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射手の統領137 ビワの聖湖畔の野営
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射手の統領
Zu-Y
№137 ビワの聖湖畔の野営
トウラクとシルドに、シエンを引き合わせた呑み会で、俺たち4人はすっかり意気投合した。俺は楽しくてついつい呑み過ぎた。
ちょっと千鳥足っぽかったが、嫁たち5人が支えてくれていた。7人じゃないのは、サヤ姉とサジ姉が、カナタとクリスを調教…じゃなかった、指導しているからである。
トウラク、シルドは高級宿屋に帰って行き、シエンはオミョシ分家勢のいる西都へ、俺は嫁たちとガハマに飛んだ。へべれけに酔っぱらった俺はそのまま部屋で爆睡。順当ならタヅナの輪番だったのだが…。
翌朝、眼が覚めると、俺は昨夜の記憶が至極曖昧なことに気付いた。
またやっちまったのか?
恐る恐る鏡を見ると…よかった。顔は無事だ。寝間着上を脱ぐと…。よかった無事だ。寝間着下を脱いでも無事だった。俺は安堵した。
嫁たちの中でボス格…じゃなかった、リーダー格のサヤ姉とサジ姉がいなければ、嫁たちは暴走しない。
そう言えば毎度の朝のことで、マイサンがドラゴン化している。冷水でも浴びせて収めるか。俺は碧湯に向かった。
マジか!マイドラゴンに、しっかりと眼と鱗と手足が描いてある。やられた、いや、犯られた。泣
サヤ姉とサジ姉がいなくても、嫁たちはしっかり暴走してやがった!ちくしょう。
朝餉の席では皆は敢えて触れて来ない。悶々とする俺。
「なぁ、昨日なんだけどさ。」思い切って切り出した。
「千鳥足でぇ、運ぶのがぁ、大変でしたぁ。」「すみません。」
「まったく懲りぬ男だな。」「すみません。」
「ドラちゃんの変身に、気付いたんですか?」「はい。」
「アタル兄、うちらの力作やねんけど…。」
「気付いたっちゅうことは消してしもたんか?」
「いや、消すだろ。フツー。」
「「えー、いけずー。」」いやいや、いけずはお前らだかんな。
「それにしても、よくくたっとしてたところに描いたよな。」
「え?くたっとなんかしてへんよ。」
「せや、うちらがひと声掛けたら、ドラちゃん、すぐに起きよったで。」
「どうやって起こしたんだよっ!」一応聞いたが、もはや答えは分かっている。
「頭なでなで、喉こちょこちょ、耳裏こりこり、口れろれろやがな。」
「サヤ・サジ流奥義やで。」ドヤるキョウちゃんズ。
俺、お口パクパク酸欠金魚。
ところで、明日は披露目に向けて、次ノ宮殿下の商都入りである。
西都に入った次ノ宮殿下は、昨日今日と西都の帝居で公家衆と、今上帝陛下から帝太子殿下への御代替わりについて、いろいろな打ち合わせをしている。
これは極秘事項で、そもそも殿下が披露目に出て下さるのは、世間に御代替わりの下準備と悟られないためのカモフラージュなのである。
何の理由もなく殿下が西都を訪れては、世間は殿下の動向に注目することになるし、そうすると中には御代替わりの下準備と看破する輩が出るやもしれぬ。
殿下が俺の披露目に出るとなれば、世間は殿下の西都入りを披露目に出るための一連の行動として受け入れ、いろいろ変に勘繰る連中が出て来る可能性は皆無となる訳だ。
御代替わりをすれば、帝都は東都から西都に移り、西都が首都、東都が副都となる。
われわれ武家の本拠も西の拠点に移り、東の拠点が副拠となる。ユノベは統領となる俺や、棟梁代行の3人の叔父貴たちがガハマに入り、ガハマを任せている代官3人がテンバに入ることになるだろう。トノベ、ヤクシ、タテベ、キノベも同様である。
トノベでは、トコザにいる統領の義伯父上、動の伯母御、カナタと、シリタを任されている元トコザの爺とが入れ替わる。
ヤクシでは、トマツにいる統領の義伯父上、静の伯母御、クリスと、エノウを任されている元トマツの爺とが入れ替わる。
タテベでは、コスカにいる統領の舅どの、義継母どの、世継のシルド、シルドの正室のトライどの、側室のデントどのと、シルドの腹心かつ妹婿でナワテを任されているバクラ、バクラの正妻でシルドの妹のシヅキどのとが入れ替わる。
