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射手の統領149 勘違いの連鎖
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射手の統領
Zu-Y
№149 勘違いの連鎖
翌朝、早起きした俺は、ひとり露天の白濁硫黄泉に浸かった。混浴は素晴らしいのだが、マイドラゴンを制御するのと、嫁たちの小振りなおっぱいを堪能するのとで、忙しくもある。贅沢な悩みではあるが、疲れを取るにはひとりで独泉する機会も欲しい。
マザは高原なので、初夏とは言え、朝はそこそこな冷気があり、これが湯の温かさを引き立てる。
「あー、生き返る。」8人が悠々入れる広い湯船で大の字になっていると…。
「あ、やっぱりここにおった。」
「ホンマにアタル兄は温泉が好きやねぇ。」
「おまえらもじゃん。」
優雅にちゃぽんと湯に入るキョウちゃんズ。
俺に正面を向けず、ふたりが左右対称に半身になって、シンクロしつつゆっくりと湯に浸かった。アップにまとめた髪のせいで、顕わになったうなじが眩しい。おおお!そっとタオルをうなじに当てる仕草が、何とも色っぺぇぇぇ。
どうしてくれる?マイドラゴンが覚醒してしまったではないか!苦笑
いつぞや、湯船にドボンと飛び込んだキョウちゃんズに、しとやかに入れと苦言を呈したが、いつの間にか優雅な入り方スキルを身に付けていたのな。昨日は気付かなかったけれども。
「んふふ。アタル兄、なに、見惚れてはるん?」
「あらあら、うちらに魅力にメロメロやんかー。」
「確かにドキッとしたけどな、今の台詞は言わない方が良かったぞ。」
「「いけずー。」」シンクロしてぷぅと膨れるキョウちゃんズ。勝った。笑
ひとり優雅な朝風呂は、途中からキョウちゃんズに乱入されたが、それはそれででいい。
朝風呂から出ると、仲居さんたちが部屋食の朝餉をせっせと準備してくれていた。
朝餉は薬膳料理で、昨日の豪勢な料理で疲れた胃腸を休めるような、滋養の利いた献立だった。これはかなりのクオリティだ。昨夜の豪勢な夕餉とともに、1泊付きの食事代が大銀貨3枚なのも頷ける。
さて、朝餉を摂りながら今日の予定の確認だ。
俺はこの後、流邏石で東都の帝居に飛んで、次ノ宮殿下にマザ入りしたことを伝えに行く。シノベどのとのコンタクトについて、殿下から何かご指示があるかもしれないしな。
嫁たちは、昼前から夕方前まで、数時間、北斗号の移動店舗を開くのだそうだ。
俺はいなくていいのか聞いたら、開店前に出した分が売切れたら、そこで店仕舞いにするので、品出しはいいそうだ。俺、売り子としては勘定に入ってないのね。品出し要員なのね。泣
朝餉の後、再び露天風呂に入って身を清め、帝居に飛ぶつもりだったのだが、ホサキとタヅナとアキナが一緒に入って来たので、身を清めるつもりが、またまたイチャコラモードになってしまった。苦笑
風呂から上がった俺は、新品の流邏石をひとつ、マザの温泉宿に登録して、嫁たちを温宿に残し、ひとり流邏石で東都に飛んだ。帝居に次ノ宮殿下を訪ねるためである。
帝居では衛士のサエモンが取り次いでくれて、しばらく待たされはしたが、ノーアポだったにも拘らず、次ノ宮殿下が面会時間を割いて下さった。
