月影の砂

鷹岩 良帝

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2 王立べラム訓練学校 中等部

2-20話 地獄の行軍4

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 北西の街道にて、帰還中の軍の先頭を戦馬せんばに乗って移動していたディフィニクスが、森の奥から何度か現れる竜巻を気にして軍を止めていた。

「さっきから、ちょこちょこ竜巻ができては消えてるが、あれは魔法か?」
「だろうな。空に雲ができては消えてるし、自然現象じゃないだろ。どうすんだ兄貴?」

 ディフィニクスの疑問に弟のウォルビスが答えると、見逃すのか、割り込むのかの選択を迫った。
 ディフィニクスが無言で空を見つめる。
 ルーセントとディフィニクスの距離は、およそ三キロメートルほど離れていた。

「あれほどの魔法を使う相手だ。それが敵であった場合、驚異であることには違いない。つぶせる内につぶしておいた方がいいだろう。モーリス、ルード!」

 ディフィニクスが二人の将軍の名を呼ぶ。呼ばれた二人は、戦馬に乗ったまま前将軍ぜんしょうぐんの横につけた。
 ディフィニクスが二人に指示を出す。

「それぞれ一隊を連れて偵察してこい。何かあればすぐに信号弾を上げろ」
「かしこまりました」

 二人の将軍が馬を預けて自分の部隊から五十人ずつを連れて森へと入っていった。
 モーリスとルードは視認できる程度の距離を置いて歩く。警戒しながら目的地に向かっているため、通常より遅い速度で進んでいた。ときおり現れる魔物を倒しつつも一キロメートルほど進んだとき、人の気配を感じ取って立ち止まった。
 兵士が周囲を警戒する。
 その時、モーリスの正面にある木のうしろから黒衣の人物が現れた。その人物は顔の半分を隠していたため、人相をうかがい知ることができなかった。
 モーリスが怪訝けげんな表情を浮かべる。

「何者だ?」
「それを聞かれて答えられるやつが、こんなに顔を隠しているわけがないでしょうよ」
「バカにしてるのか?」
「まさか! 答えられないから、その理由をのべただけだ。誰が好き好んで天下のディフィニクス前将軍の軍に絡みたいと? 冗談はやめてくれ、自殺願望はまだないぞ」

 どこまでもおどけて答える黒衣の男に、モーリスが苛立ちを隠せずにいた。

「ふざけた野郎だ。そこをどけ! 邪魔をするなら斬り捨てるだけだ!」
「それは困ったな。ここを通すわけにはいかないし、かと言って退くわけにもいかない。それでいて斬られるのもお断りだ。こういう場合はどうしたらいい?」
「だったら、おとなしく捕まれ! 捕らえよ!」

 モーリスが部隊の兵士に指示を出すと、十人ほどが飛び出していった。
 しかし、兵士が男を捕らえる前に木の上から放たれた投げナイフによって全員が倒されてしまった。

「くそっ! 伏兵か!」

 モーリスの声に、兵士が警戒しながら円形に固まる。

「そんな大それたものじゃない。これしかいないしな」

 男の周囲を、木から降りた同じ格好をした十人が並んだ。
 ルード隊が側面を押さえるために動く。
 それを見た男が左手を上げた。

「あ、悪い。そっちにもまだいるんだった」

 男の声とともに、ルード隊のうしろから現れた黒衣の男たちによって、十三人ほどが投げナイフによって倒されてしまう。
 一瞬で劣勢に陥るモーリスとルード、倒れた部下を見て男をにらんだ。
 二人の将軍と兵士の殺気を浴びる男の目が笑う。

「さあ、どうするお二人さん? 伏兵はこれだけなのか、それともまだいるのか? 悩むところだな。攻めるべきか、退くべきか。こっちが少数でも、森の中でのゲリラ戦なら人数差をものともしないぞ」
「ふん、空城の計のつもりか? 仮にそれが本当だったとしても、前将軍の軍にこんなことで怖じ気づくような軟弱なやつはいない! 全員、構えろ!」
「おっと、これは予想外。じゃあ、仕方ないな。一緒にダンスでも楽しもうじゃないか」

 言い終わると同時に男がナイフを二本、モーリスに投げる。少しでもルーセントの元へ行かせるのを防ごうと時間を稼ぐ集団と、森の奥の驚異を取り除こうとする集団の戦闘が始まった。