キノベでは、ミーブにいる統領の舅どの、姑どの、世継のトウラク、軍師のハミどの、ハミどのの入婿となるアオゲと、アベヤを任されている代官とが入れ替わる。
ちなみにオミョシはアーカの分家が本家となり、ツークの本家が分家となるが、人の入れ替わりはないから、実質上は何も変わらない。
もちろん山髙屋は武家ではないので、舅どのはそのまま東都総本店、専務は商都西本店の店長のままで、まったく何も変わらない。
さて俺たちは商都へ飛んだ。
披露目会場兼関係者宿舎の高級宿屋に入ると、ロビーには、サヤ姉、サジ姉、カナタ、ホサキがいた。
俺を見付けるとカナタとクリスがやって来て挨拶して来た。
「「アタル兄様、おはようございます。」」
「ほう。おはよう。名代どのたち、早速のご挨拶痛み入る。昨日とは大違いだな。」
「昨日はごめ…失礼しました。」「ちゃんと挨拶せず、失礼しました。」
「ダメよ。落第。」「なぜか…分かる…?」
「「…。」」
訳が分からず、混乱しているカナタとクリスに俺が説明してやった。
「アタル兄様と言うのは普段はいい。しかしこの期間中は、カナタはトノベどの、クリスはヤクシどのの名代だ。トノベどのもヤクシどのも、俺のことをアタル兄様とは呼ばん。」
「「!」」ふたりは眼を瞠った。分かったようだ。
「返事!」ピシャリとサヤ姉が指摘し、
「「はいっ。」」とふたりがハモる。うーん、鬼軍曹と新兵…的な?笑
「ふたりとも…、まだまだ…。また…反省ね…。」
「「はい。」」この後、ふたりは30分の正座になった。
「アタル、この宿屋はダメだわ。ふたりには高級過ぎなのよ。」
「至れり…尽くせり…。鍛錬に…ならない…。」
「え?そうなの?どっかに移す?」
「聖湖畔で野営がいいわ。ね、サジ。」
こくり。
「気候も…大分…いい…。」
「なるほど。じゃあ、北斗号を出してセプトで付き合うか。」
「アタル、いいのか?明日は次ノ宮殿下の護衛だぞ。」ホサキが心配した。
「大丈夫だよ。夜明け前に起きて、早朝に西都入りするさ。」
「楽しそうだな。」「俺たちも仲間に入れてくれよ。」
「あ、トウラク、シルド。おはよう。一緒に来るか?大歓迎だよ。」
「おう。ところでアタル、昨日は大丈夫だったか?少々呑み過ぎてたようだが。」
と、トウラクに聞かれると、ぷっと、5人が吹き出し、サヤ姉とサジ姉からジト目が飛んで来た。汗。
「なんだ、やらかしたのか?まぁ、深くは聞くまい。」
シルドのひと言、武士の情けだろうか?
「私たちは聞かせてもらうわよ。ね、サジ。」
こくり。
…詰んだ。泣
俺たちはサヤ姉とサジ姉の発案により、ビワの聖湖畔で野営をすることにした。流邏石を持っている俺たちは一発で西都に飛べるが、カナタ、クリス、トウラク、シルドは西都の流邏石を持っていない。
そこで、流邏石のないカナタ、クリス、トウラク、シルドの4人に、ホサキ、タヅナ、キョウちゃんズの4個の流邏石を一旦貸して、サヤ姉、サジ姉、アキナと一緒に西都に飛び、貸し出した4人の流邏石を俺が受け取って、ホサキ、タヅナ、キョウちゃんズを迎えに、もう一度商都に戻ることにした。
西都では、オミョシ分家の御用宿でシエンを誘い、タテベの御用宿でバクラを誘った。
キノベ陸運の西都営業所に預けていた北斗号を受け取り、オツの外れのビワの聖湖畔を目指す。普通なら馬車で2時間程度だが、久々の出番で張り切ったうちの曳馬たち4頭が、えらく気合が入ってグイグイ引っ張り、1時間ちょっとで着いてしまった。
カナタ、クリス、トウラク、シルド、シエン、バクラと6人も余分に乗せてるのに大したものだ。おっと、カナタとクリスはまだ子供だから半人前か。
道中、カナタとクリスは、メイン車両の屋上、すなわち見張台の指揮所で、俺について指揮を学べと言われていたが、戦闘でもない限り、指揮所でやることはない。サジ姉とサヤ姉はカナタとクリスについて、見張台に上がっていた。キョウちゃんズとアキナは、見張台で周囲の警戒の式神を飛ばしており、キョウちゃんズの見よう見まねで、シエンも式神を飛ばしていた。
トウラク、シルド、バクラは、御者台または御者台後部座席で、ホサキとタヅナとともに、北斗号の操縦を交代でやっていた。と言っても、やる気満々の曳馬4頭に、たまに指示を出すだけなのだがな。
山峡の道を進んでいると、サキョウから索敵報告が来た。