「次ノ宮殿下にはご機嫌麗しゅう…。」
「アタル、固い挨拶はいい。マザには着いたか?」
「はい。昨日の夕方に、着きました。」
「ではこれであろう?」次ノ宮殿下は1通の封書を下さった。帝家の菊の御紋が付いていて、宛名はシノベ朝臣どの、裏書には次ノ宮とある。
「ありがとうございます。」
「中にはな、『余の命令をユノベ朝臣が口伝で伝える。』と書いてある。ま、そなたの紹介状だな。令旨は後日、改めて出すゆえ、シノベにはそう申せ。」
「ははっ。」
「では頼むぞ。大儀。」
次ノ宮殿下との面会は短時間で終わった。きっと忙しいのだな。それなのに俺の急な訪問に時間を作って下さって、本当に感謝だ。
ひょっとすると午前中だから、公家衆と朝議の最中だったところを、抜けて来て下さったのかもしれない。だとすると本当に申し訳ない。
東都の帝居を辞して、流邏石で再びマザに飛んだ。特別室はもぬけの殻である。嫁たちは今、ギルド脇で移動店舗を開いているからいない。
手伝いに行こうかとも思ったが、今日は品出しは不要で、開店前に並べた分を売り切ったら店仕舞いにすると言っていた。だとすると、行っても仕方ないよな。
シノベどのへの取次ぎを頼んだシノブどのが、シノベどのの返事を伝えに来るかもしれないから、取り敢えず特別室で留守番してようっと。
と言うことで、俺は今、昼風呂を堪能している。
朝起きてすぐ、朝餉の後、そして昼と、すでに今日3回目の入浴である。一体、今日1日で何回入ることになるのやら。苦笑
しかし今回こそは独泉でゆっくり寛ごう。
コンコン、コンコン。
あれ?もしやシノブどのか?
「シノブどのか?」
「これは…。御入浴中でござりしたか。申し訳ござりませぬ。出直しまする。」
「あ、いいよ。シノベどのの返事だろ?ここで聞くよ。」
「え?しかし御入浴中にお邪魔するのも…。」
「重要な情報はすぐに聞きたい。一刻を争う場合があるからな。それこそ厠の中でも聞くさ。」
「されば失礼仕りまする。」
ひょいと身軽に露天風呂のまわりに張り巡らせた築地を飛び越えて、露天風呂の敷地内へ入って来たシノブどのは、片膝を付いて俯いた。すっぽんぽんの俺を見ない様に配慮しているのだろう。俺はと言うと、白濁の湯に浸かっているから、素っ裸ではあるが、別に気にはならない。
「で、シノベどのは何と?」
「はっ。今日は都合がつかぬゆえ、お急ぎでなければ明日の午後にお会いしたいとのことでござりまする。」
「ああ、構わんよ。承知したと伝えてくれ。シノベ館に出向けばよろしいか?」
「はい。私がお迎え致しまする。」
「それはありがたいがなぁ、俺はシノブどのの顔を知らんよ。」普段のシノベどのは、忍者装束で頭巾をしているから、眼しか見たことがない。
「あ、そうでござりましたな。されば失礼致しまする。」シノベどのが頭巾を取って晒した素顔は…、いや、驚いた。まじか!
俺の嫁たちに決して見劣りしないレベルの超美人じゃないの。呆気に取られて言葉にならない。
「主様?いかがなされたのでござりまするか?」
「いや、すまん。あまりに美人なので見惚れた。」
「な、な、何を仰せられまする。お戯れを。」あ、顔が赤くなった。初心なの?