 森の奥、訓練生とジュラミーベアの何度目とも分からない攻防が続いていた。すでに訓練生の三分の一が重傷を負って戦闘不能となっていた。後方に下げられる訓練生の治療にあたる神聖科の生徒と、その教官が慌ただしく駆け回っている。
 最前線では、集中的に狙われるルーセントが苦戦していた。槍を手に持つルーセントは、ジュラミーベアと距離を開けて対峙している。
 すでに身に付ける制服はボロボロとなり、中に着込んでいる鎧も傷だらけになっていた。そして、肩で息をするルーセントの消耗も激しかった。
 魔物の力が強すぎて、手に持つ武器で受け流すだけでも多大なる負担を強いられる。その上、魔法も同時に放たれ混迷を極めていた。
 そんなルーセントの前に教官が三人ほど立ちはだかった。

「ルーセント少し下がって休め。なんでかは知らんが、どうやらお前を狙っているらしい。そうとわかれば戦いようもある。へたばる前に回復しておけ、そのうち活躍してもらうからな」
「わ、分かりました」

 教官の三人が同時に魔法を放つと、ジュラミーベアに向かっていった。他の生徒も後に続く。
 みんなの背中を見送ると、ルーセントは魔物に背を向けることなく後ずさる。その足取りはよろけていた。
 後方まで下がったとき、フェリシアが駆け寄る。

「ルーセント! 大丈夫? ケガは?」
「少しだけ、でも平気。それより、水もらえない?」
「待って、……はい」

 フェリシアが腰から水筒を手に渡すと、ルーセントは水を飲み干す勢いで口にする。頭にもかけると地面に腰をつけた。

「あんなに強いやつは見たことがない。ただの強化種とは思えないよ。それに、どうやら僕が狙われているみたい」
「何でだろう? 一応、回復魔法をかけておくわね」
「ありがとう」

 つかの間の休息に身体を休めていると、きゅうちゃんがルーセントの肩に飛びついてきた。

「きゅう!」
「無事だったんだね。でも、危ないからフェリシアと一緒にいるんだよ」
「きゅう、きゅう、きゅう!」

 何かを伝えようとしているのか、きゅうちゃんはルーセントの肩から降りて金の瞳の先へと移動した。

「きゅ、きゅう、きゅっ! きゅきゅきゅきゅきゅう!」

 円を描きながら、時々止まりつつも鳴き続けるきゅうちゃん。しかし、言葉が分からないルーセントに伝えることはできなかった。

「ごめん、きゅうちゃん。何を伝えたいのか分からない」
「きゅうぅぅぅ」きゅうちゃんが力なくうなだれる。

 ルーセントが両手でちいさな相棒を包み上げると「でも、大丈夫。必ず勝つよ」と伝えて、フェリシアへと手渡した。
 五分ほどがたち、ルーセントのもとに生徒が一人やって来た。

「ルーセント、もう行けるか? 教官が呼んでる」
「分かった」

 ルーセントが槍を手に立ち上がる。
 見送るフェリシアが「気を付けてね」と心配そうに声をかけると、受けるルーセントが「大丈夫!」と笑顔を返した。


 次々と後方へ送られる生徒たちと入れ替わるように、治療が終わって再び前線に戻る生徒たちで騒がしさが増している。
 ルーセントが戻ると教官が近づいてきた。

「いいか、ルーセント。お前が今から囮となってあいつを引き付けろ。そうしたら俺たち二人が魔法で動きを封じるから、そこで全員であいつに仕掛けるぞ。このままでは持たないからな、これに賭けるしかない」
「分かりました。耐えてみせます」
「悪いな。だが、無理はするなよ」

 ルーセントがうなずくと、再びジュラミーベアと対峙する。
 魔物がルーセントを視界に捉えると、咆哮をあげて突進してきた。風の刃をまとう魔物の弾丸、ルーセントは右手に持つ槍に炎と雷をまとわせ身構える。
 その時、夢の中で出会った最初の英雄、スティグの言葉が頭をよぎった。

『――いいか、まずは刃に魔力をつぶしていく感じで、何重にも溜め込んでいく。そうしたら一発目を遅く、二発目を速く打ち出すって感じだな。物質にはプラスとマイナスがあって、ぶつかれば消滅する関係にある。おまけに、ある程度の質量をぶつけると爆発する特性も持っている。だから、二種類の属性を作り出してぶつければいいだけだ。基本的には、魔力はイメージを具現化するものだから、打ち出す前に弾けた魔力の刃が縦横無尽に走るイメージを持てばいい』