「アタル兄、10時の方向の山の林の中500m先に牡鹿が1頭おる。でも普通サイズやな。」
「昼餉と夕餉の獲物に狩るか。」
「クリス…、カナタ…、ふたりで…狩って…来て…。」
「「え?」」なんだよ、ふたりとも寝耳に水って反応じゃん。
「返事は…?」サジ姉がイラっとしている。
「「はいっ。」」ふたりはビシッと言い直した。
牡鹿まで200mの所で北斗号を停め、カナタとクリスが北斗号を降りた。カナタの装備は無銘の刀と無銘の脇差に、皮の小盾と皮の軽鎧と皮の兜、クリスの装備は樫の杖と皮の薬嚢と無銘のナイフに、皮の小盾に皮のローブと皮の帽子と言う、どちらも簡単な装備だ。ってか、8歳だから重装備は無理。
牡鹿と対峙したふたりは尻込みしている。ウキョウがふたりに各種バフの術を掛け、サキョウが牡鹿に各種デバフの術を放った。
牡鹿はふたりに向かって来るが、デバフの術が効いていてその動きは緩慢である。
カナタとクリスはふた手に分かれた。どちらを攻めるか、一瞬逡巡する牡鹿。その隙に、カナタが大上段に振りかぶって力任せに振り下ろす。
ガキーンとカナタの刀は牡鹿の角によって阻まれた。すかさず牡鹿は首を振ってカナタの刀を奪い、弾き飛ばす。カナタはバックステップで下がって脇差を抜いた。
この瞬間、牡鹿の後ろに回り込んだクリスが渾身の力で、樫の杖の一撃を牡鹿の臀部に見舞う。牡鹿はすかさず振り返ってクリスに狙いを定め、角を低くして突撃体制を整えた。
まぁ8歳のボンボンにはこれ以上無理だな。そこそこよくやったと見るべきか。
俺が矢を1本、牡鹿に射込んで後脚を射抜き、牡鹿の動きを封じた。その機を脱がさず、カナタは首根っこ目掛けて脇差を振り下ろし、クリスは真正面に晒された脇腹へナイフを突き立てた。牡鹿がドウと倒れ込む。
よし、倒した。俺はすかさず、入って牡鹿にトドメを刺し、サクっと解体した。返り血を真正面から浴びて、呆然と立ち尽くしているふたりは、俺の行う解体作業を、立ち尽くしたまま無言で眺めていた。
「名代どのたち、よくやった。」
「アタル兄様…じゃなかった、ユノベどの、援護をありがとうございました。」
「ユノベどのの援護がなければ危なかったです。ありがとうございました。」
ふむ、まともに挨拶できるようになったか。
「いやいや、パーティ仲間はな、互いに援護するのが当たり前なんだよ。」
「「仲間…。」」
昼にはまだしばらくあると言う時間帯に、早々にビワの聖湖畔に到着してしまった。
「カナタ、クリス、薪を集めて来なさい。」
「「はい。」」サヤ姉の指示にビシッと返事して、ふたりで近くの林に走って行った。
ふむ、なかなか調教…じゃなかった、指導が行き届いてるじゃないの。薪は北斗号に積んでるんだけどな。ボンボンたちに雑用をどんどんこなさせるってか。
サヤ姉とサジ姉が、カナタとクリスに手伝わせて、昼餉をちゃっちゃと準備する。カナタとクリスの初の獲物を使った紅葉鍋=鹿鍋と鹿肉ステーキだ。
ここでひとつ驚いたのだが、シエンが木の術を使ったのだ。
俺たちの度肝を抜いたのは、野菜の種を蒔いて、木の術で促成栽培し、昼餉用の野菜を収穫して見せたのだった。木の術と言っても、実は植物全般を操る。
「兄上、木の術やないの?」
「兄上、いつ身に付けはったん?」
「最近やな。」
「これは便利だな。」皆も横で頷いている。
「畑で丹精込めて育てたのには劣るがな。それでも遠征には便利やで。新鮮な野菜がいつでも確保できるんやからな。」
余談だが、残すところの七神龍は、あと1体。木と植物を司る翠樹龍である。つまりシエンの木の属性は、今の俺には使えない。
で、昼餉の支度が整った。
「それでは、名代どのたちの初獲物の御相伴に預かろう。」俺が言って、カナタとシエンは照れくさそうに「「どうぞ。」」と言った。
「大したものだったぞ。」「お手柄だったな。」と、トウラク、シルド、シエン、バクラに褒めそやされ、カナタもクリスも誇らしげだった。
昼餉の後、カナタとクリスがやって来てこそっと耳打ちした。
「アタル兄様、相談があります。」「姉上たちには内緒でお願いします。」
おっと、驚いた。シスコンどもが、べったりの姉上に内緒の話とは…、やはり姉上たちを返せと懇願して来るのだろうか?
