月影の砂

鷹岩 良帝

文字の大きさ
上 下
58 / 134
2 王立べラム訓練学校 中等部

2-26話 再び、そして……1

しおりを挟む
 今にも雨が降り出しそうな黒く低い雲と、青白い雲が高低差を生み出す空の下、強い風が吹き抜けガサガサと木々の葉を揺らす。その山の中腹にルーセントとティベリウスの二人が立っていた。
 ルーセントは刀を抜きつつ復讐に燃える少年をにらみつけた。

「これで三回目だ。ティベリウスがあいつのために報いる名分はすでに成った。僕がお前を許す心も十分に尽くした。このまま止まらないなら、僕はもう許さない」

 遠くで雷鳴が鳴り響く。その音を聞きながらティベリウスもまた、ロングソードをゆっくりと引き抜いた。
 その口元は満足そうに歪んでいた。

「ああ、それでいい」

 互いに手に持つ武器を相手へと向ける。
 二人がいるその場所は、かつてルーセントとフェリシアが誘拐されて連れてこられた山であった。
 二人が着る白い制服が強い風になびいていた――。


 ルーセントたちの行軍練習が中止になった後、ディフィニクス前将軍によって国王に報告がなされた。未然なる脅威の排除とその多大なる功績により、その報奨として戦闘教練科と神聖科の生徒を対象に豪華なパーティーが開催されようとしていた。
 討伐から一週間後、教官および生徒たちが城へと招待される。

 広く開放的な絢爛豪華けんらんごうかな室内には、これ以上ないほどの豪勢な料理が次から次へと運ばれていく。そして、立食形式のテーブルを彩った。
 室内には生徒たちだけではなく、城で働く文官、武官の重臣の者たちも多く呼ばれていた。これは、訓練生の卒業時に優位に働くように、と国王の気遣いにより顔見せも兼ねていた。

 一応の準備が終わると、細長く大きな五脚のテーブルに訓練生たちが散っていく。
 そこへ、みことのりを持った勅使が現れた。

「勅命である」と王家の紋章が刺繍された黄色い布の詔書しょうしょを広げる。

 教官を含む訓練生一同がひざまずいて跪礼きれいを行った。その様子を見て勅使が詔を読み上げる。

「此度の訓練生の活躍、余のこの上ない喜びである。いまだつたないとは言え、エンペラー種にも劣らない魔物の撃破は驚くべきものであり、最大級の賞賛に値するものである。よって、ここに祝いとその報酬として会食の場を設けた。謹んでこれを奉ぜよ。今後のそなたらには、国の柱石としての活躍を大いに期待する」

 勅使が詔書を閉じると、教官が代表して受けとる。
 それと同時に「感謝いたします。我ら教官、訓練生一同、変わらぬ努力と研鑽けんさんを重ねてまいります」と答えて詔書を受け取った。

 そして、全員が立ち上がると会食が始まる。

 それぞれが小皿を手に思い思いの料理を乗せていく。
 部屋の片隅には、フルート・ヴァイオリン・ヴィオラ・チェロの楽器を持った四人の奏者によるフルート四重奏の楽曲が奏でられていた。

 優雅な音楽が流れるなか、重臣たちがめぼしい訓練生に各々話しかけていた。
 一番の人気を得ていたのは伯爵の令嬢、フェリシアであった。文官の全員が己の顔を売り込むために、隙を見てはあいさつを交わしていく。その中にラーゼンの父親、アイゼンもいた。

「フェリシア様、この度はご無事でなによりです」
「ふふ、アイゼン様、いま私は訓練生の身です。アイゼン様の方が身分は上なのですから普通にお話しください」
「感謝いたします。それにしても、今回はよくぞ無事で戻れましたな。強化種でも最上位の強さだったとお聞きしましたが」

 アイゼンはフェリシアから普通に話しても構わない、と言われたものの、相手は伯爵の娘に変わりはなく、多少は砕けた話し方をするも丁寧な口調は変わらなかった。
 フェリシアは笑みを浮かべながら、その視線はルーセントへと向けられていた。

「ええ、一時は全滅しかけてもうダメかと思いましたが、ルーセント、パックス、えっとあとは……。あ! そうだ、ティベリウス! この三人のおかげで勝てたようなものです」
「ほお、さすがはルーセント。他の二名もなかなかのようですな。しかし、フェリシア様も活躍したとお聞きしましたが?」
「私は治療をして回ってただけです。お父様に剣術を習ったものの、まだまだ未熟者です。獣の魔物にも遅れをとる始末、活躍できるほどではありません」
「しかしながら、その優れた回復魔法がなければ危うかった、と聞いております。活躍で言えば、先の三人にも劣らぬでしょう」
「ありがとうございます。それにしても、ディフィニクス前将軍はルーセントがお気に入りのようですね。現地に来たときも真っ先にルーセントに駆け寄って行きましたから」

