射手の統領

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射手の統領178 策士シエンの上を行くエイ

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射手の統領
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№178 策士シエンの上を行くエイ

「ホムラはん、シエン様に嫁げなんだら尼になるとまで言うたそうでんな。」エイどのがホムラどのに切り出した。
「はい。」
「私はその心意気に、えろう打たれましてん。」
「ありがとうございます。」

「義母上様、東家の舵取りにホムラはんはいつまで必要ですやろ?ツララはんが成人するまで3年ですやん。それまでずっとホムラはんが必要ですやろか?」
「家老衆を掌握するまでいてもらえば十分です。」
「母上、母上はもう家老衆を掌握してはるんやないの?」
「せやね。この間、伯父上の説得に、ずーっとツークへ行っとったさかいな。」
「え?」シエンが焦った。なるほどなあ。さっきエイどのが、うちの軍師ふたりを別室に連れて行ったのはこう言うことか。

「あら、サキョウもウキョウもお見通しなのね。兄上を説得するにあたって、家老衆をまず説得したのよね。今では家老衆は、座主の兄上より私の言うことを聞くわね。」
「そんなことはない。」座主がムッとして否定したが…、
「兄上、家老衆は皆、兄上に、アーカまで直接出向いて、権座主と手打ちするように進言したわよね?」姑どのが東家座主に確認した。

「そうだ。手打ちしろと言ったのだ。」
「そこじゃないわよ。アーカまで直接出向け、と言ったのよ。」
「伯父上、東家座主自らが、西家本拠のアーカに出向いたんよ。手打ち言うんは、伯父上のメンツを慮っての言葉の綾やって気付かへんの?」
「せやで、家老衆は皆、本音では手打ちやのうて臣従しに行け。言うとったんやで。つまり、早々に母上に落とされとったってことやな。」

 ここで姑どのが切り出した。
「シエン、いえ、権座主。ご下命に従って、ツララの後見にツークへ参ります。兄上は…、東家座主は今日、ここアーカで仮隠居させ、ツークへの帰路はツララを座主代行にして仕切らせましょう。
 ツークに着いたら前座主が西家に臣従して、許しを得たことを発表します。」あれ、大同盟に加わったことは発表しないのか?

 姑どのは続けた。
「ツークに着いたら正式に隠居させて、ツララを座主代行から新座主へ就任させます。
 権座主、それから婿どの、おふたりには東家の新座主どのへの引出物を賜りとうございます。」なるほど、そう言うことか。

「せやな、ツララの新座主就任の引出物として、臣従した東家を、臣従から対等な同盟関係へ戻すかの。」
「ユノベから新座主ツララどのへ使者を立てて、武家大同盟への参加を打診しましょう。それと将来的には、折を見て新座主どのを次ノ宮殿下へ紹介します。」
 東家から同盟に入れてくれと頼んで来たんじゃなくて、盟主のユノベから同盟に誘った体にするのだ。これで新座主ツララどのが東家の家老どもから一目置かれる。
 さらに次ノ宮殿下のお目見えが得られれば、ツララどのの立場は一層良くなるだろう。

「アタル兄の引出物はそれで十分やねんけどな、兄上、権座主としての引出物はもうひと声欲しいとこやで。」
「せやね。西家と東家の不和が本当に解消されたんやと、東家の家来衆が心底安心できるような引出物がもうひとつあったら完璧やね。」
 キョウちゃんズがニマニマしている。俺を嵌めるときに見せる悪い笑顔だ。シエンの奴、完全に総濠を埋められてやんの。笑

 シエンは大きく深呼吸して、意を決したように言った。
「エイ、ホムラを側室として迎えたい。ええか?」
 エイどのが満面の笑みで頷いた。できた娘だ。
「ホムラ、一度はわやになってもうたが、その原因は完全に解消され、わだかまりはのうなった。改めて、ホムラを側室に迎えたい。ええか?」
「はい。」ホムラは大粒の涙を零して頷いた。さっきの涙とは意味合いが違う。

「ツララ、そう言う訳や。今更、四の五の言わんと、しっかりと腹括り。これからは自分のことを子供や、思たらあかん。それと座主が務まるかやのうて、務め上げるんや。ええな?」
「はい。たった今、シエン兄が腹を括る見本を見せてくれましたから。」こいつ、言うなぁ。笑
「ちっ、そう来たかいな、生意気な奴や。
 伯父上、捨て身の隠居、最後の最後で見事やったで。後は父上と一緒にパパ島で悠々自適の余生を過ごしとくなはれ。」
「くっ…。」前座主はもう言い逃れできねぇな。

