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精霊の加護034 リシッチャ亭の亭主と女将
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精霊の加護
Zu-Y
№34 リシッチャ亭の亭主と女将
王都から定期馬車で数日、南部公爵領の首府、南府に着いた。南府、正式名称はロマミラン。
南部に入ってからは、青い光の珠の割合がぐんと増えた。青い珠は水の精霊だ。南部には水の精霊と風の精霊がいるが、南部湾は水の精霊の縄張りで、南部群島は風の精霊の縄張りだ。水の精霊は南府の沖の海にいると言う。
南部には南部湾に注ぐ大河もあるが、この大河は水の精霊の縄張りではない。ちなみにこの大河は、北部を水源とし、東部を巡って中部を通過し、南部に流れて来る本流に、西部から発して南部に流れて来る支流が、合流したものである。
南部本土の海に面する海岸線は、ゆったりと大きく海を抱えるように湾曲して大きな湾を形成している。本土の海岸線とともに円を形成するように、本土の東南東端と西南西端からそれぞれ伸びて点在する南部群島は珊瑚環礁であり、南部湾の外縁を形成している。その島々の中心に、ひときわ大きな島があって、この島がリシッチャ島だ。リシッチャ島は南府のちょうど真南に位置しており、リシッチャ島と南府は、対極の位置関係だ。
南部公爵領は、本土と南部群島によって形成されており、漁業と真珠や螺鈿や珊瑚の工芸品で栄えている。湾に囲まれた内海では、様々な養殖も盛んだ。
南府は本土の海岸線の中心に位置する港町で、南府湾の真北に位置しており、南部公爵領の首府として大いに栄えている。
しかしなぁ、北部から南部に来ると気候がまったく違うな。北部の奥ではもう初雪が降ってるのに、南部はまだ夏の残暑すら感じられて微妙に暑い。
俺はまず、真っ先に南府ギルドに向かった。
両肩にフィアとチルを乗せ、両手でツリとクレを連れた、お馴染みのパパさんスタイルでギルドに行くと、早速テンプレな絡まれ方をした。
「おい見ろ。子連れだぜ。4人も連れてやがる。」
「あれって、亜人の子じゃねぇか?」
「ひとりで4人も連れてよう、逃げた嫁さんを探してくれってか?」
ちっ、こいつらふざけやがって!やったろうかと思ったところへ、颯爽と女の人が現れた。
「あんたたち!いい加減にしないと、うちでは二度とメシ食わせないよっ。」
「あ、やべ。ビーチェだ。」
「ずらかろうぜ。」
そそくさとずらかるテンプレ3人組。
「助かったよ。ありがとう。」
「旅の人?」うお!超美形じゃん!
「…。」
「おーい、どうしたー?帰って来いよー。」超美形に呼び覚まされた。
「あ、ごめん。びっくりするほど美人なんで見惚れてた。」
「やだー、何言ってんのよ。」笑顔もいい!こりゃ相当モテるだろうな。
「あ、いや、つい本音が…。」顔から視線を逸らして頭を掻く俺。すると目の前に特大メロンが2個。でけぇ。
「こら!今度は胸か?」
「あ、いや、マジごめん。凄いんでつい。」
「ふふふ、君は誤魔化さないね。ところであいつらだけどさ、今の君みたいに悪気はないんだよ。許してやってね。」
「許すも何も、まだ何もされてないしね。される前に君が助けてくれたからさ。俺はゲオルク、しばらく南府にいるんでよろしく。」
「僕はベアトリーチェだよ。ビーチェって呼んで。」
「え?僕?」俺よりちょっと年上だよな?それで僕っ娘?