 思い出したのは、スティグが編み出した最強の技、アンチマテリアル・ブレード。

「ここであれが使えれば……」

 夢の中で教わったあと、何十、何百と朝の鍛練時に試すものの、一度も成功することがなかった技。
 ルーセントが武器にまとわせた炎と雷を解除すると、目をつむり棒立ちとなる。

「プラスとマイナスの魔力……」

 ルーセントが周りの音が聞こえなくなるほどに集中する。一瞬だけ槍から炎が吹き上がったが、すぐに消滅してしまった。目を開けると、近づく魔物に向かって槍を左に振り上げた。続いて、穂先を自身の左側の地面に向けると、先程と同じように槍に雷が一瞬だけ放電する。すぐに収まると右へ振り上げた。
 ルーセントの謎の行動に、周りで見ていた教官と生徒は首をかしげる。
 魔物との距離が十メートルほどに迫ったとき、空間が突如として爆発を引き起こした。
 何重にも爆発を引き起こして巻き起こる爆風を四方に散らす。その瞬間、ルーセントの槍を握る手に力が込められ顔が歪んだ。悔しそうな顔とともに、アンチマテリアル・ブレードが失敗に終わってしまった。
 しかし、舌打ちをするルーセントではあったが、その威力は今までの魔法の比ではなかった。
 爆煙を抜けて現れたジュラミーベアの体躯からは、風の刃が消失して全身が焼けただれていた。そこからはおびただしい血液が流れ出す。想像以上のダメージに足を止める魔物、教官はその隙を見逃さなかった。

「いまだ!」

 二人の教官がありったけの魔力を込めて魔法を放つ。ひとつは極太の氷の牢獄がジュラミーベアを閉じ込める。そのあとすぐに牢獄の中に渦巻く激流の水が埋め尽くした。
 もがき苦しむジュラミーベア、水流に切り刻まれながらも氷の柵を殴り付けるが壊れる気配はなかった。
 何度も極太の腕で牢獄を殴り付けるが徒労に終わる。
 水に包み込まれて呼吸もできずに苦しむ魔物。
 教官たちが「やったか!」と喜びを表した瞬間、ジュラミーベアの目が赤く光った。
 突如として森の広範囲を風が渦巻くように強く吹き荒れる。見上げれば、空にはうねるどす黒い雲が支配していた。雲は雨と雷を発生させていた。
 そして、閉じ込められている氷の牢獄の上下に、風の渦が姿を現した。徐々に威力を増す風が牢獄に亀裂を生み出す。その亀裂はどんどんと広がっていって、ついには包み込んでいた水流をも消失させた。
 なおも強くなる風、上空から雲が渦を巻いて降臨する。
 ジュラミーベアが全力をもって生み出した竜巻、それが徐々に範囲を広げていく。周囲に暴風が荒れ狂って木々を根こそぎ巻き上げていった。

「クソ! ふざけんな! 全員退避! 全力で逃げろ!」

 叫ぶ教官の声に、訓練生たちは蜘蛛の子を散らすように、必死の形相でバラバラに逃げる。離れた場所にいた生徒たちは何とか魔法の圏外まで逃れるも、ルーセント、攻撃組、教官たちは、あまりにも強い風に動けないでいた。
 全員が武器を地面に突き刺して竜巻に巻き上げられないように耐えるが、近づく風の渦に身体が浮き始める。
 そして、抵抗もむなしく全員が吹き飛ばされると、竜巻に呑み込まれてしまった。
 縦横無尽に暴れる狂う風の刃に、巻き上げた木々が凶器となってルーセントたちを襲う。どっちが空で地面かも分からぬままに弾き飛ばされて何度も地面を転がる。
 竜巻が消失したときには、半径数百メートルが更地となって所々に生徒が倒れていた。
 ルーセントも地面に伏せって意識を保つのがやっとだった。呼吸をする度に耐え難い痛みが身体を走る。
 左腕は自由は利かずに骨が粉砕していた。すでに感覚さえもなかった。おまけに、全身の切り裂かれた傷からはどくどくと血が流れ出していた。
 教官の魔法から解放されたジュラミーベアは、頼りない足取りながらも立ち上がって周囲を見渡しルーセントを見つける。
 そして、トドメを刺すためにゆっくりと近づいていった。
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