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ここは……どこ?
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ざわざわと騒がしい。
「人形」大勢が指をさして笑う。
胃に穴が空きそうなくらい重苦しい。
「跡継ぎ」母が仮面を持って近付いてくる。
ガヤガヤとうるさい。
「可哀想」何も知らない周囲が呟く。
しかし、山寺ミコは何も反応しない。
「嫌だ」そんな思いを胸の奥に隠して。
---
チッチッチッ……と。刻々と時を進め行く時計の針の音が静かな部屋に響く中。
長さ三メートル程のカーテンの隙間から陽の光が差し込み、豪奢なお嬢様ベッドの上でうんうんと苦しそうにうなされ、涙を流す少女の顔を照らす。
「ぅ……う?」
眩しさに顔をしかめ、うっすらと目を開いた少女はパチリパチリと二度まばたきをして、朧気な瞳のまま起き上がった。
「ふ……んぁぁ……。」
覚醒していない頭では思考など追い付かず。目をごしごしと擦り、ぐっと伸びをして、体の緊張がほぐれてようやくピタリと止まった。
「……。」
黒髪茶眼。身長百五十程の少女……山寺ミコは、自分が知らない部屋に居る事態に困惑していた。
「ここ……どこ……?」
寝起き故か、自らの周囲をキラキラと輝く宝石や貴金属が囲い、和室であるはずの自分の部屋が広い洋室に変わり、一メートルも無いはずの窓が、二メートルを超える程大きくなっている状況にも関わらず。
最初に発せられた言葉は酷く冷静であった。
(……私は確かに家で寝ていたはず。)
否。ミコは酷く焦っていた。
気品が感じられる程白くシミのない天井。カーテンの隙間から見える、綺麗で巧みな装飾が施されている窓枠。自分を囲う宝石や貴金属の数々。
夜になればこの部屋の隅々まで照らすであろうシャンデリア。塵一つ見られない掃除の行き届いた部屋は、大人が三十人、詰めれば六十人入れそうなくらい広い。
(金持ち娘の部屋みたい……。いや、テレビで見る金持ちでももっと控え目だ。これはもっとずっと位の高い人の……。)
まだ少し眠って居るミコは、頭をフル回転させて今置かれている現状が何か、考えて考えて考えた末に悟る。
(これは夢だぁ……。)
のほほんと、再びベッドに倒れ込もうとしたミコはしかし、ガンッ!と、後頭部を強くベッドボードにぶつけてしまう。
「ぃっっ……たぁぁ……!」
ヒリヒリと痛む後頭部を抑え、涙目になりながらもミコはようやく理解した。
(痛いってことは夢じゃない……?)
ジンジンと未だに痛む後頭部を片手でさすり、痛みを緩和(かんわ)しようと試みるミコは、自らの置かれた状況と再び向かい合わなければならなくなった。
(誘拐?でも理由がないし……。ドッキリ?いくら金を積んだところで母が了承する訳がないか。旅行に来てるとか?それこそ意味不明だ。後にも先にも。旅行などとは縁もゆかりも無い人生のくせに。)
自らの歩む道は既に用意されている。どのような人生を送るかも察していた。
故にミコは困惑していた。
今まで敷かれたレールから外れないよう一歩一歩確かめながら慎重に進んで来たというのに、今、明らかに別路線に入ってしまっているのた。
(……じゃぁ……なに?)
首を傾げても答えは分からない。
(十一時……。)
壁にかけられている場違い感が否めない時計を見て、ミコはベッドから降り、立ち上がる。その足を運ぶ先は窓。ここがどこだか知ろうとする思いからなる行動だった。
質の良い布地のカーテンを掴み、ミコは恐る恐るカーテンを開いた。
圧倒的な光量が室内を照らし、ミコは眩しさに目を細めてしまうも直ぐに慣れ、窓から見える景色を目に映した。
「……え?」
ミコは窓から見える光景を見て目を疑った。
否。自分の目を疑うのも当然。まだほんのりと体温の高い体が硬直し、驚き故に力んでしまうのも当然。目や脳に何らかの病気を疑い、何度も目を擦り見てしまうのも、九九の段を唱え脳の正常さを確かめ始めてしまうのも当然。
眼下には、三段ケーキのように段々と下に続いて国が拡がり、遠くにはどこまでも緑が続いていた。それは、この国が山の上に創られているのだと知るには十分過ぎる情報であった。
(……海外!?少なくとも日本じゃない!)
