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2 王立べラム訓練学校 中等部
2-10話 ルーインの暗躍2
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「どうだ?」
「確かに有益ではあるでしょう。不満を持つ下級守護者は多いはずですから。しかしながら、うまく行くかは保証しかねます」
ここはルーインの自室。
ルーインとベインの二人がソファーに向かい合うように座っていた。
狩りから城へ戻る途中に見かけた下級守護者の集団。
それらは仕事にあぶれて住む場所さえ危うい路上生活者であった。この集団を見て思い付いた一案を軍師ベインに相談をしていた。
「そうか、なぜだ?」
「まず第一に、彼らは日々の生活に必死で反乱など大それた事には興味がないでしょう。頑張っても強盗か万引き程度が関の山。第二に、街であぶれている者どもの守護者の大半が戦闘分野以外です。それ相応の数が集まれば別ですが、戦力になるかは疑問が残ります」
「なるほどな。そうそう、うまくはいかんか」
ベインの口から語られる問題点はルーインの提案を一蹴するものであった。
しかし否定的な言葉を述べるベインではあったが、その顔には笑みが浮かんでいた。
「クドラ様、いま言ったことはあくまでも現状での事です」
「どういう事だ?」
「はい。まず第一の問題点についてですが、こちらで住む場所を確保して食事を与えれば解決します。とはいえ上等な物など必要ありません。住む場所、食べ物に困らなくなれば心に余裕が生まれます。己の状況に不満を募らせる者も出てくるでしょう」
「そういうものか。だが、食べ物はなんとかできても住む場所となると難しかろう。父上に持ち掛けたところで貧民などに取り合うとも思えん。ましてや他国にも、となるとなおさらであろう」
「ええ、恐らく無駄に終わるでしょうね。まずは自国のみで土台を作るべきです。性質的に他の者に知られれば謀反を疑われかねません。なので陛下だけではなく、誰に対しても内密で行わなければなりません」
軍師の言葉にルーインがうなずくとそのまま視線を外した。部屋の奥、ベッドのある方向を見つめると視線を左右に泳がせて考え込んだ。
「……で、誰が適任か?」眉をひそめたルーインが再びベインに目を向けた。
「基本的に工作がメインです。諜報部隊に任せるのがいいでしょう。現状で手の空いているものは第五諜報部隊長のアルガープしかおりませんので、あの者に任せれば問題ないでしょう。あとは補佐として、第三特殊部隊長のグルヴェリカを付ければよろしいかと」
「そうか、細かい調整はお前に任せる。話を通しておけ」
「かしこまりました。戦闘に関してはグルヴェリカに、それ以外はアルガープに任せましょう。貧民どもには街で情報収集を行わせて、得た情報に報酬を支払えばきっと役立つかと」
「なるほど考えたな。それを実現できれば街中すべてを監視していることと同じ、と言うわけか。そして、その情報を元に我と敵対するやつを操ればいい、そういうことだな」
自分の意思が伝わったベインは、満足そうに口を歪ませる。
ルーインもまた、思っていた以上に有意義な組織になりそうだ、と若き軍師に同調するようにほくそ笑んだ。
こうして計画の大要が決まった。このあとも幾度となく実行に向けての協議が秘密裏に重ねられてアルガープ、グルヴェリカを筆頭に移行されていった。
ルーインは父親にして第二十四代皇帝ククーラ・レフィアータの寝室へと向かっていた。
ドアの前で控える侍女がルーインに対して頭を下げる。
「失礼いたします。ただ今、イザール様がお越しになっておられます」
「イザールが? 珍しいな。弟が父上に何の用だ? まあいい、我が来たことを伝えよ」
「かしこまりました。少々お待ちください」
侍女が頭を下げたまま後ずさって部屋の中へと消えていく。
ルーインが来たことを知ったククーラは、すぐに「通せ」と侍女に伝えた。
