月影の砂

鷹岩 良帝

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2 王立べラム訓練学校 中等部

2-25話 同盟2

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 日が変わって、国王アイザーグは軍師エルヴィンとともに執務室にてヴェールの作戦を聞いていた。
 ヴェールに手渡された提案書に目を通すと何度も読み返す。続いて、エルヴィンもアイザーグから渡された提案書に目を通した。
 最初に口を開いたのはアイザーグであった。

「なかなか考えたなヴェールよ。まずはレフィアータ帝国と海戦を起こす。その後に我が領海とメーデルの間で演習を行う。まずはメーデルの目を逸らして相手の防衛体制を探るため、か」
「はい。レフィアータと戦うことで、必ずメーデルは自国には攻めてこないと油断するはずです。ですが、防衛網自体を緩めることはしないでしょう。そこでまずはメーデルの領海に侵入して出方をうかがいます。ここではどれほどの戦力が、どれほどの時間で現れるかを探ります。攻めるときのいい目安になるでしょう」

 黙って聞いていたエルヴィンが感心しながらうなずく。長年、軍師として数多くの献策を行ってきた五十歳を超える国の重鎮。金糸が使われた深緑の衣を着る男はヴェールに目を向ける。

「奇襲をかけるなら早さが命だからな。前もって当たりを付けておくのは間違ってはいないだろう。それに、レフィアータに当てるのは罪人か、これは考えたな。廃棄前の戦艦を使えば処分する手間も省けると言うものだ」
「ありがとうございます。罪人には、兵役を終えたら報酬と恩赦おんしゃを与えるとでも言っておけばよいでしょう。ただ、どうしても指揮を取るのに水軍の兵が必要になってしまいますが」
「そこは任せておけ。老兵を中心に組めば問題ないだろう。旗艦には互いに特定の旗を付けさせて攻撃をしないように話を付けておけばよい」

 エルヴィンはすでに見当をつけていたのか、教育係もかねて経験豊富な老兵を中心に据えると発する。
 今度は少し考え込むエルヴィンと入れ替わるように、アイザーグが若き軍師に作戦について質問を投げる。

「ところで、なぜメーデルに攻め込むまで、何度も演習と称して領海近郊で訓練を行わなければならんのだ? 防衛体制を調べるのなら、一度や二度で済むであろうに」
「今回の作戦の肝はそこにあります。一度や二度では常に警戒されてしまいます。しかし、何度も繰り返し行って行動を起こさずにいたらどうでしょうか? 見せかけだと思い込めば、またかと思い自然と警戒も緩むでしょう。人は守りが万全だと思えば、警戒心が薄くなるものです。普段から見慣れているものには疑問など抱きません。それに、罪人どもを調練させるのにも、ちょうど良いではありませんか」
「見事であるな。エルヴィンよ何か不備はあるか?」

 アイザーグはヴェールの作戦を支持をすると、国王の一番の頭脳である軍師に確認をとる。
 エルヴィンは先ほどのヴェールの説明を脳内でシミュレートする。数分の沈黙の後、目をつむっていたエルヴィンが沈黙を破ってアイザーグに顔を向ける。

「いえ、これと言って欠陥はないかと思われます。成功するかは試してみないと分かりませんが、レフィアータと戦う以上、領海侵犯をしたとしても攻めてくるとは思わないでしょう。成功確率は高いと思われます」

 エルヴィンの好評価に手応えを感じたヴェールは、土台が整った後のことにも触れていく。

「陛下、もしこの作戦が成功したのなら、次は攻める場所についてです。侵攻については宣戦布告と同時に行う必要があります。まずは囮として、メーデル東部の本拠地に近いバーベスタークに攻め込みます。ある程度くぎ付けにできたら撤退させてください。そして、本隊の攻撃目標は西域北部沿岸にあるエスクアルディア、同じく西域中部沿岸のメンデバローグ、そして最後は西域南部沿岸のルールゾロアの三拠点です。この三拠点に関しては、奇襲をかけるため見つかるわけにはいきません。なので、船体を黒く塗装し夜間に出発させます」
「なるほどな、首都に近いバーベスタークを攻めることで戦力、視線を東に引き付けるわけか。そして手薄になった西域を攻めると、たいしたものだ。三カ所に分けるのは戦力を分散させるためか?」

 アイザーグは新しいおもちゃを見付けた子供のように目を輝かせる。そして食い入るようにヴェールに質問を返していった。若き軍師は得意気な表情で意気揚々と口を開く。

「さすがは陛下です。メーデルを攻めるとなれば、必ずアンゲルヴェルク王国が援軍として現れるでしょう。そうなれば領土を奪うことは難しくなります。まごついて領土すら取れなければ、失望したレフィアータ帝国が攻めて来てもおかしくありません。それを防ぐために、分散させて守りが薄くなったところを一気に侵攻するのです。仮に援軍が来たとしても、うまく分散させることができます」
「どうだ、エルヴィンよ。なかなか良い作戦だと思うがな」うなずく国王が老獪なる軍師に視線を向けた。
「そうですね。ヴェールの言う通り、いつまでも手こずっていてはメーデルとレフィアータの二カ国を相手取らなければいけなくなるかもしれません。試してみる価値はあるかと」