驚くミコ。しかし、許容範囲を超えた驚きは、直ぐに反転して冷静になった。
(いや、それより……ここよりも高い位置にある建物がないって……。)
これが日本やらにありそうな光景ならばまだ驚きに囚われていたが、目に映る光景はあまりにミコの知る範疇を超えていた。
ミコは、「何故自分がこの様な所へ?」などと言った考えても分からない事はさっさと諦め、今自分が取るべき行動を即座に頭へ浮かべる。
(誰か……人が居るはず……。)
その時。コンコンッと、部屋の扉がノックされた。
(……っっ!!)
木製の扉が叩かれ'人'が入室する事を伝えられれば、非常事態にも関わらず、ミコは反射的に背筋を正して、寝癖(ねぐせ)を手ぐしで直し声を発した。
「どうぞ。」
堂々と冷静に。ミコの頭の中を「失礼のないように。」と厳しい母の言葉が過ぎり、ミコはそれに従い顎を引き、下腹部辺りで軽く手を組めば、うっすらと微笑む。
「失礼致します。」
低く厳格そうな……それでいて気品を感じられる老齢の男性の声が、扉の奥から発せられているにも関わらず、しっかりとミコの耳に届く。
扉をゆっくりと開き入ってきたのは装飾の凝った黒い装束を身に纏った男性。
(……貴族みたい……。)
ミコがその様に思ってしまえる程、その身なりや佇まいは一目見て分かる。権力者たる雰囲気を纏っていた。
(その癖して白髪をオールバック……。なかなかイケイケなお爺さんだな。でも間違いないこの人がこの家の主だ……。)
その様に思うミコだが、仮面を被ったかのように顔色は変えない。
(しかし……日本語?見るからに外国の人だけど……とにかくこの人は日本語が通じると考えても問題なさそう。)
ミコは少しホッとした。英語も出来るとはいえ、進んで英語で話したいとは思わない。
酷く落ち着いている様子のミコとは対照的に、英雄の世話役……コルト・モッツェルは目を少しだけ見開き、驚きを露わにしていた。
(目が覚めたら知らない部屋に居るのに……何故この少女は笑っていられるのだ……?)
コルトは目の前で薄らと微笑むミコを不気味に感じた。齢十二の子供の癖して、やけに落ち着いているからだ。
「いかがされました?」
コルトは自らを見つめるミコを見て度肝を抜かれた。
(自分の身が危ういかもしれない状況で他人の心配……!?)
その瞳には'怪しむ'などという思いは感じられず、どちらかと言えば、自分の体調を心配する様な思いが見えたのだ。
(いや……どう思うことは無い。少し礼儀正しい子供なだけだ。)
コホン……。と咳払いを一つ。
コルトは子供の相手をする様に、いつもより声を和ませ、穏やかな口調で話し始めた。
「お目覚めでしたか。突然の事で驚いておいででしょう?すぐに事情を説明致します故、そちらのお召し物にお着替えください。私めは部屋の外でお待ちしております。御準備が整い終えましたら扉の外へとお越しください。」
(……?!?)
ミコは内心で驚いていた。
物腰柔らかな、否。そんなレベルではない。ミコを尊重しているかのような態度、自分より遥か年下の相手に……である。
(かなりの人格者なんだろうな……。)
ミコはその様に結論づけた。
「承知しました。」
軽く頷きながらミコはコルトに了承の意を示した。
「……失礼致しました。」
コルトは、ミコがどれほど年齢にそぐわない対応をして見せようとも、極めて平静をよそおい、改めて姿勢を正し、静かに一礼。謎の緊張をしつつも部屋から退出し、扉を閉めた途端にドッと緊張が抜けた。
(相手は子供だろうに……何を緊張している。一度落ち着け。)
部屋の外でコルトが深呼吸する中、ミコは、ドッと緊張して力んでいた体が脱力するのを体感した。
(命を授かって十二年。今まででこんなにも緊張した事なんてないぞ……。)
無理もない事だった。
目覚めたら知らない部屋に居て、行動を開始しようとした所で見知らぬ男性の入室。逃げ場のないミコは何されても抗えない状況だったのだ。
バクバクと一気に鼓動の早くなった心臓を落ち着かせながら、ミコは机の上に置かれた丁寧にたたまれている服を見た。
(これに着替えろって言ってた……。)
コルトが置いて行った服は、水色の地に上品なフリルの着いた、動きやすそうな運動着みたいな感じの服であった。服を広げたミコは、あれほど崩さなかった顔をしかめてしまう。
(正直……。余り進んで着たいとは思えないセンスだ……。)
しかし着なければ失礼だと割り切り、ミコは渋々着替え始めた。
(知らない生地だな……。見た事もないデザイン……。先程の街の風景と言い、男の格好と言い、この豪奢な部屋と言い……やはり海外か?)