「あ、ごめん。つい本音が…。」
「ええ?」さらに耳まで赤くなるシノブどのであった。笑
~~シノブ目線~~
な、な、何を仰せられるのか?いきなり『美人なので見惚れた。』とは…。確かに私は、器量よしの部類でござるが、面と向かって仰せられると…、て、照れるでござるな。
やはり、主様は私を所望にいらしたのでござろうな。
父上は何とお答えなさるのでござろう。もし「嫁け。」と仰せられるのなら、シノベとユノベの婚姻同盟のため、否やは言えぬが…。覚悟はしていたつもりでござったが、いよいよとなると…。
もじもじするシノブであった。
~~シノベ本拠、1週間前~~
テンバのユノベ本拠で、アタルからシノベのお頭への仲介を頼まれたシノブは、すぐに流邏石でマザのシノベ本拠へと飛んだ。
シノブは、シノベのお頭の一の姫だが、今はユノベへの派遣部隊のまとめ役だ。火急の要件と言うことで面会を申し込むと、面会はしてくれたが、いきなり釘を刺された。
「シノブ、火急の要件と言うことだが、まとめ役でありながら持ち場の派遣先を離れるとは余程のことであろうな。使いを寄越せば済む内容であるならば、まとめ役としての職務怠慢で、罰せねばならぬぞ。」お頭の口調は明らかに不機嫌であった。
このお頭は、部隊の指揮を執るまとめ役が、持ち場を離れることを、殊の外嫌う。
「はっ。持ち場を離れましたは、次期統領のアタルどのから、直々にお頭様への先触れを頼まれましたゆえでござりまする。」ここではアタルを『主様』とは言わない。シノベの衆は、雇い主を『主様』と呼ぶが、アタルの他にも、アタルの3人の叔父たちが『主様』であるため、ここでは『アタルどの』と呼んでいるのだ。
「先触れだと?ユノベの次期統領が俺へ直接、そなたを使いに寄越したのか?どのような用件だ?」
「されば、『マザに出向くゆえ、直接会って談判したい。』とのご意向でござりました。『わざわざマザまで出向かずとも、私が直接使いに参りましょうか?』とお訪ねしたところ、『ユノベの次期統領として、シノベのお頭どのに直接話がしたい。』との仰せでござりました。」
「何の話があると言うのだ?」
「さぁ、私には話して下さりませんでした。しかし余程重要な内容かと拝察致しまする。」
「ふむ。」ここで考え込むお頭。
しばらくして、
「アタルどのは、他にどのようなことを話して参ったぞ?」
「さればでござりますな、私が新たなまとめ役になったと聞いて、『前任のまとめ役はケガでもしたのか?』と、大層ご心配なされ、配置換えとお答えしたところ、安堵しておられました。」
「われら忍びの安否を気にしたのか?」
「アタルどのは、そう言うお方でござりまする。」
「ふむ、他にはなんと?」
「されば、『エノベのエイを知っているか?』『エイがオミョシ分家の新権座主と婚約したことを知っているか?』と、お尋ねになりましてござりまする。」
「エノベとオミョシ分家の婚姻のことを聞いて来たのか。アタルどのは、オミョシ分家の新権座主と懇意であったな。」
「はい。西では、『エノベ勢を、前権座主から新権座主へ鞍替えさせるよう働き掛けろ。』と過分な工作資金を頂戴し、余った工作資金を返却しようとしたところ、『シノベ衆とエノベ衆の懇親に使え。』と仰せになったと聞いておりまする。」
「その話は俺も聞いた。忍びを使い捨ての駒ではなく、仲間として大事にするお方よな。」
「左様でござりまする。それから名前を聞かれました。『名乗らぬゆえ、名を知られたくないのかと思っていた。』そうでござりまする。」
「そうか。もちろん偽名を使ったのであろうな?」