「ああ、一人称が僕じゃやっぱ変かな?リシッチャ島では女の子も普通に使うんだけどなぁ。」
「リシッチャ島?」
「うん、南部群島最大の島だよ。僕の故郷なんだ。」
「へぇ。ビーチェさんは島出身かぁ。いつからこっちにいるの?」
「20歳の冬に出て来たからもうそろそろ5年になるなぁ。っておい、年バレちゃうじゃないか!」
「いやいや、俺、年までは聞いてないけど。」
「あ、そうか。えへへ。ゲオっちはいくつ?」え?俺、ゲオっち?
「こないだ20歳になったばかりだよ。」
「おー、僕が南府に出て来た年かー。若いねー。でもその若さで子持ち?」
「いや、俺の子じゃないんだけど、面倒見てるんだ。ツリに、クレに、フィアに、チルだよ。」
「こんちわー。」ビーチェが愛想よく精霊たちに話し掛けたが、精霊たちは俺の後ろに隠れてしまった。いつも通りだな。
「ごめん、人見知りなんだ。」
「そっかー、こっちこそ脅かしちゃってごめんねー。じゃ、そろそろ行かなきゃ。バイバーイ。」
「またねー。」ビーチェさんか。陽気で気さくな人だったな。南府に到着していきなり、幸先のいい出会いだ。また会えるかな?
さて、受付に行くか。
「スピリタスのゲオルクだけど、指名依頼を受けに来た。詳細は聞かせてもらえるのかな?」俺は冒険者カードを提示した。
「はい、スピリタスのゲオルクさん、射手、Cランク、確認しました。少々お待ちください。」受付嬢はそのまま奥に入って行った。
俺はギルマスルームに通され、南府冒険者ギルドのギルドマスターと面会している。
「スピリタスのゲオルクだな?わざわざ南府まで来てもらって礼を言う。ところで、ひとりか?」
「ああ、仲間はあちこちに使いに出てるが半月のうちには南府に集結する予定だ。」
「そしてこの子たちが例の…?」後半はお茶を濁すギルマス。精霊か?とは聞いて来ない。
「ああ。」
「東府魔法学院の発表ではふたりだったはずだが?」
「発表の後に増えた。そしてここでも増やすつもりだ。」
「水の精霊様を仲間にするのか?ちょっと無理なんじゃないかな。こんなにおとなしくないぞ。」
それからギルマスは水の精霊の暴走について語り出した。
「荒天の日ならまだしも、風のない穏やかな日まで海が荒れっぱなしでな。漁師は漁に出れないし、島との定期船も出せないのだ。今は何とか養殖の魚で食い繋いでいるが、このまま漁に出られなければ深刻な食糧難になるし、島では自給自足の生活が強いられている。
あんたは精霊様と意思疎通ができるのだろう?頼むから何とかしてくれ。精霊様が何について怒っているのかさっぱり分からんから、仮にこちらに問題があるとしても、それを改めようがないんだ。」
「しかしなぁ。精霊が怒ると言うのが信じられないんだよ。このように穏やかなはずなんだ。ムッとするぐらいで、怒ったことはほとんどないぜ。俺が指示しない限り、自発的には懲らしめる程度しかやらないんだよな。本当に精霊の仕業なのか?」
「そりゃ、あんな力は精霊様しか使えんよ。」
「じゃぁ、確認した訳じゃないんだな?精霊のせいじゃないかもしれないじゃないか!海の魔物とかの可能性はないのか?」
「海の魔物は精霊様がいるから入って来られんよ。」
「確かに精霊の縄張りには魔物は入って来ないよな。」
「そうだろう?だから水の精霊様の暴走なんだよ。」
「いや、それだけで断定はできないだろ。精霊が弱ってて、魔物が入って来た可能性もあるしな。ちょっと腰を据えて調査してみる。ちなみにいつからだ?」
「ここひと月くらいか?とにかく一刻も早く精霊様を鎮めてくれ。」