着替えている間、ミコはとある小説の設定を思い出し、それを思っては失笑してしまう。
(馬鹿馬鹿しい。まだ眠っている間に海外へ連れ攫われたという方が納得出来る。)
しかし、ミコは思う。
(まぁ……たとえそうだとしても、母の支配下から逃れられるのなら願ったり叶ったりだけど。)
影のかかった顔の見えない母の姿がミコの頭を過ぎってはハッとし、ミコは頭を振る事でそれを頭の中より消し去った。
(今、母は関係ない。)
着替え終えたミコは、着ていた服を丁寧にたたみ、着替えの置いてあった机の上に置いた。瞳を閉じては大きく息を吸い、それを吐き出しては自らの精神を整え始めること三十秒。
(よし。)
瞳を開いたミコはゆっくりと扉の元へ向かい、ドアノブに手を伸ばして止まる。
(……ここから先は安全なのだろうか?)
先程までの疑問とは比にならない大事な疑問が頭に浮かび上がり、落ち着いたはずのミコは、ついゴクリと固唾を飲み込んでしまう。
(いや……。安全かどうかじゃない。ここが何処で何なのか。それが分からない以上、どこも危険である事に変わりないのだから。)
そのように思えばミコはドアノブを握る。当然その手はカタカタと震える。漠然とした不安に躊躇し、それでも待たせてはならないという焦燥に。
(……。大丈夫。私は……大丈夫。)
一拍置いた後。勇気を振り絞ったミコは扉を開けた。
ーーー
おまけ
(……。私は不審者と思われなかっただろうか?)
ミコを待つ間。コルトはそわそわとしていた。
相手が少し大人らしい子供だからと言って、まだ子供だ。女の子となれば色々と複雑であろう。
(この前娘に存在否定された兵士が居たな……。)
見た目こそ落ち着いて居るが、内心ではどのような事を思われているのか。
(待て。一度自らの行動を省みようか。)
ここがどこだかも分からない少女の居る部屋に突然、私の様なおじさんが入って来て、着替えろと指示する。
(あれ!?不審者と思われても致し方ない!?)
目を見開いて驚きを露わにするコルトは、悔しそうに下唇を噛み、「失敗したか……。」と呟く。
「コルトさん……何やってるです?」
通りかかった兵士に声をかけられビクッとしたコルトは、コホンッと咳払い一つ。直ぐに身なりを正した。
「いや。何でもない。傍から見て私がおかしかったか?」
「いえ!そんな事は……あります。」
「なっ!?」
「だ!だって!コロコロと表情が変わってるんですもん!声もかけたくなりますよ!」
「う……。まぁ気をつける。済まなかったな。」
「いえ……。それでは、失礼します。」
「あぁ。」
兵士が広い廊下を行き、角を曲がった直後、コルトは自らの顔を両手で覆う。
(恥ずかしい……!威厳のあるカッコよくて頼りになってついて行きたくなるような雰囲気の人として振舞ってるのに……!)
マイナス圏に突破したコルトは、どんどんと卑屈になって行く。
(せめて、用意した服が気に入って貰えれば良いのだが……。最近の若者はああ言った服が好みなのだよな?)
しっかり吟味して選んだはずの服であるが、コルトはどんどんと不安になって行く。
(……しまった不安になってしまった。今からでも別の物に変えようか?でも遅いか?いや、間に合うかもしれない。待て待て……。それでは「着せ替え人形の様に扱うんじゃねぇよ」と思われかねんぞ!?)