ルーインがドアより室内に足を踏み入れると、紺色の壁と白い天井が出迎えた。踏み出した足を受け止める床には、赤と白の糸で織り込まれた絨毯が足への衝撃を和らげる。
そして、その正面には大きな窓が何枚も連なり、ふぶく雪により景色を真っ白に染めあげていた。
さらにその窓の反対側、部屋の中央にあるソファーとテーブルの奥の壁には大きな暖炉があり、その中で炎がゆらゆらと優しく揺らめいていた。
ソファーには父親のククーラと、その反対側にはクドラの三歳下の弟イザール・レフィアータがいた。
二人がクドラへと視線を送る。
兄のクドラを見つめる瞳は兄と同じ紫色、ストレートの黒髪が身体の動きに会わせて揺れている。その細身な身体と褐色の肌をした顔は少しやつれているようにも見えた。
「ちょうど良いところに来てくれました兄上。ぜひとも兄上の意見も聞かせてください」
「急にどうした? 身体の調子はもういいのか?」
「はい、最近はすっかり良くなりました」
「そうか。それで、聞きたいこととはなんだ?」
弟のイザールは生まれつき身体が弱く、たびたび病に伏していた。
ルーインがクドラを乗っ取ってからは体調を崩すことも多くなりめったに会うことはなかった。そんな弟が真剣なまなざしでルーインへと語り始めた。
「先日、太傅と一緒に城下へ行く機会があったのですが、そこでボロボロの身なりをして苦しそうにしている人たちを見たのです。太傅が言うには“その日食べるものにも、住むところにも困窮している者たち”だと言うのです。私は城下に行くまで、あのような者たちがいるとは思いもしませんでした。あの者たちとてこの国の民、食料と住居、それに少しの生活費を支援してはどうか、と父上に掛け合っていたのです。ですが……」
イザールは最後に言い淀むと、父親のククーラの顔を見てからすがるようにルーインに振り向いた。
ルーインがイザールの横に座ると弟に顔を向ける。
「なるほどな。もし仮に、お前が言うように食料と住居を用意したとする。果たしてまともな生活を送ると思うか?」
「もちろんです! きっと父上に深く感謝してこの国のために働いてくれるに違いありません」
「残念だが、そうはなるまい」
「なぜですか?」イザールが不思議そうに眉をひそめる。
「いいか。タダで、食料も住居も、生活費も手に入ったとする。何もしないで、だ。だとしたら“また同じ状況になれば生活を保護してもらえる”そう考えるのが普通だ。あいつらは下級守護者を持つものがほとんどだ。中級や上級とは違い、回ってくる仕事はキツいものばかりだと聞く。つらい思いをして些末な日銭を稼ぐより、だらけてタダでもらう方が得であろう。それに、すべての下級守護者があんなに落ちぶれているわけではない。汗水垂らして必死に働いているやつらもいる。改心して働き出すのなら、落ちぶれないで始めから働いている。害虫みたいなやつらを救う必要もない」
「兄上! ゴホッゴホッ」
ルーインが保護すべき民を“害虫”と呼んだことに、イザールが怒りを募らせ言い返そうと声を荒げた瞬間、喉を詰まらせ咳き込んだ。病み上がりの身体に響いたのか、苦しそうに胸を押さえていた。
「誰かいるか!」ククーラが反射的に人を呼ぶ。
すぐに侍女が現れると背中を擦りながらイザールを立たせた。去り行く背中にククーラが言葉を送る。
「お前の言いたいことは分かった。だが、今は身体を休めよ」
「はい、失礼します」
イザールは苦しそうに答えると侍女に手を取られながら退室していった。
イザールが出ていったことを確認すると、ククーラはルーインに向き直る。
「太傅め、余計なことをイザールに吹き込んだようだな」
「どうするおつもりで?」
「まだ気にするほどでもなかろう。ところで我に何用だ?」
「はい。ひとつ提案をしたく思います」
「お前が提案だと? 申してみよ」
息子からの提案、その初めての事に少し驚いたように目を見開くククーラは、組んでいた足を組み替えてひじ掛けに頬づえをつく。