「いいえ、真名をお答えしましたが、まずかったござりましょうか?」
「真名を答えたのか?まぁそれならそれで構わぬが…。」
そしてしばしの沈黙。お頭が考えを巡らせているので、シノブも黙っていた。
「ふーむ、俺と直接談判がしたくて、エノベとオミョシ分家の婚姻の話を持ち出して来たのだな。そしてそなたの名も聞いた。
シノブ、そなた、これをどう見たぞ?」
「されば、アタルどのは、有力武家と次々と政略結婚をし、婚姻同盟を結んでおられまする。あるいはシノベと同盟を結びたいのかと。」
「シノベだけ『同盟』と申すか?」
「いえ、その、『婚姻同盟』かもしれませぬ。」
「つまり?」
「…。」答えに窮するシノブ。
「どうした、申せ。」
「父上、意地悪を言わないで下さりませ。私の口から申せることではござりませぬ。」
「ふむ。意地悪ではないぞ。そなたがきちんと理解しているか、理解しているなら、そなたの覚悟はどうかと言うことだ。」
「私もシノベのお頭の娘。政略結婚に使われることは、すでに覚悟してござりまする。」
「ではこの父が『嫁け。』と言ったら嫁く覚悟はあるのだな。」
「父上が左様に仰せなら致し方ござりませぬ。」
「ふむ。しかし安心せよ。そなたが乗り気ではないのに、そなたを嫁がせる気はない。」
「え?」
「そなたは、若くして上忍となった才ある忍び。おいそれと他家にくれてやるには勿体ないわ。」
「ではユノベとは結ばないと仰せでござりまするか?」
「いや、先方が望むなら、同盟は結んでもよい。」
「されど、他家が皆、婚姻同盟であるのに当家だけ同盟では、軽んじられはしませぬか?」
「構わぬ。ただの同盟でも現状の金銭による雇用関係よりは親密となろう。」
「しかし、エノベ衆はオミョシ分家と婚姻同盟を結ぶのでござりまするぞ。当家が後れを取ってよろしいのでござりまするか?」
「エノベどのはな、エイがオミョシ分家の新権座主と恋仲になって、早々に傷物にされたゆえ、渋々婚姻を結んだに過ぎぬ。まぁそなたがユノベの次期統領と恋仲ならば考えなくもないがな。俺は、そなたを政略結婚の道具に使うつもりはないゆえ安心せよ。」
「しかし…。」
「なんだ、そなた、まさかすでにアタルに手を付けられているのではあるまいな?」アタルと、呼び捨てになっている。娘のこととなると、父親はどこも同じだ。
「違いまするっ。」真っ赤になって否定するシノブ。
「そんなにむきになるな。戯れだ。もう下がってよい。」
話を打ち切ってシノブを下がらせたお頭は、溜息を付いてぼそっと独り言。
「あれは、もしかすると惚れてやがるかもしれんなぁ。」
流石にまだ手は付いてないようだがな。ユノベ付きから外すか?でもなぁ、まとめ役にしちまったばかりだしなぁ。
シノブが言った通り、同盟よりも婚姻同盟の方がいいに決まっている。愛娘は手放したくはないのだが、ユノベとの婚姻同盟は、シノベのお頭にとってはかなり魅力的であった。
~~アタル目線、現在~~
「シノブどの?いかが致した?シノブどの。」考え込んでしまったシノブをアタルは呼び戻した。
「はっ。申し訳ござりませぬ。父の本音がどこにあるのか、考えておりました。」
「どうかしたのか?」
「いえ、大したことではござりませぬ。それより、父との談判、うまく運ぶといいでござりまするな。」って、私は何を口走っているのでござろう。これではまるで娶ってくれと言ってる様なものではござらぬか。
「そうだな。お喜びになると思う。」は?何という自信家なのでござろう。あるいは能天気なのでござろうか?父が私を簡単に手放すと、本気で思っているのでござろうか?