頭を抱え始めたコルトは、ようやく気づいた。先の兵士が角からひょっこり顔を出してこちらを見ていることに。
「……ぁ。」
声を発した直後、兵士はニッコリと笑い、角の先へと消えてしまった。
(どうしたらいいんだ……。エル……。)
「人形」大勢が指をさして笑う。
胃に穴が空きそうなくらい重苦しい。
「跡継ぎ」母が仮面を持って近付いてくる。
ガヤガヤとうるさい。
「可哀想」何も知らない周囲が呟く。
しかし、山寺ミコは何も反応しない。
「嫌だ」そんな思いを胸の奥に隠して。
---
チッチッチッ……と。刻々と時を進め行く時計の針の音が静かな部屋に響く中。
長さ三メートル程のカーテンの隙間から陽の光が差し込み、豪奢なお嬢様ベッドの上でうんうんと苦しそうにうなされ、涙を流す少女の顔を照らす。
「ぅ……う?」
眩しさに顔をしかめ、うっすらと目を開いた少女はパチリパチリと二度まばたきをして、朧気な瞳のまま起き上がった。
「ふ……んぁぁ……。」
覚醒していない頭では思考など追い付かず。目をごしごしと擦り、ぐっと伸びをして、体の緊張がほぐれてようやくピタリと止まった。
「……。」
黒髪茶眼。身長百五十程の少女……山寺ミコは、自分が知らない部屋に居る事態に困惑していた。
「ここ……どこ……?」
寝起き故か、自らの周囲をキラキラと輝く宝石や貴金属が囲い、和室であるはずの自分の部屋が広い洋室に変わり、一メートルも無いはずの窓が、二メートルを超える程大きくなっている状況にも関わらず。
最初に発せられた言葉は酷く冷静であった。
(……私は確かに家で寝ていたはず。)
否。ミコは酷く焦っていた。
気品が感じられる程白くシミのない天井。カーテンの隙間から見える、綺麗で巧みな装飾が施されている窓枠。自分を囲う宝石や貴金属の数々。
夜になればこの部屋の隅々まで照らすであろうシャンデリア。塵一つ見られない掃除の行き届いた部屋は、大人が三十人、詰めれば六十人入れそうなくらい広い。
(金持ち娘の部屋みたい……。いや、テレビで見る金持ちでももっと控え目だ。これはもっとずっと位の高い人の……。)
まだ少し眠って居るミコは、頭をフル回転させて今置かれている現状が何か、考えて考えて考えた末に悟る。
(これは夢だぁ……。)
のほほんと、再びベッドに倒れ込もうとしたミコはしかし、ガンッ!と、後頭部を強くベッドボードにぶつけてしまう。
「ぃっっ……たぁぁ……!」
ヒリヒリと痛む後頭部を抑え、涙目になりながらもミコはようやく理解した。
(痛いってことは夢じゃない……?)
ジンジンと未だに痛む後頭部を片手でさすり、痛みを緩和(かんわ)しようと試みるミコは、自らの置かれた状況と再び向かい合わなければならなくなった。
(誘拐?でも理由がないし……。ドッキリ?いくら金を積んだところで母が了承する訳がないか。旅行に来てるとか?それこそ意味不明だ。後にも先にも。旅行などとは縁もゆかりも無い人生のくせに。)
自らの歩む道は既に用意されている。どのような人生を送るかも察していた。
故にミコは困惑していた。
今まで敷かれたレールから外れないよう一歩一歩確かめながら慎重に進んで来たというのに、今、明らかに別路線に入ってしまっているのた。
(……じゃぁ……なに?)
首を傾げても答えは分からない。
(十一時……。)
壁にかけられている場違い感が否めない時計を見て、ミコはベッドから降り、立ち上がる。その足を運ぶ先は窓。ここがどこだか知ろうとする思いからなる行動だった。
質の良い布地のカーテンを掴み、ミコは恐る恐るカーテンを開いた。
圧倒的な光量が室内を照らし、ミコは眩しさに目を細めてしまうも直ぐに慣れ、窓から見える景色を目に映した。
「……え?」
ミコは窓から見える光景を見て目を疑った。
否。自分の目を疑うのも当然。まだほんのりと体温の高い体が硬直し、驚き故に力んでしまうのも当然。目や脳に何らかの病気を疑い、何度も目を擦り見てしまうのも、九九の段を唱え脳の正常さを確かめ始めてしまうのも当然。
眼下には、三段ケーキのように段々と下に続いて国が拡がり、遠くにはどこまでも緑が続いていた。それは、この国が山の上に創られているのだと知るには十分過ぎる情報であった。
(……海外!?少なくとも日本じゃない!)
