああああっ!」
痛みに気をとられ、生まれ出た一瞬の間合いに「終わりだ」と、振り下ろされる刀がティベリウスの身体を捉える。ティベリウスがうしろに思いっきり飛びのくと同時に、その刃が上半身を斬りつけた。
一歩、二歩と下がるが、ついに足場がなくなり、体勢を崩して崖下へと転落していった。途中で盛り上がり出っ張った岩場に激突すると、投げ出されるように落下していく。数本の骨が折れ、河の中へと着水し流されていった。
「くっそぉ! よりにもよって河の中に落ちやがって、お前らすぐに降りて死体を探せ! 必ず見つけろ。いいか、見つからなければ俺たちの首が飛ぶと思え!」
「かしこまりました」
二人が岸辺に降りるため消えていく。
残った指揮官の男は「最後まで面倒を掛けやがって。銀髪の小僧は、そろそろくたばったか?」とつぶやいて、来た道を引き返していった。
黒服の男たちは、舌打ちをしながら腰から剣や刀を引き抜いて回避行動に移った。その人物たちを追いかけるように、螺旋を描きつつ次々と回転しながら射出される魔法。男たちが打ち落とそうとしても次の炎の矢が迫り、身を翻して回避するのが精一杯だった。
ルーセントに振り向くティベリウスが腰に手を当てた。そして、そこにある一本しかない回復ポーションをつかんだ。ティベリウスがポーションに視線を落とし、ルーセントを見る。
左腕から血が流れ続けているのか、制服の左腕全体が赤く染まっていた。背中の大部分も血がにじんでいる。さらには、おぼつかない足取りで刀を杖がわりに立ち、フラフラと意識も朦朧としているようだった。
ティベリウスが再びポーションに視線を落とす。
仇を討つならこのまま放っておけばいい、と考えていたが、アクティールの手下を一人で処理することは到底できることではなく、不本意ながらもポーションをルーセントに差し出した。
「これしかないが飲め。お前を倒すのは俺だ、こんなところで死んでもらっても困る」
伸ばされたティベリウスの手を、虚ろな目で見るルーセント。血を流しすぎてか、それとも痛みのせいか、震える手で受けとると苦悶な表情とともに飲み干した。
「あり、がとう。助かったよ」ルーセントは薄い笑みを目の前の少年に返した。
しかし背中の傷は治ったものの、左腕までとはいかなかった。それに加えて、大量に出血したせいで貧血によるめまいに、酔ったような吐き気、それに全身を覆う疲労感がルーセントを襲っていた。
ティベリウスが青白い仇の顔を見て、舌打ちとともに自身の左腕の制服を剣で切れ目をいれて破ると、ルーセントの左腕に縛りつけて止血をした。
「とりあえず、あいつらを倒すぞ」
「そう、だね」ルーセントは今にも倒れそうだった。
「頼むぜ」ティベリウスは期待できないな、と首を振った。
反逆心に染まる少年が剣をつかみ直したとき、すでに男たちが魔法を処理していた。二人を取り囲むようににじり寄る。
ティベリウスは剣を地面に突き刺し、男とルーセントの間を遮るように、円状の炎の壁を作り出した。二メートルを超える高い壁を背に駆け出す。
ティベリウスの正面から二本の棒手裏剣が迫った。すぐさま剣を振るい弾き落とす。小気味良い音が雨に溶け、さらに右から一本が飛来する。それすらも落とすと剣に炎をまとわせ、地面に叩きつけるように振り下ろした。
炎の道を作りながら、サメの背ビレのような形をした刃が正面の男を襲った。
ティベリウスがすぐに身体を反転させると、もう一人の男へ少し飛ぶように詰め寄り剣を突き出した。
受ける男が払いのけようと手に持つ刀を切り上げたが、刃がぶつかることはなかった。
ティベリウスは右足を軸にブレーキを掛け、突き出した刃はすでに引き戻され、振り上げられていた。
敵の顔が驚きと絶望に染まる。