そして、どこか楽しそうにも見える父親に向かってルーインが小さく笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。では簡潔に申します。我が国とサラージ王国で同盟を結んではいかがでしょうか?」
「サラージ王国だと? あんな所と同盟を結んだところでたいした利益はなかろう」
「それは承知の上です。ですが“アンゲルヴェルク王国を落とせる”となったらいかがですか?」
ルーインの口から出てきた長年の敵対国の名前、おまけに“倒せる”との言葉にククーラは顔をしかめる。くつろいだ姿勢から前のめりに体勢を変える。
そしていまいち信用できないのか、懐疑的な表情を浮かべた。
「アンゲルヴェルクを落とすためだと? なぜ、サラージと同盟を結ぶことであの国を落とせるのだ?」
「私が思うに、サラージ王国は極めて好戦的な国です。今でこそ、おとなしくしていますが、それは我が国がメーデル王国を攻めてにらみを利かせていたが故です。いまやメーデル王国は疲弊しています。戦力を比較してもサラージ王国が優位に立ちましょう。切り取った領土をくれてやる、とでも言えば喜んで攻め込むことでしょう」
「なるほどな、確かにサラージの水軍は我が軍と遜色ない。が、メーデルを攻めたところでアンゲルヴェルクには害はなかろう」
ククーラは、仮にサラージ王国がメーデル王国を落としたところで、地理、政治、軍事、経済など、地政学的に見ても盤石で堅牢にして最強を誇るアンゲルヴェルク王国に大きな影響があるとは思えなかった。
「局所的に見れば、父上の考えは間違ってはおりません。ですが、メーデルとアンゲルヴェルクは同盟国です。状況を考えれば必ず援軍を送ることでしょう。相手の体力を少しでも消耗をさせることができます。それにサラージが領土をとれば、アンゲルヴェルクは兵をそちらに向けざるを得ません。我々が攻勢に出るにしても相手取る数が少ない方が有利です。それに今は視線をメーデルとサラージに向けさせることが肝要です。この国の停戦が開けるまでには、まだ四年はあります。油断させるには十分な期間です」
ルーインは父親を説得させるために手ぶりを交えて計画している作戦を披歴していく。
ククーラは、自分の志を引き継いでいるであろう息子の言葉に面白味を感じて興味をもって乗っかってきた。
「よかろう。もし、お前の思惑通りになったとしよう。メーデルが落ちたとなれば、アンゲルヴェルクはサラージと我が国の両方に、にらまれることになる。兵力も分散させられて牽制するにも十分であろう。だがな、サラージと挟撃しようにもアンゲルヴェルクと我が国との境界には、難攻不落の要塞関所『天門関』があるのだぞ。過去に一度も攻略すらできてはおらん。あれを破らぬ限りサラージは動かんだろう」
天門関は、アンゲルヴェルク王国とレフィアータ帝国の国境に位置している。南北に存在する東西に走る五千メートル級の山脈を利用して造られた巨大な防衛施設。常時三万人近い兵士が常駐し警備を行っている。商業区、工業区、広大な田畑と、その姿はまるで小国のような賑わいを見せる。
レフィアータ帝国は過去に何度もこの関所を攻めてはいるが、この鉄壁な要塞を落とすことはいまだに叶ってはいなかった。
ククーラの指摘にルーインが不敵な笑みを浮かべる。
「父上は私の守護者の能力をお忘れか? 無事に覚醒を果たし、無事に召喚魔法が使えるようになれば、あんな物は砂山を崩すより容易い。サラージ王国と我が国が挟撃すれば、必ずやアンゲルヴェルク王国など落とせるでしょう。その後は、消耗しきったサラージ王国をたたいて我らの物にすればいいだけです」
「なるほどな。たしかに、お前の言う通り天門関が攻略できるのであれば、サラージとの同盟は魅力的ではあるな」
ルーインの召喚魔法は、はるか昔に世界の半数以上を壊滅させた隕石の攻撃。守護者として放てるのは一発だけではあるが、天門関を破壊するのには十分すぎる威力を持っていた。
ルーインの言葉に感化されたククーラは、サラージ王国との同盟に心を揺さぶられていく。