 フェリシアの言葉に、アイゼンもルーセントへと視線を送る。そこには、ルーセントと話すディフィニクスの姿があった。


 ルーセントがいつかの領主の城で食べたアドグラッド豚のローストを山盛りに積み上げていたとき、うしろから声を掛ける者がいた。

「体調は問題ないようだな。ルーセント」
「あ! 前将軍、お久しぶりです。身体の方はもうバッチリです。守護者のレベルも上がって身体が軽いくらいですよ」ルーセントが声の主に振り向くと、笑顔に変わった。
「そうか、それは頼もしいな。ところで、出身地はヒールガーデンだったな、ガンツは元気か?」
「え? ガンツさんを知ってるんですか?」
「まあな、もともとは王都で鍛冶場を開いていた。いつからか、あいつがヒールガーデンに移住してからは会ってはいないがな」
「そうだったんですね。僕がこっちに来てからは分かりませんが、ここに来る前までは元気でしたよ」
「そうか。今度まとまった休みがもらえることになったから、久しぶりに会いに行ってみるか。ところで、ルーセントの親はどうしているんだ?」

 ディフィニクスは、どんな人物がルーセントを引き取ったのかが気になって軽く探りを入れ始めた。
 ルーセントはそんなことには気づかずに笑みを浮かべたままだった。

「父上ですか? 僕を引き取ってからは道場を開いているので、今日も門下生に稽古をつけている頃だと思います」
「道場か。そういえばルーセントは刀を使っていたな。お前の父親はディストラアレオ王国の出身か?」
「はい、そうみたいです。ただ、子供の頃にレフィアータ帝国に移ったみたいですけど。そのあとは冒険者として国々をめぐっていたみたいです。そこでスラープ村で僕を助けて、そこからはずっとヒールガーデンだと思います」
「なに? お前を助けたのは今の父親なのか。では、あのときの盗賊どもを始末したのはルーセントの父親だったのだな」
「え! 前将軍も村に来てたのですか?」
「ああ、軍を率いてな。ただまあ、着いたときにはすべてが終わっていたがな。で、父親の名は何と言うのだ?」
「バーチェル・スノーです」

 ルーセントから親の名を聞いた瞬間、ディフィニクスが顔をしかめた。

「バーチェル……、その名前、どこかで聞いたことがあるな。どこだったか」
「会ったことがあるんですか?」
「いや、そこまで強い男で会ったことがあるのなら忘れないはずだ。どこで聞いたかな? ……まあいい。今度、町に行ったときに会ってみれば思い出すかもしれんな」
「おお、父上もきっと喜びます。一度戦ってみたいと言ってましたから」
「それは楽しみだな。さて、あまりお前を独占するのも他のやつらに悪いな。今回は見事だったぞ。何か困ったことがあったら俺を頼るといい。ではな」
「はい! ありがとうございました」

 ルーセントが頭を下げて別れると、準エンペラー種にトドメを指した少年に唾をつけようと、他の武官たちが群がった。


 部屋の隅、困惑するルーセントを遠くから眺めるティベリウスに声を掛ける男がいた。

「この格好で合うのは、初めてだったな」

 聞き覚えのある声に振り向くと、近衛騎士の装備をまとう男にティベリウスの表情が固まる。

「アク……、いえ、ラーゼン様」

 ラーゼンに扮するアクティールは、小皿に乗せた料理をつまむとルーセントを眺めていた。

「不思議だな、なぜあいつが生きてここにいるのか」
「そ、それは……」ティベリウスが持つ小皿が小刻みに震える。
「こっちは命がけでディフィニクスの軍を引き留めていたというのに、大事な部下の命を無駄に散らせてしまったよ」

 アクティールがティベリウスから飲み物のグラスを奪うと一口飲み込んだ。

「そろそろ、けりをつけたらどうだ? そうでないと、不幸な事故が起きるかもしれないぞ。あいつもがっかりするだろうな。いや、意外と喜ぶかもしれないな。息子と変わらないお前と会えて」

