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第二十話 結希、人間辞めるってよ。
しおりを挟む俺が小学二年生だったその日
―――結希は父の手により、見知らぬ金持ちのおっさんに売られた。
その日、俺がいつものように目を覚まし、いつものように結希を起こそうと隣にある結希の部屋へ行くと、そこには結希の姿がなかった……。
いままでそんなことがなかったため、不審に思った俺が一階のリビングに降りると、そこにいた母は顔面蒼白という表現が似つかわしい程に顔色を悪くしていて、後悔や怒り、絶望などの様々な感情が入り交じったような今まで見たことがない表情を見せていた。
俺は話そうとした全ての言葉を飲み込む。
「あ、光流……お母さん今から出掛けてくるから若葉を頼むね……」
母さんはゆらりと玄関へ向かう。
外出するときはいつも長い時間メイクする母が、メイクなしに、加えて寝巻きのまま外に出ようとしている……。
その状況に、起きていることがただ事ではないことくらい当時小学生だった俺でも分かった。
得体の知れない不安が悪寒へと変わる。
「……ねえ、お母さん。結希はどこ?」
「……っ!若葉!……結希は、お父さんと出掛けただけだよ。だから何も心配することはないの」
「ふうん……」
「じゃ、じゃあお母さんもう行くね。ちゃんと戸締まりしておいてね」
起きてきた若葉が、俺の発することのできなかった言葉をいとも簡単に聞いた。
それに母は戸惑った様子を見せると、短く俺達に言葉を投げ、逃げるように家を出る。
若葉は何だか納得がいかないといった様相を見せたものの、何事もなかったように朝ごはんを食べにテーブルへと向かった。
……そして、残された俺は何もせず、ただ立ち尽くすことしか出来なかった。
たとえ、踏み出せたとしても何も出来ないと自分に言い聞かせた。
そしてこれはどうしようもない事態だと思い込むことにしたのだった。
迫りくる自責の念を退けながら……。
*******
「ただいま!お兄ちゃん!」
「おう、おかえり……」
「どうしたの?ロコモコ他に要らずって感じだけど……」
次の日、結希は平然と帰って来た。
特に変わった様子はなく、至って元気そうだ。
ただ……
「お前、本当に結希か?」
「えっ!何言ってるのお兄ちゃん!もしかしてミシン暗記?」
「やっぱり違う!結希は確かに天然なところがあるけど、『心ここにあらず』がただのハワイマニアの言葉みたいになったり、『疑心暗鬼』を絶対に必要のない主婦の技能みたいな言葉に言い間違えるほどぬけてはいない!
……結希はこんなに馬鹿じゃない!」
「ん?私は元々こんな感じでしょ?」
帰って来た結希は、馬鹿になっていた。
というよりかは、人間として壊れていた。
たった一日会わなかっただけの俺の妹は、常識の範疇を越えた馬鹿になっていたのだ。
ーーーーーー
後で、話を聞いてみれば、家に帰ってこなかった父がギャンブルで多額の借金を背負ってしまい金に困り果てていた時、異常な行動に走ったことが原因らしい。
富豪のおっさんに自分の娘を売ろうとしていたのだ。
しかも、結希を買うと言ったそのおっさんは重度のロリコンで、気に入った少女を金を積んで買い取ってくれることで有名だ。
名を田辺 真柴といい、日本にも指折り程しかいない富豪の一人で田辺財閥の会長だ。
相当な頑固者らしく、一度手にしたものは離さない。
そんな彼は、可愛く物わかりのいい子供を好んでいた。
そして、完璧に当てはまってしまっていた結希はたいそう気に入ってしまったらしい。
そして、昨日の夜。
気づかれないように結希を連れ出し、父は勝手に売ってしまったのだ。
母が情けで合鍵を持たせてしまっていたのが今回仇となったのだ。
結希は売られた。
そして、大金を手にした父は今日まで俺達の目の前に現れることはなかった。
……なら、どうやって、どうして結希は帰ってこれたのだろうか?
それは……
cmの後……ではなく次回で!
「なんじゃそりゃ!」
俺は特に他意はないが、叫んでいた。
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