「ひと月か。ひと月だと東府魔法学院からの重大発表の頃からだな。」
「そうだな、あの発表のすぐ後からだな。
ところで、宿屋はこちらで手配した。この宿屋はメシも出すがそっちの方が評判でな。冒険者相手のメシ屋の方が儲かるってんで、近頃は宿屋の方はサボってたんだが、あんたらのために開けさせた。実質上の貸切だが、まぁ宿屋としてのサービスは期待しないでくれ。」
「風呂はあるか?」
「そりゃあるさ。夏の海水浴シーズンは塩水を洗い流さにゃならんからな。大浴場もシャワー室もあるぞ。」
「メシが上手くて、風呂があって、寝床があって、雨露をしのげれば文句はないよ。野宿に比べたら天国じゃないか。」
「確かにそうだな。宿屋はここからまっすぐ海に向かってな、一番海沿いにある。宿屋の名前はリシッチャ亭だ。」
「リシッチャ亭?島の名前だよな?」
「おう、よく知ってるな。亭主がリシッチャ島の漁師上がりでな、島料理が旨いんだ。女将はここ南府の出身だから本土料理も旨いぞ。
旨い島料理と旨い本土料理が安く食えるってんで、冒険者に人気だな。もっとも冒険者は看板娘が目当てだろうがな。」
「看板娘?」
「ああ、亭主の姪っ子でリシッチャ島から出て来て手伝ってる。もう5年くらいになるかな。美人で明るい娘だけどよ、冒険者をやってたこともあるから見掛けによらず腕も立つし、それ以上に気が強いぜ。」
「へぇ。そりゃ楽しみだな。」
「その看板娘に下手に手を出したら、南府の冒険者全員を敵に回すことになるぞ。そうなりゃ、それはそれで面白れぇけどよ。くくく。」
「おい、あんた仮にもギルマスだろ?揉め事を煽っていいのかよ?それに口調まで微妙に変わってねぇか?」
「いけねぇ。地が出ちまった。こほん。まあそう言うことでよろしく頼む。」
なかなか面白いギルマスだな。俺はギルマスルームを出てリシッチャ亭に向かった。
冒険者ギルドを出てまっすぐ海へ向かう。確かに浜の手前、海に一番近い場所にリシッチャ亭はあった。この位置、津波が来たらやられるよな。ってか、高潮でもやばくね?
「こんにちはー。冒険者ギルドから紹介されて来た客でーす。」
ごっつい初老の男と、品のある年配の女性が出て来た。美女と野獣?
「なんだおめぇ、スピリタスとやらか?」
「はい。」
「おめぇひとりか?」
「あとは子供が4人です。他の仲間は俺の使いで王国中に散ってます。半月もすれば揃う予定です。」
「帰れ!」
「え?何で?」
「はん?理由はひとつしかねぇだろ。野郎ひとりだからだよ。
野郎もひとりいるが、残りは全部女のパーティだと言うから引き受けたんでぃ。」
「いや、その条件には当てはまりますよ。俺以外のメンバーは皆、女です。」
「でもよぅ、そいつら当分来ねぇんだろうよ?」
「まぁそうですね。」
「だったら仲間が着くまでは、男ひとりだよな。」
「いや、子供も4人いますよ。」
「ガキじゃぁおめぇの相手はできねぇからよ、数にゃ入らねぇ。
うちにゃあよ。兄貴から預かった大事な姪っ子がいるんでぇ。野郎とひとつ屋根の下になんか寝かせられる訳ねぇだろ!」
「いやいやいやいや。いきなりそんなことになる訳ないでしょ。」
「分かるもんけぇ。大体てめえは女好きの面ぁしてやがらぁ。」え?鋭い。
「そりゃ俺だって男ですから女の人には興味はありますが、大体ご亭主さんの姪っ子さんには会ったことないですし、会ってもいない女の人とどうこうなる訳ないでしょうが!」