驚くミコ。しかし、許容範囲を超えた驚きは、直ぐに反転して冷静になった。
(いや、それより……ここよりも高い位置にある建物がないって……。)
これが日本やらにありそうな光景ならばまだ驚きに囚われていたが、目に映る光景はあまりにミコの知る範疇を超えていた。
ミコは、「何故自分がこの様な所へ?」などと言った考えても分からない事はさっさと諦め、今自分が取るべき行動を即座に頭へ浮かべる。
(誰か……人が居るはず……。)
その時。コンコンッと、部屋の扉がノックされた。
(……っっ!!)
木製の扉が叩かれ'人'が入室する事を伝えられれば、非常事態にも関わらず、ミコは反射的に背筋を正して、寝癖(ねぐせ)を手ぐしで直し声を発した。
「どうぞ。」
堂々と冷静に。ミコの頭の中を「失礼のないように。」と厳しい母の言葉が過ぎり、ミコはそれに従い顎を引き、下腹部辺りで軽く手を組めば、うっすらと微笑む。
「失礼致します。」
低く厳格そうな……それでいて気品を感じられる老齢の男性の声が、扉の奥から発せられているにも関わらず、しっかりとミコの耳に届く。
扉をゆっくりと開き入ってきたのは装飾の凝った黒い装束を身に纏った男性。
(……貴族みたい……。)
ミコがその様に思ってしまえる程、その身なりや佇まいは一目見て分かる。権力者たる雰囲気を纏っていた。
(その癖して白髪をオールバック……。なかなかイケイケなお爺さんだな。でも間違いないこの人がこの家の主だ……。)
その様に思うミコだが、仮面を被ったかのように顔色は変えない。
(しかし……日本語?見るからに外国の人だけど……とにかくこの人は日本語が通じると考えても問題なさそう。)
ミコは少しホッとした。英語も出来るとはいえ、進んで英語で話したいとは思わない。
酷く落ち着いている様子のミコとは対照的に、英雄の世話役……コルト・モッツェルは目を少しだけ見開き、驚きを露わにしていた。
(目が覚めたら知らない部屋に居るのに……何故この少女は笑っていられるのだ……?)
コルトは目の前で薄らと微笑むミコを不気味に感じた。齢十二の子供の癖して、やけに落ち着いているからだ。
「いかがされました?」
コルトは自らを見つめるミコを見て度肝を抜かれた。
(自分の身が危ういかもしれない状況で他人の心配……!?)
その瞳には'怪しむ'などという思いは感じられず、どちらかと言えば、自分の体調を心配する様な思いが見えたのだ。
(いや……どう思うことは無い。少し礼儀正しい子供なだけだ。)
コホン……。と咳払いを一つ。
コルトは子供の相手をする様に、いつもより声を和ませ、穏やかな口調で話し始めた。
「お目覚めでしたか。突然の事で驚いておいででしょう?すぐに事情を説明致します故、そちらのお召し物にお着替えください。私めは部屋の外でお待ちしております。御準備が整い終えましたら扉の外へとお越しください。」
(……?!?)
ミコは内心で驚いていた。
物腰柔らかな、否。そんなレベルではない。ミコを尊重しているかのような態度、自分より遥か年下の相手に……である。
(かなりの人格者なんだろうな……。)
ミコはその様に結論づけた。
「承知しました。」
軽く頷きながらミコはコルトに了承の意を示した。
「……失礼致しました。」
コルトは、ミコがどれほど年齢にそぐわない対応をして見せようとも、極めて平静をよそおい、改めて姿勢を正し、静かに一礼。謎の緊張をしつつも部屋から退出し、扉を閉めた途端にドッと緊張が抜けた。
(相手は子供だろうに……何を緊張している。一度落ち着け。)
部屋の外でコルトが深呼吸する中、ミコは、ドッと緊張して力んでいた体が脱力するのを体感した。
(命を授かって十二年。今まででこんなにも緊張した事なんてないぞ……。)
無理もない事だった。
目覚めたら知らない部屋に居て、行動を開始しようとした所で見知らぬ男性の入室。逃げ場のないミコは何されても抗えない状況だったのだ。
バクバクと一気に鼓動の早くなった心臓を落ち着かせながら、ミコは机の上に置かれた丁寧にたたまれている服を見た。
(これに着替えろって言ってた……。)
コルトが置いて行った服は、水色の地に上品なフリルの着いた、動きやすそうな運動着みたいな感じの服であった。服を広げたミコは、あれほど崩さなかった顔をしかめてしまう。
(正直……。余り進んで着たいとは思えないセンスだ……。)
しかし着なければ失礼だと割り切り、ミコは渋々着替え始めた。
(知らない生地だな……。見た事もないデザイン……。先程の街の風景と言い、男の格好と言い、この豪奢な部屋と言い……やはり海外か?)