これは完全にシノブの誤解である。アタルは、御代替わりの一連の儀式において、前半の先陣を仰せつかるシノベのお頭が、名誉なこととして喜ぶだろうと言っているに過ぎないのだ。
シノブの妄想から発した勘違いは、シノベのお頭をすでに勘違いの方向へ巻き込んでいた。
話が噛み合うのだろうか?否、噛み合う訳がない。
さて、話が一段落したと見たシノブは、アタルに一礼して、来たときと同じように、軽い身のこなしで露天風呂を囲む築地の一画を飛び越えて出て行った。
シノブが去って、やっと湯から出ることができた俺は、結果的に長湯となったせいで、ふらふらしている。
何のことはない。湯あたりを起こし掛けていたのだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
設定を更新しました。R4/12/4
更新は月水金の週3日ペースを予定しています。
2作品同時発表です。
「精霊の加護」も、合わせてよろしくお願いします。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/121143041/836586739
カクヨム様、小説家になろう様にも投稿します。
Zu-Y
№149 勘違いの連鎖
翌朝、早起きした俺は、ひとり露天の白濁硫黄泉に浸かった。混浴は素晴らしいのだが、マイドラゴンを制御するのと、嫁たちの小振りなおっぱいを堪能するのとで、忙しくもある。贅沢な悩みではあるが、疲れを取るにはひとりで独泉する機会も欲しい。
マザは高原なので、初夏とは言え、朝はそこそこな冷気があり、これが湯の温かさを引き立てる。
「あー、生き返る。」8人が悠々入れる広い湯船で大の字になっていると…。
「あ、やっぱりここにおった。」
「ホンマにアタル兄は温泉が好きやねぇ。」
「おまえらもじゃん。」
優雅にちゃぽんと湯に入るキョウちゃんズ。
俺に正面を向けず、ふたりが左右対称に半身になって、シンクロしつつゆっくりと湯に浸かった。アップにまとめた髪のせいで、顕わになったうなじが眩しい。おおお!そっとタオルをうなじに当てる仕草が、何とも色っぺぇぇぇ。
どうしてくれる?マイドラゴンが覚醒してしまったではないか!苦笑
いつぞや、湯船にドボンと飛び込んだキョウちゃんズに、しとやかに入れと苦言を呈したが、いつの間にか優雅な入り方スキルを身に付けていたのな。昨日は気付かなかったけれども。
「んふふ。アタル兄、なに、見惚れてはるん?」
「あらあら、うちらに魅力にメロメロやんかー。」
「確かにドキッとしたけどな、今の台詞は言わない方が良かったぞ。」
「「いけずー。」」シンクロしてぷぅと膨れるキョウちゃんズ。勝った。笑
ひとり優雅な朝風呂は、途中からキョウちゃんズに乱入されたが、それはそれででいい。
朝風呂から出ると、仲居さんたちが部屋食の朝餉をせっせと準備してくれていた。
朝餉は薬膳料理で、昨日の豪勢な料理で疲れた胃腸を休めるような、滋養の利いた献立だった。これはかなりのクオリティだ。昨夜の豪勢な夕餉とともに、1泊付きの食事代が大銀貨3枚なのも頷ける。
さて、朝餉を摂りながら今日の予定の確認だ。
俺はこの後、流邏石で東都の帝居に飛んで、次ノ宮殿下にマザ入りしたことを伝えに行く。シノベどのとのコンタクトについて、殿下から何かご指示があるかもしれないしな。
嫁たちは、昼前から夕方前まで、数時間、北斗号の移動店舗を開くのだそうだ。
俺はいなくていいのか聞いたら、開店前に出した分が売切れたら、そこで店仕舞いにするので、品出しはいいそうだ。俺、売り子としては勘定に入ってないのね。品出し要員なのね。泣