「確かにおめぇの言う通りだ。でもな、姪っ子は美人で、いい体してるんだよ。気立てもいいしよ、若ぇ奴がほっとく訳ねぇ。俺はよぉ、万にひとつもそう言う可能性を摘んでおきてぇのよ。じゃなけりゃ、姪っ子を任せてくれた兄貴に顔向けできねぇってもんよ。」
「ふむ。それは確かに一理あるな。」
「そうか、おめぇ、分かるか?」
「お客さん、そこは同意するところではないんじゃなくて?」呆れ顔で女将さんが割り込んで来た。
「いや、女将さん、ご亭主さんの仰ることはご尤もです。仮にその姪御さんが、すっぽんぽんの素っ裸で俺の目の前に現れたら、俺は我慢できないと思います。」
「馬鹿野郎。てめぇ、俺の姪っ子がそんなふしだらなアバズレだとでも言うのか?男の前にすっぽんぽんで現れる訳ねぇだろ。」
「なるほど、それは申し訳ない。じゃあそう言う可能性はないってことで。」
「おうよ。」
「それではですね、姪御さんが俺にひと目惚れして夜這いを掛けて来たら、やっぱり俺は拒めません。」
「てめぇこの野郎、喧嘩売ってんのか?何でてめぇみてえなチンカス野郎に、俺の姪っ子がひと目惚れしなきゃなんねぇんでぃ!しかも言うに事欠いて夜這いだとぉ?ふざけるのも大概にしやがれ。」
「はぁ。可能性の話をしただけですが、俺にひと目惚れする可能性はありませんか?少々残念ですがそれでは仕方ないな。ではこの可能性もなしってことで。」
「おうよ。」
「うーん、それならですねぇ。ここだけの話ですよ。実は、俺はまだ女を知らないんですが、姪御さんが初物好きで、俺が姪御さんに食われるってことは…。」
知らないのは南部の女だけなんだけどね。と心の中で呟いた。
「この野郎、そんなことある訳ゃねーだろーがよ!」
「そうかー、この可能性もないかー?じゃあ、ご亭主、他にどんな可能性がありますかね?」
「なんだと?」
「俺にはもう思い浮かばないんで知恵を貸してくださいよ。」
「そうさなー。」腕を組んで考え込む亭主。横で女将が下を向いて必死に笑いを堪えている。
「なんだよ、おめぇ何がおかしいんでぃ。ちょっと一緒に考えてくれや。」
「あなた、すみませんが私には思い浮かびませんわ。」
「そうかい、賢いお前が思い付かねぇんじゃぁ、俺が思い付く訳ねぇやな。」
「じゃあ、この方をお泊めしても大丈夫なんじゃないですか?」俺の意図を察した女将が助け舟を出してくれた。取り敢えず感謝の意を込めて会釈しといた。
「なるほどそう言うことになるな。
ところで、おめぇ、いくつだ?」
「はぁ、20歳です。」
「なんだよ、おめぇは20歳にもなって童貞かよ。とんだヘタレじゃねぇか!どわははは。」
「放っといてくださいよ。」
「だってよう、他のメンバーは全部女なんだろ?普通はそう言うことになるんじゃねぇの?大体よぅ。女が多けりゃ、きっとそのうちひとりぐらいとはデキてやがるに違ぇねぇ。だったらうちの姪っ子に手を出さねぇ。そう思ったから、おめぇらを引き受けたんだぜ。」
「そう言うのは俺がAランクになってからって約束なんですよ。」
「で、おめぇのランクは?」
「Cです。」
「そうか、20歳でCなら上出来じゃねぇか。」
「はい。Aになってからと言う約束をしてから、ガンガン上げてます。」
「いいねぇ。男ってのはそう言うもんよ。よし、おめぇ、気に入ったぜ。泊めてやる。」
「え?いいんですか?」
「おうよ。男に二言はねぇ。」
「ゲオルクです。お世話になります。」
「おう、俺はマルコだ。よろしくな。」
品がいいはずの女将が、とうとう堪え切れなくなって爆笑した。場の緊張感が一気に取れた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