「なんだな?サヤ姉とサジ姉を返せと言うのなら聞かないぞ。」出鼻を挫いてやった。さあ、どう反応する?
「いいえ、違うのです。」「姉上たちを引き取って欲しいのです。」え?
「どう言うことだ?」
「アタル兄様に嫁がれて、姉上たちは変わってしまわれました。」…はぁ?
「お優しいところがなくなってしまわれたのです。」そりゃお前たちがボンボンで我儘だからだろーが。
「察するに、僕たちのせいでアタル兄様から引き離されたと思って、厳しくなったのではないかと。」いやいやいやいやー。苦笑
「姉上たちの僕たちへの対応と来たら、まるで八つ当たりなのです。」こらこらこらこらー!
「で、引き取れと?」
「「はい。」」
「サヤ姉とサジ姉を付けたは、名代どのたちの希望を叶えたまで。畏れ多くも次ノ宮殿下にまで頼んだのだろう?思い通りになってよかったではないか。」
「いえ。」「ですが。」
「よいかな、俺は、名代どのたちへの後見の任を果たさなかったとして伯母御どのたちを東都に帰し、蟄居を命じた。その伯母御どのたちの代わりに、サヤ姉とサジ姉を名代どのたちの後見に付けたのだ。当然、その分しっかり名代どのたちの後見をしてもらう所存。ゆえに、引き取れぬ。」
「しかし。」「でも。」なかなか納得しないふたり。必死なのだな。笑
「まぁ、サヤ姉とサジ姉が怖いのは分かる。
いいか、トノベとヤクシでやりたい放題の伯母御どのたちが俺には頭が上がらん。その俺が、サヤ姉とサジ姉には頭が上がらぬのだ。」
「え?」「まさか?」
「よって名代どのたちがサヤ姉とサジ姉が怖いのは当たり前だ。しかしな、サヤ姉とサジ姉はむやみには怒らん。怒られるときは名代どのたちに非があるときと心得よ。あのふたりを怒らさぬように、先々を考えて振舞えばよいのだ。さすれば怒られなくなる。」
「なるほどー。」「そうかー。」ふたりにはいいアドバイスになったようだ。
「せいぜい東都に帰るまでの残りは数日。修行と思ってあのふたりを怒らさぬように先を読んで行動し、さらには、ふたりの教えをしかと身に付けるがいい。お分かりか?」
「「はいっ!」」おお、いい返事。
「よき返事よな。これだけでも、違って来ているぞ。名代どのたちはサヤ姉とサジ姉の調教…じゃなかった、指導を受けて明らかに成長しておる。」
「今なんと?」「調教…と聞こえたような?」
「言ってない。空耳だ。」
「「はぁ…。」」
「話は戻すが、ここで音を上げては3日坊主、否、それにも満たぬ2日で降参したと笑われようぞ。それは本意ではなかろう?」
「「はい。」」
「では精進せよ。」俺はボンボンふたりを上手く丸め込んだのだった。笑
夕餉を摂って、皆で交代しての見張りと仮眠。サヤ姉とサジ姉が見張りのときは、ふたりがカナタとクリスを容赦なく叩き起こしていた。笑
翌朝、北斗号は夜明けにビワの聖湖畔を出発。朝のうちには西都に入ったのだった。さあ、帝居に次ノ宮殿下をお迎えして、今日は殿下を奉じて商都入りだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
設定を更新しました。R4/11/6
更新は月水金の週3日ペースを予定しています。
2作品同時発表です。
「精霊の加護」も、合わせてよろしくお願いします。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/121143041/836586739
カクヨム様、小説家になろう様にも投稿します。
Zu-Y
№137 ビワの聖湖畔の野営
トウラクとシルドに、シエンを引き合わせた呑み会で、俺たち4人はすっかり意気投合した。俺は楽しくてついつい呑み過ぎた。
ちょっと千鳥足っぽかったが、嫁たち5人が支えてくれていた。7人じゃないのは、サヤ姉とサジ姉が、カナタとクリスを調教…じゃなかった、指導しているからである。
トウラク、シルドは高級宿屋に帰って行き、シエンはオミョシ分家勢のいる西都へ、俺は嫁たちとガハマに飛んだ。へべれけに酔っぱらった俺はそのまま部屋で爆睡。順当ならタヅナの輪番だったのだが…。
翌朝、眼が覚めると、俺は昨夜の記憶が至極曖昧なことに気付いた。
またやっちまったのか?
