射手の統領

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射手の統領001 ユノベの跡取り

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射手の統領
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№1 ユノベの跡取り

 武を貴ぶこの国で、古来より武門の第一等は弓の技である。

 射手こそ武人の象徴なのだ。射手とは、そう、弓の引き手のこと。まぁ、実際弓は押すものなのだが。
 それは置いといて、要するに武門は弓の技から始まるのである。

 ちなみに第二等は馬の技。余談だが、第一等の弓の技と、第二等の馬の技を合わせれば、流鏑馬となる。昔から、流鏑馬がこの国で人気なのは、そのせいでもあるのだと思う。実際にカッコいいしな。

 俺はと言うと、弓の技はまぁそれなりなんだが、馬の技はさっぱりである。なぜなら、あの馬の糞野郎どもめが、まったくと言っていいほど、俺の言うことを聞きやがらねぇ。
 あ、愚痴になっちまってたか。これくらいにしておこう。

 俺の弓の技がそこそこなのは、そう言う環境に生まれたからだ。物心ついたときは、すでに弓と矢を持っていた。なんたってガキの頃から飯を食うときは、一手(2本)の矢を箸代わりしてたくらいだからな。
 …あー、すまん、調子に乗った。さすがにそれは誇張である。要するにそれくらい身近だったと言う例えだ。それは本当だ。

 わが一党、弓部ユノベ家は、この国、和の国の武門で弓の技を伝える家柄だ。ユノベは、和の国随一であるフジの霊峰の東麓にあるテンバの町に本拠を置いている。
 親父はその統領だった。なぜ過去形かと言うと、フジの霊峰を棲家とする宿敵黄金龍との戦いで深手を負い、それがもとで逝ってしまったからだ。
 もう間もなく8年になる。そのとき俺は7歳だった。

 親父のことは尊敬していた。いや、今でも尊敬している。
 しかし負けは負けだ。家来どもは、親父は部下を庇ったからだとか、黄金龍にはめられたとか、言い訳じみたことを言うが、俺はそうは思わん。
 命のやり取りだったのだ。彼奴も必死だったのだろう。そして親父の力が一歩及ばなかっただけのことだ。

 いずれは俺が仇を討つ。
 仇を討つといっても殺すつもりはない。わが眷属にしてこき使ってやる。
 親父を殺った彼奴は間違いなく優秀だ。凄まじい力を持っている。そうでなければ親父は負けぬ。
 ならば彼奴を殺してはもったいないではないか。利用しない手はない。

 だが、叔父貴たちは親父の仇の彼奴を殺す気でいる。まったくもって短絡的過ぎる。殺したらそれで終わりではないか。
 家来にしてこき使ってやる方が、わが力の一端ともなるし、さらには余計に思い知らせてやることにもなるのだ。叔父貴たちも家来どもも、なぜそれが分らん?

 しかし、今の実権は叔父貴たちにある。と言っても俺が蔑ろにされている訳ではない。

 親父が死んだとき、俺は7歳だったから、ユノベの統領を継ぐことはできなかった。
 当たり前である。7歳の洟垂れが、武門第一等の弓の技に長けた猛者どもがひしめき合う、わがユノベ一党の統領を継げるものか。

 親族会議で、嫡男の俺が成人するまで、統領の座は空白。叔父貴たちが俺の後見として統領代理に就くことになった。

 ちなみに叔父貴は3人いる。二の叔父貴、三の叔父貴、末の叔父貴だ。この3人、親父のことを大層慕っていたため、仲がいいのが取り柄である。

 3人は統領代理として合議制を取っているが、仲がいいから意見はほとんど割れない。仲がいいことの利点は、お家騒動に発展しないこと。欠点は、黄金龍に対する短絡的な考えでまとまっていることだ。そして、揃いも揃って俺までもが自分たちと同じ考えだと思っていやがる。