設定を更新しました。R4/3/6
更新は火木土の週3日ペースを予定しています。
2作品同時発表です。
「射手の統領」も、合わせてよろしくお願いします。
https://kakuyomu.jp/works/16816927859461365664
カクヨム様、小説家になろう様にも投稿します。
Zu-Y
№34 リシッチャ亭の亭主と女将
王都から定期馬車で数日、南部公爵領の首府、南府に着いた。南府、正式名称はロマミラン。
南部に入ってからは、青い光の珠の割合がぐんと増えた。青い珠は水の精霊だ。南部には水の精霊と風の精霊がいるが、南部湾は水の精霊の縄張りで、南部群島は風の精霊の縄張りだ。水の精霊は南府の沖の海にいると言う。
南部には南部湾に注ぐ大河もあるが、この大河は水の精霊の縄張りではない。ちなみにこの大河は、北部を水源とし、東部を巡って中部を通過し、南部に流れて来る本流に、西部から発して南部に流れて来る支流が、合流したものである。
南部本土の海に面する海岸線は、ゆったりと大きく海を抱えるように湾曲して大きな湾を形成している。本土の海岸線とともに円を形成するように、本土の東南東端と西南西端からそれぞれ伸びて点在する南部群島は珊瑚環礁であり、南部湾の外縁を形成している。その島々の中心に、ひときわ大きな島があって、この島がリシッチャ島だ。リシッチャ島は南府のちょうど真南に位置しており、リシッチャ島と南府は、対極の位置関係だ。
南部公爵領は、本土と南部群島によって形成されており、漁業と真珠や螺鈿や珊瑚の工芸品で栄えている。湾に囲まれた内海では、様々な養殖も盛んだ。
南府は本土の海岸線の中心に位置する港町で、南府湾の真北に位置しており、南部公爵領の首府として大いに栄えている。
しかしなぁ、北部から南部に来ると気候がまったく違うな。北部の奥ではもう初雪が降ってるのに、南部はまだ夏の残暑すら感じられて微妙に暑い。
俺はまず、真っ先に南府ギルドに向かった。
両肩にフィアとチルを乗せ、両手でツリとクレを連れた、お馴染みのパパさんスタイルでギルドに行くと、早速テンプレな絡まれ方をした。
「おい見ろ。子連れだぜ。4人も連れてやがる。」
「あれって、亜人の子じゃねぇか?」
「ひとりで4人も連れてよう、逃げた嫁さんを探してくれってか?」
ちっ、こいつらふざけやがって!やったろうかと思ったところへ、颯爽と女の人が現れた。
「あんたたち!いい加減にしないと、うちでは二度とメシ食わせないよっ。」
「あ、やべ。ビーチェだ。」
「ずらかろうぜ。」
そそくさとずらかるテンプレ3人組。
「助かったよ。ありがとう。」
「旅の人?」うお!超美形じゃん!
「…。」
「おーい、どうしたー?帰って来いよー。」超美形に呼び覚まされた。
「あ、ごめん。びっくりするほど美人なんで見惚れてた。」
「やだー、何言ってんのよ。」笑顔もいい!こりゃ相当モテるだろうな。
「あ、いや、つい本音が…。」顔から視線を逸らして頭を掻く俺。すると目の前に特大メロンが2個。でけぇ。
「こら!今度は胸か?」
「あ、いや、マジごめん。凄いんでつい。」
「ふふふ、君は誤魔化さないね。ところであいつらだけどさ、今の君みたいに悪気はないんだよ。許してやってね。」
「許すも何も、まだ何もされてないしね。される前に君が助けてくれたからさ。俺はゲオルク、しばらく南府にいるんでよろしく。」
「僕はベアトリーチェだよ。ビーチェって呼んで。」
「え?僕?」俺よりちょっと年上だよな?それで僕っ娘?