恐る恐る鏡を見ると…よかった。顔は無事だ。寝間着上を脱ぐと…。よかった無事だ。寝間着下を脱いでも無事だった。俺は安堵した。
嫁たちの中でボス格…じゃなかった、リーダー格のサヤ姉とサジ姉がいなければ、嫁たちは暴走しない。
そう言えば毎度の朝のことで、マイサンがドラゴン化している。冷水でも浴びせて収めるか。俺は碧湯に向かった。
マジか!マイドラゴンに、しっかりと眼と鱗と手足が描いてある。やられた、いや、犯られた。泣
サヤ姉とサジ姉がいなくても、嫁たちはしっかり暴走してやがった!ちくしょう。
朝餉の席では皆は敢えて触れて来ない。悶々とする俺。
「なぁ、昨日なんだけどさ。」思い切って切り出した。
「千鳥足でぇ、運ぶのがぁ、大変でしたぁ。」「すみません。」
「まったく懲りぬ男だな。」「すみません。」
「ドラちゃんの変身に、気付いたんですか?」「はい。」
「アタル兄、うちらの力作やねんけど…。」
「気付いたっちゅうことは消してしもたんか?」
「いや、消すだろ。フツー。」
「「えー、いけずー。」」いやいや、いけずはお前らだかんな。
「それにしても、よくくたっとしてたところに描いたよな。」
「え?くたっとなんかしてへんよ。」
「せや、うちらがひと声掛けたら、ドラちゃん、すぐに起きよったで。」
「どうやって起こしたんだよっ!」一応聞いたが、もはや答えは分かっている。
「頭なでなで、喉こちょこちょ、耳裏こりこり、口れろれろやがな。」
「サヤ・サジ流奥義やで。」ドヤるキョウちゃんズ。
俺、お口パクパク酸欠金魚。
ところで、明日は披露目に向けて、次ノ宮殿下の商都入りである。
西都に入った次ノ宮殿下は、昨日今日と西都の帝居で公家衆と、今上帝陛下から帝太子殿下への御代替わりについて、いろいろな打ち合わせをしている。
これは極秘事項で、そもそも殿下が披露目に出て下さるのは、世間に御代替わりの下準備と悟られないためのカモフラージュなのである。
何の理由もなく殿下が西都を訪れては、世間は殿下の動向に注目することになるし、そうすると中には御代替わりの下準備と看破する輩が出るやもしれぬ。
殿下が俺の披露目に出るとなれば、世間は殿下の西都入りを披露目に出るための一連の行動として受け入れ、いろいろ変に勘繰る連中が出て来る可能性は皆無となる訳だ。
御代替わりをすれば、帝都は東都から西都に移り、西都が首都、東都が副都となる。
われわれ武家の本拠も西の拠点に移り、東の拠点が副拠となる。ユノベは統領となる俺や、棟梁代行の3人の叔父貴たちがガハマに入り、ガハマを任せている代官3人がテンバに入ることになるだろう。トノベ、ヤクシ、タテベ、キノベも同様である。
トノベでは、トコザにいる統領の義伯父上、動の伯母御、カナタと、シリタを任されている元トコザの爺とが入れ替わる。
ヤクシでは、トマツにいる統領の義伯父上、静の伯母御、クリスと、エノウを任されている元トマツの爺とが入れ替わる。
タテベでは、コスカにいる統領の舅どの、義継母どの、世継のシルド、シルドの正室のトライどの、側室のデントどのと、シルドの腹心かつ妹婿でナワテを任されているバクラ、バクラの正妻でシルドの妹のシヅキどのとが入れ替わる。
キノベでは、ミーブにいる統領の舅どの、姑どの、世継のトウラク、軍師のハミどの、ハミどのの入婿となるアオゲと、アベヤを任されている代官とが入れ替わる。
ちなみにオミョシはアーカの分家が本家となり、ツークの本家が分家となるが、人の入れ替わりはないから、実質上は何も変わらない。
もちろん山髙屋は武家ではないので、舅どのはそのまま東都総本店、専務は商都西本店の店長のままで、まったく何も変わらない。
さて俺たちは商都へ飛んだ。
披露目会場兼関係者宿舎の高級宿屋に入ると、ロビーには、サヤ姉、サジ姉、カナタ、ホサキがいた。
俺を見付けるとカナタとクリスがやって来て挨拶して来た。
「「アタル兄様、おはようございます。」」