朝餉の後、再び露天風呂に入って身を清め、帝居に飛ぶつもりだったのだが、ホサキとタヅナとアキナが一緒に入って来たので、身を清めるつもりが、またまたイチャコラモードになってしまった。苦笑
風呂から上がった俺は、新品の流邏石をひとつ、マザの温泉宿に登録して、嫁たちを温宿に残し、ひとり流邏石で東都に飛んだ。帝居に次ノ宮殿下を訪ねるためである。
帝居では衛士のサエモンが取り次いでくれて、しばらく待たされはしたが、ノーアポだったにも拘らず、次ノ宮殿下が面会時間を割いて下さった。
「次ノ宮殿下にはご機嫌麗しゅう…。」
「アタル、固い挨拶はいい。マザには着いたか?」
「はい。昨日の夕方に、着きました。」
「ではこれであろう?」次ノ宮殿下は1通の封書を下さった。帝家の菊の御紋が付いていて、宛名はシノベ朝臣どの、裏書には次ノ宮とある。
「ありがとうございます。」
「中にはな、『余の命令をユノベ朝臣が口伝で伝える。』と書いてある。ま、そなたの紹介状だな。令旨は後日、改めて出すゆえ、シノベにはそう申せ。」
「ははっ。」
「では頼むぞ。大儀。」
次ノ宮殿下との面会は短時間で終わった。きっと忙しいのだな。それなのに俺の急な訪問に時間を作って下さって、本当に感謝だ。
ひょっとすると午前中だから、公家衆と朝議の最中だったところを、抜けて来て下さったのかもしれない。だとすると本当に申し訳ない。
東都の帝居を辞して、流邏石で再びマザに飛んだ。特別室はもぬけの殻である。嫁たちは今、ギルド脇で移動店舗を開いているからいない。
手伝いに行こうかとも思ったが、今日は品出しは不要で、開店前に並べた分を売り切ったら店仕舞いにすると言っていた。だとすると、行っても仕方ないよな。
シノベどのへの取次ぎを頼んだシノブどのが、シノベどのの返事を伝えに来るかもしれないから、取り敢えず特別室で留守番してようっと。
と言うことで、俺は今、昼風呂を堪能している。
朝起きてすぐ、朝餉の後、そして昼と、すでに今日3回目の入浴である。一体、今日1日で何回入ることになるのやら。苦笑
しかし今回こそは独泉でゆっくり寛ごう。
コンコン、コンコン。
あれ?もしやシノブどのか?
「シノブどのか?」
「これは…。御入浴中でござりしたか。申し訳ござりませぬ。出直しまする。」
「あ、いいよ。シノベどのの返事だろ?ここで聞くよ。」
「え?しかし御入浴中にお邪魔するのも…。」
「重要な情報はすぐに聞きたい。一刻を争う場合があるからな。それこそ厠の中でも聞くさ。」
「されば失礼仕りまする。」
ひょいと身軽に露天風呂のまわりに張り巡らせた築地を飛び越えて、露天風呂の敷地内へ入って来たシノブどのは、片膝を付いて俯いた。すっぽんぽんの俺を見ない様に配慮しているのだろう。俺はと言うと、白濁の湯に浸かっているから、素っ裸ではあるが、別に気にはならない。
「で、シノベどのは何と?」
「はっ。今日は都合がつかぬゆえ、お急ぎでなければ明日の午後にお会いしたいとのことでござりまする。」
「ああ、構わんよ。承知したと伝えてくれ。シノベ館に出向けばよろしいか?」
「はい。私がお迎え致しまする。」
「それはありがたいがなぁ、俺はシノブどのの顔を知らんよ。」普段のシノベどのは、忍者装束で頭巾をしているから、眼しか見たことがない。
「あ、そうでござりましたな。されば失礼致しまする。」シノベどのが頭巾を取って晒した素顔は…、いや、驚いた。まじか!
俺の嫁たちに決して見劣りしないレベルの超美人じゃないの。呆気に取られて言葉にならない。
「主様?いかがなされたのでござりまするか?」
「いや、すまん。あまりに美人なので見惚れた。」
「な、な、何を仰せられまする。お戯れを。」あ、顔が赤くなった。初心なの?