着替えている間、ミコはとある小説の設定を思い出し、それを思っては失笑してしまう。
(馬鹿馬鹿しい。まだ眠っている間に海外へ連れ攫われたという方が納得出来る。)
しかし、ミコは思う。
(まぁ……たとえそうだとしても、母の支配下から逃れられるのなら願ったり叶ったりだけど。)
影のかかった顔の見えない母の姿がミコの頭を過ぎってはハッとし、ミコは頭を振る事でそれを頭の中より消し去った。
(今、母は関係ない。)
着替え終えたミコは、着ていた服を丁寧にたたみ、着替えの置いてあった机の上に置いた。瞳を閉じては大きく息を吸い、それを吐き出しては自らの精神を整え始めること三十秒。
(よし。)
瞳を開いたミコはゆっくりと扉の元へ向かい、ドアノブに手を伸ばして止まる。
(……ここから先は安全なのだろうか?)
先程までの疑問とは比にならない大事な疑問が頭に浮かび上がり、落ち着いたはずのミコは、ついゴクリと固唾を飲み込んでしまう。
(いや……。安全かどうかじゃない。ここが何処で何なのか。それが分からない以上、どこも危険である事に変わりないのだから。)
そのように思えばミコはドアノブを握る。当然その手はカタカタと震える。漠然とした不安に躊躇し、それでも待たせてはならないという焦燥に。
(……。大丈夫。私は……大丈夫。)
一拍置いた後。勇気を振り絞ったミコは扉を開けた。
ーーー
おまけ
(……。私は不審者と思われなかっただろうか?)
ミコを待つ間。コルトはそわそわとしていた。
相手が少し大人らしい子供だからと言って、まだ子供だ。女の子となれば色々と複雑であろう。
(この前娘に存在否定された兵士が居たな……。)
見た目こそ落ち着いて居るが、内心ではどのような事を思われているのか。
(待て。一度自らの行動を省みようか。)
ここがどこだかも分からない少女の居る部屋に突然、私の様なおじさんが入って来て、着替えろと指示する。
(あれ!?不審者と思われても致し方ない!?)
目を見開いて驚きを露わにするコルトは、悔しそうに下唇を噛み、「失敗したか……。」と呟く。
「コルトさん……何やってるです?」
通りかかった兵士に声をかけられビクッとしたコルトは、コホンッと咳払い一つ。直ぐに身なりを正した。
「いや。何でもない。傍から見て私がおかしかったか?」
「いえ!そんな事は……あります。」
「なっ!?」
「だ!だって!コロコロと表情が変わってるんですもん!声もかけたくなりますよ!」
「う……。まぁ気をつける。済まなかったな。」
「いえ……。それでは、失礼します。」
「あぁ。」
兵士が広い廊下を行き、角を曲がった直後、コルトは自らの顔を両手で覆う。
(恥ずかしい……!威厳のあるカッコよくて頼りになってついて行きたくなるような雰囲気の人として振舞ってるのに……!)
マイナス圏に突破したコルトは、どんどんと卑屈になって行く。
(せめて、用意した服が気に入って貰えれば良いのだが……。最近の若者はああ言った服が好みなのだよな?)
しっかり吟味して選んだはずの服であるが、コルトはどんどんと不安になって行く。
(……しまった不安になってしまった。今からでも別の物に変えようか?でも遅いか?いや、間に合うかもしれない。待て待て……。それでは「着せ替え人形の様に扱うんじゃねぇよ」と思われかねんぞ!?)
頭を抱え始めたコルトは、ようやく気づいた。先の兵士が角からひょっこり顔を出してこちらを見ていることに。
「……ぁ。」
声を発した直後、兵士はニッコリと笑い、角の先へと消えてしまった。
(どうしたらいいんだ……。エル……。)
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(メインで活動しているのはピクシブになります。こちらは同時投稿になります)
とある元令嬢の選択
こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。
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