がら空きの上半身に剣身が吸い込まれ、左肩から右の脇腹までを斬り裂いた。バスタルド直伝の必殺技に男が崩れ落ちた。
返り血に制服が赤く染まる。
「お前ごときが、あの人の技を見切られるわけがないだろ」
ティベリウスが剣を手放し、剣先が下に落ちる柄を逆手でつかむと、倒れた敵の心臓へと投げつけるように突き刺した。すぐに引き抜くと右手で柄を、左手で刃をつかみ、先ほどの魔法を処理して向かい来る男に向けて投げつけた。
敵は、完全なる予想外の攻撃に成すすべなく、深々と心臓に突き刺さる刃を最後に意識を手放した。
勢いよく背中から地面に倒れる男、残り八人。
敵の身体から剣を引き抜こうと、一瞬の隙をさらしたティベリウス。その彼の左の太ももに、棒手裏剣が刺さった。
「うっぐあああああ。くそっ!」
足を引きずるティベリウスが、すぐに刺さっている暗器を引き抜き投げ捨てる。
傷口を押さえ、苦痛の表情に左足をかばう少年を見て、最初に話しかけてきた指揮官の男がニヤリとほくそ笑んだ。
「残念だな。まだ大勢いるのに隙をさらす馬鹿がいるか?」
「てめぇ!」ティベリウスが剣先を相手に向ける。
傷口を押さえる左手に力を入れつつ、周囲を見渡す。その時、ルーセントを囲っていた炎の壁が消失した。
「クソったれが! あいつは使えないし、このままじゃ……」
「ゲームオーバーだな。喜べ、すぐにあの男の元に送ってやる」
「おい、腐れ野郎。なんでお前らがずっとこの国にいるのかは知らねぇが、俺が直接お前らと、その飼い主のことをばらしたらどうなる、あぁ?」
「貴様……。だが、それをするにはここから逃げ出さなきゃならんだろう。できるのか?」
「見くびるなよ」突然、ティベリウスの周囲に二個の小さな火の玉が現れ、それが上下に動き、周り出した。
続けて「紅蛇」とつぶやく。
その瞬間、火の玉が地面に吸収され、そこから大量の炎が吹き出しティベリウスを包み込んだ。炎の熱で大量の水蒸気が生まれ、辺りを白く覆い尽くしていく。
それを見た男が左手を前に出す。
「面倒くせな。塵旋風! お前ら三人はそこの死に損ないを仕留めろ! 他のやつはティベリウスを始末しろ!」
男が高さ四メートルのつむじ風を生み出し、部下に指示を与える。その間にも、疾風の刃を含む渦を巻く風が水蒸気を吹き飛ばしていった。そして、風の魔法がティベリウスに向かっていったとき、地面から全長五メートルほどの業火の大蛇が三匹現れて散らばった。
「くそっ! なんだこいつは!」
頭を食い千切ろうと炎の大蛇が刺客に向かっていく。男はギリギリのところで首を下げ、地面に膝をついて回避するも、視線の先にいるであろう少年がいないことに気がついた。
「しまった! 早く追え、あいつを逃がすな!」
部下に振り向く男の視線の先では、二人の仲間が大蛇に身体を呑み込まれ炭化していた。
詠唱者が消えたせいで炎の大蛇も追撃を行えず霧散する。指揮官を含む、難を逃れた三人が互いに距離をとって、秘密を知る少年を追いかけて山の中へと消えていった。
いまだに足取りがおぼつかないルーセントは、自由の利かない左腕をだらりと下げて、右腕だけで刀をもって構える。
今まで経験をしたことのないほどの疲労感とだるさに脱力感まで襲い、心が折れそうになっていた。
ぼんやりとしたまなざしが刀の先端を捉える。
ルーセントの頭の中には、遠い場所にいる父親の顔が浮かんでいた。その昔、鍛練で立てなくなっていたときのバーチェルの言葉がよぎる。