「ところでエイ、いつの間にサキョウとウキョウを抱き込んでん?」シエンがエイどのに聞いた。
「朝の打合せが終わったとこや。シエン様とホムラはんとの仲を戻したい言うて相談したら、おふたりとも協力してくれる言うてな。」
「うちらも子供の頃から、兄上とホムラ姉は結婚すると思ってたさかいな。」
「元鞘に収まってめでたしめでたしやがな。」

「アタルも一枚噛んでたんか?」
「俺はシエンと同じく蚊帳の外だったよ。」
「当たり前や。アタル兄に相談したら、アタル兄から兄上に駄々洩れや。」
「せやね。ほんまに仲ええもんな。アタル兄と兄上は。」
 キョウちゃんズの指摘に、俺もシエンも苦笑いするしかなかった。

「じゃあ、これからの段取りやがな、まずは、今日の午後、西家の主だった家来どもと、今回アーカに来た東家の連中に、わが西家に東家が臣従したことを発表や。
 そんときは伯父上、皆の前で俺に頭下げてもらいまっせ。ええでんな。」
「…承知した。」不承不承というところか。
「伯父上、全然分かってへんやん。兄上に対して、承知した。って、なんやの?」
「せやで。承知しました。やろ?そんなんで、家来衆の前で頭下げられるんか?」
「権座主どの、申し訳ありませんでした。承知しました。」東家座主は頭を下げた。ふむ、まあ練習だな。

「伯父上、堪えてや。伯父上にへりくだってもらわな、後々、ツララが座主を継いで、臣従から対等な関係に戻すときの効果が落ちまっせ。
 そんでその席でな、伯父上に隠居を申し渡すよってな。これもええでんな?」
「はい。承知しました。」東家座主は頭を下げた。今度はスムーズじゃん。
「それから、ツララの座主代理への就任と、母上をツララの後見としてツークに派遣することと、伯父上と父上のパパ島への遠流も発表や。母上、ツララ、ええか?」
「「はい。」」

「明日か明後日には、ツララが今回来たツーク勢を率いて、ツークへの帰還やな。
 ツークで伯父上が正式に隠居して、ツララが座主代理から新座主になって、伯父上と父上をパパ島へ遠流にしたら、ツララはアーカの俺に、臣従の解消と対等な同盟関係への変更、そして、俺とホムラの婚姻交渉を持ち掛けるんや。もちろん家老どもに諮ってからやで。これがツララの新座主としての初仕事や。」
「はい。」新座主としての初仕事と言われ、ツララどのの返事に力が入った。
「家老どもはな、無理やて言うやろけど、ツララが俺に直談判する言うて押し切るんやで。
 そうそう、直談判に来るのに、流邏石をアーカに登録して行き。」
「はい。」

「シエン、流邏石の有効距離は100里だからな、ツークからアーカへは直接飛べんぞ。名府あたりを中継用として登録しないとな。」
「さよか。でも帰りの廻船は名府に寄らんしな。どないしよかの。」
「権座主、この母が持ってますよ。この後もアーカとツークを往復することになるかと思って、今回ツークから帰って来るときに、名府を登録した流邏石を用意しました。ですから、名府、アーカ、ツークとすべて揃っています。」

「流石、母上や。
 それと母上。この件でのツララの後見をあんじょう頼んまっせ。どうせ無理やと諦めてる家老どもを押さえとくなはれ。」
「分かりました。この母にお任せなさい。」

「家老どもの予想に反して、俺がツララからの要求を2件とも承諾するよってな、そしたらアタル、頼むで。」
「ああ、西家と対等な同盟関係に戻した東家へ、武家大同盟へ加わって欲しいと頼む使者を出す。叔父御の誰かに行ってもらおう。」
「アタル、おおきに。ユノベの統領代理3人のうちのひとりが、次期統領の使いで直々にツークを訪ねてくれはったら、ツララにも箔が付くで。」

「ホムラには、一旦ツークにんてもらうけどな、俺が婚姻交渉に応じたら、すぐにアーカに来るんやで。」
「はい。権座主様。」
「ホムラ、その権座主様、言うのやめてんか。昔通り、シエンでええがな。」
「いいえ、権座主様。それは、東家と西家の関係が元通りになってからにします。」
「さよか。ホムラに権座主様て呼ばれると、なんやこそばゆいんやけどな。」