「あ、ごめん。つい本音が…。」
「ええ?」さらに耳まで赤くなるシノブどのであった。笑
~~シノブ目線~~
な、な、何を仰せられるのか?いきなり『美人なので見惚れた。』とは…。確かに私は、器量よしの部類でござるが、面と向かって仰せられると…、て、照れるでござるな。
やはり、主様は私を所望にいらしたのでござろうな。
父上は何とお答えなさるのでござろう。もし「嫁け。」と仰せられるのなら、シノベとユノベの婚姻同盟のため、否やは言えぬが…。覚悟はしていたつもりでござったが、いよいよとなると…。
もじもじするシノブであった。
~~シノベ本拠、1週間前~~
テンバのユノベ本拠で、アタルからシノベのお頭への仲介を頼まれたシノブは、すぐに流邏石でマザのシノベ本拠へと飛んだ。
シノブは、シノベのお頭の一の姫だが、今はユノベへの派遣部隊のまとめ役だ。火急の要件と言うことで面会を申し込むと、面会はしてくれたが、いきなり釘を刺された。
「シノブ、火急の要件と言うことだが、まとめ役でありながら持ち場の派遣先を離れるとは余程のことであろうな。使いを寄越せば済む内容であるならば、まとめ役としての職務怠慢で、罰せねばならぬぞ。」お頭の口調は明らかに不機嫌であった。
このお頭は、部隊の指揮を執るまとめ役が、持ち場を離れることを、殊の外嫌う。
「はっ。持ち場を離れましたは、次期統領のアタルどのから、直々にお頭様への先触れを頼まれましたゆえでござりまする。」ここではアタルを『主様』とは言わない。シノベの衆は、雇い主を『主様』と呼ぶが、アタルの他にも、アタルの3人の叔父たちが『主様』であるため、ここでは『アタルどの』と呼んでいるのだ。
「先触れだと?ユノベの次期統領が俺へ直接、そなたを使いに寄越したのか?どのような用件だ?」
「されば、『マザに出向くゆえ、直接会って談判したい。』とのご意向でござりました。『わざわざマザまで出向かずとも、私が直接使いに参りましょうか?』とお訪ねしたところ、『ユノベの次期統領として、シノベのお頭どのに直接話がしたい。』との仰せでござりました。」
「何の話があると言うのだ?」
「さぁ、私には話して下さりませんでした。しかし余程重要な内容かと拝察致しまする。」
「ふむ。」ここで考え込むお頭。
しばらくして、
「アタルどのは、他にどのようなことを話して参ったぞ?」
「さればでござりますな、私が新たなまとめ役になったと聞いて、『前任のまとめ役はケガでもしたのか?』と、大層ご心配なされ、配置換えとお答えしたところ、安堵しておられました。」
「われら忍びの安否を気にしたのか?」
「アタルどのは、そう言うお方でござりまする。」
「ふむ、他にはなんと?」
「されば、『エノベのエイを知っているか?』『エイがオミョシ分家の新権座主と婚約したことを知っているか?』と、お尋ねになりましてござりまする。」
「エノベとオミョシ分家の婚姻のことを聞いて来たのか。アタルどのは、オミョシ分家の新権座主と懇意であったな。」
「はい。西では、『エノベ勢を、前権座主から新権座主へ鞍替えさせるよう働き掛けろ。』と過分な工作資金を頂戴し、余った工作資金を返却しようとしたところ、『シノベ衆とエノベ衆の懇親に使え。』と仰せになったと聞いておりまする。」
「その話は俺も聞いた。忍びを使い捨ての駒ではなく、仲間として大事にするお方よな。」
「左様でござりまする。それから名前を聞かれました。『名乗らぬゆえ、名を知られたくないのかと思っていた。』そうでござりまする。」
「そうか。もちろん偽名を使ったのであろうな?」
「いいえ、真名をお答えしましたが、まずかったござりましょうか?」
「真名を答えたのか?まぁそれならそれで構わぬが…。」
そしてしばしの沈黙。お頭が考えを巡らせているので、シノブも黙っていた。
「ふーむ、俺と直接談判がしたくて、エノベとオミョシ分家の婚姻の話を持ち出して来たのだな。そしてそなたの名も聞いた。
シノブ、そなた、これをどう見たぞ?」
「されば、アタルどのは、有力武家と次々と政略結婚をし、婚姻同盟を結んでおられまする。あるいはシノベと同盟を結びたいのかと。」
「シノベだけ『同盟』と申すか?」
「いえ、その、『婚姻同盟』かもしれませぬ。」
「つまり?」