ルーインは必ず同盟をするであろうと確信し口を開く。
「ああ、言い忘れておりました。父上、サラージ王国との交渉の際には、ぜひ私の事を無能と称してください。国を納める器に欠ける、と。それ故にメーデルを諦め、後のためにサラージ王国と同盟を結びたいと申し出てください。メーデルとは停戦中ゆえに戦力は送れないが、物資の援助は惜しまないとも伝えてください。そして、さらに停戦明けにはアンゲルヴェルク王国にも友好の使者を送ってください。事前にアンゲルヴェルク国内で“息子が国を納めるのに不安がある”とでもうわさを流しておけばいいでしょう」
ククーラは格下の国と長年の敵対国に対して下手に出ろと言わんばかりのルーインの言葉に苛立ちを見せた。そして己の息子をにらむ。
「小物相手に、なぜ我がそこまで遜らなければならぬのだ?」
「サラージに関しては試すためです。真に受けて調子に乗るようなら、そこまでの国ということ。彼我の国力さえ比較できぬのなら同盟を結ぶ必要はありません。さっさとつぶしてしまえば良いでしょう。それに“心は虎であれ、しかるに羊たれ”という言葉があります。鷹のように隠せる爪はどこまでも隠すのがいいのです。虎の如く常に猛々しく勇敢であることは大事ではありますが、それは心の中での事、常に表に出していてはうまく行くものも行きません。虎の実力を持って羊たるもの。王者に必要な資質かと」
「ふん、言いよるわ。まさかこの歳になって息子に教わることになろうとはな。歳は取りたくないものだ。危うく我は燕雀ごときに成り下がるところであった。大事の前に小事な事など些細なことであったな。お前の言う通りにしよう。下がって良いぞ」
「ありがとうございます。失礼いたします」
ルーインはククーラの寝室を出ると自室に向かって歩き出す。
ただ一言「同盟さえ組めばお前など必要ないわ」とつぶやいて。
「確かに有益ではあるでしょう。不満を持つ下級守護者は多いはずですから。しかしながら、うまく行くかは保証しかねます」
ここはルーインの自室。
ルーインとベインの二人がソファーに向かい合うように座っていた。
狩りから城へ戻る途中に見かけた下級守護者の集団。
それらは仕事にあぶれて住む場所さえ危うい路上生活者であった。この集団を見て思い付いた一案を軍師ベインに相談をしていた。
「そうか、なぜだ?」
「まず第一に、彼らは日々の生活に必死で反乱など大それた事には興味がないでしょう。頑張っても強盗か万引き程度が関の山。第二に、街であぶれている者どもの守護者の大半が戦闘分野以外です。それ相応の数が集まれば別ですが、戦力になるかは疑問が残ります」
「なるほどな。そうそう、うまくはいかんか」
ベインの口から語られる問題点はルーインの提案を一蹴するものであった。
しかし否定的な言葉を述べるベインではあったが、その顔には笑みが浮かんでいた。
「クドラ様、いま言ったことはあくまでも現状での事です」
「どういう事だ?」
「はい。まず第一の問題点についてですが、こちらで住む場所を確保して食事を与えれば解決します。とはいえ上等な物など必要ありません。住む場所、食べ物に困らなくなれば心に余裕が生まれます。己の状況に不満を募らせる者も出てくるでしょう」
「そういうものか。だが、食べ物はなんとかできても住む場所となると難しかろう。父上に持ち掛けたところで貧民などに取り合うとも思えん。ましてや他国にも、となるとなおさらであろう」
「ええ、恐らく無駄に終わるでしょうね。まずは自国のみで土台を作るべきです。性質的に他の者に知られれば謀反を疑われかねません。なので陛下だけではなく、誰に対しても内密で行わなければなりません」
軍師の言葉にルーインがうなずくとそのまま視線を外した。部屋の奥、ベッドのある方向を見つめると視線を左右に泳がせて考え込んだ。
「……で、誰が適任か?」眉をひそめたルーインが再びベインに目を向けた。