 俺は今日、とうとう15歳になった。待ちに待ってた成人だ。
 武家では成人すると、成人の試練と言う儀式を行う。まぁ、有体に言えば成人になった証に、それなりのクエストをこなす訳だ。
 当然だが、普通の成人の試練は、手頃な難易度のクエストを無難にこなして終わりなのだが…。

 しかし、俺の成人の試練は、黄金龍を狩ることに決めている。そして黄金龍をわが眷属、すなわち子分にするのだ。それは決して不可能ではない。
 彼奴を眷属にするための条件は、わが統領家に伝わる操龍弓を自在に使いこなし、操龍弓で封龍矢を射放つことだ。操龍弓を使いこなすには、操龍弓の奥義を会得しなければならない。

 奥義と言うと大層な感じだが、要はコツである。
 その、使いこなす奥義=コツは、代々の統領とその嫡子にのみ伝えられる。俺は、深手を負って担ぎ込まれた親父からそれを教わった。
 どうも親父は、その時点で深手が致命傷であったことを悟っていたようである。

~~8年前~~

 俺は親父の部屋に呼ばれた。矢だけ持って来いとのことだ。
 弓はいらんのか?不可解に思いつつも矢だけ持って親父の部屋に行くと、親父と3人の叔父貴がいた。俺と親父と叔父貴たちの5人だけで、側近や爺もいなかった。
 ユノベの直系が勢揃いだ。そして操龍弓が置いてあった。

「親父どの、お加減は?」
「今日は比較的よい。そんなことより、アタルよ。そなたに操龍弓の奥義を授ける。手に取って巻藁で引いてみよ。八節を忠実にな。」
 親父どのの部屋には、いかにもユノベの棟梁の部屋らしく、巻藁が設えてあった。
「はい、親父どの。」

 そう言うことか。
 すでに並弓で稽古していた当時の俺だが、操龍弓を手に取ったのは初めてだった。
 3人の叔父貴たちは、操龍弓を引くことはできるが、使いこなすまでは行かなかったと言う。

 緊張した。だが、なぜか引けると言う確信もあった。
 呼吸を整えて、丹田に気を籠め、ゆっくりと引いてみた。
 敢えて親父が念を押した八節を意識して。親父が改めて念を押して来たのが、妙に引っ掛かっていた。それが鍵になると直感的に察したのだ。

 足踏み、胴づくり、弓構え、打ち起こし、引き分け、会、離れ、残身…妙にしっくり来る。いい手応えだ。
「なんと。引き切りおった。」
「兄貴のひと言でか。」
「まだ7歳だと言うに。」

 親父は頷き、
「アタル、操龍弓の奥義は、八節を忠実に守ること。それだけだ。
 縦線と五重十文字が崩れればまったく引けぬ。びくともせぬ。引き分けのバランスを崩してもだめだ。
 今日から操龍弓で稽古せよ。操龍弓はそなたに遣わす。励め。」

 その言葉を聞いた叔父貴たちは、安堵の微笑みを浮かべ、頷き合って、親父に挨拶をすると、部屋を辞した。
 俺と親父の2人になった。
 俺はそのときは気付かなかったが、「操龍弓を遣わす。」とは、「操龍弓を使いこなせるようになったら家督を譲る。」と言う意味だった。

 しばらく親父の部屋で巻藁稽古を続けていると、俺は的前で射込稽古をしたくなって来た。親父はそれを察したか、
「的心に百発百中となったら、使いこなせたと思うがよい。
 そして使いこなせたら、そのことをまわりに悟られてはならぬ。わが弟たちにもだ。
 百発百中の技量を維持しつつ、そのことをまわりに悟らせない。その様な稽古の仕方をそなたが工夫せよ。」
と言ってそのまま眠りに落ちて行った。
 俺は親父の部屋を辞し、喜々として的場へ向かった。

 親父はそのまま目覚めることなく、数日後に逝った。

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更新は月水金の週3日ペースを予定しています。

2作品同時発表です。
「精霊の加護」も、合わせてよろしくお願いします。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/121143041/836586739
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