「ああ、一人称が僕じゃやっぱ変かな?リシッチャ島では女の子も普通に使うんだけどなぁ。」
「リシッチャ島?」
「うん、南部群島最大の島だよ。僕の故郷なんだ。」
「へぇ。ビーチェさんは島出身かぁ。いつからこっちにいるの?」
「20歳の冬に出て来たからもうそろそろ5年になるなぁ。っておい、年バレちゃうじゃないか!」
「いやいや、俺、年までは聞いてないけど。」
「あ、そうか。えへへ。ゲオっちはいくつ?」え?俺、ゲオっち?
「こないだ20歳になったばかりだよ。」
「おー、僕が南府に出て来た年かー。若いねー。でもその若さで子持ち?」
「いや、俺の子じゃないんだけど、面倒見てるんだ。ツリに、クレに、フィアに、チルだよ。」
「こんちわー。」ビーチェが愛想よく精霊たちに話し掛けたが、精霊たちは俺の後ろに隠れてしまった。いつも通りだな。
「ごめん、人見知りなんだ。」
「そっかー、こっちこそ脅かしちゃってごめんねー。じゃ、そろそろ行かなきゃ。バイバーイ。」
「またねー。」ビーチェさんか。陽気で気さくな人だったな。南府に到着していきなり、幸先のいい出会いだ。また会えるかな?
さて、受付に行くか。
「スピリタスのゲオルクだけど、指名依頼を受けに来た。詳細は聞かせてもらえるのかな?」俺は冒険者カードを提示した。
「はい、スピリタスのゲオルクさん、射手、Cランク、確認しました。少々お待ちください。」受付嬢はそのまま奥に入って行った。
俺はギルマスルームに通され、南府冒険者ギルドのギルドマスターと面会している。
「スピリタスのゲオルクだな?わざわざ南府まで来てもらって礼を言う。ところで、ひとりか?」
「ああ、仲間はあちこちに使いに出てるが半月のうちには南府に集結する予定だ。」
「そしてこの子たちが例の…?」後半はお茶を濁すギルマス。精霊か?とは聞いて来ない。
「ああ。」
「東府魔法学院の発表ではふたりだったはずだが?」
「発表の後に増えた。そしてここでも増やすつもりだ。」
「水の精霊様を仲間にするのか?ちょっと無理なんじゃないかな。こんなにおとなしくないぞ。」
それからギルマスは水の精霊の暴走について語り出した。
「荒天の日ならまだしも、風のない穏やかな日まで海が荒れっぱなしでな。漁師は漁に出れないし、島との定期船も出せないのだ。今は何とか養殖の魚で食い繋いでいるが、このまま漁に出られなければ深刻な食糧難になるし、島では自給自足の生活が強いられている。
あんたは精霊様と意思疎通ができるのだろう?頼むから何とかしてくれ。精霊様が何について怒っているのかさっぱり分からんから、仮にこちらに問題があるとしても、それを改めようがないんだ。」
「しかしなぁ。精霊が怒ると言うのが信じられないんだよ。このように穏やかなはずなんだ。ムッとするぐらいで、怒ったことはほとんどないぜ。俺が指示しない限り、自発的には懲らしめる程度しかやらないんだよな。本当に精霊の仕業なのか?」
「そりゃ、あんな力は精霊様しか使えんよ。」
「じゃぁ、確認した訳じゃないんだな?精霊のせいじゃないかもしれないじゃないか!海の魔物とかの可能性はないのか?」
「海の魔物は精霊様がいるから入って来られんよ。」
「確かに精霊の縄張りには魔物は入って来ないよな。」
「そうだろう?だから水の精霊様の暴走なんだよ。」
「いや、それだけで断定はできないだろ。精霊が弱ってて、魔物が入って来た可能性もあるしな。ちょっと腰を据えて調査してみる。ちなみにいつからだ?」
「ここひと月くらいか?とにかく一刻も早く精霊様を鎮めてくれ。」
「ひと月か。ひと月だと東府魔法学院からの重大発表の頃からだな。」