「ほう。おはよう。名代どのたち、早速のご挨拶痛み入る。昨日とは大違いだな。」
「昨日はごめ…失礼しました。」「ちゃんと挨拶せず、失礼しました。」
「ダメよ。落第。」「なぜか…分かる…?」
「「…。」」
訳が分からず、混乱しているカナタとクリスに俺が説明してやった。
「アタル兄様と言うのは普段はいい。しかしこの期間中は、カナタはトノベどの、クリスはヤクシどのの名代だ。トノベどのもヤクシどのも、俺のことをアタル兄様とは呼ばん。」
「「!」」ふたりは眼を瞠った。分かったようだ。
「返事!」ピシャリとサヤ姉が指摘し、
「「はいっ。」」とふたりがハモる。うーん、鬼軍曹と新兵…的な?笑
「ふたりとも…、まだまだ…。また…反省ね…。」
「「はい。」」この後、ふたりは30分の正座になった。
「アタル、この宿屋はダメだわ。ふたりには高級過ぎなのよ。」
「至れり…尽くせり…。鍛錬に…ならない…。」
「え?そうなの?どっかに移す?」
「聖湖畔で野営がいいわ。ね、サジ。」
こくり。
「気候も…大分…いい…。」
「なるほど。じゃあ、北斗号を出してセプトで付き合うか。」
「アタル、いいのか?明日は次ノ宮殿下の護衛だぞ。」ホサキが心配した。
「大丈夫だよ。夜明け前に起きて、早朝に西都入りするさ。」
「楽しそうだな。」「俺たちも仲間に入れてくれよ。」
「あ、トウラク、シルド。おはよう。一緒に来るか?大歓迎だよ。」
「おう。ところでアタル、昨日は大丈夫だったか?少々呑み過ぎてたようだが。」
と、トウラクに聞かれると、ぷっと、5人が吹き出し、サヤ姉とサジ姉からジト目が飛んで来た。汗。
「なんだ、やらかしたのか?まぁ、深くは聞くまい。」
シルドのひと言、武士の情けだろうか?
「私たちは聞かせてもらうわよ。ね、サジ。」
こくり。
…詰んだ。泣
俺たちはサヤ姉とサジ姉の発案により、ビワの聖湖畔で野営をすることにした。流邏石を持っている俺たちは一発で西都に飛べるが、カナタ、クリス、トウラク、シルドは西都の流邏石を持っていない。
そこで、流邏石のないカナタ、クリス、トウラク、シルドの4人に、ホサキ、タヅナ、キョウちゃんズの4個の流邏石を一旦貸して、サヤ姉、サジ姉、アキナと一緒に西都に飛び、貸し出した4人の流邏石を俺が受け取って、ホサキ、タヅナ、キョウちゃんズを迎えに、もう一度商都に戻ることにした。
西都では、オミョシ分家の御用宿でシエンを誘い、タテベの御用宿でバクラを誘った。
キノベ陸運の西都営業所に預けていた北斗号を受け取り、オツの外れのビワの聖湖畔を目指す。普通なら馬車で2時間程度だが、久々の出番で張り切ったうちの曳馬たち4頭が、えらく気合が入ってグイグイ引っ張り、1時間ちょっとで着いてしまった。
カナタ、クリス、トウラク、シルド、シエン、バクラと6人も余分に乗せてるのに大したものだ。おっと、カナタとクリスはまだ子供だから半人前か。
道中、カナタとクリスは、メイン車両の屋上、すなわち見張台の指揮所で、俺について指揮を学べと言われていたが、戦闘でもない限り、指揮所でやることはない。サジ姉とサヤ姉はカナタとクリスについて、見張台に上がっていた。キョウちゃんズとアキナは、見張台で周囲の警戒の式神を飛ばしており、キョウちゃんズの見よう見まねで、シエンも式神を飛ばしていた。
トウラク、シルド、バクラは、御者台または御者台後部座席で、ホサキとタヅナとともに、北斗号の操縦を交代でやっていた。と言っても、やる気満々の曳馬4頭に、たまに指示を出すだけなのだがな。
山峡の道を進んでいると、サキョウから索敵報告が来た。
「アタル兄、10時の方向の山の林の中500m先に牡鹿が1頭おる。でも普通サイズやな。」
「昼餉と夕餉の獲物に狩るか。」
「クリス…、カナタ…、ふたりで…狩って…来て…。」
「「え?」」なんだよ、ふたりとも寝耳に水って反応じゃん。
「返事は…?」サジ姉がイラっとしている。