 三人が意見を出しあって作戦をまとめていく。
 三日後には再び交渉へと戻っていった。


 初日とは場所を変えて応接室に移っていた。
 赤い絨毯じゅうたんの上、部屋の中央に置かれた直径五メートルの円卓のテーブルに、担当の大臣たちとレフィアータ帝国から来た使者が座っていた。
 サラージ王国側には軍師と司徒を兼任するエルヴィン、他国との交渉を担当する大鴻臚だいこうろを務めるラグール・ローゼス、農政と財務を担当する大司農だいしのうを務めるデイビー・スミスと、それぞれの補佐官が椅子につく。
 レフィアータ帝国側には、大鴻臚のロスター、軍師を務めるギルス・フェリックスと、その補佐官が席に座っていた。他には六名の近衛騎士が扉に二人、部屋の四隅に一人ずつが配置され成り行きを見守っていた。
 サラージ王国側の補佐官が一人、紙の束を手にレフィアータ帝国の使者に配る。全員に資料が行き渡ると、大鴻臚のラグールが声を出した。

「お待たせして申し訳ありませんでした。三日ほどでしたが、我が国はいかがでしたでしょうか?」
「自国では見かけないものも多く、ついつい土産を買いすぎてしまいましたよ。それに、この城を中心とした八角形に整備された街並みは圧巻でしたな。やはり、国が変わると刺激が多くていいですね」

 ラグールの問いかけに、観光を満喫していたロスターが満足そうに笑みを浮かべて答える。ラグールは良い印象付けができたことに満足して資料を手に取った。

「では、早速始めましょう。まずはこちらの希望を資料にまとめてあります。最初に受け取った資料と変更がある箇所には訂正を入れてありますので、ご覧ください」
「……なるほど、こちらとしては香辛料と茶類の取引量を増やしたいので、現状より関税を下げても良いのですが、金属類に関してはこれ以上下げることは難しいですね。その代わり、希少金属の取引を少量ではありますが行っても良いとのことです。いかがでしょうか?」
「ほお、それは助かります。では、こちらの方は――」

 それから二日間に渡って交渉が続いていった。交渉を始めて三日がたった最終日。応接室にて、各大臣が紙の束をまとめ立ち上がると、サラージ王国軍師のエルヴィンがロスターとギルスを引き留めた。

「ロスター殿にギルス殿、少しよろしいか? 陛下から“互いに間違わぬように”と言付かっております」

 エルヴィンの言葉に、ロスターとギルスが顔を見合わすと一度うなずいて席に座り直した。

「聞きましょう。忘れ去られたかと思いましたよ」
「まさか、陛下が一番に悩んでおられました。他の者は下がれ。近衛らもだ」

 エルヴィンは最重要事項だと伝えると部屋から自分以外の大臣や補佐官、近衛騎士までも下がらせた。
 大臣たちは蚊帳の外に置かれることに怪訝けげんな表情を浮かべたが、陛下の名を出されると渋々了承して退出していった。
 ロスター側も補佐官を下がらせる。部屋にはギルスと二人が残った。
 全員が退出したことを確認すると、エルヴィンが懐から書状を取りだして手渡す。

「陛下からは“此度の同盟は、我が国としても願ってもないこと、快く受けたいと思う”とのことです。ですが、ひとつだけ条件がございます。詳しくは書状に書いてありますので、そちらをお読みください」
「条件ですか……、あまり見くびられても困りますが」

 ロスターはエルヴィンの『条件』の言葉に反応して不満に満ちた顔を浮かべた。
 しかし、しばらくしてそのロスターが笑みをこぼす。隣に座るギルスに書状を手渡すと、エルヴィンに顔を向けた。

「なるほど考えましたね。我々と敵対することによりメーデルを油断させると、こちらの意思が伝わり安心しました。ギルスよ、軍師としての意見はどうか?」
「見事な作戦かと。無策に真正面からぶつかれば、アンゲルヴェルク王国からの援軍に阻まれる可能性が極めて高いですが、これなら短期間で領土を奪うことができるでしょう。しかし、ここで了承するわけにもいきません。一度陛下に伺う必要があります」
「そうだな。エルヴィン殿、交易の件もあります。一度国に持ち帰って精査したのちに再び訪れたいと思います」
「よろしくお願いします」

 互いに握手を交わす三人、数時間後にはレフィアータ帝国の使者が船へと乗り込む。一カ月後、無事に条件を飲んだ帝国とサラージ王国は、秘密裏に同盟を結ぶこととなった。
 光月暦 一〇〇六年 三月二十八日のことであった。
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