「そうだな、あの発表のすぐ後からだな。
ところで、宿屋はこちらで手配した。この宿屋はメシも出すがそっちの方が評判でな。冒険者相手のメシ屋の方が儲かるってんで、近頃は宿屋の方はサボってたんだが、あんたらのために開けさせた。実質上の貸切だが、まぁ宿屋としてのサービスは期待しないでくれ。」
「風呂はあるか?」
「そりゃあるさ。夏の海水浴シーズンは塩水を洗い流さにゃならんからな。大浴場もシャワー室もあるぞ。」
「メシが上手くて、風呂があって、寝床があって、雨露をしのげれば文句はないよ。野宿に比べたら天国じゃないか。」
「確かにそうだな。宿屋はここからまっすぐ海に向かってな、一番海沿いにある。宿屋の名前はリシッチャ亭だ。」
「リシッチャ亭?島の名前だよな?」
「おう、よく知ってるな。亭主がリシッチャ島の漁師上がりでな、島料理が旨いんだ。女将はここ南府の出身だから本土料理も旨いぞ。
旨い島料理と旨い本土料理が安く食えるってんで、冒険者に人気だな。もっとも冒険者は看板娘が目当てだろうがな。」
「看板娘?」
「ああ、亭主の姪っ子でリシッチャ島から出て来て手伝ってる。もう5年くらいになるかな。美人で明るい娘だけどよ、冒険者をやってたこともあるから見掛けによらず腕も立つし、それ以上に気が強いぜ。」
「へぇ。そりゃ楽しみだな。」
「その看板娘に下手に手を出したら、南府の冒険者全員を敵に回すことになるぞ。そうなりゃ、それはそれで面白れぇけどよ。くくく。」
「おい、あんた仮にもギルマスだろ?揉め事を煽っていいのかよ?それに口調まで微妙に変わってねぇか?」
「いけねぇ。地が出ちまった。こほん。まあそう言うことでよろしく頼む。」
なかなか面白いギルマスだな。俺はギルマスルームを出てリシッチャ亭に向かった。
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「なんだおめぇ、スピリタスとやらか?」
「はい。」
「おめぇひとりか?」
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「帰れ!」
「え?何で?」
「はん?理由はひとつしかねぇだろ。野郎ひとりだからだよ。
野郎もひとりいるが、残りは全部女のパーティだと言うから引き受けたんでぃ。」
「いや、その条件には当てはまりますよ。俺以外のメンバーは皆、女です。」
「でもよぅ、そいつら当分来ねぇんだろうよ?」
「まぁそうですね。」
「だったら仲間が着くまでは、男ひとりだよな。」
「いや、子供も4人いますよ。」
「ガキじゃぁおめぇの相手はできねぇからよ、数にゃ入らねぇ。
うちにゃあよ。兄貴から預かった大事な姪っ子がいるんでぇ。野郎とひとつ屋根の下になんか寝かせられる訳ねぇだろ!」
「いやいやいやいや。いきなりそんなことになる訳ないでしょ。」
「分かるもんけぇ。大体てめえは女好きの面ぁしてやがらぁ。」え?鋭い。
「そりゃ俺だって男ですから女の人には興味はありますが、大体ご亭主さんの姪っ子さんには会ったことないですし、会ってもいない女の人とどうこうなる訳ないでしょうが!」
「確かにおめぇの言う通りだ。でもな、姪っ子は美人で、いい体してるんだよ。気立てもいいしよ、若ぇ奴がほっとく訳ねぇ。俺はよぉ、万にひとつもそう言う可能性を摘んでおきてぇのよ。じゃなけりゃ、姪っ子を任せてくれた兄貴に顔向けできねぇってもんよ。」
「ふむ。それは確かに一理あるな。」
「そうか、おめぇ、分かるか?」
「お客さん、そこは同意するところではないんじゃなくて?」呆れ顔で女将さんが割り込んで来た。