「「はいっ。」」ふたりはビシッと言い直した。
牡鹿まで200mの所で北斗号を停め、カナタとクリスが北斗号を降りた。カナタの装備は無銘の刀と無銘の脇差に、皮の小盾と皮の軽鎧と皮の兜、クリスの装備は樫の杖と皮の薬嚢と無銘のナイフに、皮の小盾に皮のローブと皮の帽子と言う、どちらも簡単な装備だ。ってか、8歳だから重装備は無理。
牡鹿と対峙したふたりは尻込みしている。ウキョウがふたりに各種バフの術を掛け、サキョウが牡鹿に各種デバフの術を放った。
牡鹿はふたりに向かって来るが、デバフの術が効いていてその動きは緩慢である。
カナタとクリスはふた手に分かれた。どちらを攻めるか、一瞬逡巡する牡鹿。その隙に、カナタが大上段に振りかぶって力任せに振り下ろす。
ガキーンとカナタの刀は牡鹿の角によって阻まれた。すかさず牡鹿は首を振ってカナタの刀を奪い、弾き飛ばす。カナタはバックステップで下がって脇差を抜いた。
この瞬間、牡鹿の後ろに回り込んだクリスが渾身の力で、樫の杖の一撃を牡鹿の臀部に見舞う。牡鹿はすかさず振り返ってクリスに狙いを定め、角を低くして突撃体制を整えた。
まぁ8歳のボンボンにはこれ以上無理だな。そこそこよくやったと見るべきか。
俺が矢を1本、牡鹿に射込んで後脚を射抜き、牡鹿の動きを封じた。その機を脱がさず、カナタは首根っこ目掛けて脇差を振り下ろし、クリスは真正面に晒された脇腹へナイフを突き立てた。牡鹿がドウと倒れ込む。
よし、倒した。俺はすかさず、入って牡鹿にトドメを刺し、サクっと解体した。返り血を真正面から浴びて、呆然と立ち尽くしているふたりは、俺の行う解体作業を、立ち尽くしたまま無言で眺めていた。
「名代どのたち、よくやった。」
「アタル兄様…じゃなかった、ユノベどの、援護をありがとうございました。」
「ユノベどのの援護がなければ危なかったです。ありがとうございました。」
ふむ、まともに挨拶できるようになったか。
「いやいや、パーティ仲間はな、互いに援護するのが当たり前なんだよ。」
「「仲間…。」」
昼にはまだしばらくあると言う時間帯に、早々にビワの聖湖畔に到着してしまった。
「カナタ、クリス、薪を集めて来なさい。」
「「はい。」」サヤ姉の指示にビシッと返事して、ふたりで近くの林に走って行った。
ふむ、なかなか調教…じゃなかった、指導が行き届いてるじゃないの。薪は北斗号に積んでるんだけどな。ボンボンたちに雑用をどんどんこなさせるってか。
サヤ姉とサジ姉が、カナタとクリスに手伝わせて、昼餉をちゃっちゃと準備する。カナタとクリスの初の獲物を使った紅葉鍋=鹿鍋と鹿肉ステーキだ。
ここでひとつ驚いたのだが、シエンが木の術を使ったのだ。
俺たちの度肝を抜いたのは、野菜の種を蒔いて、木の術で促成栽培し、昼餉用の野菜を収穫して見せたのだった。木の術と言っても、実は植物全般を操る。
「兄上、木の術やないの?」
「兄上、いつ身に付けはったん?」
「最近やな。」
「これは便利だな。」皆も横で頷いている。
「畑で丹精込めて育てたのには劣るがな。それでも遠征には便利やで。新鮮な野菜がいつでも確保できるんやからな。」
余談だが、残すところの七神龍は、あと1体。木と植物を司る翠樹龍である。つまりシエンの木の属性は、今の俺には使えない。
で、昼餉の支度が整った。
「それでは、名代どのたちの初獲物の御相伴に預かろう。」俺が言って、カナタとシエンは照れくさそうに「「どうぞ。」」と言った。
「大したものだったぞ。」「お手柄だったな。」と、トウラク、シルド、シエン、バクラに褒めそやされ、カナタもクリスも誇らしげだった。
昼餉の後、カナタとクリスがやって来てこそっと耳打ちした。
「アタル兄様、相談があります。」「姉上たちには内緒でお願いします。」
おっと、驚いた。シスコンどもが、べったりの姉上に内緒の話とは…、やはり姉上たちを返せと懇願して来るのだろうか?