『つらいか? だがな、強くなろうとするなら、身体が限界を迎えた時からが本番だぞ。つらい、苦しい、痛い、やめたい。これらの感情に負けてそこでやめていては、さらにはできることだけをしていては成長などあり得ん。だからといって、流れに任せてダラダラやるくらいなら、初めからやらないほうがいい。何の学びもないうえに、何もしていないのと同じことだからな。つらく、苦しいときほど目的と意識をしっかり持って、基礎を守ってこなすことだ。それらはいつか自信となり、次のレベルへと登る力となる。一番大事なその時に、勝敗を決めるのは古くさかろうが精神力だ。諦めたやつと、最後まで諦めずに戦うやつでは、その強さはケタ違いだ。英雄とは、常人ではできないことを成し遂げるから、英雄と呼ばれるのだ。壁にぶつかり無様に倒れるか、乗り越えるかはお前次第だ』
続けて、守護者解放時に実父から言われた『男なら、一度決めたことは最後まで貫け』という言葉が頭を掠めた。母親が自分のせいで殺された記憶、二度と同じことは繰り返さない、と両親に誓った。
誰よりも強く、二人に誇れるように、と過ごしてきたルーセントはもう誰にも負けない、と首に掛けていた両親の指輪のネックレスをつかんだ。
死にかけていた目に光が宿り、闘志を燃やす。
右足を前に、左足を下げ、半身の状態で右手に持つ刀を前に突き出した。
ルーセントから湧き出る殺気と威圧感に、楽勝ムードが漂っていた男たちの顔が引きつる。
「覚悟を決めやがったか。だが、そんな身体で俺たち三人に勝てると思っているのか?」
苦し紛れの男の一言。しかし、ルーセントは聞く耳を持たず、無言で威圧する。
「くそが! いくぞお前ら!」
気圧されつつも、三人の男がルーセントに迫った。
山の中を逃げるティベリウス、左足の傷のせいで思うように走れないでいた。三人の男に囲いこまれるように奥へ、奥へと誘い込まれていく。時おり追い付かれ、魔法とロングソードで往なしていく。
長い間走り続け、うまいこと戦力を分散できた、とほくそ笑むティベリウスが山中の木々を抜けたとき、その顔が諦めに近い表情に変わった。
目の前に現れたのは崖だった。対岸までは数十メートルも離れていて、どうやっても飛び越えることはできない。崖をのぞき込めば、大きな河が流れている。その高さは五十メートルほどの高さがあった。
物音に振り返るティベリウスの目に、指揮官の男が映っていた。
「手間掛けさせやがって。その足で、この三人を相手にできるか? うしろは……、崖みたいだな。飛び降りるなら見届けてやるよ」
「ああ、お前を殺してからな!」
右足で地面を踏み込み突きを出す。再び行うフェイント攻撃。しかし、バスタルドの技は交わされてしまった。
「俺の前で使うのは二度目だろ。そんなもの通じるわけがないだろ!」
男が右へ左へと斬りつけてくる。防ぐことで精一杯のティベリウス。さらには、両サイドにいる刺客たちの投てき武器も合わさり、攻めることが叶わなかった。
どんどんと崖へ追い詰められていく。
何度目かの指揮官の攻撃を防いだとき、ついに投げられた棒手裏剣が左腕に刺さる。
「があああああっ!」
痛みに気をとられ、生まれ出た一瞬の間合いに「終わりだ」と、振り下ろされる刀がティベリウスの身体を捉える。ティベリウスがうしろに思いっきり飛びのくと同時に、その刃が上半身を斬りつけた。
一歩、二歩と下がるが、ついに足場がなくなり、体勢を崩して崖下へと転落していった。途中で盛り上がり出っ張った岩場に激突すると、投げ出されるように落下していく。数本の骨が折れ、河の中へと着水し流されていった。
「くっそぉ! よりにもよって河の中に落ちやがって、お前らすぐに降りて死体を探せ! 必ず見つけろ。いいか、見つからなければ俺たちの首が飛ぶと思え!」
「かしこまりました」
二人が岸辺に降りるため消えていく。
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