 アクティールはルーセントに視線を向けたまま、手にするグラスをあおった。

「くっ……、近いうちに、必ず」

 裏切り者の殺害予告とも取れる最終警告に、ティベリウスは恐怖か、それとも悔しさからか下唇を噛んで下を向いたままだった。

「それを聞いて安心した。いい報告を待っているぞ」

 アクティールがグラスを返すと、目を向けることもなくティベリウスから立ち去っていった。
 ルーセントを一度だけにらみつけたティベリウスは、大きく息を吐き出して覚悟を決める。その姿は、苦痛に耐えるかのように歯を食いしばって拳を握りしめていた。


 数日後、ルーセントの部屋の自動扉の隙間に折り畳まれた紙が挟み込まれていた。
 不思議に思ったルーセントが紙を広げる。
 そこには『バスタルドさんを倒した場所まで一人で来い』と書かれていた。
 ルーセントの顔が険しい表情へと変わる。
 そのまま目をつむり息を吐き出した。
 唇を堅く結ぶと拳に力が入る。

「やっぱり、諦めるつもりはないのか。ティベリウス……」

 どちらかが生きて、どちらかが死ぬ。
 いつか一緒に戦えたのならどれほど心強かったか、と仲間を殺さなければならない恐怖に手が、膝が震える。
 バーチェルから教えられた言葉が頭をよぎる。

『死ぬことで生きる道も見つかろう』

 命を賭けた戦いでは、一瞬の恐れや戸惑いが己の命を刈り取る。
 ルーセントはこのままではだめだ、と気分を落ち着かせるために再び深呼吸を繰り返す。そのまま部屋に戻ると刀を手にした。少しだけ刃を引き抜くと、刃に映る自分の顔を見て覚悟を決めた。
 ルーセントは、義理を果たそうとする少年と過去の連鎖を断ち切るために、決戦の場所へと向かっていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

かつて最弱だった魔獣4匹は、最強の頂きまで上り詰めたので同窓会をするようです。

カモミール
ファンタジー
「最強になったらまた会おう」 かつて親友だったスライム、蜘蛛、鳥、ドラゴン、 4匹は最弱ランクのモンスターは、 強さを求めて別々に旅に出る。 そして13年後、 最強になり、魔獣四王と恐れられるようになった彼女ら は再び集う。 しかし、それは世界中の人々にとって脅威だった。 世間は4匹が好き勝手楽しむ度に 世界の危機と勘違いをしてしまうようで・・・? *不定期更新です。 *スピンオフ(完結済み) ヴァイロン家の少女が探す夢の続き~名家から追放された天才女騎士が最強の冒険者を目指すまでの物語~ 掲載中です。

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

『王家の面汚し』と呼ばれ帝国へ売られた王女ですが、普通に歓迎されました……

Ryo-k
ファンタジー
王宮で開かれた側妃主催のパーティーで婚約破棄を告げられたのは、アシュリー・クローネ第一王女。 優秀と言われているラビニア・クローネ第二王女と常に比較され続け、彼女は貴族たちからは『王家の面汚し』と呼ばれ疎まれていた。 そんな彼女は、帝国との交易の条件として、帝国に送られることになる。 しかしこの時は誰も予想していなかった。 この出来事が、王国の滅亡へのカウントダウンの始まりであることを…… アシュリーが帝国で、秘められていた才能を開花するのを…… ※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

伝説の霊獣達が住まう【生存率0%】の無人島に捨てられた少年はサバイバルを経ていかにして最強に至ったか

藤原みけ@雑魚将軍2巻発売中
ファンタジー
小さな村で平凡な日々を過ごしていた少年リオル。11歳の誕生日を迎え、両親に祝われながら幸せに眠りに着いた翌日、目を覚ますと全く知らないジャングルに居た。 そこは人類が滅ぼされ、伝説の霊獣達の住まう地獄のような無人島だった。 次々の襲い来る霊獣達にリオルは絶望しどん底に突き落とされるが、生き残るため戦うことを決意する。だが、現実は最弱のネズミの霊獣にすら敗北して……。 サバイバル生活の中、霊獣によって殺されかけたリオルは理解する。 弱ければ、何も得ることはできないと。 生きるためリオルはやがて力を求め始める。 堅実に努力を重ね少しずつ成長していくなか、やがて仲間(もふもふ?)に出会っていく。 地獄のような島でただの少年はいかにして最強へと至ったのか。

食うために軍人になりました。

KBT
ファンタジー
 ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。  しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。  このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。  そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。  父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。    それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。  両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。  軍と言っても、のどかな田舎の軍。  リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。  おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。  その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。  生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。    剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。

処理中です...