「基本的に工作がメインです。諜報部隊に任せるのがいいでしょう。現状で手の空いているものは第五諜報部隊長のアルガープしかおりませんので、あの者に任せれば問題ないでしょう。あとは補佐として、第三特殊部隊長のグルヴェリカを付ければよろしいかと」
「そうか、細かい調整はお前に任せる。話を通しておけ」
「かしこまりました。戦闘に関してはグルヴェリカに、それ以外はアルガープに任せましょう。貧民どもには街で情報収集を行わせて、得た情報に報酬を支払えばきっと役立つかと」
「なるほど考えたな。それを実現できれば街中すべてを監視していることと同じ、と言うわけか。そして、その情報を元に我と敵対するやつを操ればいい、そういうことだな」
自分の意思が伝わったベインは、満足そうに口を歪ませる。
ルーインもまた、思っていた以上に有意義な組織になりそうだ、と若き軍師に同調するようにほくそ笑んだ。
こうして計画の大要が決まった。このあとも幾度となく実行に向けての協議が秘密裏に重ねられてアルガープ、グルヴェリカを筆頭に移行されていった。
ルーインは父親にして第二十四代皇帝ククーラ・レフィアータの寝室へと向かっていた。
ドアの前で控える侍女がルーインに対して頭を下げる。
「失礼いたします。ただ今、イザール様がお越しになっておられます」
「イザールが? 珍しいな。弟が父上に何の用だ? まあいい、我が来たことを伝えよ」
「かしこまりました。少々お待ちください」
侍女が頭を下げたまま後ずさって部屋の中へと消えていく。
ルーインが来たことを知ったククーラは、すぐに「通せ」と侍女に伝えた。
ルーインがドアより室内に足を踏み入れると、紺色の壁と白い天井が出迎えた。踏み出した足を受け止める床には、赤と白の糸で織り込まれた絨毯が足への衝撃を和らげる。
そして、その正面には大きな窓が何枚も連なり、ふぶく雪により景色を真っ白に染めあげていた。
さらにその窓の反対側、部屋の中央にあるソファーとテーブルの奥の壁には大きな暖炉があり、その中で炎がゆらゆらと優しく揺らめいていた。
ソファーには父親のククーラと、その反対側にはクドラの三歳下の弟イザール・レフィアータがいた。
二人がクドラへと視線を送る。
兄のクドラを見つめる瞳は兄と同じ紫色、ストレートの黒髪が身体の動きに会わせて揺れている。その細身な身体と褐色の肌をした顔は少しやつれているようにも見えた。
「ちょうど良いところに来てくれました兄上。ぜひとも兄上の意見も聞かせてください」
「急にどうした? 身体の調子はもういいのか?」
「はい、最近はすっかり良くなりました」
「そうか。それで、聞きたいこととはなんだ?」
弟のイザールは生まれつき身体が弱く、たびたび病に伏していた。
ルーインがクドラを乗っ取ってからは体調を崩すことも多くなりめったに会うことはなかった。そんな弟が真剣なまなざしでルーインへと語り始めた。
「先日、太傅と一緒に城下へ行く機会があったのですが、そこでボロボロの身なりをして苦しそうにしている人たちを見たのです。太傅が言うには“その日食べるものにも、住むところにも困窮している者たち”だと言うのです。私は城下に行くまで、あのような者たちがいるとは思いもしませんでした。あの者たちとてこの国の民、食料と住居、それに少しの生活費を支援してはどうか、と父上に掛け合っていたのです。ですが……」
イザールは最後に言い淀むと、父親のククーラの顔を見てからすがるようにルーインに振り向いた。
ルーインがイザールの横に座ると弟に顔を向ける。
「なるほどな。もし仮に、お前が言うように食料と住居を用意したとする。果たしてまともな生活を送ると思うか?」
「もちろんです! きっと父上に深く感謝してこの国のために働いてくれるに違いありません」
「残念だが、そうはなるまい」
「なぜですか?」イザールが不思議そうに眉をひそめる。