「…。」答えに窮するシノブ。
「どうした、申せ。」
「父上、意地悪を言わないで下さりませ。私の口から申せることではござりませぬ。」
「ふむ。意地悪ではないぞ。そなたがきちんと理解しているか、理解しているなら、そなたの覚悟はどうかと言うことだ。」
「私もシノベのお頭の娘。政略結婚に使われることは、すでに覚悟してござりまする。」
「ではこの父が『嫁け。』と言ったら嫁く覚悟はあるのだな。」
「父上が左様に仰せなら致し方ござりませぬ。」
「ふむ。しかし安心せよ。そなたが乗り気ではないのに、そなたを嫁がせる気はない。」
「え?」
「そなたは、若くして上忍となった才ある忍び。おいそれと他家にくれてやるには勿体ないわ。」
「ではユノベとは結ばないと仰せでござりまするか?」
「いや、先方が望むなら、同盟は結んでもよい。」
「されど、他家が皆、婚姻同盟であるのに当家だけ同盟では、軽んじられはしませぬか?」
「構わぬ。ただの同盟でも現状の金銭による雇用関係よりは親密となろう。」
「しかし、エノベ衆はオミョシ分家と婚姻同盟を結ぶのでござりまするぞ。当家が後れを取ってよろしいのでござりまするか?」
「エノベどのはな、エイがオミョシ分家の新権座主と恋仲になって、早々に傷物にされたゆえ、渋々婚姻を結んだに過ぎぬ。まぁそなたがユノベの次期統領と恋仲ならば考えなくもないがな。俺は、そなたを政略結婚の道具に使うつもりはないゆえ安心せよ。」
「しかし…。」
「なんだ、そなた、まさかすでにアタルに手を付けられているのではあるまいな?」アタルと、呼び捨てになっている。娘のこととなると、父親はどこも同じだ。
「違いまするっ。」真っ赤になって否定するシノブ。
「そんなにむきになるな。戯れだ。もう下がってよい。」
話を打ち切ってシノブを下がらせたお頭は、溜息を付いてぼそっと独り言。
「あれは、もしかすると惚れてやがるかもしれんなぁ。」
流石にまだ手は付いてないようだがな。ユノベ付きから外すか?でもなぁ、まとめ役にしちまったばかりだしなぁ。
シノブが言った通り、同盟よりも婚姻同盟の方がいいに決まっている。愛娘は手放したくはないのだが、ユノベとの婚姻同盟は、シノベのお頭にとってはかなり魅力的であった。
~~アタル目線、現在~~
「シノブどの?いかが致した?シノブどの。」考え込んでしまったシノブをアタルは呼び戻した。
「はっ。申し訳ござりませぬ。父の本音がどこにあるのか、考えておりました。」
「どうかしたのか?」
「いえ、大したことではござりませぬ。それより、父との談判、うまく運ぶといいでござりまするな。」って、私は何を口走っているのでござろう。これではまるで娶ってくれと言ってる様なものではござらぬか。
「そうだな。お喜びになると思う。」は?何という自信家なのでござろう。あるいは能天気なのでござろうか?父が私を簡単に手放すと、本気で思っているのでござろうか?
これは完全にシノブの誤解である。アタルは、御代替わりの一連の儀式において、前半の先陣を仰せつかるシノベのお頭が、名誉なこととして喜ぶだろうと言っているに過ぎないのだ。
シノブの妄想から発した勘違いは、シノベのお頭をすでに勘違いの方向へ巻き込んでいた。
話が噛み合うのだろうか?否、噛み合う訳がない。
さて、話が一段落したと見たシノブは、アタルに一礼して、来たときと同じように、軽い身のこなしで露天風呂を囲む築地の一画を飛び越えて出て行った。
シノブが去って、やっと湯から出ることができた俺は、結果的に長湯となったせいで、ふらふらしている。
何のことはない。湯あたりを起こし掛けていたのだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
設定を更新しました。R4/12/4
更新は月水金の週3日ペースを予定しています。
2作品同時発表です。
「精霊の加護」も、合わせてよろしくお願いします。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/121143041/836586739
カクヨム様、小説家になろう様にも投稿します。
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