「なんだな?サヤ姉とサジ姉を返せと言うのなら聞かないぞ。」出鼻を挫いてやった。さあ、どう反応する?
「いいえ、違うのです。」「姉上たちを引き取って欲しいのです。」え?
「どう言うことだ?」
「アタル兄様に嫁がれて、姉上たちは変わってしまわれました。」…はぁ?
「お優しいところがなくなってしまわれたのです。」そりゃお前たちがボンボンで我儘だからだろーが。
「察するに、僕たちのせいでアタル兄様から引き離されたと思って、厳しくなったのではないかと。」いやいやいやいやー。苦笑
「姉上たちの僕たちへの対応と来たら、まるで八つ当たりなのです。」こらこらこらこらー!
「で、引き取れと?」
「「はい。」」
「サヤ姉とサジ姉を付けたは、名代どのたちの希望を叶えたまで。畏れ多くも次ノ宮殿下にまで頼んだのだろう?思い通りになってよかったではないか。」
「いえ。」「ですが。」
「よいかな、俺は、名代どのたちへの後見の任を果たさなかったとして伯母御どのたちを東都に帰し、蟄居を命じた。その伯母御どのたちの代わりに、サヤ姉とサジ姉を名代どのたちの後見に付けたのだ。当然、その分しっかり名代どのたちの後見をしてもらう所存。ゆえに、引き取れぬ。」
「しかし。」「でも。」なかなか納得しないふたり。必死なのだな。笑
「まぁ、サヤ姉とサジ姉が怖いのは分かる。
いいか、トノベとヤクシでやりたい放題の伯母御どのたちが俺には頭が上がらん。その俺が、サヤ姉とサジ姉には頭が上がらぬのだ。」
「え?」「まさか?」
「よって名代どのたちがサヤ姉とサジ姉が怖いのは当たり前だ。しかしな、サヤ姉とサジ姉はむやみには怒らん。怒られるときは名代どのたちに非があるときと心得よ。あのふたりを怒らさぬように、先々を考えて振舞えばよいのだ。さすれば怒られなくなる。」
「なるほどー。」「そうかー。」ふたりにはいいアドバイスになったようだ。
「せいぜい東都に帰るまでの残りは数日。修行と思ってあのふたりを怒らさぬように先を読んで行動し、さらには、ふたりの教えをしかと身に付けるがいい。お分かりか?」
「「はいっ!」」おお、いい返事。
「よき返事よな。これだけでも、違って来ているぞ。名代どのたちはサヤ姉とサジ姉の調教…じゃなかった、指導を受けて明らかに成長しておる。」
「今なんと?」「調教…と聞こえたような?」
「言ってない。空耳だ。」
「「はぁ…。」」
「話は戻すが、ここで音を上げては3日坊主、否、それにも満たぬ2日で降参したと笑われようぞ。それは本意ではなかろう?」
「「はい。」」
「では精進せよ。」俺はボンボンふたりを上手く丸め込んだのだった。笑
夕餉を摂って、皆で交代しての見張りと仮眠。サヤ姉とサジ姉が見張りのときは、ふたりがカナタとクリスを容赦なく叩き起こしていた。笑
翌朝、北斗号は夜明けにビワの聖湖畔を出発。朝のうちには西都に入ったのだった。さあ、帝居に次ノ宮殿下をお迎えして、今日は殿下を奉じて商都入りだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
設定を更新しました。R4/11/6
更新は月水金の週3日ペースを予定しています。
2作品同時発表です。
「精霊の加護」も、合わせてよろしくお願いします。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/121143041/836586739
カクヨム様、小説家になろう様にも投稿します。
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