「いいか。タダで、食料も住居も、生活費も手に入ったとする。何もしないで、だ。だとしたら“また同じ状況になれば生活を保護してもらえる”そう考えるのが普通だ。あいつらは下級守護者を持つものがほとんどだ。中級や上級とは違い、回ってくる仕事はキツいものばかりだと聞く。つらい思いをして些末な日銭を稼ぐより、だらけてタダでもらう方が得であろう。それに、すべての下級守護者があんなに落ちぶれているわけではない。汗水垂らして必死に働いているやつらもいる。改心して働き出すのなら、落ちぶれないで始めから働いている。害虫みたいなやつらを救う必要もない」
「兄上! ゴホッゴホッ」
ルーインが保護すべき民を“害虫”と呼んだことに、イザールが怒りを募らせ言い返そうと声を荒げた瞬間、喉を詰まらせ咳き込んだ。病み上がりの身体に響いたのか、苦しそうに胸を押さえていた。
「誰かいるか!」ククーラが反射的に人を呼ぶ。
すぐに侍女が現れると背中を擦りながらイザールを立たせた。去り行く背中にククーラが言葉を送る。
「お前の言いたいことは分かった。だが、今は身体を休めよ」
「はい、失礼します」
イザールは苦しそうに答えると侍女に手を取られながら退室していった。
イザールが出ていったことを確認すると、ククーラはルーインに向き直る。
「太傅め、余計なことをイザールに吹き込んだようだな」
「どうするおつもりで?」
「まだ気にするほどでもなかろう。ところで我に何用だ?」
「はい。ひとつ提案をしたく思います」
「お前が提案だと? 申してみよ」
息子からの提案、その初めての事に少し驚いたように目を見開くククーラは、組んでいた足を組み替えてひじ掛けに頬づえをつく。
そして、どこか楽しそうにも見える父親に向かってルーインが小さく笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。では簡潔に申します。我が国とサラージ王国で同盟を結んではいかがでしょうか?」
「サラージ王国だと? あんな所と同盟を結んだところでたいした利益はなかろう」
「それは承知の上です。ですが“アンゲルヴェルク王国を落とせる”となったらいかがですか?」
ルーインの口から出てきた長年の敵対国の名前、おまけに“倒せる”との言葉にククーラは顔をしかめる。くつろいだ姿勢から前のめりに体勢を変える。
そしていまいち信用できないのか、懐疑的な表情を浮かべた。
「アンゲルヴェルクを落とすためだと? なぜ、サラージと同盟を結ぶことであの国を落とせるのだ?」
「私が思うに、サラージ王国は極めて好戦的な国です。今でこそ、おとなしくしていますが、それは我が国がメーデル王国を攻めてにらみを利かせていたが故です。いまやメーデル王国は疲弊しています。戦力を比較してもサラージ王国が優位に立ちましょう。切り取った領土をくれてやる、とでも言えば喜んで攻め込むことでしょう」
「なるほどな、確かにサラージの水軍は我が軍と遜色ない。が、メーデルを攻めたところでアンゲルヴェルクには害はなかろう」
ククーラは、仮にサラージ王国がメーデル王国を落としたところで、地理、政治、軍事、経済など、地政学的に見ても盤石で堅牢にして最強を誇るアンゲルヴェルク王国に大きな影響があるとは思えなかった。
「局所的に見れば、父上の考えは間違ってはおりません。ですが、メーデルとアンゲルヴェルクは同盟国です。状況を考えれば必ず援軍を送ることでしょう。相手の体力を少しでも消耗をさせることができます。それにサラージが領土をとれば、アンゲルヴェルクは兵をそちらに向けざるを得ません。我々が攻勢に出るにしても相手取る数が少ない方が有利です。それに今は視線をメーデルとサラージに向けさせることが肝要です。この国の停戦が開けるまでには、まだ四年はあります。油断させるには十分な期間です」
ルーインは父親を説得させるために手ぶりを交えて計画している作戦を披歴していく。
ククーラは、自分の志を引き継いでいるであろう息子の言葉に面白味を感じて興味をもって乗っかってきた。
「よかろう。もし、お前の思惑通りになったとしよう。メーデルが落ちたとなれば、アンゲルヴェルクはサラージと我が国の両方に、にらまれることになる。兵力も分散させられて牽制するにも十分であろう。だがな、サラージと挟撃しようにもアンゲルヴェルクと我が国との境界には、難攻不落の要塞関所『天門関』があるのだぞ。過去に一度も攻略すらできてはおらん。あれを破らぬ限りサラージは動かんだろう」