 その日の午後である。
 大広間の客座の下の間に、平伏している現東家座主と、その左右にはツララどのとホムラどの。護衛で来た東家の家来衆は、座敷ではなく白洲に座らされた。
 この厳しい対応に、護衛として同行して来た東家の家来衆は、「ああ決裂だ。」と、最悪の結末を予想して蒼褪めていた。最悪の結末とは、西家との、ひいては武家大同盟との戦である。西家だけならまだしも、武家大同盟を相手にしたら、東家はひとたまりもない。

 一方、西家側は主の座にシエン、両隣に姑どのとエイどの、左右にシエンの重臣たちが居並び、客座の上の間の最上位席にエノベどのと俺とキョウちゃんズ。それから主だった家来衆。

「東家座主、最後に申し開きがあれば、聞くで。」
「されば、西家に対し要らぬ策を弄しましたこと、今にして思えば、敵対行為と取られても致し方ないことであったと重々反省しております。されど戦ばかりはご容赦頂きたくお願い申し上げます。」座主は再び平伏した。
「ほな、東家は西家に臣従するんかの?」
「臣従致します。」

「しかしな、そなたが座主のままやったら、俺は東家をよう信用でけんのや。臣従した上で、家督をツララに譲って隠居しいや。」
「承知致しました。隠居して家督をツララに譲ります。」
「ツララ、聞いての通りや。この場で座主は仮隠居するよって、そなたが座主代理に就任しい。ツークに帰ったら正式に家督を継ぐんやで。」
「はい。」
「母上、またお手数掛けますが、ツララが成人するまでの3年間、ご実家でツララの後見をお願いできませんやろか。隠居が裏でツララを操るようでは元の木阿弥やよって。」
「承りました。」そう言って姑どのはシエンに深々と頭を下げた。

 シエンはしばらく考える振りをした。

「隠居、そなたがツークにおったら、あらぬ火種になりかねん。やはりツークには置いとけんの。せやさかい、パパ島に遠流や。そうや、ツークに預かっとてもろとるうちの隠居も一緒に行かせよか。ふたりして余生をパパ島でのんびり過ごすんや。」これには、東家の家来衆だけでなく、西家の家来衆からもどよめきが上がった。
「承知仕りました。」

「されば、東家は西家に臣従すること、現座主は隠居してツララに家督を譲ること、隠居した現座主をパパ島に流すこと、これで西家は東家に対して矛を収めるで。」
「ご慈悲に感謝致します。」東家座主が平伏した。
 東家から護衛として随従して来た家来衆は明らかにホッとしていた。

 シエンの描いた絵は、当初、東家座主にアーカまで詫びに来させると言うものだった。
 しかし東家座主が、数年従順にしていれば復活するはずだったホムラどのとの婚姻同盟の即時復活を画策して、ツララどのに家督を譲って隠居すると言う条件を出して来た。隠居はしつつも後ろから東家を牛耳る魂胆が見え見えである。

 シエンは、懲りずに策を弄する東家座主に容赦なく鉄槌を下し、東家座主のパパ島への遠流を決めた。ついでに、東家に預けていた西家の隠居も一緒に、パパ島に流すと言う荒療治だ。
 東家出身のお母上をツララどのの後見として送り込む以上、関係は冷え切っているとは言え、先代西家権座主夫婦が揃って東家へ入れば、西家が東家の乗っ取りを画策していると誤解されかねないからだ。
 西家隠居にしてみればいいとばっちりだが、これも仕方あるまい。

 シエンが東家を臣従させたと聞いて、目を瞠っていた西都ギルマスのサンキだが、実際にシエンがやったこと、つまり、東家座主を隠居させて代替わりさせ、新座主の後見に東家出身の母親を東家にへ送り込んで、東家隠居と西家隠居を一緒にパパ島に流したと聞いたら、どこまで驚くことやら。

 ちょっと楽しみではあるな。笑

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 毎週月曜22時に投稿します。

 以下の2作品も合わせてよろしくお願いします。
「精霊の加護」https://www.alphapolis.co.jp/novel/121143041/836586739
「母娘丼W」https://www.alphapolis.co.jp/novel/121143041/265755073

 カクヨム様、小説家になろう様にも投稿します。
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