「いや、女将さん、ご亭主さんの仰ることはご尤もです。仮にその姪御さんが、すっぽんぽんの素っ裸で俺の目の前に現れたら、俺は我慢できないと思います。」
「馬鹿野郎。てめぇ、俺の姪っ子がそんなふしだらなアバズレだとでも言うのか?男の前にすっぽんぽんで現れる訳ねぇだろ。」
「なるほど、それは申し訳ない。じゃあそう言う可能性はないってことで。」
「おうよ。」
「それではですね、姪御さんが俺にひと目惚れして夜這いを掛けて来たら、やっぱり俺は拒めません。」
「てめぇこの野郎、喧嘩売ってんのか?何でてめぇみてえなチンカス野郎に、俺の姪っ子がひと目惚れしなきゃなんねぇんでぃ!しかも言うに事欠いて夜這いだとぉ?ふざけるのも大概にしやがれ。」
「はぁ。可能性の話をしただけですが、俺にひと目惚れする可能性はありませんか?少々残念ですがそれでは仕方ないな。ではこの可能性もなしってことで。」
「おうよ。」
「うーん、それならですねぇ。ここだけの話ですよ。実は、俺はまだ女を知らないんですが、姪御さんが初物好きで、俺が姪御さんに食われるってことは…。」
知らないのは南部の女だけなんだけどね。と心の中で呟いた。
「この野郎、そんなことある訳ゃねーだろーがよ!」
「そうかー、この可能性もないかー?じゃあ、ご亭主、他にどんな可能性がありますかね?」
「なんだと?」
「俺にはもう思い浮かばないんで知恵を貸してくださいよ。」
「そうさなー。」腕を組んで考え込む亭主。横で女将が下を向いて必死に笑いを堪えている。
「なんだよ、おめぇ何がおかしいんでぃ。ちょっと一緒に考えてくれや。」
「あなた、すみませんが私には思い浮かびませんわ。」
「そうかい、賢いお前が思い付かねぇんじゃぁ、俺が思い付く訳ねぇやな。」
「じゃあ、この方をお泊めしても大丈夫なんじゃないですか?」俺の意図を察した女将が助け舟を出してくれた。取り敢えず感謝の意を込めて会釈しといた。
「なるほどそう言うことになるな。
ところで、おめぇ、いくつだ?」
「はぁ、20歳です。」
「なんだよ、おめぇは20歳にもなって童貞かよ。とんだヘタレじゃねぇか!どわははは。」
「放っといてくださいよ。」
「だってよう、他のメンバーは全部女なんだろ?普通はそう言うことになるんじゃねぇの?大体よぅ。女が多けりゃ、きっとそのうちひとりぐらいとはデキてやがるに違ぇねぇ。だったらうちの姪っ子に手を出さねぇ。そう思ったから、おめぇらを引き受けたんだぜ。」
「そう言うのは俺がAランクになってからって約束なんですよ。」
「で、おめぇのランクは?」
「Cです。」
「そうか、20歳でCなら上出来じゃねぇか。」
「はい。Aになってからと言う約束をしてから、ガンガン上げてます。」
「いいねぇ。男ってのはそう言うもんよ。よし、おめぇ、気に入ったぜ。泊めてやる。」
「え?いいんですか?」
「おうよ。男に二言はねぇ。」
「ゲオルクです。お世話になります。」
「おう、俺はマルコだ。よろしくな。」
品がいいはずの女将が、とうとう堪え切れなくなって爆笑した。場の緊張感が一気に取れた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
設定を更新しました。R4/3/6
更新は火木土の週3日ペースを予定しています。
2作品同時発表です。
「射手の統領」も、合わせてよろしくお願いします。
https://kakuyomu.jp/works/16816927859461365664
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