天門関は、アンゲルヴェルク王国とレフィアータ帝国の国境に位置している。南北に存在する東西に走る五千メートル級の山脈を利用して造られた巨大な防衛施設。常時三万人近い兵士が常駐し警備を行っている。商業区、工業区、広大な田畑と、その姿はまるで小国のような賑わいを見せる。
レフィアータ帝国は過去に何度もこの関所を攻めてはいるが、この鉄壁な要塞を落とすことはいまだに叶ってはいなかった。
ククーラの指摘にルーインが不敵な笑みを浮かべる。
「父上は私の守護者の能力をお忘れか? 無事に覚醒を果たし、無事に召喚魔法が使えるようになれば、あんな物は砂山を崩すより容易い。サラージ王国と我が国が挟撃すれば、必ずやアンゲルヴェルク王国など落とせるでしょう。その後は、消耗しきったサラージ王国をたたいて我らの物にすればいいだけです」
「なるほどな。たしかに、お前の言う通り天門関が攻略できるのであれば、サラージとの同盟は魅力的ではあるな」
ルーインの召喚魔法は、はるか昔に世界の半数以上を壊滅させた隕石の攻撃。守護者として放てるのは一発だけではあるが、天門関を破壊するのには十分すぎる威力を持っていた。
ルーインの言葉に感化されたククーラは、サラージ王国との同盟に心を揺さぶられていく。
ルーインは必ず同盟をするであろうと確信し口を開く。
「ああ、言い忘れておりました。父上、サラージ王国との交渉の際には、ぜひ私の事を無能と称してください。国を納める器に欠ける、と。それ故にメーデルを諦め、後のためにサラージ王国と同盟を結びたいと申し出てください。メーデルとは停戦中ゆえに戦力は送れないが、物資の援助は惜しまないとも伝えてください。そして、さらに停戦明けにはアンゲルヴェルク王国にも友好の使者を送ってください。事前にアンゲルヴェルク国内で“息子が国を納めるのに不安がある”とでもうわさを流しておけばいいでしょう」
ククーラは格下の国と長年の敵対国に対して下手に出ろと言わんばかりのルーインの言葉に苛立ちを見せた。そして己の息子をにらむ。
「小物相手に、なぜ我がそこまで遜らなければならぬのだ?」
「サラージに関しては試すためです。真に受けて調子に乗るようなら、そこまでの国ということ。彼我の国力さえ比較できぬのなら同盟を結ぶ必要はありません。さっさとつぶしてしまえば良いでしょう。それに“心は虎であれ、しかるに羊たれ”という言葉があります。鷹のように隠せる爪はどこまでも隠すのがいいのです。虎の如く常に猛々しく勇敢であることは大事ではありますが、それは心の中での事、常に表に出していてはうまく行くものも行きません。虎の実力を持って羊たるもの。王者に必要な資質かと」
「ふん、言いよるわ。まさかこの歳になって息子に教わることになろうとはな。歳は取りたくないものだ。危うく我は燕雀ごときに成り下がるところであった。大事の前に小事な事など些細なことであったな。お前の言う通りにしよう。下がって良いぞ」
「ありがとうございます。失礼いたします」
ルーインはククーラの寝室を出ると自室に向かって歩き出す。
ただ一言「同盟さえ組めばお前など必要ないわ」とつぶやいて。
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はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします
暖夢 由
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この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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